羽田行きの飛行機に乗り込んだ田納さんは、「今回は、上出来や!次の“年末決戦”までに、“策”を巡らせて置かなあかんな!」と上機嫌だった。「しかし、思った以上に、各事業部や部門の反発は強烈でしかも、“残留狙い”が透けて見えます!残る約110名を如何にして連れ帰るおつもりです?」と小林さんが言う。「“タカが3ヶ月”やろうが、下期の受注が思わしく無いとこもある!12月に来る時は、“景色が一変してる”部門かてあるやろ!そこがつけ目になる!半導体部品は容易には落ちんが、機械工具や自動車は軟化する余地はでる!そこで一気に引き抜けば、50〜60人は確保出来るやろ。最も、その前に“進物”を出さなあかんがな!」「新機種の発売ですか?故に“人手が欲しい”と説得工作に回られる?」「せや!発売日も決まりました。“これからぎょうさん、こさえなあきません!”と言って回れば、各本部長かて無下にはせえへんやろ?O工場には、まだ頑張る余地はある!総力を挙げて生産高を上げれば、人材も帰って来るんや!光学事業本部の総力を集めて、新機種の成功と人材の帰還を目指すんや!」轟音と共に飛行機は離陸した。今回、帰還予定となった人材の名簿は、直ぐにもO工場の掲示板に貼り出された。「Yのヤツは未帰還かー!」「次は年末年始だって話よ!」「途中で投げ出すより、“やり切って帰る”だろうね。アイツの性格からして、“成し遂げる”までは、粘ると思う。大丈夫、アイツはあたしのところに帰って来る!」ダブル酒井と松下先輩達は、そう言って足早に昼食を摂りに行った。用賀に 戻った田納さんは、O工場の河西事業部長に連絡を取り進捗を聞いた。「順調に積み上げております!」「よっしゃ~!そのまま突っ走れ!年末商戦にぎょうさんバラ撒くんや!一気にシェアを取るで!」本部長は、企画開発部にもCMの制作を急がせた。発売までの“カウントダウン”は、既に始まっていた。
「何?“空白の一日”を作る?!何故そんな必要性がある?」徳永さんは、色を成して言った。「橋口さんがどれだけ“自らの力で返しを回し、検査や出荷との連携を取れるか?”を試したいのです!現状では、彼の“本来の力”は見えませんし、“指示待ち”の姿勢を変える事もままなりません。一種の“ショック療法”ですが、各パート毎に“どう動けるか?”も含めて見て置きたいのです!その上で、必要な“処置”を取り、来月に備えたいのです!」「だがな、“信玄無くして後無し”の現状で、例え1日でもお前が抜ければ、相当なダメージを残すぞ!後半で取り返せるのか?」徳永さんは、進捗を気にした。「既に9月の絵図は見えています。10月に向けての準備も整いつつあります。やるなら今しかありません!僕がインフルエンザや怪我で、出勤出来なくなってからでは遅いのです!」「うーん、確かにそうだが、今、敢えて無茶を振る理由があるのか?“総司令官”が不在になるなど、前代未聞だぞ!橋口の尻を叩くなら、別の手もあるだろう?」徳永さんは、“信玄不在”を恐れた。その時、「徳永、やらせて見ろ!“信玄不在”で“何処までやれるか?”いずれは、直面する問題なんだ!コイツが居るウチに皆に思い知らせてやれ!」と“安さん”が支持を言い出した。「この先、“信玄”が現場を仕切る上で、“実作業に手を染めている時間”は、無くなる一方だ!“重臣達”で切り抜けられる体制を築かねば、コイツに更なる負担がのしかかるだけで無く、我々も安んじては居られないのだ!徳永には、“工程改善”を仕切ってもらわねばならんし、“信玄”には“部門を背負う”と言う重責が待っておる!使える“駒”を配置しなくては、通期での黒字化も体制の刷新もおぼつかんのだ!橋口が“使える駒”として機能しなくては、我々の計画も見直しを迫られるだけで無く、予定も狂う事になる。“信玄以後”を意識させるには、多少荒療治だが、これくらいの事で揺るがぬように腰を据えてかからせるとするなら、やって見る価値はあるぞ!それに、ちょうど“信玄”を借り受けたい“案件”もあるからな!」と“安さん”が意味ありげに言う。「“借り受け”とは、例の“開発”に関する事案ですか?」と徳永さんも聞くと“安さん”は黙して頷いた。「ならば、技術陣に通知しなくてはなりませんな。Y、今週の金曜日でいいな?」「はい、しかし、一体何を?」「“半自動返し機”の実用化に向けた、試験データーの収集だよ。丸1日技術陣に付き合ってくれ。来月初に打診するつもりだったが、早まる分には異存はあるまい。ちょっと待て」と言うと徳永さんは、生産技術とコンタクトを取り出した。「“信玄”、貴様には、まだ倒してもらわねばならん“宿敵”が居る!それは、“泥縄根性”と言う我々に染み付いたモノだ!貴様が始めた“改革路線”と“新体制”に寄って大分、消滅しつつはあるが、まだ事業部のそこかしこに“宿敵”は蔓延っておる!それらを駆逐して、新たな体制を築くには、貴様の“騎馬軍団”の力が必要なのだ!今のウチに叩いて置け!貴様には、まだ“先の長い戦い”の場が待っておる!来期に向けての足掛かりを定めて置け!田納さんには“中核を担う者を帰すには、時間が必要だ!”とハッキリ明言してあるし、田納さんも“年単位の交渉も辞さず”と言っていた。時間は気にせずとも良い!ただ、真っすぐに先を駆けて突き進め!」と“安さん”は言った。「Y、金曜日でOKだそうだ。場所は、生産技術のスベースの奥だ。“雲隠れ”にも支障はあるまい。準備を整えて置け!」と徳永さんも了承した。こうして、“反乱”の下準備は整えられた。
夕方の社食。鎌倉と美登里と食卓を囲むと、自然と田納さんの話になった。「今回は、32名で“区切り”を付けたらしい。次回は、年末だとさ」と鎌倉が言った。「やけに少ないな。トータルで82名じゃあ半分以下じゃないか!あの田納さんが、良く“我慢”したな!“プロテクトリスト入り”してるヤツらは、“避けて通る”とはどう言う戦略なんだ?」僕が驚くと「国分側と全面対決するのは、“得策”で無いと悟ったからじゃないかな?岩留さんの口振りだと今回は“挨拶程度”で、本格的に“交渉”に入るのは、年末から年明けらしいわよ!」と美登里が言う。「まあ、こっちの“事情”を勘案すれば、妥当な線だな。“事業の中核を担う立場”に居るヤツを“引き抜く”としたら、“後任の問題”で必ず引っかかるからな。そうした懸念が“無い”か“薄い”連中をピックアップしたらしいぜ!」と鎌倉が答えた。「なるほど、無理せず、摩擦を避けて、時間を稼いだか。“長手数”になっても指し切る構えだな!年末年始が“本番”って訳か」「そうみたいよ。特に半導体部品と総務は、“鉄壁ガード”だから手出しは極力控えて、下手に出てるらしいの。サーディップで2名、レイヤーで1名で“引いた”らしいわ!」美登里が言うなら間違いは無いだろう。だが、安田・岩留の両名が、簡単に“はい、そうですか”と手を打つとは限らない。「こりゃ相当に揉めるぞ!次回は、O工場だって、田納さんだって安々とは引かないだろうから、“誰を引き抜くか?”で血の雨が降るかもな」僕は身震いした。「Y先輩、“本部長表彰”ですが、あたしとY先輩に決まりそうですよ!岩留さんから聞きましたから、間違いありませんよ!これで、“金看板”が増えますから、あたし達を引き抜くのは、より困難になりますよ!」と美土里が言う。「“安さん”からは、何も聞いて無いが、本当だとしたら容易には手が出せなくなるな。鎌倉も“大仕事”が降って来たんだろう?」「ああ、受電設備の改良工事を任された。3工期に分けて新年から着手する。完成は、来年の5月だよ」「そうなると、我々3人は、当分の間は“残留”させられるな!何しろ代わりの人材が居ないんだからな!」「ええ、あたしは“品証で代わり無し!”、鎌倉先輩は“大工事”Y先輩は“責任者”どなたも簡単には“代えが利かない人材”ですからね」と美登里が言う。「問題は、吉田さんや克ちゃん達だろうな。O工場にしても、“喉から手が出る程欲しい人材”だけに、次回は間違いなく“ターゲット”にならざるを得ない!」と鎌倉が指摘する。「今回は選に漏れたが、第1次隊の連中だって、まだ優秀な技術者が残ってるし、任期延長にもそろそろ無理が生じるだろう。だとすると、年末年始には1次と2次を合わせて40名前後は抜かれるだろうな!そうした“火の粉”を掻い潜って“生き残る”とすれば、自ずと“責任”は重くなるなー!」と僕が言うと「必然よ!」「そうでもしなきゃ“大望”は、果たせないぜ!」と2人が返して来る。「まあ、そうだな。“キノコが生えてる年功序列主義”に戻って“平”に甘んずるよりは、“実力主義”の自由な空気を吸いたいからな!」と言うと「そうよ!」「異議無し!」と2人も返して来る。理由はどうあれ、事情はどうあれ、僕等は“自由で生き生きとした空気”に馴染んでしまったのだ。O工場の“キノコが生えてる年功序列主義”の淀んだ空気を吸って生きる選択は無かった。
そして、“反乱”前日の木曜日。昼休みの時間に、神崎先輩との“最終打ち合わせ”が密かに行われた。「明日は、生産技術とお付き合いか。おあつらえ向きよね。“雲隠れ”先としては、申し分無いわ。トランシーバーはこれよ!」先輩から黄色の機体を受け取る。「電池は交換してあるから、充分に持つはず。残る問題は、“何処まで公開するか?”ね。岩崎と徳田・田尾には、耳打ち程度の話はしてもいいかしら?」「出来れば避けたい事ですが、最小限の範囲は、やむを得ませんね。3人には、それと無く耳打ちしてもいいでしょう」と同意すると「“おばちゃん達”には、“策”は巡らせてあるの?」と聞かれる。「“R計画”、つまりは、僕が欠勤した場合に備えての“非常対策ファイル”ですが、西田・国吉のご両名には、ファイルの存在と運用方法を教えてありますよ。橋口さんがパニックに陥っても、西田・国吉のご両名が、ファイルの記載通りに動けば、2日は持ち堪えられますよ!」「検査室との連携も含めて?」「ええ、最終的な指示は“神崎先輩に仰げ”と記載してありますから、ご心配無く」「よし、手は尽くしたわね!後は、橋口さんがどうするか?を見定める事か?彼が“任に耐えない”としたらどうするつもり?」「“しごく”しかありませんね!徹底して叩き込む!しばらくは、“責任者業務”+“現場育成”を両立させるしかありませんよ!並大抵の事では無いのは、百も承知。“育て上げる”しかありませんよ。“おばちゃん達”との関係も含めて、課題は多いですからね!」「でも、今回の“反乱”で焦点は絞れる!“何処を強化するか?”は明らかになるわね!これは、あたし達にも突き付けられる“課題”でもあるけど・・・」神崎先輩は、肩を竦めた。「いずれにしても、新体制の構築の総仕上げにしたいですよ。みんなで共有して、支え合い、助け合い、前を見据えて進む。今回で浮き彫りになった事を1つ1つ潰して行けば、最良の結果は着いて来るでしょうよ」僕は期待を込めて言った。「じゃあ、予定通りに明日“決行”だね!」「ええ、騙すのは気が引けますが、仕方ありませんね」僕等はさり気なく言葉を交わした。だが、その前に思わぬ“難敵”“難問”が待ち構えているとは、予想もして居なかった。昼休みに事は発生した。
電子部品営業部は、本社と東京の八重洲事業所の2拠点があった。統括責任者は、本社の渡部部長だが、八重洲事業所にも国分サーディップ事業部の“9月分の売り”についての通知は、抜かり無く出されてはいた。しかし、“出張中の営業部員”にまでは徹底されては居なかった。八重洲所属の営業部員に西本と言う新人が居た。彼の担当は、CVR(半固定抵抗)であった。今月の彼は、不良品対応に追われる日々だった。半期の決算を控える中、売上は半減し、このままでは赤字を覚悟しなくてはならない状況下に置かれて居た。好調な電子部品営業にあって、CVRの予定未達は、やむを得ない事由ではあったが、何とか売上の数字を落とさぬ様に関係各所へ働きかけを強めて、各事業所に脚を運んで“談判”を繰り返していた。「後、350万か。レイヤーパッケージかサーディップなら、1ロットで穴埋めは出来るな!」彼が国分工場に乗り込んで来たのには、必然性があった。CVRに対して単価の高いレイヤーパッケージかサーディップを2ロットばかり積み上げてもらえば、営業としても“面目”が保てるからだ。製造現場と同様に営業にも“売上目標”はある。電子部品営業“トータルでの数字”を落としたく無い彼は、個別に各事業部を回って、積み増しを依頼した。その結果、残額が350万にまで圧縮はされたのだが、残り半月で350万を積み増し出来る事業部は、国分工場にしか無かった。まず、西本は、岩留さんと交渉に及んだが、色良い返事はもらえなかった。ただ、「サーディップ事業部なら、進捗は先行して推移しとる。安田に言って何とかしてもらえ!」と“情報”を得てサーディップ事業部に乗り込もうとしていた。しかし、如何せん“情報”があやふやである。彼は、経管に顔を出して計上済の在庫を調べた。だが、経管の使用高の在庫はカラで、先行している気配は無い。「ガセか?」と疑いつつも、サーディップ事業部の建屋に向かった。地理不案内の上に、国分工場は初めてである。西本は、僕等の出荷スペースから建屋に入ってしまったのだ。「うお!未計上の在庫の山じゃないか!」彼の目には、10月分の内部留保品が積まれているのが見えてしまった!「これなら、穴埋めは楽勝だ!さて、誰に聞けばいいんだろう?」あいにく、昼休みで出荷工程にも、検査室にも誰も居ない!「さて、どうしよう?取り敢えず、目星だけは付けて置くか?」西本は、出荷端末を操作して、来月の頭に出すロットを探った。「ヒュー!余裕じゃないか!特にこの“スポット”の大口を動かせば、赤字解消どころか、上積みすら狙える!ターゲットは、これで決まりだな!」徳さんと田尾が後は、計上するだけの状態に梱包を済ませてあるので、端末処理を済ませて伝票を出せば事は済む。西本は、数字に目が眩んでしまい、“安さん”との“交渉”の2文字も忘れてしまった。夢中で出荷処理をすると、伝票を発行してしまったのだ!「こら!てめぇ何をしてやがる!」田尾が戻って来た事で、やっと我に返った西本は、慌てながらも「八重洲事業所、電子部品営業の西本です。このロットを出荷して上乗せをお願いしたいのですが?」と言い出した。「誰の許可を得て端末処理をしてるんだよ?そんな話聞いてねぇぞ!貴様、勝手に忍び込んで“横取り”に来たな!悪りぃが、俺達の汗と努力の結晶を簡単に攫われてたまるかよ!」喧嘩慣れしている田尾にして見れば、西本を捕まえる事など容易い事だった。脚を掬い床に組み伏せてから、両手をネジ挙げて「泥棒だ!泥棒が居るぞ!」と叫んだ。田尾の声を聞き付けた徳さんや今村さん達が、出荷スペースに駆け付けて、西本を逮捕するのに然程の時間はかからなかった。「私は、泥棒などではありません!八重洲営業の西本です!安田さんに会わせて下さい!」と必死に訴えるが、「“スポット”の大口を横取りしようと伝票処理をしてやがったぜ!本社営業のヤツら、何て汚い手口を使いやがる!忍び込んで、勝手に“上乗せ”を狙うなんざぁ問答無用だ!」と田尾が言って袋叩きにし始める。徳さんや今村さん達も怒りに燃え上がり、たちまち西本はサンドバック状態になり、殴る蹴るの暴行を受けた。「たーおー!その辺で止めときな!正当防衛の範囲内にしとかないと、後が厄介だよー!」僕が怒れる男達を止めた時には、西本はボロ雑巾と化して居た。「Y、コイツは泥棒だぜ?!情けは・・・」「無用だってか?ならば、僕が聞いて見ようじゃないか!田尾、60cmの金尺とビニール紐と鋏を出してくれ。それから、このボロ雑巾を起こしてくれ。千絵と神崎先輩は、ビニール紐を縦に割いて三編みに編んでくれ。長さは50cmくらいのヤツを4本ばかり作ってくれないか?」「ああ」「分かったわ」田尾が西本に水を浴びせて、叩き起こしている間に三編みの紐は完成した。西本が意識を取り戻すと、僕は尋問を開始した。「私は、少ピン部門の後を預かるYだ。通称“信玄”と呼ばれている。君は、不正に製品を持ち出そうとして捕らえられた!誰の命令だ?」「やっ安田責任者に、取り次いでくれ!営業売上の確保のために、個別交渉に来たんだ!CVR部門の落ち込みをカバーしなくては・・・」「見え透いた嘘は通じないぞ!本社営業の渡部部長と話は着いてるんだ!“来月分は計上しない”とな!君の真の目的は何だ?“横取り”売りか?勝手な暴走か?下手な手出しや功名心にハヤる行為は、禁じられてるはず!知らぬとは言わせんぞ!」僕は、廃ダンボール箱を手にすると、西本の眼前に置き、金尺で寸断して見せた。「正直に申告しろ!タカが金尺だが、首を飛ばすのは、造作も無い事。誰の命令だ?目的は何だ?あの世に行く前に、正しく申告しろ!」首すじに金尺を当てて“自白”を迫った。西本の顔から血の気が失せた。「Y、喋ったか?」「ダメだ!どうも怪しい!本当に八重洲事業所の営業なのかな?」「身分証をコピーして本社営業部へ通報するか?」「どうやら、それをやらなきゃならんらしいな!田尾、両手を後ろ手に、脚はひと括りに縛り挙げろ!台車に載せて倉庫へ押し込んてしまえ!その上で、本社の渡部部長と談判だ!“2階”へは、話は伝わっているか?」「徳さんが通報した。“安さん”と徳永さんからは、“信玄に仕置は任せる”と一任を取り付けてあるぜ!」「ならば、作戦開始だ!明日、出荷のGE以外は1個たりとも出すな!泥棒を送り込むに至った経緯はどうでもいい。営業を“日干し”にしてやろう!向こうが謝罪に来なければ、我々にも覚悟はある!まずは、本社営業部に厳重抗議からだ!」僕と田尾は、西本を閉じ込めると、本社営業部にFAXを流して事の次第を問い質した。
「八重洲の西本が“泥棒行為”?!そんな馬鹿な・・・」渡部部長は、言葉を失った。「営業部は、泥棒を送り込んで製品を“強奪”するんですか?!そちらが、“約定を違えた”罪は重い!GE以外は出しませんよ!今月の予定を落とした原因は、“営業の暴挙にある”と振れて回りますから、ご承知下さい!それと西本を引き取りに来て下さい!その際は、“手錠と腰縄”をお忘れ無くお持ち下さい!」と一方的に言うと電話を叩き切った。「田尾、西本を運んで来い!ヤツに聞きたい事がある!」僕は憤然と言った。「ああ、直ぐにも」田尾も僕の怒りに怯えた。西本を載せた台車を建屋の外に運ばせると「最終通告だ!素直に“泥棒行為”を認めれば、紐を切って逃してやる!認めないなら“監禁”するまでだ!君は何を企んだ?」僕は、西本を睨み付ける。「自分は、CVR部門の売上減をカバーしてもらうために安田・・・」と言う西本の首すじに金尺を当てた。「白を切っても無駄だよ!君は製品を“強奪”しようとして、建屋に侵入した!証拠は揃ってるんだ!“見え透いた嘘”は通じない!田尾、経管の責任者を呼んでくれ!“泥棒行為”を働いた者として引き渡す!」「まっ待ってくれ!“泥棒行為”など働いてはいない!安田責任者に会わせてくれ!」西本は懇願したが、「安さんは“仕置は任せた”と言ってる!“罪人”として“留置”するのは、当然の事だ!」と斬り捨てて、台車から放り出した。西本は、経管に引き渡して、“留置”を依頼した。「前代未聞だが、盗みに入ったとなると、仕方ありませんな・・・」と経管も呆れていたが、身柄の拘束は引き受けてくれた。検査室のデスクに戻ると、FAXの束が置かれていた。「渡部部長からは、“出荷要請と謝罪”か。八重洲事業所からは、“身元の保証と解放要求”。更には、“安さん”に会わせてくれ!との依頼か。あー、お恥ずかしいったらありゃしない!“今更、信じて下さい!”の連呼か?誰も、西本を引き受けに来るとは、1行も書いて無いところを見ると、“何処かに後ろ暗い事”があるな!ヤツの持ち物は?」「このトランクだよ。中身は、CVR部門に関する文書と、赤字解消のための穴埋めの取引についてのノートだったよ。不良処理や納期についての文書もあったぜ!」徳さんが中身を見せてくれる。「増々怪しいな。CVR部門の営業が、サーディップ事業部に乗り込んで来るとは、どう言う魂胆だ?しかも、“泥棒行為”までやらかす意味が分からん!」僕は首を捻った。その時、内線が鳴った。「はい、ええ、居りますが?無駄だと思いますよ!証拠は挙がってますから!はい、はあー、では聞いてみますね。Y、八重洲の大岩根さんからよ!」と恭子が内線を指す。「大岩根か。鹿児島人らしいな。聞くだけ聞いてみるか?もしもし・・・」僕は大岩根さんと話し始めた。大岩根課長は、西本の上司で、まず西本の不始末を詫びて“泥棒行為”をする意思は無かったと釈明した。そして、CVR部門の“穴埋め”のために全国を飛び回っており、本社の渡部部長の“通達”を知らない事と、初めての訪問であるが故に、あらぬ誤解を与えてしまったと説明をした。「西本に他意はありません!落ち込んだ売上をカバーしようとしているだけです!“泥棒行為”を働く様な輩ではありません!これから、羽田へ向かいそちらに引き取りに行きますので、今しばらく待っていただきたい!」と懇願して来た。「そう言う話ならば、待ちますが、大岩根課長、彼が勝手に出荷端末を操作して、伝票を出力して、梱包済の製品を持ち去ろうとした事実は覆りませんよ!」と釘を刺した。「安田さんに“大岩根が来る”と言ってもらえば分かりますから、ともかく待っていただきたい!」と必死に縋って来る。「仕方ありませんな。“安さん”に言って置きますし、西本の処置も一時棚上げにしましょう。夕方になりますね?」「ええ、遅くなりますが、必ず行きますので!」と言って電話は切れた。僕は内線で“安さん”に“大岩根課長が西本を引き取りに来る”と告げた。「大岩根か!あの野郎、まだ生きておったか!」と“安さん”は懐かしそうに言った。「“信玄”よ、大岩根はかつてここに居た事もあるヤツだ。ヤツが来るまで結論は棚上げにしろ!アイツの“申し開き”を聞いてからでも遅くは無い。ともかく、待て。それと、“手土産”を考えて置け!“武士の情けだ!”その辺は心得ているな?」「はい、何かしらは考えて見ます」「渡部には、俺から言って置くから、出荷制限も“解除”してやれ!どうやら、勘違いが複雑に絡んでいる気がしてならん。余り本社を刺激するのも考え物だ。まずは、一歩譲って置け!いいな?」「はっ!」僕は内線を切ると、田尾を呼んだ。「出荷制限を解く。通常体制に戻していい。それと、10月出荷予定で、200万相当のロットを1つ用意してくれ」と告げた。「どうなってるんだよ?まさか、泥棒に“情け”をかけるつもりか?」と噛み付かれる。「まさにその“情け”をかける必要が出るかも知れん!どうやら、“誤解”と“勘違い”がごちゃ混ぜになって絡み合っている気配が出て来たんだよ!」と返すと「サッパリ分からねぇな!“安さん”は知ってるのか?」「“安さん”が“待って手土産を用意しろ”と仰せだよ。ともかく、決着は夕方になる。田尾も、もう一度発見した時の状況や西本が“何を持ち出そうとしていたか?”を整理して証言出来る様に準備して置いてくれ!」「了解だ。だが、ヤツのやろうとしていた事は“犯罪行為”なのに変わりはねぇ!キッチリと落とし前は着けてもらうからな!」田尾は不満げに言ったが、“手土産”になりそうなロットを物色し始めた。「ともかく、待つか!」僕も溜まっている雑務に手を付け始めた。雑音を排して勤怠・進捗管理に没頭した。
八重洲の大岩根課長が到着したのは、午後4時を過ぎた頃だった。経管から西本の身柄を預かると、2階の“安さん”の元へ直行した。午後5時近くになって、3人は検査室の僕のデスクへやって来た。「“信玄”、大岩根の野郎だ。今回の騒ぎの発端は、西本の“勘違い”と“先走り”が原因だ!渡部に罪は無いと言うか、ヤツの“不手際”も絡んでいる!関係者の証言を聞いて、時間を追って事を“再現”したいが、ウチのヤツらは集められるか?」と“安さん”が言い出した。「はい、関係者には待機若しくは、残業で残ってもらってます。田尾、関係者を集めてくれ!」「おう!白黒、決着をつけてやる!」田尾は今村さん達を呼んだ。関係者各位の立ち合いの元で“事件”が時系列で再現された。無論、僕も金尺を手に詰め寄った場面を“再現”して見せた。「大岩根、西本が勝手に伝票発行をしたのは、覆らんぞ!これは、“泥棒行為”と言われて、ウチの兵士に袋にされても“信玄”に凄まれても仕方あるまい!俺が当事者なら、“流血の惨事”は間違い無い!それは、認めろ!」「はい、これは消せない事実として認めます」“安さん”の主張に大岩根課長も同意した。西本は、俯いたままだ。「しかし、“未遂”に終わっている事実と、経管で大人しく“拘留”されとった点を差し引くと、“喧嘩両成敗”にするしかあるまい。ウチの連中も“やり過ぎた”事は反省しなくてはならんし、西本も勝手に入り込んだ事実と“我を忘れた”事実は消し去れん!CVR部門の落ち込み分をカバーしようと躍起になっとった事とは言え、“目先の欲に目が眩んだ”のは、言い訳にならんぞ!それと、ウチが“売りを立てる方向”を決めているのが、伝わらなかったのは、そっちのミスだ!これだけ“複雑怪奇”な事案でのゴタゴタだ。目を瞑れる範囲は瞑るしかあるまい」と“安さん”は方向性を示した。「けれど、営業が“持ち逃げ”しようとした事は事実ですぜ!」「まず、営業から詫びを入れるのが“筋”じゃないですか?!」田尾が今村さんが噛み付いた。「その点については、本社と八重洲合同で、改めて“詫び”を入れますよ。まず、この場は、私が詫びます!申し訳ございませんでした!」大岩根課長と西本は真摯に頭を下げた。「今回はやむを得ない事情もあった。これで、双方が“引く”事で幕引きとする!“信玄”、例の“ブツ”を出してやれ!」“安さん”の一声で“手土産”が出された。「これは?!」西本が顔色を変えた。「195万のロットだよ。CVR部門の足しにしな!」と田尾が伝票を付けて差し出した。「大岩根、これで勘弁しろ!」“安さん”がニヤリと笑う。「恐れ入りました!」大岩根課長と西本は深々と頭を下げると、大事に抱えて外へ向かった。「やれやれ、これで一件落着か」「いや、まだ油断大敵だぜ!戸締りを一段と厳重にしねぇと、同じことは繰り返すぜ!」今村さんが溜息交じりなの対して、田尾は気を引き締めていた。「明日は折り返し地点!皆、心して掛かれ!」“安さん”は、気合を込めて言うと2階へ上がって行った。後日、渡部部長と八重洲事業所長の連名で、“詫び状”が郵送されて来た。更には、八重洲から“草加煎餅”の詰め合わせが届けられた。営業としても、“不始末”をしでかしたのだから、製造のご機嫌を損ねる事だけは避けたかったらしい。西本は、始末書を書かされたが、CVR部門の売上の落ち込みを改善させた事が評価されて、それ以上の処分は下されなかった。
遅くなったついでに、明日の“反乱”の準備を密かに進めていると、神崎先輩と恭子、田尾に徳さんが集まって来た。「今日は“予定外”だけど、明日は“本番”よ!3人には、概略は説明してあるわ。Y、本気で“決行”するんでしょ!」「ええ、本当に“消えます”よ!橋口さんには、悪いけど“自力”を付けてもらわないと困りますからね!」「Y、GEはどうする気だ?」徳さんが進捗予定を見つつ言う。「キャップもベースも僕がやりますよ!検査は神崎先輩にお願いするとして、どうやって運ぶか?だよな?」「生産技術のフロアでどうするってんだよ?」田尾も心配している。「橋口さん用と原田さん用の治工具が、やっと出来上がったんだ。テストとビデオ撮影も兼ねて、2階で片付けるつもりなんだが、最終ロットが炉から出るのが、明日の朝一番なのさ。炉の方に手を回して、品証で預かってもらう算段なんだが、トレーを運ぶ方法をどうするか?なのさ。荷物用エレベーターで、細山田女史に裏から運び入れられないかとは考えてるが・・・」「となると、極秘裏に取りに行かなきゃならねぇな!トランシーバーはあるんだろう?」田尾が聞いて来る。「ああ、午前中には片付けたいからね。随時コールはするよ」「姿を見られたら速アウト!ここは、連携プレーの見せどころじゃない?」恭子が心なしかウキウキしている。「後は、銀ベースがヤバイかも知れんが、そっちは橋口さんに“宿題”として残して行くつもりだ。直近で急ぎなのは、GEだけ。特段の問題が・・・、今日みたいなヤツも含めて、起きない限りは安全は担保されてるはずだ。そうなると、自然に“力量”が問われる場面になる。煽るなり、焦らせてやってくれ。膿は早く出し切りたい!」「知っているのは、ここに居る4人のみ。聞かれても答えたらダメよ!いいわね!」神崎先輩が念を押す。「Yが居ない世界か。どう転ぶかな?」徳さんが腕を組んだ。「いつかは、来る“可能性のある日”だ!“予行演習”出来るだけまだマシだよ!」田尾が言うと3人の顔が暗くなる。「いずれにしても、これで新体制の欠陥が浮かび上がる。それを叩けば、僕等は更に前に進める。“可能性のある日”など気にするな。今は、ただ前を見据えて進むんだ!」「そうだな、やるなら早いに越した事は無い!」徳さんが言って僕の肩を叩いた。「最高の名演を期待してるぜ!」「迷う方にならない様に心がけるさ!」と返すと皆が笑った。前夜の謀議は和やかだった。
「何?“空白の一日”を作る?!何故そんな必要性がある?」徳永さんは、色を成して言った。「橋口さんがどれだけ“自らの力で返しを回し、検査や出荷との連携を取れるか?”を試したいのです!現状では、彼の“本来の力”は見えませんし、“指示待ち”の姿勢を変える事もままなりません。一種の“ショック療法”ですが、各パート毎に“どう動けるか?”も含めて見て置きたいのです!その上で、必要な“処置”を取り、来月に備えたいのです!」「だがな、“信玄無くして後無し”の現状で、例え1日でもお前が抜ければ、相当なダメージを残すぞ!後半で取り返せるのか?」徳永さんは、進捗を気にした。「既に9月の絵図は見えています。10月に向けての準備も整いつつあります。やるなら今しかありません!僕がインフルエンザや怪我で、出勤出来なくなってからでは遅いのです!」「うーん、確かにそうだが、今、敢えて無茶を振る理由があるのか?“総司令官”が不在になるなど、前代未聞だぞ!橋口の尻を叩くなら、別の手もあるだろう?」徳永さんは、“信玄不在”を恐れた。その時、「徳永、やらせて見ろ!“信玄不在”で“何処までやれるか?”いずれは、直面する問題なんだ!コイツが居るウチに皆に思い知らせてやれ!」と“安さん”が支持を言い出した。「この先、“信玄”が現場を仕切る上で、“実作業に手を染めている時間”は、無くなる一方だ!“重臣達”で切り抜けられる体制を築かねば、コイツに更なる負担がのしかかるだけで無く、我々も安んじては居られないのだ!徳永には、“工程改善”を仕切ってもらわねばならんし、“信玄”には“部門を背負う”と言う重責が待っておる!使える“駒”を配置しなくては、通期での黒字化も体制の刷新もおぼつかんのだ!橋口が“使える駒”として機能しなくては、我々の計画も見直しを迫られるだけで無く、予定も狂う事になる。“信玄以後”を意識させるには、多少荒療治だが、これくらいの事で揺るがぬように腰を据えてかからせるとするなら、やって見る価値はあるぞ!それに、ちょうど“信玄”を借り受けたい“案件”もあるからな!」と“安さん”が意味ありげに言う。「“借り受け”とは、例の“開発”に関する事案ですか?」と徳永さんも聞くと“安さん”は黙して頷いた。「ならば、技術陣に通知しなくてはなりませんな。Y、今週の金曜日でいいな?」「はい、しかし、一体何を?」「“半自動返し機”の実用化に向けた、試験データーの収集だよ。丸1日技術陣に付き合ってくれ。来月初に打診するつもりだったが、早まる分には異存はあるまい。ちょっと待て」と言うと徳永さんは、生産技術とコンタクトを取り出した。「“信玄”、貴様には、まだ倒してもらわねばならん“宿敵”が居る!それは、“泥縄根性”と言う我々に染み付いたモノだ!貴様が始めた“改革路線”と“新体制”に寄って大分、消滅しつつはあるが、まだ事業部のそこかしこに“宿敵”は蔓延っておる!それらを駆逐して、新たな体制を築くには、貴様の“騎馬軍団”の力が必要なのだ!今のウチに叩いて置け!貴様には、まだ“先の長い戦い”の場が待っておる!来期に向けての足掛かりを定めて置け!田納さんには“中核を担う者を帰すには、時間が必要だ!”とハッキリ明言してあるし、田納さんも“年単位の交渉も辞さず”と言っていた。時間は気にせずとも良い!ただ、真っすぐに先を駆けて突き進め!」と“安さん”は言った。「Y、金曜日でOKだそうだ。場所は、生産技術のスベースの奥だ。“雲隠れ”にも支障はあるまい。準備を整えて置け!」と徳永さんも了承した。こうして、“反乱”の下準備は整えられた。
夕方の社食。鎌倉と美登里と食卓を囲むと、自然と田納さんの話になった。「今回は、32名で“区切り”を付けたらしい。次回は、年末だとさ」と鎌倉が言った。「やけに少ないな。トータルで82名じゃあ半分以下じゃないか!あの田納さんが、良く“我慢”したな!“プロテクトリスト入り”してるヤツらは、“避けて通る”とはどう言う戦略なんだ?」僕が驚くと「国分側と全面対決するのは、“得策”で無いと悟ったからじゃないかな?岩留さんの口振りだと今回は“挨拶程度”で、本格的に“交渉”に入るのは、年末から年明けらしいわよ!」と美登里が言う。「まあ、こっちの“事情”を勘案すれば、妥当な線だな。“事業の中核を担う立場”に居るヤツを“引き抜く”としたら、“後任の問題”で必ず引っかかるからな。そうした懸念が“無い”か“薄い”連中をピックアップしたらしいぜ!」と鎌倉が答えた。「なるほど、無理せず、摩擦を避けて、時間を稼いだか。“長手数”になっても指し切る構えだな!年末年始が“本番”って訳か」「そうみたいよ。特に半導体部品と総務は、“鉄壁ガード”だから手出しは極力控えて、下手に出てるらしいの。サーディップで2名、レイヤーで1名で“引いた”らしいわ!」美登里が言うなら間違いは無いだろう。だが、安田・岩留の両名が、簡単に“はい、そうですか”と手を打つとは限らない。「こりゃ相当に揉めるぞ!次回は、O工場だって、田納さんだって安々とは引かないだろうから、“誰を引き抜くか?”で血の雨が降るかもな」僕は身震いした。「Y先輩、“本部長表彰”ですが、あたしとY先輩に決まりそうですよ!岩留さんから聞きましたから、間違いありませんよ!これで、“金看板”が増えますから、あたし達を引き抜くのは、より困難になりますよ!」と美土里が言う。「“安さん”からは、何も聞いて無いが、本当だとしたら容易には手が出せなくなるな。鎌倉も“大仕事”が降って来たんだろう?」「ああ、受電設備の改良工事を任された。3工期に分けて新年から着手する。完成は、来年の5月だよ」「そうなると、我々3人は、当分の間は“残留”させられるな!何しろ代わりの人材が居ないんだからな!」「ええ、あたしは“品証で代わり無し!”、鎌倉先輩は“大工事”Y先輩は“責任者”どなたも簡単には“代えが利かない人材”ですからね」と美登里が言う。「問題は、吉田さんや克ちゃん達だろうな。O工場にしても、“喉から手が出る程欲しい人材”だけに、次回は間違いなく“ターゲット”にならざるを得ない!」と鎌倉が指摘する。「今回は選に漏れたが、第1次隊の連中だって、まだ優秀な技術者が残ってるし、任期延長にもそろそろ無理が生じるだろう。だとすると、年末年始には1次と2次を合わせて40名前後は抜かれるだろうな!そうした“火の粉”を掻い潜って“生き残る”とすれば、自ずと“責任”は重くなるなー!」と僕が言うと「必然よ!」「そうでもしなきゃ“大望”は、果たせないぜ!」と2人が返して来る。「まあ、そうだな。“キノコが生えてる年功序列主義”に戻って“平”に甘んずるよりは、“実力主義”の自由な空気を吸いたいからな!」と言うと「そうよ!」「異議無し!」と2人も返して来る。理由はどうあれ、事情はどうあれ、僕等は“自由で生き生きとした空気”に馴染んでしまったのだ。O工場の“キノコが生えてる年功序列主義”の淀んだ空気を吸って生きる選択は無かった。
そして、“反乱”前日の木曜日。昼休みの時間に、神崎先輩との“最終打ち合わせ”が密かに行われた。「明日は、生産技術とお付き合いか。おあつらえ向きよね。“雲隠れ”先としては、申し分無いわ。トランシーバーはこれよ!」先輩から黄色の機体を受け取る。「電池は交換してあるから、充分に持つはず。残る問題は、“何処まで公開するか?”ね。岩崎と徳田・田尾には、耳打ち程度の話はしてもいいかしら?」「出来れば避けたい事ですが、最小限の範囲は、やむを得ませんね。3人には、それと無く耳打ちしてもいいでしょう」と同意すると「“おばちゃん達”には、“策”は巡らせてあるの?」と聞かれる。「“R計画”、つまりは、僕が欠勤した場合に備えての“非常対策ファイル”ですが、西田・国吉のご両名には、ファイルの存在と運用方法を教えてありますよ。橋口さんがパニックに陥っても、西田・国吉のご両名が、ファイルの記載通りに動けば、2日は持ち堪えられますよ!」「検査室との連携も含めて?」「ええ、最終的な指示は“神崎先輩に仰げ”と記載してありますから、ご心配無く」「よし、手は尽くしたわね!後は、橋口さんがどうするか?を見定める事か?彼が“任に耐えない”としたらどうするつもり?」「“しごく”しかありませんね!徹底して叩き込む!しばらくは、“責任者業務”+“現場育成”を両立させるしかありませんよ!並大抵の事では無いのは、百も承知。“育て上げる”しかありませんよ。“おばちゃん達”との関係も含めて、課題は多いですからね!」「でも、今回の“反乱”で焦点は絞れる!“何処を強化するか?”は明らかになるわね!これは、あたし達にも突き付けられる“課題”でもあるけど・・・」神崎先輩は、肩を竦めた。「いずれにしても、新体制の構築の総仕上げにしたいですよ。みんなで共有して、支え合い、助け合い、前を見据えて進む。今回で浮き彫りになった事を1つ1つ潰して行けば、最良の結果は着いて来るでしょうよ」僕は期待を込めて言った。「じゃあ、予定通りに明日“決行”だね!」「ええ、騙すのは気が引けますが、仕方ありませんね」僕等はさり気なく言葉を交わした。だが、その前に思わぬ“難敵”“難問”が待ち構えているとは、予想もして居なかった。昼休みに事は発生した。
電子部品営業部は、本社と東京の八重洲事業所の2拠点があった。統括責任者は、本社の渡部部長だが、八重洲事業所にも国分サーディップ事業部の“9月分の売り”についての通知は、抜かり無く出されてはいた。しかし、“出張中の営業部員”にまでは徹底されては居なかった。八重洲所属の営業部員に西本と言う新人が居た。彼の担当は、CVR(半固定抵抗)であった。今月の彼は、不良品対応に追われる日々だった。半期の決算を控える中、売上は半減し、このままでは赤字を覚悟しなくてはならない状況下に置かれて居た。好調な電子部品営業にあって、CVRの予定未達は、やむを得ない事由ではあったが、何とか売上の数字を落とさぬ様に関係各所へ働きかけを強めて、各事業所に脚を運んで“談判”を繰り返していた。「後、350万か。レイヤーパッケージかサーディップなら、1ロットで穴埋めは出来るな!」彼が国分工場に乗り込んで来たのには、必然性があった。CVRに対して単価の高いレイヤーパッケージかサーディップを2ロットばかり積み上げてもらえば、営業としても“面目”が保てるからだ。製造現場と同様に営業にも“売上目標”はある。電子部品営業“トータルでの数字”を落としたく無い彼は、個別に各事業部を回って、積み増しを依頼した。その結果、残額が350万にまで圧縮はされたのだが、残り半月で350万を積み増し出来る事業部は、国分工場にしか無かった。まず、西本は、岩留さんと交渉に及んだが、色良い返事はもらえなかった。ただ、「サーディップ事業部なら、進捗は先行して推移しとる。安田に言って何とかしてもらえ!」と“情報”を得てサーディップ事業部に乗り込もうとしていた。しかし、如何せん“情報”があやふやである。彼は、経管に顔を出して計上済の在庫を調べた。だが、経管の使用高の在庫はカラで、先行している気配は無い。「ガセか?」と疑いつつも、サーディップ事業部の建屋に向かった。地理不案内の上に、国分工場は初めてである。西本は、僕等の出荷スペースから建屋に入ってしまったのだ。「うお!未計上の在庫の山じゃないか!」彼の目には、10月分の内部留保品が積まれているのが見えてしまった!「これなら、穴埋めは楽勝だ!さて、誰に聞けばいいんだろう?」あいにく、昼休みで出荷工程にも、検査室にも誰も居ない!「さて、どうしよう?取り敢えず、目星だけは付けて置くか?」西本は、出荷端末を操作して、来月の頭に出すロットを探った。「ヒュー!余裕じゃないか!特にこの“スポット”の大口を動かせば、赤字解消どころか、上積みすら狙える!ターゲットは、これで決まりだな!」徳さんと田尾が後は、計上するだけの状態に梱包を済ませてあるので、端末処理を済ませて伝票を出せば事は済む。西本は、数字に目が眩んでしまい、“安さん”との“交渉”の2文字も忘れてしまった。夢中で出荷処理をすると、伝票を発行してしまったのだ!「こら!てめぇ何をしてやがる!」田尾が戻って来た事で、やっと我に返った西本は、慌てながらも「八重洲事業所、電子部品営業の西本です。このロットを出荷して上乗せをお願いしたいのですが?」と言い出した。「誰の許可を得て端末処理をしてるんだよ?そんな話聞いてねぇぞ!貴様、勝手に忍び込んで“横取り”に来たな!悪りぃが、俺達の汗と努力の結晶を簡単に攫われてたまるかよ!」喧嘩慣れしている田尾にして見れば、西本を捕まえる事など容易い事だった。脚を掬い床に組み伏せてから、両手をネジ挙げて「泥棒だ!泥棒が居るぞ!」と叫んだ。田尾の声を聞き付けた徳さんや今村さん達が、出荷スペースに駆け付けて、西本を逮捕するのに然程の時間はかからなかった。「私は、泥棒などではありません!八重洲営業の西本です!安田さんに会わせて下さい!」と必死に訴えるが、「“スポット”の大口を横取りしようと伝票処理をしてやがったぜ!本社営業のヤツら、何て汚い手口を使いやがる!忍び込んで、勝手に“上乗せ”を狙うなんざぁ問答無用だ!」と田尾が言って袋叩きにし始める。徳さんや今村さん達も怒りに燃え上がり、たちまち西本はサンドバック状態になり、殴る蹴るの暴行を受けた。「たーおー!その辺で止めときな!正当防衛の範囲内にしとかないと、後が厄介だよー!」僕が怒れる男達を止めた時には、西本はボロ雑巾と化して居た。「Y、コイツは泥棒だぜ?!情けは・・・」「無用だってか?ならば、僕が聞いて見ようじゃないか!田尾、60cmの金尺とビニール紐と鋏を出してくれ。それから、このボロ雑巾を起こしてくれ。千絵と神崎先輩は、ビニール紐を縦に割いて三編みに編んでくれ。長さは50cmくらいのヤツを4本ばかり作ってくれないか?」「ああ」「分かったわ」田尾が西本に水を浴びせて、叩き起こしている間に三編みの紐は完成した。西本が意識を取り戻すと、僕は尋問を開始した。「私は、少ピン部門の後を預かるYだ。通称“信玄”と呼ばれている。君は、不正に製品を持ち出そうとして捕らえられた!誰の命令だ?」「やっ安田責任者に、取り次いでくれ!営業売上の確保のために、個別交渉に来たんだ!CVR部門の落ち込みをカバーしなくては・・・」「見え透いた嘘は通じないぞ!本社営業の渡部部長と話は着いてるんだ!“来月分は計上しない”とな!君の真の目的は何だ?“横取り”売りか?勝手な暴走か?下手な手出しや功名心にハヤる行為は、禁じられてるはず!知らぬとは言わせんぞ!」僕は、廃ダンボール箱を手にすると、西本の眼前に置き、金尺で寸断して見せた。「正直に申告しろ!タカが金尺だが、首を飛ばすのは、造作も無い事。誰の命令だ?目的は何だ?あの世に行く前に、正しく申告しろ!」首すじに金尺を当てて“自白”を迫った。西本の顔から血の気が失せた。「Y、喋ったか?」「ダメだ!どうも怪しい!本当に八重洲事業所の営業なのかな?」「身分証をコピーして本社営業部へ通報するか?」「どうやら、それをやらなきゃならんらしいな!田尾、両手を後ろ手に、脚はひと括りに縛り挙げろ!台車に載せて倉庫へ押し込んてしまえ!その上で、本社の渡部部長と談判だ!“2階”へは、話は伝わっているか?」「徳さんが通報した。“安さん”と徳永さんからは、“信玄に仕置は任せる”と一任を取り付けてあるぜ!」「ならば、作戦開始だ!明日、出荷のGE以外は1個たりとも出すな!泥棒を送り込むに至った経緯はどうでもいい。営業を“日干し”にしてやろう!向こうが謝罪に来なければ、我々にも覚悟はある!まずは、本社営業部に厳重抗議からだ!」僕と田尾は、西本を閉じ込めると、本社営業部にFAXを流して事の次第を問い質した。
「八重洲の西本が“泥棒行為”?!そんな馬鹿な・・・」渡部部長は、言葉を失った。「営業部は、泥棒を送り込んで製品を“強奪”するんですか?!そちらが、“約定を違えた”罪は重い!GE以外は出しませんよ!今月の予定を落とした原因は、“営業の暴挙にある”と振れて回りますから、ご承知下さい!それと西本を引き取りに来て下さい!その際は、“手錠と腰縄”をお忘れ無くお持ち下さい!」と一方的に言うと電話を叩き切った。「田尾、西本を運んで来い!ヤツに聞きたい事がある!」僕は憤然と言った。「ああ、直ぐにも」田尾も僕の怒りに怯えた。西本を載せた台車を建屋の外に運ばせると「最終通告だ!素直に“泥棒行為”を認めれば、紐を切って逃してやる!認めないなら“監禁”するまでだ!君は何を企んだ?」僕は、西本を睨み付ける。「自分は、CVR部門の売上減をカバーしてもらうために安田・・・」と言う西本の首すじに金尺を当てた。「白を切っても無駄だよ!君は製品を“強奪”しようとして、建屋に侵入した!証拠は揃ってるんだ!“見え透いた嘘”は通じない!田尾、経管の責任者を呼んでくれ!“泥棒行為”を働いた者として引き渡す!」「まっ待ってくれ!“泥棒行為”など働いてはいない!安田責任者に会わせてくれ!」西本は懇願したが、「安さんは“仕置は任せた”と言ってる!“罪人”として“留置”するのは、当然の事だ!」と斬り捨てて、台車から放り出した。西本は、経管に引き渡して、“留置”を依頼した。「前代未聞だが、盗みに入ったとなると、仕方ありませんな・・・」と経管も呆れていたが、身柄の拘束は引き受けてくれた。検査室のデスクに戻ると、FAXの束が置かれていた。「渡部部長からは、“出荷要請と謝罪”か。八重洲事業所からは、“身元の保証と解放要求”。更には、“安さん”に会わせてくれ!との依頼か。あー、お恥ずかしいったらありゃしない!“今更、信じて下さい!”の連呼か?誰も、西本を引き受けに来るとは、1行も書いて無いところを見ると、“何処かに後ろ暗い事”があるな!ヤツの持ち物は?」「このトランクだよ。中身は、CVR部門に関する文書と、赤字解消のための穴埋めの取引についてのノートだったよ。不良処理や納期についての文書もあったぜ!」徳さんが中身を見せてくれる。「増々怪しいな。CVR部門の営業が、サーディップ事業部に乗り込んで来るとは、どう言う魂胆だ?しかも、“泥棒行為”までやらかす意味が分からん!」僕は首を捻った。その時、内線が鳴った。「はい、ええ、居りますが?無駄だと思いますよ!証拠は挙がってますから!はい、はあー、では聞いてみますね。Y、八重洲の大岩根さんからよ!」と恭子が内線を指す。「大岩根か。鹿児島人らしいな。聞くだけ聞いてみるか?もしもし・・・」僕は大岩根さんと話し始めた。大岩根課長は、西本の上司で、まず西本の不始末を詫びて“泥棒行為”をする意思は無かったと釈明した。そして、CVR部門の“穴埋め”のために全国を飛び回っており、本社の渡部部長の“通達”を知らない事と、初めての訪問であるが故に、あらぬ誤解を与えてしまったと説明をした。「西本に他意はありません!落ち込んだ売上をカバーしようとしているだけです!“泥棒行為”を働く様な輩ではありません!これから、羽田へ向かいそちらに引き取りに行きますので、今しばらく待っていただきたい!」と懇願して来た。「そう言う話ならば、待ちますが、大岩根課長、彼が勝手に出荷端末を操作して、伝票を出力して、梱包済の製品を持ち去ろうとした事実は覆りませんよ!」と釘を刺した。「安田さんに“大岩根が来る”と言ってもらえば分かりますから、ともかく待っていただきたい!」と必死に縋って来る。「仕方ありませんな。“安さん”に言って置きますし、西本の処置も一時棚上げにしましょう。夕方になりますね?」「ええ、遅くなりますが、必ず行きますので!」と言って電話は切れた。僕は内線で“安さん”に“大岩根課長が西本を引き取りに来る”と告げた。「大岩根か!あの野郎、まだ生きておったか!」と“安さん”は懐かしそうに言った。「“信玄”よ、大岩根はかつてここに居た事もあるヤツだ。ヤツが来るまで結論は棚上げにしろ!アイツの“申し開き”を聞いてからでも遅くは無い。ともかく、待て。それと、“手土産”を考えて置け!“武士の情けだ!”その辺は心得ているな?」「はい、何かしらは考えて見ます」「渡部には、俺から言って置くから、出荷制限も“解除”してやれ!どうやら、勘違いが複雑に絡んでいる気がしてならん。余り本社を刺激するのも考え物だ。まずは、一歩譲って置け!いいな?」「はっ!」僕は内線を切ると、田尾を呼んだ。「出荷制限を解く。通常体制に戻していい。それと、10月出荷予定で、200万相当のロットを1つ用意してくれ」と告げた。「どうなってるんだよ?まさか、泥棒に“情け”をかけるつもりか?」と噛み付かれる。「まさにその“情け”をかける必要が出るかも知れん!どうやら、“誤解”と“勘違い”がごちゃ混ぜになって絡み合っている気配が出て来たんだよ!」と返すと「サッパリ分からねぇな!“安さん”は知ってるのか?」「“安さん”が“待って手土産を用意しろ”と仰せだよ。ともかく、決着は夕方になる。田尾も、もう一度発見した時の状況や西本が“何を持ち出そうとしていたか?”を整理して証言出来る様に準備して置いてくれ!」「了解だ。だが、ヤツのやろうとしていた事は“犯罪行為”なのに変わりはねぇ!キッチリと落とし前は着けてもらうからな!」田尾は不満げに言ったが、“手土産”になりそうなロットを物色し始めた。「ともかく、待つか!」僕も溜まっている雑務に手を付け始めた。雑音を排して勤怠・進捗管理に没頭した。
八重洲の大岩根課長が到着したのは、午後4時を過ぎた頃だった。経管から西本の身柄を預かると、2階の“安さん”の元へ直行した。午後5時近くになって、3人は検査室の僕のデスクへやって来た。「“信玄”、大岩根の野郎だ。今回の騒ぎの発端は、西本の“勘違い”と“先走り”が原因だ!渡部に罪は無いと言うか、ヤツの“不手際”も絡んでいる!関係者の証言を聞いて、時間を追って事を“再現”したいが、ウチのヤツらは集められるか?」と“安さん”が言い出した。「はい、関係者には待機若しくは、残業で残ってもらってます。田尾、関係者を集めてくれ!」「おう!白黒、決着をつけてやる!」田尾は今村さん達を呼んだ。関係者各位の立ち合いの元で“事件”が時系列で再現された。無論、僕も金尺を手に詰め寄った場面を“再現”して見せた。「大岩根、西本が勝手に伝票発行をしたのは、覆らんぞ!これは、“泥棒行為”と言われて、ウチの兵士に袋にされても“信玄”に凄まれても仕方あるまい!俺が当事者なら、“流血の惨事”は間違い無い!それは、認めろ!」「はい、これは消せない事実として認めます」“安さん”の主張に大岩根課長も同意した。西本は、俯いたままだ。「しかし、“未遂”に終わっている事実と、経管で大人しく“拘留”されとった点を差し引くと、“喧嘩両成敗”にするしかあるまい。ウチの連中も“やり過ぎた”事は反省しなくてはならんし、西本も勝手に入り込んだ事実と“我を忘れた”事実は消し去れん!CVR部門の落ち込み分をカバーしようと躍起になっとった事とは言え、“目先の欲に目が眩んだ”のは、言い訳にならんぞ!それと、ウチが“売りを立てる方向”を決めているのが、伝わらなかったのは、そっちのミスだ!これだけ“複雑怪奇”な事案でのゴタゴタだ。目を瞑れる範囲は瞑るしかあるまい」と“安さん”は方向性を示した。「けれど、営業が“持ち逃げ”しようとした事は事実ですぜ!」「まず、営業から詫びを入れるのが“筋”じゃないですか?!」田尾が今村さんが噛み付いた。「その点については、本社と八重洲合同で、改めて“詫び”を入れますよ。まず、この場は、私が詫びます!申し訳ございませんでした!」大岩根課長と西本は真摯に頭を下げた。「今回はやむを得ない事情もあった。これで、双方が“引く”事で幕引きとする!“信玄”、例の“ブツ”を出してやれ!」“安さん”の一声で“手土産”が出された。「これは?!」西本が顔色を変えた。「195万のロットだよ。CVR部門の足しにしな!」と田尾が伝票を付けて差し出した。「大岩根、これで勘弁しろ!」“安さん”がニヤリと笑う。「恐れ入りました!」大岩根課長と西本は深々と頭を下げると、大事に抱えて外へ向かった。「やれやれ、これで一件落着か」「いや、まだ油断大敵だぜ!戸締りを一段と厳重にしねぇと、同じことは繰り返すぜ!」今村さんが溜息交じりなの対して、田尾は気を引き締めていた。「明日は折り返し地点!皆、心して掛かれ!」“安さん”は、気合を込めて言うと2階へ上がって行った。後日、渡部部長と八重洲事業所長の連名で、“詫び状”が郵送されて来た。更には、八重洲から“草加煎餅”の詰め合わせが届けられた。営業としても、“不始末”をしでかしたのだから、製造のご機嫌を損ねる事だけは避けたかったらしい。西本は、始末書を書かされたが、CVR部門の売上の落ち込みを改善させた事が評価されて、それ以上の処分は下されなかった。
遅くなったついでに、明日の“反乱”の準備を密かに進めていると、神崎先輩と恭子、田尾に徳さんが集まって来た。「今日は“予定外”だけど、明日は“本番”よ!3人には、概略は説明してあるわ。Y、本気で“決行”するんでしょ!」「ええ、本当に“消えます”よ!橋口さんには、悪いけど“自力”を付けてもらわないと困りますからね!」「Y、GEはどうする気だ?」徳さんが進捗予定を見つつ言う。「キャップもベースも僕がやりますよ!検査は神崎先輩にお願いするとして、どうやって運ぶか?だよな?」「生産技術のフロアでどうするってんだよ?」田尾も心配している。「橋口さん用と原田さん用の治工具が、やっと出来上がったんだ。テストとビデオ撮影も兼ねて、2階で片付けるつもりなんだが、最終ロットが炉から出るのが、明日の朝一番なのさ。炉の方に手を回して、品証で預かってもらう算段なんだが、トレーを運ぶ方法をどうするか?なのさ。荷物用エレベーターで、細山田女史に裏から運び入れられないかとは考えてるが・・・」「となると、極秘裏に取りに行かなきゃならねぇな!トランシーバーはあるんだろう?」田尾が聞いて来る。「ああ、午前中には片付けたいからね。随時コールはするよ」「姿を見られたら速アウト!ここは、連携プレーの見せどころじゃない?」恭子が心なしかウキウキしている。「後は、銀ベースがヤバイかも知れんが、そっちは橋口さんに“宿題”として残して行くつもりだ。直近で急ぎなのは、GEだけ。特段の問題が・・・、今日みたいなヤツも含めて、起きない限りは安全は担保されてるはずだ。そうなると、自然に“力量”が問われる場面になる。煽るなり、焦らせてやってくれ。膿は早く出し切りたい!」「知っているのは、ここに居る4人のみ。聞かれても答えたらダメよ!いいわね!」神崎先輩が念を押す。「Yが居ない世界か。どう転ぶかな?」徳さんが腕を組んだ。「いつかは、来る“可能性のある日”だ!“予行演習”出来るだけまだマシだよ!」田尾が言うと3人の顔が暗くなる。「いずれにしても、これで新体制の欠陥が浮かび上がる。それを叩けば、僕等は更に前に進める。“可能性のある日”など気にするな。今は、ただ前を見据えて進むんだ!」「そうだな、やるなら早いに越した事は無い!」徳さんが言って僕の肩を叩いた。「最高の名演を期待してるぜ!」「迷う方にならない様に心がけるさ!」と返すと皆が笑った。前夜の謀議は和やかだった。
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