“時に元禄15年12月14日江戸の夜風を震わせて・・・♪”
この日元赤穂藩の浪士が徒党を組んで本所の武家屋敷に討ち入った・・・
美談である・・が、どこまでほんとかわからんというのが最近の見方である。
12月14日は現在の暦では1月30日にあたるらしい。
年末ということでせわしさは当時の12月も現在の12月も同じようなものだろうけれど、季節的にはもう少し寒かったのかな・・?1月末だし。
“どこまでほんとかわからん”・・まず、天気。数日前に降雪があり残雪はあったようだけど当日は晴れ。
雪降りの表現をすることもあるようだけど、そうだと☓。 では、なぜ雪かというとその方が芝居受けするからとか。
数あるエピソード、相当しんどいものが多いみたいね。俵星玄蕃なる武勇の人物が討ち入りの障害となる加勢を橋の上で食い止めた・・そんな人実在しませ~ん!
・・ という今で言うフェイクのオンパレードらしいけど、お武家様に関わること、まして将軍様も一枚関わるということであれば詳しく知ることなどできない。
むしろ正しいとそれこそそっちの方が大問題、あくまで事実とはまったく無関係の“架空のお芝居ネタ”を前提として演じられるわけだから報道などとは著しく質が異なる。
では史実は・・? これも実際は難しいよね・・人の記憶を書き記したものだけが“証拠”
・・ここで現在の自分の話でお邪魔する。今年、マイカーに後付けでドラレコを付けた。
きっかけは事故まがい。塾カバンを持った小学生?が車の直前横断をした。
腰から下は見えていなかったのでほんとに直前、急ブレーキを踏みながらももうだめかと思った。
ごく短い時間だろうけど、非常に長い時間に感じた。車になんの衝撃もなく、その子は何もなかったかのように振り返りすらせず走り去った。
結局はそれがよかったんだと思う。車に気づいて立ち止まっていたら・・と今更ながら冷や汗が出る。
当たってしまえばどうであれ車が悪いのは自明。しかし、何の同情も得られることもなく、東名の煽り男のような眼を向けられるのは・・とせめてもの弁明材料をと付けた次第。
そして、付けた後で事故現場に遭遇した。“自分は目の前で見てたんだからなんでも証言できるよ!”そんな気分でいたんだけど、ドラレコを再生して愕然とした。
ファクトのドラレコと自身の脳内ドラレコとはまったくといっていいほど合致してなかった。もし、ほんとに証言していたとすれば偽証に近いものであった。
人の目、記憶など詳細が必要な場合には当てにならない。そんなことかな。(勿論、自分が劣るという点は棚にあげてま〜す^^;)
とても回りくどい書きようだけど、主題を以て書いたわけではないただの徒然書きなのでご容赦願いたい。
さらに続けると、文字ができてからの歴史というのは恣意性が強く「???」、所詮は勝者の記録とか受けねらいの脚色。
恣意性を排除したものとされても誤認、錯覚等があり依然「???」。
まして“これから起こることをよ~く見てて・・”ではなく、突如起こったことに関してどれほど正しく認識できるのか・・
スポーツの審判ですら機械での判定を求められる時代・・ 平成が終わったらスピードに着いていけないな~ 唯一現代っ子として着いていけてるところ・・活字離れかな~!
・・やっぱ、雪降る中に山鹿流陣太鼓を打ち鳴らし、俵星が影で加勢してくれてる時代が良かったかも〜!!!