最近、「働く」ということについて考える。
そりゃあ稼ぎたいっていう気持ちはあるけど、僕の場合、それだけじゃない・・・。
「家にひとりで居ると、夜とかにどうしても不安とか緊張が、こうぱあっと頭の中に広がってきてしんどくなるんだよね。だけど、此処に来るとみんなが居るから、そうした不安とか緊張が少し薄れるんです」
「みんなそれぞれ自分のできることを此処で頑張ってるじゃないですか。だから、自然と僕も頑張らなくちゃって思うんだよね。頑張るって、僕にとってはすごいしんどいことでもあるんだけど、心地良いしんどさでもある。だから、この前の発表とか取材とかに取り組めたんだと思います。
「もう私くらいの歳になると、働くのは無理なんじゃないかって・・・。どうしてもあきらめの気持ちが先に立つんですよ。そうなると、生活保護受けるしかないかなとか・・・。こんなこと考える自分は、ほんと情けないって思いますよ・・・。今は両親が元気だから、まだ経済的に困ることがない分、私は幸せだと思います」
「親はいつか亡くなる。その時、私はどうなるんだろうって思うと不安ばかりです」
「どうやって外に出たらいいんだろうとか、働かないととかは、考えてすぐ答えが出るわけじゃないし・・・。そうこうしてるうちに、月日ばかりがどんどん経って・・・」
「僕は此処が好きです。綺麗だし明るいし。みんながそれぞれ思い思いに自分のできることをやってる雰囲気も好き。でも・・・それだけなんです。通ってはいるんだけど、じゃあこれからこうするみたいな具体的なプランはなくて。その辺りは、親も気をもんでるのは分かります」
「いつか働かなくちゃなって思ってますよ。でも、今の世の中のどこに僕が働ける場所があるっていうんですか!これって偉そうに聞こえるから、人によっては『何を甘いこと言ってるんだ!親に頼ってるくせに口ばっかりで。早く自立しろ!』って誤解されちゃうから、よう言えんのですけど・・・」
「震災があって、これまで安全って言われてきた原発があんな事故起こしたりとか、浪江町や双葉町の人は今でも大勢避難してて、もう故郷に戻れないかもしれないってのに、また原発が動き始めるとか。裕福な人と貧しい人の格差がますます広がってるとか。大学新卒でも就職できる人が6割くらいしかいないとか。そんな世の中のどこに希望を持てって言うんですか」
「私は今、生活保護世帯の若者の就労支援に取り組んでいますが、若者に働くということをどう伝えていったら良いか、恥ずかしながらまるで分からんのです」
「その子は、生まれた時から親が生活保護を受けていて、今に至ってます。だから、働くっていう意味がそもそも分からんのでしょうな。高校を中退したのも、働こうとしないのも、そもそもは社会に興味がないって言うのもあるでしょう」
「この前、聞いてみたんです。『どうして外に出ようとしないんだ?』と。そしたら、『外に出る意味がない』って。なんでだって聞くと、『携帯もパソコンも持ってないから、外に出たって別にやることがない。だったら家に居た方が良いじゃん』って。確かに彼の言うことには一理あるんですよ。ここで私が納得しとったらいかんのでしょうが・・・」
上のお話は、最近、僕に聞かせてくれた方々の話だ。
ひきこもりが長い人、抜け出つつある人と話す時、「働く」ということについて話題にするのはタブーであるという考え(雰囲気)がある。
これまでの僕は、そうなんだろうなと思ってきた。
でも、今は少し違う。
その人にとっての「働く」という意味について、僕は率直にその人と意見交換できたら良いんじゃないかと考えている。
もちろん、「働く」という意味を考え始め、それを表明できるようになった人に限るのだが。
プラスして、その際の聴き手には、従来の「働く」価値観から解放された、柔軟な物の考え方、が不可欠。さもなくば、話し手は聴き手に語ることはまずなく、善意の押しつけ的説得にしかならないだろう。
僕の考える「働く」とは、ひとまず「稼げるかどうか」という物差しを棚に上げて、「その人が自分の興味・特技を活かすことができる行い」、「その人の周囲が、その人のこれまでの生き方=ひきこもり年数や家族以外の人とのお付き合いになかなか恵まれなかった年数 がどうであれ、その人の人となりを一番に考えて付き合う雰囲気がある」、「その人の力が必要だと断言して、一緒に働いていこうと言ってもらえる場所」などのイメージを持っている。
人によっては、親御さんにとっては「そんなの理想に過ぎない。何だかんだ言っても、結局は稼がなくちゃ生きていけないじゃないか」、「長いことひきこもってたっていうことは、それだけ社会と離れてたってことでしょう。そんな人と、はい分かりましたと言って一緒に働けと言うのですか」、「一緒に働こうってこっちから誘ったら、いざって時、こっちの分が悪くなるんじゃないの?例えば、『あんたが働いてくれって頼んだから働いてるのに』とか言われたらどうすんの?」などと考える人もいるかもしれない。
長期間ひきこもっていた人=ダメ人間なの?
それって、短絡・失礼極まりなくない?
いざって時って、その人が無断欠勤とかする時?理由があるから無断欠勤するんじゃない?
僕は「働く」という意味について、まだ明確な答えは見出せてはいない。
でも・・・、自分の興味・特技を活かす。誰かに喜んでもらえる(その誰かは、結局、自分に行き着くのかもしれない)。喜怒哀楽を分かち合える人たちと、何か共同で事を成す。この辺りが、そのヒントになるんじゃないかと思う。
40歳になったというのに、僕にはまだまだ分からないことが多い。
その分からないことを、少しでも明らかにしていきたい。
だから、僕は明日も明後日もその人の話に耳を傾けていく。
耳を傾けていく。
※ このブログは、OCNブログ人から転載したものに、修正・加筆・添付したものです。