▼本日のフォルメン 94/100
下から支える系が気持ちよくて、
いっぱい動いた後は、
「あっちこっち向いてても、
ちゃんと包んであげるからね~」って感じ。
ほとんど、おばあちゃんみたいに愛情深い。
でも、コレは孫とおばあちゃんというより、
動く(身体の)私を包む、
考える(精神の)私なのでした。
あ、「身体」「心」「精神」って、
ちょうど2世代空いてるのも、
おばあちゃんと孫のイメージとピッタリ一致する!
とか、結構コーフン気味に書いてますが、
これ、シュタイナーの神智学とかに興味ない人には、
何をゆーてんだか、よくわかりませんよね。
いや、どー説明していいもんだか。
信じるかどうかは別にいいけど、
仮に以下のような前提だと思ってみたら、
ちょっと私のコーフンが伝わるかしら。
鉱物と植物が1世代違うとして、
植物と動物が1世代違うとして、
動物と人間が1世代違うとしたら。
鉱物には物質はあるけど、生命力(身体)はない。
植物には、物資と生命力(身体)はあるけど、感じる心はない。
動物には、物質と生命力(身体)と感じる心はあるけど、
本能の範囲でしか考えられない。
人間だけが、物質と生命力(身体)と感じる心に加えて、
本能を越えた、精神的に自由な考えを繰り出すことができる。
っていうふうに仮定してみたとしたら、
身体と精神は2世代分離れてて、
精神は身体を、孫のように慈しんでるんだろうな~って。
あ!
逆に、石を愛でる人って、すごい精神性高そう。
子どもは動物園や水族館に行きたがるし、
大人は紅葉の名所や花を愛でる人が多い。
神社仏閣…竜安寺の石庭とか、枯山水とかは、
老人が飽きずに眺めてそうなイメージがある。
そういうのも、関係ありそうですね!
※「何コレ?おもしろそー」という方は、
コチラをどうぞ。
私にとっては、
心を整えるヨガであり、瞑想の時間です。
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