実験室にわが居る隅はいつもいつも壁のなかゆく水の音する
‥‥‥
これは、歌人にして医師であった、
上田三四二が、
国立療養所勤務の頃、
作った歌である。
京都大学を出て、
国家試験に合格した上田であるが、
当時は、研究室で研究しつつ、
無休で生活せざるを得なかった。
やがて結婚し、子どもももうけたが、
体を壊して、
研究室をやめ、
国立療養所で、
ほそぼそと医師生活をおくらねばならなかった。
その間も、少しずつ研究する。
療養所の部屋の壁の中に、
配水管があり、
常時水が流れている。
冒頭の歌の
「壁のなかゆく水の音」
の由来である。
その後、
歌人として賞をとり、
京都大学で博士号もとった。
国立療養所時代の歌を、
もう三首挙げておく。
‥‥‥
病舎裏の原に赤土の堆積あり実験済みし犬を葬る
実験室にもの言はず今日も暮れしかなドアの名刺を裏返し出づ
苦しみて肺組織標本を作り終ふ窓に梧桐の実の垂るるころ