住み慣れた故郷から東京へ
若者が「移動」で得るもの、失うもの
WEDGE 12月17日(月)12時22分配信

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『「東京」に出る若者たち――仕事・社会関係・地域間格差』
(石黒格、李永俊、杉浦裕晃、山口恵子著・ミネルヴァ書房)
地方の疲弊が叫ばれて久しい。
東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)で生まれ育ったり、
生活をしていたりするとなかなか地方の実情について知ることは少ない。
しかし、東京へは毎年、地方から多くの若者が上京し、やがて定住する。
東北地方出身の若者たちが
「なぜ住み慣れた故郷から移動し、何を得て、何を失うのか」――。
こうした問のもとに書かれたのが
『「東京」に出る若者たち――仕事・社会関係・地域間格差』
(石黒格、李永俊、杉浦裕晃、山口恵子著・ミネルヴァ書房)だ。
今回、著者のひとりで、
日本女子大学・人間社会学部准教授の石黒格氏に
「東京へ出るメリット・デメリット」「ローカル・トラック」
「機会の不平等」についてお話を伺った。
――東北地方の若者の現状がよくわかる本だと思いますが、
地方からの視線というのは珍しいと思います。
石黒格氏(以下石黒氏):若者に関する本、
たとえば首都圏と地方の若者の地域差などを論じている本では実際に地方の子たちが何を考え、
どういった状況に置かれているのかということが具体的に書かれているものは少ないのが現状です。
それは大学の研究者の8割が関東や近畿におり、
また若者に関する調査をする研究所のほとんどもまた
関東や近畿にあるといったことに起因しているのではないでしょうか。
そういった状況だと、研究者は自然と都会からの視線に固定されてしまいます。
――特に本書では青森の若者たちについて分析されているわけですが、
青森の就業状況はどうなのでしょうか?
石黒氏:たとえば、フリーター率は低いです。
それはフリーターになろうにも、まずアルバイトがないからです。
求職者ひとりあたりの求人数を表す有効求人倍率に関しては
常に全国で下から2番目といった状況です。
むつ市の職業安定所に行った際には、
職安の求人票にコンビニエンスストアのアルバイトの求人票が貼ってありました。
それくらい仕事がないんです。
青森では原子力と医療に関する仕事ぐらいが安定雇用で、
一番収入が良いとされているのは地方公務員です。
東京圏の人からすれば、地方公務員になるのは高い収入を得るためというより、
安定を求めてという側面が強いと思いますが、青森ではそれが現実なのです。
――そういった仕事のない状況だとやはり他の土地に出て仕事を求めるしかないわけですね。
東京へ出ることのメリット・デメリットについて教えてください。
石黒氏:青森では大学・大学院卒の若者の約半数が進学や就職を機に東京へ出ています。
本書のもとになった調査によると、
大卒の子たちには経済的利益が間違いなくあります。
しかし、高卒の子たちに関しては、移動による経済的利益は少ない傾向にあります。
ただ、本書の第8章で弘前大学の山口恵子先生が
大都市に就職した工業高校卒業生に聞き取り調査をしたように、
青森にいてはできないような若干レベルの高い仕事を東京では経験できる可能性は高まります。
短期的なデメリットとしては故郷を離れることでしょうか。
私はこの調査を始める前は、東北の若い子たちは、
東京で孤立して暮らしているのではないかと思っていました。
ですが、実際に調査を始めてみると、
東京に出た東北出身の若い子たちの半分くらいがすぐ会える範囲に友人がいると答えています。
ただ、このような調査だとどうしても東京に残っている人たちからしか回答を得ることができない。
そうすると深刻な問題を抱え、
地元に戻ってしまった人たちの言葉を聞き取れない可能性はあります。
そうだとしても東京へ出るメリットは大きいので、
一度は出たほうがいいのではないかと。
なによりも故郷という帰れる場所があるわけですから。
――そうして東京へ出た若者にとって、
ローカル・トラックの果たす役割が大きいと本書では指摘されていますが、
まずローカル・トラックとはなんでしょうか?
石黒氏:ローカル・トラックという概念は
大阪大学の吉川徹先生が提唱しています。
トラックとは、水路のことで、水路には壁面があり、
後ろから水が流れてきますので、水路から逃れようにも逃れられない。
つまり、一見その人が生まれや属性によって進路を自由に選んでいるように見えるけれど、
その進路自体がある型に定められていて、
自由に選んでいるつもりでも実はその型にはまっていることを言います。
吉川先生の著書『学歴社会のローカル・トラック』(世界思想社)では、それぞれの地域で、その地域出身の若い子たちが自由に進路を決める際にいくつかの型に収斂していくことを指します。
――実際にローカル・トラック果たす役割とは?
石黒氏:東北出身者の場合、
仕事や就職先で外へ出るときに、トラックの向かう先は基本的に東京圏になります。
全体の約半数が東京圏へ向かいます。
特に仕事の場合は、東京圏より先の関西や愛知へ行く必要がない。
一般的に東京圏ですべて揃いますから。
この「東京圏へ移動することが多い」というのが重要です。
移動せざるをえないときに、東京へ出ることが当たり前なのです。
それは移動する当人だけでなく、
親や高校の先生も東京へ行くものだと若者たちに指し示してくれます。
人間にとって自由に意思決定ができることは良いことでもある反面、
辛いことでもあるわけです。
「東京へ出るのが当たり前」という状況では不安も小さくなります。
また、現実にまわりの友人も東京へ行きますから、
ひとりで行ったつもりでも、いつの間にかまわりに地元の人がいるわけですね。
特に戦後、高度経済成長期の頃から一貫して東京へ人が流れていますから、
親族がいることも多いのです。
――高度経済成長期の頃というと、
集団就職で上野駅に到着するイメージがあります。
石黒氏:そこから始まっていて、東京に定着し残っている人がいる。
地方は都会と違い、親族関係が密ですから、
親族同士で助けあうというのが当たり前のように行われています。
たとえば、東京に叔父さんがいる若い子は、
東京へ出てしばらくの間は、叔父さんの家に寝泊まりしながら、自立していく。
そういった方法が可能になります。
また、友人も東京にいます。
地元にいれば付き合わなかったような同級生であっても、
東京でたまたま同じ大学に進学すると仲良くなることがあります。
お互いに寂しいですからね。
さらに、共著者の山口先生が見つけたことですが、
制度の側も常に青森から人を引き受けることを前提に構築されることがあります。
――それはどういうことでしょうか?
石黒氏:ある企業が毎年新卒を受け入れる際に、
「青森出身者枠」を設けるんです。
たとえば、高校生が学校の斡旋で就職し東京へ出てくる。
そして会社の寮に入ります。
すると、その寮には同じ高校出身の先輩が何人もいて、
最低限の人間関係がつくれます。
いまの若い子にしてみれば若干うっとおしいことであるかもしれませんが、
不安を抱えて東京へ出てきて完全に孤立するよりは良いのではないでしょうか。
そして先輩たちとお国言葉で話し、愚痴も言える。
お国言葉で話せるか話せないかというのは心の安定にとっても大きな問題ですからね。
そういう寮だとわかっていれば、高校の先生も安心して送り出すことができるのです。
このようにそれぞれが自由に進路を選んだとしても、
いくつかの型に収斂していく。
それをローカル・トラックと呼びます。
――東京へ出る若者のなかでも、特に東京圏の大学に進学し、
経済的な利益を一番多く受ける若者は、
実家がある程度裕福であるかどうかがどうしても関わってくるという現実があるわけですが。
石黒氏:日本では高等教育の分散化政策がありますから、
各都道府県に国公立の大学が必ずひとつはあります。
そこで最低限のレベルは保証されています。
しかし、偏差値で言う東京の上位の大学の学生と競争すると厳しいのが現実です。
ですので、たとえば奨学金制度を充実させたり、
本書では、せめて質の面で地方の大学をテコ入れしてほしいと提案しました。
そうすることで優秀な人材が育つと、
その人材を求め周辺に企業が進出してくる可能性もあります。
それは地域経済の活性化につながります。
――他方でグローバル化する世界の中で、
日本人の若者は他の地域に移動しないと指摘されます。
実際に、青森の若者と接し、地元志向が強いと感じることはありますか?
石黒氏:確かに、青森の若者は「東京は怖い」というイメージを持っていたり、
地元志向が強い若者もいます。
ただ、彼らは東京やディズニーランドへ遊びに行ったりはするのです。
つまり、「東京は遊びに行くところで、自分が生活することは想像できない」
と思う若者も少なくないのかもしれません。
若者の地元志向の問題は難しくよくわかっていないところが多いのですが、
「移動する必要がない」と感じている人たちがいるのが、ひとつの理由かもしれません。
昔のほうが移動する若者が多かったのだとしたら、
それは生活の差が大きかったからではないでしょうか。
高度経済成長期を境に都会が文化的にも経済的にも豊かになりました。
こうなると、東京へ行かなければチャンスがなかった。
ところが、バブルを経て、
昔と比較すると日本はかなり均等に発展してきている。
インターネットの出現により、昔に比べ欲しい物が手に入らないということもない。
そうすると移動する理由がないですよね。
移動する必要がないならば、生まれ育った土地や家族、
友人から離れる理由もない。
移動というのは常に就職や進学といった機会に行われます。
必ずしも全員が移動しなくてはいけないわけではありません。
ただ、忘れてはならないのは、
「若者の地元志向が問題だ」というのは、
それ自体が大都市中心の発想だと言うことです。
地方の地域社会では、地域出身の若者がどうすれば地元に留まってくれるのかということのほうが、
ずっと大きな問題なのです。
――本書をどんな人に読んで欲しいでしょうか?
石黒氏:ひとつは、一般の東北の人たちです。
特に若い人には、地元を離れることを過剰に恐れないで欲しいですし、
東京へ過剰な夢も持たないで欲しいと思います。
私たちの調査は限定的ではありますが、調査した限りの実態があるということを伝えたいですね。
もうひとつ、都会中心、都会の利害、都会から見える景色だけを切り取って、
アカデミックな議論をしている方々に問いたいと考えています。
アカデミック方面の反応はもう少し時間が経たないとわかりませんが…。
石黒格 (いしぐろ・いたる)
日本女子大学人間社会学部准教授。
主著に『青森県で生きる若者たち』(共著、弘前大学出版会、2008年)、
『Stataによる社会調査データの分析』(編著、北大路書房、2008年)
などがある。
著者:本多カツヒロ(ライター)
若者が「移動」で得るもの、失うもの
WEDGE 12月17日(月)12時22分配信

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『「東京」に出る若者たち――仕事・社会関係・地域間格差』
(石黒格、李永俊、杉浦裕晃、山口恵子著・ミネルヴァ書房)
地方の疲弊が叫ばれて久しい。
東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)で生まれ育ったり、
生活をしていたりするとなかなか地方の実情について知ることは少ない。
しかし、東京へは毎年、地方から多くの若者が上京し、やがて定住する。
東北地方出身の若者たちが
「なぜ住み慣れた故郷から移動し、何を得て、何を失うのか」――。
こうした問のもとに書かれたのが
『「東京」に出る若者たち――仕事・社会関係・地域間格差』
(石黒格、李永俊、杉浦裕晃、山口恵子著・ミネルヴァ書房)だ。
今回、著者のひとりで、
日本女子大学・人間社会学部准教授の石黒格氏に
「東京へ出るメリット・デメリット」「ローカル・トラック」
「機会の不平等」についてお話を伺った。
――東北地方の若者の現状がよくわかる本だと思いますが、
地方からの視線というのは珍しいと思います。
石黒格氏(以下石黒氏):若者に関する本、
たとえば首都圏と地方の若者の地域差などを論じている本では実際に地方の子たちが何を考え、
どういった状況に置かれているのかということが具体的に書かれているものは少ないのが現状です。
それは大学の研究者の8割が関東や近畿におり、
また若者に関する調査をする研究所のほとんどもまた
関東や近畿にあるといったことに起因しているのではないでしょうか。
そういった状況だと、研究者は自然と都会からの視線に固定されてしまいます。
――特に本書では青森の若者たちについて分析されているわけですが、
青森の就業状況はどうなのでしょうか?
石黒氏:たとえば、フリーター率は低いです。
それはフリーターになろうにも、まずアルバイトがないからです。
求職者ひとりあたりの求人数を表す有効求人倍率に関しては
常に全国で下から2番目といった状況です。
むつ市の職業安定所に行った際には、
職安の求人票にコンビニエンスストアのアルバイトの求人票が貼ってありました。
それくらい仕事がないんです。
青森では原子力と医療に関する仕事ぐらいが安定雇用で、
一番収入が良いとされているのは地方公務員です。
東京圏の人からすれば、地方公務員になるのは高い収入を得るためというより、
安定を求めてという側面が強いと思いますが、青森ではそれが現実なのです。
――そういった仕事のない状況だとやはり他の土地に出て仕事を求めるしかないわけですね。
東京へ出ることのメリット・デメリットについて教えてください。
石黒氏:青森では大学・大学院卒の若者の約半数が進学や就職を機に東京へ出ています。
本書のもとになった調査によると、
大卒の子たちには経済的利益が間違いなくあります。
しかし、高卒の子たちに関しては、移動による経済的利益は少ない傾向にあります。
ただ、本書の第8章で弘前大学の山口恵子先生が
大都市に就職した工業高校卒業生に聞き取り調査をしたように、
青森にいてはできないような若干レベルの高い仕事を東京では経験できる可能性は高まります。
短期的なデメリットとしては故郷を離れることでしょうか。
私はこの調査を始める前は、東北の若い子たちは、
東京で孤立して暮らしているのではないかと思っていました。
ですが、実際に調査を始めてみると、
東京に出た東北出身の若い子たちの半分くらいがすぐ会える範囲に友人がいると答えています。
ただ、このような調査だとどうしても東京に残っている人たちからしか回答を得ることができない。
そうすると深刻な問題を抱え、
地元に戻ってしまった人たちの言葉を聞き取れない可能性はあります。
そうだとしても東京へ出るメリットは大きいので、
一度は出たほうがいいのではないかと。
なによりも故郷という帰れる場所があるわけですから。
――そうして東京へ出た若者にとって、
ローカル・トラックの果たす役割が大きいと本書では指摘されていますが、
まずローカル・トラックとはなんでしょうか?
石黒氏:ローカル・トラックという概念は
大阪大学の吉川徹先生が提唱しています。
トラックとは、水路のことで、水路には壁面があり、
後ろから水が流れてきますので、水路から逃れようにも逃れられない。
つまり、一見その人が生まれや属性によって進路を自由に選んでいるように見えるけれど、
その進路自体がある型に定められていて、
自由に選んでいるつもりでも実はその型にはまっていることを言います。
吉川先生の著書『学歴社会のローカル・トラック』(世界思想社)では、それぞれの地域で、その地域出身の若い子たちが自由に進路を決める際にいくつかの型に収斂していくことを指します。
――実際にローカル・トラック果たす役割とは?
石黒氏:東北出身者の場合、
仕事や就職先で外へ出るときに、トラックの向かう先は基本的に東京圏になります。
全体の約半数が東京圏へ向かいます。
特に仕事の場合は、東京圏より先の関西や愛知へ行く必要がない。
一般的に東京圏ですべて揃いますから。
この「東京圏へ移動することが多い」というのが重要です。
移動せざるをえないときに、東京へ出ることが当たり前なのです。
それは移動する当人だけでなく、
親や高校の先生も東京へ行くものだと若者たちに指し示してくれます。
人間にとって自由に意思決定ができることは良いことでもある反面、
辛いことでもあるわけです。
「東京へ出るのが当たり前」という状況では不安も小さくなります。
また、現実にまわりの友人も東京へ行きますから、
ひとりで行ったつもりでも、いつの間にかまわりに地元の人がいるわけですね。
特に戦後、高度経済成長期の頃から一貫して東京へ人が流れていますから、
親族がいることも多いのです。
――高度経済成長期の頃というと、
集団就職で上野駅に到着するイメージがあります。
石黒氏:そこから始まっていて、東京に定着し残っている人がいる。
地方は都会と違い、親族関係が密ですから、
親族同士で助けあうというのが当たり前のように行われています。
たとえば、東京に叔父さんがいる若い子は、
東京へ出てしばらくの間は、叔父さんの家に寝泊まりしながら、自立していく。
そういった方法が可能になります。
また、友人も東京にいます。
地元にいれば付き合わなかったような同級生であっても、
東京でたまたま同じ大学に進学すると仲良くなることがあります。
お互いに寂しいですからね。
さらに、共著者の山口先生が見つけたことですが、
制度の側も常に青森から人を引き受けることを前提に構築されることがあります。
――それはどういうことでしょうか?
石黒氏:ある企業が毎年新卒を受け入れる際に、
「青森出身者枠」を設けるんです。
たとえば、高校生が学校の斡旋で就職し東京へ出てくる。
そして会社の寮に入ります。
すると、その寮には同じ高校出身の先輩が何人もいて、
最低限の人間関係がつくれます。
いまの若い子にしてみれば若干うっとおしいことであるかもしれませんが、
不安を抱えて東京へ出てきて完全に孤立するよりは良いのではないでしょうか。
そして先輩たちとお国言葉で話し、愚痴も言える。
お国言葉で話せるか話せないかというのは心の安定にとっても大きな問題ですからね。
そういう寮だとわかっていれば、高校の先生も安心して送り出すことができるのです。
このようにそれぞれが自由に進路を選んだとしても、
いくつかの型に収斂していく。
それをローカル・トラックと呼びます。
――東京へ出る若者のなかでも、特に東京圏の大学に進学し、
経済的な利益を一番多く受ける若者は、
実家がある程度裕福であるかどうかがどうしても関わってくるという現実があるわけですが。
石黒氏:日本では高等教育の分散化政策がありますから、
各都道府県に国公立の大学が必ずひとつはあります。
そこで最低限のレベルは保証されています。
しかし、偏差値で言う東京の上位の大学の学生と競争すると厳しいのが現実です。
ですので、たとえば奨学金制度を充実させたり、
本書では、せめて質の面で地方の大学をテコ入れしてほしいと提案しました。
そうすることで優秀な人材が育つと、
その人材を求め周辺に企業が進出してくる可能性もあります。
それは地域経済の活性化につながります。
――他方でグローバル化する世界の中で、
日本人の若者は他の地域に移動しないと指摘されます。
実際に、青森の若者と接し、地元志向が強いと感じることはありますか?
石黒氏:確かに、青森の若者は「東京は怖い」というイメージを持っていたり、
地元志向が強い若者もいます。
ただ、彼らは東京やディズニーランドへ遊びに行ったりはするのです。
つまり、「東京は遊びに行くところで、自分が生活することは想像できない」
と思う若者も少なくないのかもしれません。
若者の地元志向の問題は難しくよくわかっていないところが多いのですが、
「移動する必要がない」と感じている人たちがいるのが、ひとつの理由かもしれません。
昔のほうが移動する若者が多かったのだとしたら、
それは生活の差が大きかったからではないでしょうか。
高度経済成長期を境に都会が文化的にも経済的にも豊かになりました。
こうなると、東京へ行かなければチャンスがなかった。
ところが、バブルを経て、
昔と比較すると日本はかなり均等に発展してきている。
インターネットの出現により、昔に比べ欲しい物が手に入らないということもない。
そうすると移動する理由がないですよね。
移動する必要がないならば、生まれ育った土地や家族、
友人から離れる理由もない。
移動というのは常に就職や進学といった機会に行われます。
必ずしも全員が移動しなくてはいけないわけではありません。
ただ、忘れてはならないのは、
「若者の地元志向が問題だ」というのは、
それ自体が大都市中心の発想だと言うことです。
地方の地域社会では、地域出身の若者がどうすれば地元に留まってくれるのかということのほうが、
ずっと大きな問題なのです。
――本書をどんな人に読んで欲しいでしょうか?
石黒氏:ひとつは、一般の東北の人たちです。
特に若い人には、地元を離れることを過剰に恐れないで欲しいですし、
東京へ過剰な夢も持たないで欲しいと思います。
私たちの調査は限定的ではありますが、調査した限りの実態があるということを伝えたいですね。
もうひとつ、都会中心、都会の利害、都会から見える景色だけを切り取って、
アカデミックな議論をしている方々に問いたいと考えています。
アカデミック方面の反応はもう少し時間が経たないとわかりませんが…。
石黒格 (いしぐろ・いたる)
日本女子大学人間社会学部准教授。
主著に『青森県で生きる若者たち』(共著、弘前大学出版会、2008年)、
『Stataによる社会調査データの分析』(編著、北大路書房、2008年)
などがある。
著者:本多カツヒロ(ライター)