ついに冬季オリンピックも始まって、毎日テレビに釘付けです。
週末に「デミアン」というヘルマン・ヘッセの小説を読んでいました。
チョー古典なので、読んだ人もいると思いますが、
どんなお話なのかと言うと、
10歳のシンクレールは、ラテン語学校に通う子ども。
街の不良のクローマーに、つい虚勢を張って、
「果樹園のりんごをぬすんだ」と嘘をついてしまう。
(まあ、いわゆるワル自慢?)
けれど、その事がきっかけで、
逆に今度は、クローマーから
お金を揺すられてしまう。
これをバラされたくなかったら、金をもってこい、
というワケだ。
今までは、明るく正しい家庭の子弟として過ごしていたのに、
急に悪の道に突き落とされるシンクレール。
そんなゆすられ人生を助けてくれたのが、
デミアンという名の転校生。
デミアンは不思議な雰囲気を漂わせている子。
会っていきなり、聖書のカインの話を始める。
デミアンは、カインこそ、気高い人間で、
殺されたアベルの方が、臆病者だったという。
そのため、人々は、カインの力を恐れ、
カインにしるしをつけたのだと。
カインを弟を殺した悪者としか考えていなかった
シンクレールには、そんなことを言うデミアンが
信じられなかった。
しかし、その日から、なぜかクローマーのゆすりが
なくなってしまうのだ。
というお話。
ここまでは、彼の幼年期で、とっても分かりやすい物語なのですが、
(つまり、悪に対抗するには、また別の“悪”?
または強さが必要なのだということ)
難解なのは、それからです。
シンクレールの成長と共に、彼の内面の成長を描いているので、
読んでいるものにはとても分かりにくいかもしれません。
(幼年期のようなダイナミックなことも起こらないので・・・)
ところが私は、読んでいるうちに、
・・・これは、とんでもない本だわ・・・と
思ってしまったのです。
というのも、私が最近よく読んでいる
スピリチュアルな本に書かれてあるようなことが、
書いてあったのです。
つまり私たちの外側には何もなく、
真理は私たちの内側にある。
鳥が生まれでるには、
その殻を一度打ち破らなければならない。
自分の住んでいる世界を一度壊さなければ
出られないのだ、とか、
強く願えば、実現する、
けれど、実現しそうになる瞬間に
少しでも迷えば、それは叶わないのだ、など、
そんなスピリチュアルな本に書かれてあるようなことが
書いてあるのです。
この本が出版されたのが、1919年で、
ヘッセは第一次世界大戦中に書いたと言われています。
こんな昔からそんなことが言われていたんだと
びっくりしました。
しかし、「デミアン」でも、スピリチュアルな本でも、
宗教の本でも、つきつめていけば、皆言っている事は、
内面への旅
ということで、
結局は、真理というのはただ一つで、
それに尽きるということなのでしょうか?
ちなみに、ヘッセ自身は、精神分析に影響を受けて
この本を書いたと言われていますが、
精神的なものも突き詰めて行けば
(勉強というか、学問の世界でも)、
こういうところに帰結するのかなあ・・・?
なーんて思ってしまいました。
この本は、ヘッセ自身、本名で出版できなかった、と
言っていましたが、その気持ちはよく分かります。
なんだかこういうことを言うのは、とても勇気がいるし、
例えば、ここには、世界大戦のことを、
一度世界が壊れなければ、人間の成長はない
などと主人公が感じたりするところなど、
なかなか口に出しては言えない事が書かれてあるのですから・・・。
ちなみに、デミアンというのは、デーモン、
悪魔を意味しているということなのですが、
私にとっては、悪魔どころか、天使に見えましたが・・・
最後には、人は、自分の中のこの悪魔を取り込んで(和解して)、
力強く生きていかなければならないのだと思いました。
これと似たお話があるなあ・・・、
なんだっけな・・・?と考えていたら、
そうそう、「エヴァンゲリオン」の主人公、
シンジ君とカオル君だわ、なんて思ってしまいました。
ここからインスパイアしたのかな?
なんだかいろいろな意味で面白い本でした。
☆それでは今日もよい一日でありますように。
小さなホン屋パモン堂
週末に「デミアン」というヘルマン・ヘッセの小説を読んでいました。
チョー古典なので、読んだ人もいると思いますが、
どんなお話なのかと言うと、
10歳のシンクレールは、ラテン語学校に通う子ども。
街の不良のクローマーに、つい虚勢を張って、
「果樹園のりんごをぬすんだ」と嘘をついてしまう。
(まあ、いわゆるワル自慢?)
けれど、その事がきっかけで、
逆に今度は、クローマーから
お金を揺すられてしまう。
これをバラされたくなかったら、金をもってこい、
というワケだ。
今までは、明るく正しい家庭の子弟として過ごしていたのに、
急に悪の道に突き落とされるシンクレール。
そんなゆすられ人生を助けてくれたのが、
デミアンという名の転校生。
デミアンは不思議な雰囲気を漂わせている子。
会っていきなり、聖書のカインの話を始める。
デミアンは、カインこそ、気高い人間で、
殺されたアベルの方が、臆病者だったという。
そのため、人々は、カインの力を恐れ、
カインにしるしをつけたのだと。
カインを弟を殺した悪者としか考えていなかった
シンクレールには、そんなことを言うデミアンが
信じられなかった。
しかし、その日から、なぜかクローマーのゆすりが
なくなってしまうのだ。
というお話。
ここまでは、彼の幼年期で、とっても分かりやすい物語なのですが、
(つまり、悪に対抗するには、また別の“悪”?
または強さが必要なのだということ)
難解なのは、それからです。
シンクレールの成長と共に、彼の内面の成長を描いているので、
読んでいるものにはとても分かりにくいかもしれません。
(幼年期のようなダイナミックなことも起こらないので・・・)
ところが私は、読んでいるうちに、
・・・これは、とんでもない本だわ・・・と
思ってしまったのです。
というのも、私が最近よく読んでいる
スピリチュアルな本に書かれてあるようなことが、
書いてあったのです。
つまり私たちの外側には何もなく、
真理は私たちの内側にある。
鳥が生まれでるには、
その殻を一度打ち破らなければならない。
自分の住んでいる世界を一度壊さなければ
出られないのだ、とか、
強く願えば、実現する、
けれど、実現しそうになる瞬間に
少しでも迷えば、それは叶わないのだ、など、
そんなスピリチュアルな本に書かれてあるようなことが
書いてあるのです。
この本が出版されたのが、1919年で、
ヘッセは第一次世界大戦中に書いたと言われています。
こんな昔からそんなことが言われていたんだと
びっくりしました。
しかし、「デミアン」でも、スピリチュアルな本でも、
宗教の本でも、つきつめていけば、皆言っている事は、
内面への旅
ということで、
結局は、真理というのはただ一つで、
それに尽きるということなのでしょうか?
ちなみに、ヘッセ自身は、精神分析に影響を受けて
この本を書いたと言われていますが、
精神的なものも突き詰めて行けば
(勉強というか、学問の世界でも)、
こういうところに帰結するのかなあ・・・?
なーんて思ってしまいました。
この本は、ヘッセ自身、本名で出版できなかった、と
言っていましたが、その気持ちはよく分かります。
なんだかこういうことを言うのは、とても勇気がいるし、
例えば、ここには、世界大戦のことを、
一度世界が壊れなければ、人間の成長はない
などと主人公が感じたりするところなど、
なかなか口に出しては言えない事が書かれてあるのですから・・・。
ちなみに、デミアンというのは、デーモン、
悪魔を意味しているということなのですが、
私にとっては、悪魔どころか、天使に見えましたが・・・
最後には、人は、自分の中のこの悪魔を取り込んで(和解して)、
力強く生きていかなければならないのだと思いました。
これと似たお話があるなあ・・・、
なんだっけな・・・?と考えていたら、
そうそう、「エヴァンゲリオン」の主人公、
シンジ君とカオル君だわ、なんて思ってしまいました。
ここからインスパイアしたのかな?
なんだかいろいろな意味で面白い本でした。
☆それでは今日もよい一日でありますように。
小さなホン屋パモン堂