『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

向き・不向きを越えてやってみて

2021年02月11日 | 手足を使う日々
「自由の哲学」(全4回)のクラスが、
おかげさまで、今日、無事に終わりました。

読書会と違って、
一冊の肝になることを、哲学用語を使わずに、
たった4回で、日常の言葉でお話しする、
という挑戦だったので、すごく大変でした。

それでなくても、聞き役のタイプなのに、
なんでまた人前でしゃべる気になったんだか、私?
しかも4回で自由の哲学って!

何日も睡眠不足になって、勉強して、
中身を読んで自分の言葉でまとめ直して、
そこに自分の気持ちと経験を重ねて…。
そのくせ、わかりやすく伝えられなくて。

とか言ってるのが、
20代の子ならいいけど、
もはや中年。お~い! 向いてねぇ~!!

でもね~、全然後悔してないんだ~。
むしろ、嬉しい。
こういう時間を共有してくださった
勉強したいと思ってくださる方たちに、
心から感謝してる。

努力が報われて成績が上がった喜び、
家族や友人が穏やかに日常を紡いでいる喜び、
大恋愛が成就した高揚感のある喜び、
宝くじに当たるような棚ボタの喜び…などなど
喜びにもいろいろあるけど、
今日のこの嬉しい気分は、何だろうなぁ。

尊敬する、大好きな人たちと一緒に、
私が大切にしている価値観を共有できた喜び。
しかも、拙い説明を真剣に受け取り、
それぞれが深めてくださる喜び。
その方たちが、これからもきっと、
その方の現場で、その方たちなりの理想を
繰り出していってくださることへの信頼…かな。

あ、あと、自分の向き・不向きを越えて、
「自分が本当に必要だと思えることを繰り出す
勇気を出せた喜び」もある。
つまり、自由を繰り出せた喜び、もあるな。

真剣にやってんのに、
め~っちゃ不器用で説明もヘタクソで、
人が言ってくれることを理解できなかったり、
絶句したり、説明できない事もあったり。

いちいち落ち込むから、
「私たちのコメントが浅いから、
そんな風に思わせてしまうんでしょうか?」
なんて気を使わせてしまったりして。

アカンやろ、それ(^^;)。

そんな感じだったのに、最後に
自信を持って進んでいこうと背中を押してもらえた」
誰でも自分次第ですでに自由だと思う」
「人生で迷う瞬間、どこに立って考えるかの基準になる」
なんてことを言ってくださって。

ああ、素直に嬉しい。
幸せだなぁ。

今日は感謝を噛みしめながら、ゆっくり眠ります。
ありがとうございました。


※以前にも「向き・不向き」について考えていたようです。
リンクを貼っておきますね。



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