ふと『子供会』という呼び名に違和感を覚えた。
子どもの『ども』は、なんか”無頼の輩”の集まりみたいで
見下したいいように思える。
単純に『複数形だから』とはいえんでしょう。
たとえば『役員会』。
普通の会社なら役員は複数いるでしょうから
『役員供会』(やくいんどもかい) といってみる。
『10:00より役員ども会を開催いたしますので
役員どもは第一会議室にお集りください』
こんな案内を出した人は間違いなく降格される。
株主総会なんかはどうだ?
『第56回 ○○商事㈱ 株主ども総会会場』
なんて立て看板がしてあったら、
紛糾は必至だ。
子どもは”子ら”や”子達”ではなく、子ども。
複数形でありながら単数でも使う→『子供達』
よく考えてみると非常に見下したいいようである。
”のっぽさん”がインタビューで
『ボクは子どもを”子ども”と呼ばず
”小さな人”と呼んでいます。』
というようなことをいっていたような気がする。
肉体的な成熟と精神的な成熟を分けて考え、
精神的には対等に組しているんですね。
これはこれで立派な考えだと思います。
ただ私は、語源や元の語彙と違う意味やニュアンスで
定着してしまった言葉を直そう!って運動はあまり好きじゃない。
看護婦・看護士 →看護師とか、
”男女”はなんで男が先なんだ、とか。
単純な言葉の変遷として受け流してく方が好き。
そんだけ。
:
おちない..
子どもの『ども』は、なんか”無頼の輩”の集まりみたいで
見下したいいように思える。
単純に『複数形だから』とはいえんでしょう。
たとえば『役員会』。
普通の会社なら役員は複数いるでしょうから
『役員供会』(やくいんどもかい) といってみる。
『10:00より役員ども会を開催いたしますので
役員どもは第一会議室にお集りください』
こんな案内を出した人は間違いなく降格される。
株主総会なんかはどうだ?
『第56回 ○○商事㈱ 株主ども総会会場』
なんて立て看板がしてあったら、
紛糾は必至だ。
子どもは”子ら”や”子達”ではなく、子ども。
複数形でありながら単数でも使う→『子供達』
よく考えてみると非常に見下したいいようである。
”のっぽさん”がインタビューで
『ボクは子どもを”子ども”と呼ばず
”小さな人”と呼んでいます。』
というようなことをいっていたような気がする。
肉体的な成熟と精神的な成熟を分けて考え、
精神的には対等に組しているんですね。
これはこれで立派な考えだと思います。
ただ私は、語源や元の語彙と違う意味やニュアンスで
定着してしまった言葉を直そう!って運動はあまり好きじゃない。
看護婦・看護士 →看護師とか、
”男女”はなんで男が先なんだ、とか。
単純な言葉の変遷として受け流してく方が好き。
そんだけ。
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おちない..
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