かがみの孤城 辻村深月
「問答無用の著者最高傑作」なのだそうだ。それが宣伝煽りなのか、読者の本音なのか、
逆にこれだけ寝かせておけば、素になって読むことが出来るだろう・・・となるべくネタバレや先輩たちのレビューを見ないで読み始めた。
この本の複雑に入り組んで構築されていながら見事に回収される伏線のストーリーや、登場する中学生たちへの親身に寄り添った記述や台詞の数々はもちろん素晴らしい。
先に読了された多くの読書先輩の言う通りだ。
さすが本屋大賞ほか多くの賞を取っただけはある、と唸らされた。
物語としての完成度として申し分ない。
ところが、読了後しばらくして、興奮を鎮静させて、作者のインタビューやこの本に寄せる読者たちのレビューを読みこむと、かすかな不協和音が僕には響いてなんとも落ち着かない心持ちになってしまった。
確かに、この本は多くの青少年の苦悩、鬱屈に寄り添うように書かれている。
そして、子どもたちに接して関わる親や大人に向けても作者の温かいエールのメッセージはしっかりと盛り込まれている。
それによって救われる読者も多いことだろう。
それは素晴らしい読書体験に違いない。
だが、僕が全面的に協賛しきれないのは、この本でも救われない子ども、或いはこの本に出合うことも出来なかった子どもが、確実にこの世界に存在している現実だ。
逆に、この本の成功によって救済されない子どもたちの陰が浮かびあがって来ているように感じた。
ここからは慎重に言葉を選ばねばならない、まことに申し訳ないが僕には、この本を絶賛し、救われた、と涙する読者たちが、軽々にうかれていて、選ばれた読者エリートとして自分を誇っているような印象を感じてしまうのです。
「私は本に出会えてよかった、この本に救われた、これから頑張れる、 私はこの本に選ばれたものなんだ・・・」と・・・
救われない子ども、救われない家庭、現実のかれらをさておいて、本に涙して感激する僕はなんなのだ?と自責するのは作者への一方的な言いがかりなのは承知している。
こんなことを考え、しかもレビューで表明しようなどとする僕は不遜だ。
本に物語の完成形以上のものを求めることは間違っている。
作者にも読者にも罪も瑕疵もない。
ごめんなさい。謝ります。
それでも本を愛し、子どもたちを愛し、この世界を愛する者として、もう一歩、もう一つコーナーを回り、” なにか ” に近づきたいと本心から思う。
そんな自分をどうか赦してください。
おりしも、2020年6月現在、日本も世界も執筆時にもこの本の本屋大賞受賞時には予想もつかなかった新型コロナ疫病が大きな変化を僕たち、子どもたちにもたらしている。
中学校は再開され、連日テレビでは 紋切り型に「学校再開されてうれしい、」みたいなニュース映像ばかりが垂れ流されているが、その陰で十代の少女の望まれない妊娠や、自宅待機から学校再開にスムーズに復帰を果たせていない多くの子供たちが水面下にいることは隠され、問題化もされていない。。。。。
問題化してしまったときには手遅れになってしまうはずなのに、だ。
この本を読んで、一層深い思いを皆に感じてほしい。そう思った。
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