「そうか、ノートの“横流し”か。1期生が校外で直接接触した事実は出なかったんだな?」「はい、それは確かです。ただ、“横流し”に関与したかも知れない容疑者は10名居ます。今、個別に当たりを付けていますが、結論はまだです」中島先生は腕を組んでしばらく思慮に沈んだ。「Y、今回の試験範囲が“漏れている”と読んで問題を考慮し直す必要がある。各教科の進捗はどうなっている?」「はい、既に古文や数学、英語は3学期の履修範囲に入っています。他の教科もいずれ突入するでしょう。3学期は短いですから、各先生方もピッチを上げているのは間違いありません」僕は各教科の進み具合を頭の中で確認しつつ答えた。「そうなると、進み具合に寄って設問を変えなくてはならんな!条件はお前達と同じにしなくてはならん。出来るか出来ないかは関係ない!そこまで配慮が必要な試験ではないし、元は“身から出た錆”なのだ。それを横車を押して無理矢理に飛び越そうと画策する性根がワシは気に入らん!大人しく“留年”して1からやり直した方が本人の為だ!」先生も怒り心頭であった。「Y、状況は分かった。お前達はここまでだ。手を引け。ワシは校長にもう1度申し入れをして来る。よりハードルを高く設定し直す方向でな!試験は今週末の予定だ。勿論、公平を期して日曜日に実施するし、校内への立ち入りも規制する。クラスの動揺を抑える事と妙な噂にならん様に火消しに努めてくれ!厄介だろうが頼めるのはお前たちの組織だけだ。直ぐに手配しろ!」「はい!」僕は急いで教室へ取って返した。教室の隅では“解約対策委員会”のメンバーが揃って周囲を警戒しながら、“情報”を集めて検討をしていた。「参謀長、“銀行”の様子はどうだ?」長官が心配そうに聞いて来る。僕は聞いたままを話した。「そうか、週末か!設問も変えるのだな?」少し長官の表情が和らぐ。「ええ、それは間違いありません。原田からの“情報”はどうです?」「全員シロだったよ。こっちの“情報”が洩れている気配は無い!」伊東が断言した。「原田と小佐野が撹乱を開始した。噂を封じ込めると同時に“定期預金”に対しても偽りの“情報”が届く様に仕向けた。これで我々側の“備え”は整った。後は“乾坤一擲”の勝負がどう転ぶかにかかっているな!」長官がやっと落ち着きを取り戻した。「我々はまだ1歩リードしてます。次の仕掛けは恐らく“泥沼の法廷闘争”でしょうが、費用対効果を考えるとそこまで踏み込むか?は疑問です。“留年”か“退学”かの2択になるのでは?」「恐らくその線だろうな。“退学”は最後の選択肢だ。次善の策は“留年”を受け入れて、“解約”の交渉へと向かうしか無い。決して平坦な道のりではないがな!」「とにかく静観しよう!尾ひれが付いて独り歩きする前に“消火”しなきゃならない!」久保田が落ち着いて言う。「実際、飛び火は進行してる。まだ、ボヤ程度の噂だけど、確実に消し止めなきゃ!」千秋も言う。「いいか、“備え”は取った。今はボヤを消すのが先決だ!騒がず、惑わず、揺れない覚悟を持て!我々が揺るがなければボヤは拡大しない。伊東は原田との連絡、参謀長は担任との連携に努めて、正確な“情報”を取れ!他の者は火消しに全力で当たれ!勝負は月曜日に付く。それまでは決して騒ぐな!」長官が語気を強めて言った。「よーし、かかるか!」竹ちゃんの一言で全員がさりげなく散った。勝敗は学校側に委ねられた。
運命の月曜日。冬晴れの朝日が昇って来た。“大根坂”の中腹付近で6人が声をかけて来る。「Y-、おはよー!」堀ちゃんが手を振って追いついて来る。「オス!参謀長、いよいよだな!」竹ちゃんが肩をポンと叩く。「うむ、どう転んだか?気になるな!」僕は“最悪のシナリオ”を想定していた。すなわち、ハードルをクリアされて3学期から“復学”の決定がなされる事だ。「心配するな!あたし達を含めてクラス全員が揺らぐ事は無い!結果がどうあれ、あたし達は今まで通りに過ごせばいい!」さちが僕の心を見透かす様に言って背を叩く。「そうよ、誰が何と言おうとあたし達は変わらない!Yと道子に着いて行くよ!」中島ちゃんも肩に手を置いて笑う。「誰もあたし達に届かない!陰すら踏ませるもんですか!」堀ちゃんが勇ましく言って手を繋ぐ。さちは腕を絡ませて対抗する。「どんな事があっても、みんなはもう変わらないよ!今更変えようとしても遅いって!」雪枝が僕の鞄を持って前を歩く。「Y、アンタには“最強の味方”が付いてるね!あたしも応援する。だから、デンと構えな!」道子が頭を小突く。ワイワイと坂を登って行くと少し心が軽くなった。「大晦日に2年参りでもするか?夜中だけどこのメンバーでさ!」僕が何となく言うと「いいね!それやらねぇか?!何かイベントが無いと正月はダラケちまうから、丁度いい!参謀長、たまにはいい事思い付くねー!」竹ちゃんは乗り気だ。「みんなどうする?」道子が聞くと「賛成!」と合唱が返って来る。「よっしゃー!決まり!」竹ちゃんがガッツポーズを決める。「何があってもかまわねぇ。俺達は我が道を行けばいい!段取りは俺に任せてくれ!参謀長、たまには息抜きも必要だぜ!」竹ちゃんがまた肩を叩く。そうして盛り上がっている内に昇降口へ着いた。正面の掲示板に1枚の紙が貼り出されていた。全員が集合して文面を追う。“1年1組 菊地美夏。右の者、無期限の停学を継続とする。学校長 宮澤〇〇”「クリアならずか!」竹ちゃんが安堵のため息を漏らす。「最悪は回避したが、結論はどうなるのかな?」僕は首を捻る。「“留年”か“退学”かの2択でしょう?」道子が言う。「当面はそうだが、相手は常識が通じない。もうひと山ありそうな雰囲気だな」僕は雪枝から鞄を取り返すと教室へと続く廊下を歩きだした。「Y、それどう言う意味?」道子が追いかけて来て腕を掴む。「ちゃんと説明してよ!」彼女は詰め寄って来た。「これは、推測の域を出ない話だ。そのつもりで聞いてくれ」僕は道子に優しく言うと、鞄を机に置いて、ストーブに火を付けながら話し始めた。6人はストーブを囲んでいる。「今回の試験は何とか斬り抜けた。これは間違い無い事実として受け止めていいが、新たな“戦い”の火蓋が切られたとも言える。さっき、道子が“留年”か“退学”の2択じゃないか?と言ったけど実は“もう1つの選択肢”が隠れてるんだ!」「それはなんなの?」「裁判だよ。“教育を受ける権利”を盾に取った壮絶な泥試合さ。でも、これには“リスク”が伴うし、費用対効果が得られるか?疑問符が付く。負ければ“間違い無く退学”に追い込まれるから、人生を賭けた争いにならざるを得ない。菊地孃側が踏み込むか?それとも引いてやり直しに転じるか?3月もギリギリまで縺れる展開になると僕は見ている」「そんなリスキーな事を仕掛けて来るかな?」道子は懐疑的に問う。「“無期限の停学”と言う事は、3~4年先までか10年先かの保証は無いんだ。“半永久的に停学”と言い換えても過言では無い!宙ぶらりんのまま、いつまで待てると思う?現状だと、最短でも“僕達が卒業”するまでは、足止めを喰らってもおかしくは無いんだ。もし、そうだとしたら、“退学”してやり直した方が早い!」「でも、“破門状まがい”の文書が出てる限り、他校を受けても落とされるだけでしょう?」道子がまた返して来る。「そう、今の状況下では高卒の資格は得られないんだ!“ここ以外では無理”なのさ。そうだとすると、一番現実的なのは“留年”になる。だが、彼女にも“プライド”はある。やたらと高いヤツだが。プライドをかなぐり捨てる勇気があるなら、道は開けるだろう。けれども、彼女の“プライドと自信過剰”が足かせとなるとすれば、泥試合に縺れ込む事もあり得るだけに、手放しで喜んでる暇は無い!今日、どう言う発表があって、何が語られるか?それに寄っても見解は変わる。正直な話、この先の展開は僕等の手を離れた場で決められる事になるから、工作も通じないし成り行きも間接的に把握するに留まるだろう。“見えない相手”と戦うんだよ。それがどれだけ難しいか?想像するだけでも空恐ろしい話じゃないかな?」僕は見解を話し終えた。6人は沈黙している。「さすがだな、参謀長!早速、次を看破するとは隅には置けんな!」長官が来ていた。「聞いてたんですか?」「ああ、見事な推理だ。ワシもそこが気になっておる。公式の見解は明らかではないが、まあ9分9厘は参謀長の言った線で推移するだろう。今度は“泥沼の戦い”に縺れ込む公算は極めて高い!」長官はストーブの輪に加わると「試験に落ちた事で、先行きの選択肢は限られた。“裁判”か“留年”か“退学”かの3択に絞られた。この内、“退学”は最後の選択肢だから外すとしても、“戦闘”か“和平”かのいずれかを選ばなくては菊地嬢に生きる道は無い。参謀長の見解通り“半永久的に停学”のまま成人式を迎える程、愚かではあるまい。現実路線なら“留年”を取り、全面的に謝罪してやり直す事になる。だが、これを取ったとしても道のりは険しく容易ではない。“裁判”と言う“天国か地獄か”の賭けに打って出るなら、彼女の人生そのものを“担保”にするしか無い。場外乱闘にはなるが、3学期もゴタゴタは続くと見て間違いはなさそうだ」と言って周囲を見渡した。「長官、俺達に実際、どの程度の影響が出るんだ?」竹ちゃんが聞く。「我々の手の内から離れた以上、影響は少ないだろう。ただ、ボヤ程度の火事は消し止める必要はあるが。様は、我々が揺るがなければ問題は無い。久保田・小川を筆頭に伊東、竹内、ワシに参謀長、千里が落ち着いていれば被害は出ないと見ておる。このクラスに菊地嬢が戻る道は閉ざされたのだ。クラスのトップ達が泰然自若としておれば、もう心配は無い。細かな問題はトップが解決に動けばいい」長官が静かに答えると、一斉に安堵のため息が漏れた。「参謀長、悪いが早急に“銀行側”の真意を確認してくれ!その回答次第で3月期の対処を決めねばならん」「はい、出来るだけ早くに聞きだして置きますよ」僕は昼休みに先生から回答を得る算段を考え始めた。「竹内、ワシと伊東達で今後の対策を考えて置かねばならん。まずは千里への説明から始めよう。手を貸してくれ!」「了解だ!早速かかるか!」長官と竹ちゃんは直ぐに動き出した。勝負はまだ終わっては居なかった。
「“時間の浪費と経費の無駄遣い”を地で行った様なモノだ!県教委が相応に見てくれるからまだマシだが、初めから“勝負にならない将棋”を1日かけてやったんだ。ワシも疲れたよ!」中島先生はあくびを堪えるのに必死だった。「では、結果は散々ですか?」僕が突っ込むと「80点を超えたのが1教科。残りは全て50点の半ばで“不合格”だったよ。2学期の授業を全く受けていないのにも関わらず、無謀な賭けに打って出るとは神経を疑う。校長も両親に対して“退学にしなかったのは、学校としての最大限の譲歩に他ならない。これ以上何を望むのか!”と釘を刺して“気が変わらない内に、和平への道を選択しないと、それこそ取り返しが付かなくなる!”と凄んだらしい。鬼気迫る校長に対して、二の句は告げられなかった様だ。ただ、“和平への道を選択する様に娘を説得して、近日中にはお答えします”と約束はしたらしいがな。向こうの言葉を鵜呑みにするのは、危険極まりないだけに、校長も“全面的には信用はしない”と強行姿勢は崩してはおらん!」先生はあくびを連発しながら言った。「そうしますと、向こうも多少は軟化したと言う事ですか?」と尚も突っ込むと「まだ断定は出来ないが、やっと“身の程を思い知った”のは間違いあるまい。もし、強行突破をチラつかせれば有無を言わさず“退学”に持って行けるのだからな。校長の我慢もそろそろ限界に達する。ここで“降服”して置かないと、もう次は崖から真っ逆さまだよ。実はな、ワシのところに“引継ぎ”の指示は来ているんだ。3期生として“1からやり直させる準備と注意点”をまとめろ!とな。確かに、今からやらないと間に合わない。特に“政治活動と政的思想”については、子細にまとめなくてはならん。これで正月は夢と消える。情けないが“寝正月”はお預けだよ。とほほ・・・・」最後はボヤキが入ったが、学校側としては“謝罪”をさせた上で“留年”させる方針だと分かった。「先生、僕等が恐れているのは、噂が流れ、かつ尾ひれが付いて暴走する事です。ボヤ程度ではクラスは揺らぎませんが、土手に火が付いたら消しようが無いのが実情です。無論、指をくわえて見ている事はしませんが、しかるべき時期が来たら、正しい情報の元に事実を公表して欲しいのです。僕等だけでは全てを抑えるのは無理です。考えて頂けないでしょうか?」「Y、さすがに切れる男だな。みんながお前の様にしっかりと考えられれば、最強の学年となるだろう。だが、みんな揃ってと言う訳には行くまい?心配するな。校長も同じ事を懸念しとる。“生徒達に重荷を背負わせるのは忍びない”と度々こぼしているし、“懸命に走り回っている者達を見捨てる事はしない”と明言しておる。時期が来たらきちんと事実を公表して、学校側としての見解も出す。済まんがもう少しだけ辛抱してくれ!今の話は校長へ伝えて置くし、教職員全員に周知させる。3学期からは勉学に専念できる環境を用意するから、年内は済まんが宜しく頼む。クラスのトップ達にも言って協力を仰いでくれ」「分かりました。2学期も残りわずかです。年内は何とかして見ます!もし、大火に見舞われた折には助力をお願いしますが、凌げる間は凌いでやります」「うむ、任せた!久保田と小川を筆頭にしてやり繰りして見てくれ。悪い様にはしないから」「はい!」僕は生物準備室を出ると少し思案しながら教室へ向かった。「“裁判”は回避する方向か?問題はどこで“折り合う”事が出来るかだな・・・。静かに3学期を過ごせればいいが・・・」僕の心の中の暗雲は、まだ晴れていなかった。教室へ戻ると長官と伊東が協議をしていた。「おお、参謀長。どうだ?学校側の意向は掴めたか?」「ええ、多少の不安要素はありますが、おおよその点は決まっている様です」僕は先生から聞いたままを伝えた。「ふむ、“3期生として1からやり直させる準備と注意点をまとめろ”か。“裁判”は回避する方向と見ても間違いはあるまい。それに“時期が来たらきちんと事実を公表して、学校側としての見解も出す”と言うならば、これからは“着地点”を探る方向へ向かうだろうが、相手がどう出るか?だな」「ええ、強硬論は通じませんから、学校側の意向に沿う形にならざるを得ません。それで“定期預金”が納得すれば、と言うか納得させられるか?の1点に絞られます」「最大の関門だな。つまらん“プライド”を捨てられるか否か?」「それですよ!“プライドだけ”は高いですからね。しかし、親が説得すれば落ちる可能性はゼロではありません!」「いずれにしても“高い買い物”になるな。簡単な事では無いのは承知しているが、あくまでも“場外乱闘”であるのは間違いない。被害は最小限の範囲で収まるだろう。伊東、本件を原田に耳打ちして置け。ヤツも今回の事には神経を尖らせているはず。冷静に対処する様に言い含めて置け!」「では、直ぐにも」伊東は3組へ向かった。「参謀長、ご苦労だった。これで我々も落ち着いて対処出来る。原田も含めて鎮静化に努めれば、事は大きくならずに済む。心配はいらん。冷静に看脚下(あしもと)を見れば、心の暗雲も晴れるだろう?」「顔に出てましたか?」「誰しもそうだよ。ワシも報告を聞くまで心がざわめいていた。だが、今は無音に近い。学年の総力を結集すれば、我々は決して揺るがぬ!もう、揺れていた時期は過ぎた。付け入る隙は皆無だろうよ」「そう願いたいものです。騒動はいい加減に止めたいですね」「ああ」僕と長官は教室を見渡した。ありふれた日常がそこに溢れていた。このありふれた日常を守るために僕等は長い間苦しんで来た。「これで終止符を打てれば最高なんですが」「打てるさ。そうしなくてはならん」長官が微かに笑った。こうして、僕等の“対菊地戦争”は一応の終結を見た。
その日の放課後、僕は5人のレディ達に集合をかけた。「どうにか間に合ったから、プレゼントをお渡ししましょう。ささやかではありますが、どうぞお受け取りを!」僕は順番に包みを配った。「何これ?」「何かドキドキする!」「Y、何を仕掛けた訳?」反応は様々だが、包みを開けるとフレームに入った写真が出て来る仕掛けだ。その表情も5人5様で、基本は笑顔だった。「Y、これいつの間に撮ったのよ!」「えー、あたしこんな顔だ!もうちょっと美人に写せなかったの!」「これ、あたしじゃないみたい!」「隠し撮りだよね。Y、相当苦労したでしょ?」道子が代表して聞いて来る。「色々とご意見はあるでしょうが、ほぼ2学期全般に渡って撮影した中の“ベストショット”を選んだつもり。時期も様々だが“悟られない様にしれっと”撮るのは意外に大変だったんだ。でも、僕としてはなるべく“素の笑顔”を集めたつもり。全部となると約140枚を撮り溜めたよ!」「えー、Yの手元にはまだそんなにあるのー?!恥ずかしいから全部出してよー!」堀ちゃんが悲鳴を上げる。「ダーメ!貴重なライブラリーをそう簡単に手放すものか!永久保存にする」「テーマは“笑顔”だけど他にはどんな表情を撮ったのよ!」中島ちゃんが聞いて来る。「“横顔”とか“あくび”、“ボーっとしてる”シリーズもある」「それ、全部見せてよ!モデルとして“見る権利”はあるんじゃない?」彼女が僕のブレザーの襟を掴むと他の4人も一斉に襟を掴んで詰め寄って来る。「出しなさい!!」5人が合唱する。さすがに恐れを抱いた僕は、おずおずとミニアルバムを取り出す。5人はそれを取り上げると1枚1枚にチェックを入れ始める。「ふむ、みんな均等に撮られてるじゃん!」「さちの“あくび”は豪快だね!」「そう言う雪枝の“横顔”は何で綺麗な訳?」「あたしの“ボーっとしてる”ヤツ見ないでよ!」5人はキャイキャイとはしゃいでいる。「Y、これ1枚1枚にどんな思いを込めたの?」道子が真面目に聞いて来る。「ありふれた日常の中で、“いいな!”って思った瞬間を切り取ったつもり。時の流れは止められないから、同じ瞬間は2度と来ない。“あの日あの時の煌めき”を無性に残したくてね。シャッターを切っただけだよ」僕は正直に吐露した。「そうか。Yなりの視点であたし達を見ててくれてたのね。確かに時間は止められないけど、写真は“時間を切り取るタイムシフトマシーン”だから、振り返る事が出来るし、思い出す事もある。1枚1枚にYの暖かく優しい視線を感じるのは、そう言う事なのね。Y、最高の“笑顔”を切り取ってくれてありがとう!」道子が言うと「自分でも意外なんだけど、あたしの“素の顔”の写真ってあんまり無いんだよね。でも、こんなに枚数があるなんて、無性に嬉しい!Y、こっちもあたし達に分けてくれない?」中島ちゃんが言い出した。「フィルムはYの手元に残るから、いいよね?分けちゃっても?」さちが“決め”を言い出す。「分かったよ。気に入ったなら持って帰っていいよ。結構な枚数になるけどさ」僕は折れた。“モデル料”を請求されるよりはマシだからだ。5人は自分の写真を丹念に拾い、ミニアルバム4冊はジャンケンで分け合った。「ちょっとした“写真集”だね!」堀ちゃんが言う。「Y、写真家にならない?才能あると思うよ!」と雪枝が勧める。「一応考えとくよ」僕は何気に言ったが、後々本当に写真、しかも“カメラ本体”に関わる事になる。だが、この時はそんな事は考えてもいなかった。「Y、かなり捻ったプレゼントだけど、感謝するよ!忙しい中でも、ちゃんとあたし達を見ててくれたんだね!ありがと!」さちが頭を撫でる。何だかんだはあったが、ともかく気を損ねる事は避けられたらしい。
「へえー、道子もこんな表情をするのか!俺も初めて見るぜ!」竹ちゃんが感慨深く言う。帰り道の“大根坂”での事だ。「何よ!悪かったわね?!」と道子がふくれるので、竹ちゃんが「いや、改めて見ると綺麗だなー、参謀長の腕前は結構なもんだ!」とあわてて言い直す。「ならば、宜しい!」道子が勝ち誇る。「でもさ、これって“撮る側の思い”も反映されてねぇか?そうでなきゃ、意図的に狙うにしても限度はあるだろうが!」竹ちゃんは他の4人の写真も覗き込んで言う。「そうだね。どこか“見守る様な優しい視線”だよね。Yの“優しい気持ち”が溢れているでしょう?」中島ちゃんが言った。「そこかしこに写す側の“心”が見えない?1カット1カットそれぞれに。アイツの“精一杯の気持ち”が色濃く反映されてる。“優しすぎる馬鹿なヤツ”でも、それがYと言う人そのもの。昔から全然変わらない!」道子がそう言って竹ちゃんを捕まえる。「でも、これまでの“対菊地戦争”の最前線では、そんな風には見えなかったぜ!」「あれは、Yの本当の姿じゃないの!“自身を押し殺して、なり振り構わず”戦ったからよ。本当は“戦った相手にも手を差しのべる”くらい優しすぎる馬鹿なの!そう言う姿は見せて居ないだけ」「“自身を押し殺して”までか、参謀長辛くねぇのかよ?」「かなり無理してると思う。でも“みんなのため”だから、後先を考えずに突っ走った。心も鬼に変えたでしょうね。形はどうあれ、“戦争”が終結へ向かったのは、幸い以外の何者でもないわ。Yは、本来は平和主義者だから争いを何より嫌う。でも、それをかなぐり捨ててまで“戦争”に身を投じたのは、初めてじゃないかな?それも自ら先頭に立つ場を選んだ事も“Yの性格からしても異例”のはず。そんな間に“隠し撮り”までやったんだから、限界はとっくに超えてるはずよ。少しは休ませないと、倒れてしまうかもね・・・」道子は僕の背中を見ながら呟いた。「道子、参謀長が昔半年間寝たきりになったって言ってたよな?その後遺症もまだ完全に治まってねぇんだろう?何故、命を削る様な真似を何でやったんだ?」竹ちゃんが不安そうに聞いた。「それは、あたし達の安心・安全のためじゃないかな?Yが命懸けで守ろうとしたのは、クラス全体もそうだけど、1番はあたし達5人のためであるのは間違いない!自分の友達のためなら、例え命を削っても“最優先事項”と考える。だから馬鹿だって言うの。“適当”を嫌って“とことん真正面から向き合う”のがアイツのポリシー。だから、あんなことになるのよ」道子は目の前を歩く僕等を指さして言う。僕の両脇は、さちと堀ちゃんが固めて、前を雪枝と中島ちゃんがじゃれあって進む。いつもの見慣れた光景だった。「Yだから出来る芸当だわ。誰1人疎かにしない。あんな事はアイツしかやれないもの」「確かに、4人同時に相手するなんざぁ、聖徳太子並みの能力がなけりゃ無理だ!あれが普通だって言うんだから、恐ろしいとしか言えねぇ。道子、俺達に出来るのは“いつも後ろからさりげなく見ててやる”これに尽きるな。万が一の時に止められるのは俺達しかいねぇ!」「そうよ、Yも分かってる。あたし達の忠告なら聞き入れてくれる。アイツがずっと真っ直ぐに歩ける様にしてあげようよ!」「ああ、それがせめてもの“労い”だな」竹ちゃんが珍しく真面目に言う。夜空に星が煌めき始めていた。
運命の月曜日。冬晴れの朝日が昇って来た。“大根坂”の中腹付近で6人が声をかけて来る。「Y-、おはよー!」堀ちゃんが手を振って追いついて来る。「オス!参謀長、いよいよだな!」竹ちゃんが肩をポンと叩く。「うむ、どう転んだか?気になるな!」僕は“最悪のシナリオ”を想定していた。すなわち、ハードルをクリアされて3学期から“復学”の決定がなされる事だ。「心配するな!あたし達を含めてクラス全員が揺らぐ事は無い!結果がどうあれ、あたし達は今まで通りに過ごせばいい!」さちが僕の心を見透かす様に言って背を叩く。「そうよ、誰が何と言おうとあたし達は変わらない!Yと道子に着いて行くよ!」中島ちゃんも肩に手を置いて笑う。「誰もあたし達に届かない!陰すら踏ませるもんですか!」堀ちゃんが勇ましく言って手を繋ぐ。さちは腕を絡ませて対抗する。「どんな事があっても、みんなはもう変わらないよ!今更変えようとしても遅いって!」雪枝が僕の鞄を持って前を歩く。「Y、アンタには“最強の味方”が付いてるね!あたしも応援する。だから、デンと構えな!」道子が頭を小突く。ワイワイと坂を登って行くと少し心が軽くなった。「大晦日に2年参りでもするか?夜中だけどこのメンバーでさ!」僕が何となく言うと「いいね!それやらねぇか?!何かイベントが無いと正月はダラケちまうから、丁度いい!参謀長、たまにはいい事思い付くねー!」竹ちゃんは乗り気だ。「みんなどうする?」道子が聞くと「賛成!」と合唱が返って来る。「よっしゃー!決まり!」竹ちゃんがガッツポーズを決める。「何があってもかまわねぇ。俺達は我が道を行けばいい!段取りは俺に任せてくれ!参謀長、たまには息抜きも必要だぜ!」竹ちゃんがまた肩を叩く。そうして盛り上がっている内に昇降口へ着いた。正面の掲示板に1枚の紙が貼り出されていた。全員が集合して文面を追う。“1年1組 菊地美夏。右の者、無期限の停学を継続とする。学校長 宮澤〇〇”「クリアならずか!」竹ちゃんが安堵のため息を漏らす。「最悪は回避したが、結論はどうなるのかな?」僕は首を捻る。「“留年”か“退学”かの2択でしょう?」道子が言う。「当面はそうだが、相手は常識が通じない。もうひと山ありそうな雰囲気だな」僕は雪枝から鞄を取り返すと教室へと続く廊下を歩きだした。「Y、それどう言う意味?」道子が追いかけて来て腕を掴む。「ちゃんと説明してよ!」彼女は詰め寄って来た。「これは、推測の域を出ない話だ。そのつもりで聞いてくれ」僕は道子に優しく言うと、鞄を机に置いて、ストーブに火を付けながら話し始めた。6人はストーブを囲んでいる。「今回の試験は何とか斬り抜けた。これは間違い無い事実として受け止めていいが、新たな“戦い”の火蓋が切られたとも言える。さっき、道子が“留年”か“退学”の2択じゃないか?と言ったけど実は“もう1つの選択肢”が隠れてるんだ!」「それはなんなの?」「裁判だよ。“教育を受ける権利”を盾に取った壮絶な泥試合さ。でも、これには“リスク”が伴うし、費用対効果が得られるか?疑問符が付く。負ければ“間違い無く退学”に追い込まれるから、人生を賭けた争いにならざるを得ない。菊地孃側が踏み込むか?それとも引いてやり直しに転じるか?3月もギリギリまで縺れる展開になると僕は見ている」「そんなリスキーな事を仕掛けて来るかな?」道子は懐疑的に問う。「“無期限の停学”と言う事は、3~4年先までか10年先かの保証は無いんだ。“半永久的に停学”と言い換えても過言では無い!宙ぶらりんのまま、いつまで待てると思う?現状だと、最短でも“僕達が卒業”するまでは、足止めを喰らってもおかしくは無いんだ。もし、そうだとしたら、“退学”してやり直した方が早い!」「でも、“破門状まがい”の文書が出てる限り、他校を受けても落とされるだけでしょう?」道子がまた返して来る。「そう、今の状況下では高卒の資格は得られないんだ!“ここ以外では無理”なのさ。そうだとすると、一番現実的なのは“留年”になる。だが、彼女にも“プライド”はある。やたらと高いヤツだが。プライドをかなぐり捨てる勇気があるなら、道は開けるだろう。けれども、彼女の“プライドと自信過剰”が足かせとなるとすれば、泥試合に縺れ込む事もあり得るだけに、手放しで喜んでる暇は無い!今日、どう言う発表があって、何が語られるか?それに寄っても見解は変わる。正直な話、この先の展開は僕等の手を離れた場で決められる事になるから、工作も通じないし成り行きも間接的に把握するに留まるだろう。“見えない相手”と戦うんだよ。それがどれだけ難しいか?想像するだけでも空恐ろしい話じゃないかな?」僕は見解を話し終えた。6人は沈黙している。「さすがだな、参謀長!早速、次を看破するとは隅には置けんな!」長官が来ていた。「聞いてたんですか?」「ああ、見事な推理だ。ワシもそこが気になっておる。公式の見解は明らかではないが、まあ9分9厘は参謀長の言った線で推移するだろう。今度は“泥沼の戦い”に縺れ込む公算は極めて高い!」長官はストーブの輪に加わると「試験に落ちた事で、先行きの選択肢は限られた。“裁判”か“留年”か“退学”かの3択に絞られた。この内、“退学”は最後の選択肢だから外すとしても、“戦闘”か“和平”かのいずれかを選ばなくては菊地嬢に生きる道は無い。参謀長の見解通り“半永久的に停学”のまま成人式を迎える程、愚かではあるまい。現実路線なら“留年”を取り、全面的に謝罪してやり直す事になる。だが、これを取ったとしても道のりは険しく容易ではない。“裁判”と言う“天国か地獄か”の賭けに打って出るなら、彼女の人生そのものを“担保”にするしか無い。場外乱闘にはなるが、3学期もゴタゴタは続くと見て間違いはなさそうだ」と言って周囲を見渡した。「長官、俺達に実際、どの程度の影響が出るんだ?」竹ちゃんが聞く。「我々の手の内から離れた以上、影響は少ないだろう。ただ、ボヤ程度の火事は消し止める必要はあるが。様は、我々が揺るがなければ問題は無い。久保田・小川を筆頭に伊東、竹内、ワシに参謀長、千里が落ち着いていれば被害は出ないと見ておる。このクラスに菊地嬢が戻る道は閉ざされたのだ。クラスのトップ達が泰然自若としておれば、もう心配は無い。細かな問題はトップが解決に動けばいい」長官が静かに答えると、一斉に安堵のため息が漏れた。「参謀長、悪いが早急に“銀行側”の真意を確認してくれ!その回答次第で3月期の対処を決めねばならん」「はい、出来るだけ早くに聞きだして置きますよ」僕は昼休みに先生から回答を得る算段を考え始めた。「竹内、ワシと伊東達で今後の対策を考えて置かねばならん。まずは千里への説明から始めよう。手を貸してくれ!」「了解だ!早速かかるか!」長官と竹ちゃんは直ぐに動き出した。勝負はまだ終わっては居なかった。
「“時間の浪費と経費の無駄遣い”を地で行った様なモノだ!県教委が相応に見てくれるからまだマシだが、初めから“勝負にならない将棋”を1日かけてやったんだ。ワシも疲れたよ!」中島先生はあくびを堪えるのに必死だった。「では、結果は散々ですか?」僕が突っ込むと「80点を超えたのが1教科。残りは全て50点の半ばで“不合格”だったよ。2学期の授業を全く受けていないのにも関わらず、無謀な賭けに打って出るとは神経を疑う。校長も両親に対して“退学にしなかったのは、学校としての最大限の譲歩に他ならない。これ以上何を望むのか!”と釘を刺して“気が変わらない内に、和平への道を選択しないと、それこそ取り返しが付かなくなる!”と凄んだらしい。鬼気迫る校長に対して、二の句は告げられなかった様だ。ただ、“和平への道を選択する様に娘を説得して、近日中にはお答えします”と約束はしたらしいがな。向こうの言葉を鵜呑みにするのは、危険極まりないだけに、校長も“全面的には信用はしない”と強行姿勢は崩してはおらん!」先生はあくびを連発しながら言った。「そうしますと、向こうも多少は軟化したと言う事ですか?」と尚も突っ込むと「まだ断定は出来ないが、やっと“身の程を思い知った”のは間違いあるまい。もし、強行突破をチラつかせれば有無を言わさず“退学”に持って行けるのだからな。校長の我慢もそろそろ限界に達する。ここで“降服”して置かないと、もう次は崖から真っ逆さまだよ。実はな、ワシのところに“引継ぎ”の指示は来ているんだ。3期生として“1からやり直させる準備と注意点”をまとめろ!とな。確かに、今からやらないと間に合わない。特に“政治活動と政的思想”については、子細にまとめなくてはならん。これで正月は夢と消える。情けないが“寝正月”はお預けだよ。とほほ・・・・」最後はボヤキが入ったが、学校側としては“謝罪”をさせた上で“留年”させる方針だと分かった。「先生、僕等が恐れているのは、噂が流れ、かつ尾ひれが付いて暴走する事です。ボヤ程度ではクラスは揺らぎませんが、土手に火が付いたら消しようが無いのが実情です。無論、指をくわえて見ている事はしませんが、しかるべき時期が来たら、正しい情報の元に事実を公表して欲しいのです。僕等だけでは全てを抑えるのは無理です。考えて頂けないでしょうか?」「Y、さすがに切れる男だな。みんながお前の様にしっかりと考えられれば、最強の学年となるだろう。だが、みんな揃ってと言う訳には行くまい?心配するな。校長も同じ事を懸念しとる。“生徒達に重荷を背負わせるのは忍びない”と度々こぼしているし、“懸命に走り回っている者達を見捨てる事はしない”と明言しておる。時期が来たらきちんと事実を公表して、学校側としての見解も出す。済まんがもう少しだけ辛抱してくれ!今の話は校長へ伝えて置くし、教職員全員に周知させる。3学期からは勉学に専念できる環境を用意するから、年内は済まんが宜しく頼む。クラスのトップ達にも言って協力を仰いでくれ」「分かりました。2学期も残りわずかです。年内は何とかして見ます!もし、大火に見舞われた折には助力をお願いしますが、凌げる間は凌いでやります」「うむ、任せた!久保田と小川を筆頭にしてやり繰りして見てくれ。悪い様にはしないから」「はい!」僕は生物準備室を出ると少し思案しながら教室へ向かった。「“裁判”は回避する方向か?問題はどこで“折り合う”事が出来るかだな・・・。静かに3学期を過ごせればいいが・・・」僕の心の中の暗雲は、まだ晴れていなかった。教室へ戻ると長官と伊東が協議をしていた。「おお、参謀長。どうだ?学校側の意向は掴めたか?」「ええ、多少の不安要素はありますが、おおよその点は決まっている様です」僕は先生から聞いたままを伝えた。「ふむ、“3期生として1からやり直させる準備と注意点をまとめろ”か。“裁判”は回避する方向と見ても間違いはあるまい。それに“時期が来たらきちんと事実を公表して、学校側としての見解も出す”と言うならば、これからは“着地点”を探る方向へ向かうだろうが、相手がどう出るか?だな」「ええ、強硬論は通じませんから、学校側の意向に沿う形にならざるを得ません。それで“定期預金”が納得すれば、と言うか納得させられるか?の1点に絞られます」「最大の関門だな。つまらん“プライド”を捨てられるか否か?」「それですよ!“プライドだけ”は高いですからね。しかし、親が説得すれば落ちる可能性はゼロではありません!」「いずれにしても“高い買い物”になるな。簡単な事では無いのは承知しているが、あくまでも“場外乱闘”であるのは間違いない。被害は最小限の範囲で収まるだろう。伊東、本件を原田に耳打ちして置け。ヤツも今回の事には神経を尖らせているはず。冷静に対処する様に言い含めて置け!」「では、直ぐにも」伊東は3組へ向かった。「参謀長、ご苦労だった。これで我々も落ち着いて対処出来る。原田も含めて鎮静化に努めれば、事は大きくならずに済む。心配はいらん。冷静に看脚下(あしもと)を見れば、心の暗雲も晴れるだろう?」「顔に出てましたか?」「誰しもそうだよ。ワシも報告を聞くまで心がざわめいていた。だが、今は無音に近い。学年の総力を結集すれば、我々は決して揺るがぬ!もう、揺れていた時期は過ぎた。付け入る隙は皆無だろうよ」「そう願いたいものです。騒動はいい加減に止めたいですね」「ああ」僕と長官は教室を見渡した。ありふれた日常がそこに溢れていた。このありふれた日常を守るために僕等は長い間苦しんで来た。「これで終止符を打てれば最高なんですが」「打てるさ。そうしなくてはならん」長官が微かに笑った。こうして、僕等の“対菊地戦争”は一応の終結を見た。
その日の放課後、僕は5人のレディ達に集合をかけた。「どうにか間に合ったから、プレゼントをお渡ししましょう。ささやかではありますが、どうぞお受け取りを!」僕は順番に包みを配った。「何これ?」「何かドキドキする!」「Y、何を仕掛けた訳?」反応は様々だが、包みを開けるとフレームに入った写真が出て来る仕掛けだ。その表情も5人5様で、基本は笑顔だった。「Y、これいつの間に撮ったのよ!」「えー、あたしこんな顔だ!もうちょっと美人に写せなかったの!」「これ、あたしじゃないみたい!」「隠し撮りだよね。Y、相当苦労したでしょ?」道子が代表して聞いて来る。「色々とご意見はあるでしょうが、ほぼ2学期全般に渡って撮影した中の“ベストショット”を選んだつもり。時期も様々だが“悟られない様にしれっと”撮るのは意外に大変だったんだ。でも、僕としてはなるべく“素の笑顔”を集めたつもり。全部となると約140枚を撮り溜めたよ!」「えー、Yの手元にはまだそんなにあるのー?!恥ずかしいから全部出してよー!」堀ちゃんが悲鳴を上げる。「ダーメ!貴重なライブラリーをそう簡単に手放すものか!永久保存にする」「テーマは“笑顔”だけど他にはどんな表情を撮ったのよ!」中島ちゃんが聞いて来る。「“横顔”とか“あくび”、“ボーっとしてる”シリーズもある」「それ、全部見せてよ!モデルとして“見る権利”はあるんじゃない?」彼女が僕のブレザーの襟を掴むと他の4人も一斉に襟を掴んで詰め寄って来る。「出しなさい!!」5人が合唱する。さすがに恐れを抱いた僕は、おずおずとミニアルバムを取り出す。5人はそれを取り上げると1枚1枚にチェックを入れ始める。「ふむ、みんな均等に撮られてるじゃん!」「さちの“あくび”は豪快だね!」「そう言う雪枝の“横顔”は何で綺麗な訳?」「あたしの“ボーっとしてる”ヤツ見ないでよ!」5人はキャイキャイとはしゃいでいる。「Y、これ1枚1枚にどんな思いを込めたの?」道子が真面目に聞いて来る。「ありふれた日常の中で、“いいな!”って思った瞬間を切り取ったつもり。時の流れは止められないから、同じ瞬間は2度と来ない。“あの日あの時の煌めき”を無性に残したくてね。シャッターを切っただけだよ」僕は正直に吐露した。「そうか。Yなりの視点であたし達を見ててくれてたのね。確かに時間は止められないけど、写真は“時間を切り取るタイムシフトマシーン”だから、振り返る事が出来るし、思い出す事もある。1枚1枚にYの暖かく優しい視線を感じるのは、そう言う事なのね。Y、最高の“笑顔”を切り取ってくれてありがとう!」道子が言うと「自分でも意外なんだけど、あたしの“素の顔”の写真ってあんまり無いんだよね。でも、こんなに枚数があるなんて、無性に嬉しい!Y、こっちもあたし達に分けてくれない?」中島ちゃんが言い出した。「フィルムはYの手元に残るから、いいよね?分けちゃっても?」さちが“決め”を言い出す。「分かったよ。気に入ったなら持って帰っていいよ。結構な枚数になるけどさ」僕は折れた。“モデル料”を請求されるよりはマシだからだ。5人は自分の写真を丹念に拾い、ミニアルバム4冊はジャンケンで分け合った。「ちょっとした“写真集”だね!」堀ちゃんが言う。「Y、写真家にならない?才能あると思うよ!」と雪枝が勧める。「一応考えとくよ」僕は何気に言ったが、後々本当に写真、しかも“カメラ本体”に関わる事になる。だが、この時はそんな事は考えてもいなかった。「Y、かなり捻ったプレゼントだけど、感謝するよ!忙しい中でも、ちゃんとあたし達を見ててくれたんだね!ありがと!」さちが頭を撫でる。何だかんだはあったが、ともかく気を損ねる事は避けられたらしい。
「へえー、道子もこんな表情をするのか!俺も初めて見るぜ!」竹ちゃんが感慨深く言う。帰り道の“大根坂”での事だ。「何よ!悪かったわね?!」と道子がふくれるので、竹ちゃんが「いや、改めて見ると綺麗だなー、参謀長の腕前は結構なもんだ!」とあわてて言い直す。「ならば、宜しい!」道子が勝ち誇る。「でもさ、これって“撮る側の思い”も反映されてねぇか?そうでなきゃ、意図的に狙うにしても限度はあるだろうが!」竹ちゃんは他の4人の写真も覗き込んで言う。「そうだね。どこか“見守る様な優しい視線”だよね。Yの“優しい気持ち”が溢れているでしょう?」中島ちゃんが言った。「そこかしこに写す側の“心”が見えない?1カット1カットそれぞれに。アイツの“精一杯の気持ち”が色濃く反映されてる。“優しすぎる馬鹿なヤツ”でも、それがYと言う人そのもの。昔から全然変わらない!」道子がそう言って竹ちゃんを捕まえる。「でも、これまでの“対菊地戦争”の最前線では、そんな風には見えなかったぜ!」「あれは、Yの本当の姿じゃないの!“自身を押し殺して、なり振り構わず”戦ったからよ。本当は“戦った相手にも手を差しのべる”くらい優しすぎる馬鹿なの!そう言う姿は見せて居ないだけ」「“自身を押し殺して”までか、参謀長辛くねぇのかよ?」「かなり無理してると思う。でも“みんなのため”だから、後先を考えずに突っ走った。心も鬼に変えたでしょうね。形はどうあれ、“戦争”が終結へ向かったのは、幸い以外の何者でもないわ。Yは、本来は平和主義者だから争いを何より嫌う。でも、それをかなぐり捨ててまで“戦争”に身を投じたのは、初めてじゃないかな?それも自ら先頭に立つ場を選んだ事も“Yの性格からしても異例”のはず。そんな間に“隠し撮り”までやったんだから、限界はとっくに超えてるはずよ。少しは休ませないと、倒れてしまうかもね・・・」道子は僕の背中を見ながら呟いた。「道子、参謀長が昔半年間寝たきりになったって言ってたよな?その後遺症もまだ完全に治まってねぇんだろう?何故、命を削る様な真似を何でやったんだ?」竹ちゃんが不安そうに聞いた。「それは、あたし達の安心・安全のためじゃないかな?Yが命懸けで守ろうとしたのは、クラス全体もそうだけど、1番はあたし達5人のためであるのは間違いない!自分の友達のためなら、例え命を削っても“最優先事項”と考える。だから馬鹿だって言うの。“適当”を嫌って“とことん真正面から向き合う”のがアイツのポリシー。だから、あんなことになるのよ」道子は目の前を歩く僕等を指さして言う。僕の両脇は、さちと堀ちゃんが固めて、前を雪枝と中島ちゃんがじゃれあって進む。いつもの見慣れた光景だった。「Yだから出来る芸当だわ。誰1人疎かにしない。あんな事はアイツしかやれないもの」「確かに、4人同時に相手するなんざぁ、聖徳太子並みの能力がなけりゃ無理だ!あれが普通だって言うんだから、恐ろしいとしか言えねぇ。道子、俺達に出来るのは“いつも後ろからさりげなく見ててやる”これに尽きるな。万が一の時に止められるのは俺達しかいねぇ!」「そうよ、Yも分かってる。あたし達の忠告なら聞き入れてくれる。アイツがずっと真っ直ぐに歩ける様にしてあげようよ!」「ああ、それがせめてもの“労い”だな」竹ちゃんが珍しく真面目に言う。夜空に星が煌めき始めていた。
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