海軍主計中尉小泉信吉から、家族に宛てて描かれた、
戦争中のガダルカナル船中のユーモアに満ちた話である。
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兵隊が盛んに釣りをする。そして刺身にして食べる話はすでにお知らせしたこととてご承知のことと思いますが、嘗て小生が「南海の魚には毒魚が多い」と言ったことも覚えておられると思います。しかし我々の居るところは、殆ど毒魚らしきものは棲息せず、ただ内地の平鯵の如き二三尺もある魚、これはときどき食べた者が「シビレ」ることがあると聞いていました。それもしかし、食べれば必ず「シビレ」が来るわけではないので、兵隊は平気で食べます。ところが二三日前の夜のことです。その日は夕食にビール1本ずつ出したので、ビールの肴にと、釣り糸を垂れた者が相当ありました。その中に、本艦の釣り好きの一人たる看護兵曹もおったのです。やがて彼は手ごたえを感じ引き上げて見れば、三尺近き平鯵、早速この獲物は待っていた主計兵曹と、主計課で働いている、前身が魚河岸のアンチャンたる一等水兵の手により刺身に作られ、看護兵も一人それに加わって、四人で刺身を食い、ビールの満をひいたのでした。殊に主計兵曹は刺身が大好物で、もりもりと貪り食ったそうです。数時間後、彼らは寝につきました。そしてまた数時間後、主計兵曹は全身がシビレてきて目を覚ましました。驚いた彼は隣にやすんでいる看護兵曹を起こそうと、今は徒に涎の流れる口に力を入れ「フィビエタ」(しびれた)と言いました。そして起こされた看護兵曹と看護兵その二人も起きて見れば身体がしびれているのでしたが、
大したことはなく、ヒマシ油を飲ませて、シビレ兵曹を看護したそうです。幸いにも「フィビエタ」頃が峠であったようで、翌朝になると気分がかなり回復したようだが、全身が足のシビレたときのかんじ、頭のうち迄シビレたような気持ちだったそうです。(以下略)昭和17年9月18日
信吉
父上様
母上様
加代様
妙様
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戦争の真っただ中の軍艦(八海山丸)の中で、こんな暢気な生活をしていたとは、驚きである。
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