こんにちは、マリーで~す。ご無沙汰さんで~す。
猛暑だ、熱帯夜だって言っていたのがうそみたいよね。昔の人が、暑さ寒さも彼岸までって言い伝えていたのは本当だわ。うちのおばはんも夕べは流石に毛布を2枚かけてたわ。あの人って、風邪ひくとすぐに咳がひどくなっちゃうもんだから自分でも用心してるみたいよ。
それはそうと、実は昨日はあの人、四谷の教会のイエズス会の司祭叙階式に出かけてたの。あたしはポーチに入れられてあの人の首からぶら下がって一緒にいたわよ。時々、カメラ機能をつかって式場の大聖堂の中を写真にとってはtwitterに送ったりしてたのはあたしよ。うちのおばはんの左隣に援助修道会のシスターが二人座っていらっしゃったのにさ、おばはんときたら平気で写真撮ってるんだもん、まったく困った人だわ。
あたしのほかにコンデジカメラのキャノ子も一緒だったの。キャノ子は式が終わってからのレセプションの会場のほうを撮ってたのよ。この頃あの人あんまりyoutubeに投稿してなかったんだけど、昨日はキャノ子の撮ったオカリナの演奏とか、神父様と援助修道会のシスターの写真もインターネットで修道院に送ったみたい。でもさ、ちゃんと着いたかどうか心配。うちのおばはんて、相当ドジなんだもんね。
あたしたちは只のおばはんのお供だから、よくわかんないんだけど、昨日の叙階式は祝日だったから、信者や見学の人で大聖堂も満員になるくらいの大きな儀式だったらしいのよ。それでもって、大司教さまと一緒に共同司式に参加した神父様たちも、日本各地はもちろん、海外からも集まってたんですって。
今、twitterでは昔からの知り合いだった神父様がフィリピンに第三修練に行っていて、様子を知ることが出来るんだけど、もう一人、前の四谷の教会の主任司祭で、イエズス会の管区長もした神父様も3年前からフィリピンに行っていたの。それが昨日は育てた神学生だった方たちの叙階式のために日本に戻ってきていたのよ。うちのおばはん、びっくりしてたわ。流石に昨日は大勢の知り合いの人たちと会ったみたいよ。
薄田神父様もいらしたの。薄田神父様が四谷の主任だったころ、いろいろごたごたがあって仕方なく相談したら薄田神父様はその頃の管区長さまだったピタウ師に話してくださって問題が収まったということもあったし、聖歌隊の黙想会を開いた時、テーマを決めて、教会学校の子どもに話すとしたらどういう話をするか、信者のテストをしたこともあって、プロテスタントの信者だった頃は毎週子どものためのお話作りをしていた、うちのおばはんは楽々とその場でおもしろいお話をして見せたの。薄田神父様は、そのときに持っていないものは出せませんよとおっしゃったから、あの人、それじゃ、どんなものを持ってるか見て頂戴ねって思いながら大勢の前でお話したの。そんなこともあって、遠くにいてもちゃんと覚えている神父様だったから、昨日会えて、うちのおばはんもすごく喜んでたわ。
だって、そういうことがあったから、あの人、いくつもお話を書いてみたんだもの。あたしが今こうして、おばはんの代わりにしゃべってるのだって、実はルーツは薄田神父様がみんなの前でお話させてくださったからなのよね。あの人ほんとに会えてうれしかったみたい。
他にも、コンベントゥアル会の山口こんぶ神父様(ネットでおばはんが勝手にそう呼んでるだけで、本当は雅稔神父様って言うのよ)にも、ひさしぶりだったし、懐かしい顔がいっぱいだったの。
というわけで、今月はWagaMaga時代からの知り合いの人たちが関係しているB-1グランプリも終わったし、イエズス会の叙階式も終わったし、今度は来週からちゃんと今後のための自分のまとめの最終章を書かなくちゃいけないのよね、あの人。これがまた面倒な仕事で、考えると頭を抱えるようなことらしいんだけど、がんばってもらわないと困るんだわ。やるっきゃないのよ。
ほんじゃ、またね。
猛暑だ、熱帯夜だって言っていたのがうそみたいよね。昔の人が、暑さ寒さも彼岸までって言い伝えていたのは本当だわ。うちのおばはんも夕べは流石に毛布を2枚かけてたわ。あの人って、風邪ひくとすぐに咳がひどくなっちゃうもんだから自分でも用心してるみたいよ。
それはそうと、実は昨日はあの人、四谷の教会のイエズス会の司祭叙階式に出かけてたの。あたしはポーチに入れられてあの人の首からぶら下がって一緒にいたわよ。時々、カメラ機能をつかって式場の大聖堂の中を写真にとってはtwitterに送ったりしてたのはあたしよ。うちのおばはんの左隣に援助修道会のシスターが二人座っていらっしゃったのにさ、おばはんときたら平気で写真撮ってるんだもん、まったく困った人だわ。
あたしのほかにコンデジカメラのキャノ子も一緒だったの。キャノ子は式が終わってからのレセプションの会場のほうを撮ってたのよ。この頃あの人あんまりyoutubeに投稿してなかったんだけど、昨日はキャノ子の撮ったオカリナの演奏とか、神父様と援助修道会のシスターの写真もインターネットで修道院に送ったみたい。でもさ、ちゃんと着いたかどうか心配。うちのおばはんて、相当ドジなんだもんね。
あたしたちは只のおばはんのお供だから、よくわかんないんだけど、昨日の叙階式は祝日だったから、信者や見学の人で大聖堂も満員になるくらいの大きな儀式だったらしいのよ。それでもって、大司教さまと一緒に共同司式に参加した神父様たちも、日本各地はもちろん、海外からも集まってたんですって。
今、twitterでは昔からの知り合いだった神父様がフィリピンに第三修練に行っていて、様子を知ることが出来るんだけど、もう一人、前の四谷の教会の主任司祭で、イエズス会の管区長もした神父様も3年前からフィリピンに行っていたの。それが昨日は育てた神学生だった方たちの叙階式のために日本に戻ってきていたのよ。うちのおばはん、びっくりしてたわ。流石に昨日は大勢の知り合いの人たちと会ったみたいよ。
薄田神父様もいらしたの。薄田神父様が四谷の主任だったころ、いろいろごたごたがあって仕方なく相談したら薄田神父様はその頃の管区長さまだったピタウ師に話してくださって問題が収まったということもあったし、聖歌隊の黙想会を開いた時、テーマを決めて、教会学校の子どもに話すとしたらどういう話をするか、信者のテストをしたこともあって、プロテスタントの信者だった頃は毎週子どものためのお話作りをしていた、うちのおばはんは楽々とその場でおもしろいお話をして見せたの。薄田神父様は、そのときに持っていないものは出せませんよとおっしゃったから、あの人、それじゃ、どんなものを持ってるか見て頂戴ねって思いながら大勢の前でお話したの。そんなこともあって、遠くにいてもちゃんと覚えている神父様だったから、昨日会えて、うちのおばはんもすごく喜んでたわ。
だって、そういうことがあったから、あの人、いくつもお話を書いてみたんだもの。あたしが今こうして、おばはんの代わりにしゃべってるのだって、実はルーツは薄田神父様がみんなの前でお話させてくださったからなのよね。あの人ほんとに会えてうれしかったみたい。
他にも、コンベントゥアル会の山口こんぶ神父様(ネットでおばはんが勝手にそう呼んでるだけで、本当は雅稔神父様って言うのよ)にも、ひさしぶりだったし、懐かしい顔がいっぱいだったの。
というわけで、今月はWagaMaga時代からの知り合いの人たちが関係しているB-1グランプリも終わったし、イエズス会の叙階式も終わったし、今度は来週からちゃんと今後のための自分のまとめの最終章を書かなくちゃいけないのよね、あの人。これがまた面倒な仕事で、考えると頭を抱えるようなことらしいんだけど、がんばってもらわないと困るんだわ。やるっきゃないのよ。
ほんじゃ、またね。