7月30日(木)新作歌曲の会 第24回演奏会
東京文化会館ホール
【曲目】
1.生田美子/『朔太郎の幻影』(詩:萩原朔太郎)
1.笛 2.馬車の中で 3.竹 4.風船乗りの夢
T:横山和彦/Pf:生田美子
2.高島豊/強制収容所で死んだゼルマの詩 より(詩:ゼルマ・メーアバウム=アイジンガー)
1.うた 2.ねえ、あなた知ってる? 3.子守歌
MS:紙谷弘子/Pf:藤原亜美
3. 鈴木静哉/季節(詩:立原道造)
1.晩春 2.晩秋
Bar:鎌田直純/Pf:小田直弥
4.西田直嗣/星野富弘の詩による「四つの歌曲」(詩:星野富弘)
1.苺 2.豚 3.あなたのいのち 4.春の縁側(モモ)
S:佐藤貴子/T:下村将太/Pf:畑めぐみ
♪ ♪ ♪
5. 野澤啓子/うどん(詩:田中庸介)
Bar:石崎秀和/Pf:野澤啓子
6.布施美子/「歌っていいですか」「いまここにいないあなたへ」(詩:谷川俊太郎)
T:横山和彦/Pf:藤原亜美
7.高濱絵里子/《令和唱歌》(詩:小学唱歌集より)
S:森朱美/Pf:高濱絵里子
8.和泉耕二/「賢治のうた4」(詩:宮沢賢治)
1.松の針 2.雨ニモマケズ
T:黄木透/Pf:和泉真弓
『すぐれた詩に作曲家と声楽家が出会い、共に力を合わせて創造された「新しい歌曲」が「演奏」という形で完成する』(公演プログラムの挨拶文より)場である「新作歌曲の会」24回目の演奏会が、去年の川口から上野の東京文化会館に戻り、330名を超える大勢の聴衆を迎えて開催された。拙作を含めて初演された8つの新作歌曲について、演奏順に感想を述べたい(拙作については最後)。
昨年、新作歌曲の会にデビューした生田美子さんは、萩原朔太郎のファンタジックな4つの詩を歌にした。官能的でどこか浮世離れした幻のような情景や心象が表現された。横山さんの柔らかな表情の歌が描く美しい軌跡がいつまでも心に残る。生田さんのピアノは繊細で色彩感に富み、音たちが敏捷に動き回る。その様子は舞を観ているよう。なかでも「竹」の力強く野性的な生命力に沸き立つ歌が、緊迫したピアノと共に心を捉えた。
鈴木静哉先生の立原道造の詩による「季節」は、性格の異なる2つの歌が対になって大きな世界を表現した。心の底にある感情が静かに湧き上がり、絵のような光景が立ち現れる。そして最後は遠くへと静かに去っていく姿が憧憬をかき立てる。鎌田さんが歌に乗せて届ける言葉は、クリアに聴こえるだけでなく、体温を伴って言葉の意味を伝えて物語を紡ぎ、小田さんの歌心のあるデリケートなピアノが鎌田さんの歌を優しくエスコートした。
西田直嗣さんは星野富弘の詩を美しく瑞々しい音楽に仕上げた。苺が、お母さんが好きでたまらない気持ちがストレートに表現された「苺」、何も知らず無心に食べ続ける豚への哀切が滲む「豚」、いのちを戴くことの重さを思わずにはいられない「あなたのいのち」、暖かくユーモラスな「春の縁側」、星野富弘の詩が熱くリアルに迫って来た。佐藤さんと下村さんの、溢れる気持ちがストレートに伝わる生気の迸る歌と名演技が、笑いも取りつつ星野ワールドへ誘い込んだ。畑さんのピアノは「おいしい音」を響かせ、それぞれの歌からうま味を引き出していた。
♪ ♪ ♪
野澤啓子さんの「うどん」は、田中庸介氏のコミカルな詩への野澤さんならではの付曲。はたから見るとバカバカしいようなことでも、本人は大真面目にうどんへの愛を歌うリアリティが、音楽が付くことで一層鮮明に浮かび上がってくる。石崎さんの歌は、そうした本気度とコミカルなタッチの切り替えやバランス感覚が絶妙で、力強く自信満々な様子とおどけた様を赤裸々に伝え、野澤さんのピアノとの名コンビぶりを繰り広げた。
布施美子さんは昨年に続き谷川俊太郎の2篇の詩を選んだ。読んでいるだけで心に素直に響いてくる詩の佇まいを大切にして、美しい旋律とハーモニーで詩の世界に無理なく香りや色を添えた作品。そんな姿勢が、作品全体に穏やかな統一感を与え、感情の自然な発露を導き出していた。横山さんの気高くまろやかな歌からは魂を感じ、藤原さんの優しく繊細なピアノと交わす歌に、詩の情感が重なり思わず聴き入った。
高濱絵里子さんは、明治時代に刊行された小学唱歌を元に新たな和声付けを試みる作品を発表した。歌詞の第1節がR.ディットリッヒの和声付けによるオリジナルの形で演奏されたあと、第2節以降では多彩に変容し、自然に羽ばたいて行った。元の歌のエッセンスを宿しつつファンタジーに溢れ、親しみやすさのなかに新しい響きへの挑戦が感じられた。森さんの柔らかく濃厚で温かな声による歌には詩情が溢れ、古き良き歌の持つ格調と懐かしさが滲み出て、高濱さんのピアノと美しく唱和した。
和泉耕二さんの新作は宮沢賢治の詩による2曲。「松の針」では賢治の妹、トシへの抑え難い感情がストレートに音楽で表現された。そこには深い愛と切羽詰まった感情が溢れ、作曲者の賢治への思い入れも伝わってきた。穏やかさが訪れる最後のシーンでの包み込む優しさが切なさをかき立てた。ピアノの高音域での柔らかな非和声音も心に響いた。
有名な「雨ニモマケズ」では、淡々としたリズムの優しい歌が、賢治の生きることへの日々変わらぬ実直な思いを、奇を衒うことなく届けてくる。それが静かで熱い頂点へと向かい、心に深く沁み入った。黄木さんの歌は、言葉がくっきりと生命力を持って胸に響いて来た。豊かな声量と幅広い表現力に感服するばかり。真弓さんのピアノは常に安定し、音の末端まで神経が行き届き、賢治の世界を穏やかに、しかし熱く歌い上げた。
拙作は、ナチスによる強制収容所で亡くなったゼルマ・メーアバウム=アイジンガーのドイツ語の詩を作曲者が和訳したテキストを用いた。ゼルマは当時のルーマニア領のユダヤ人家庭に生まれ、17歳のときに強制収容所に連行され、その半年後に18歳で病死した。そんなゼルマの詩には、ナチスによるユダヤ人迫害の影が色濃く反映している。去年、ベルリン近郊のザクセンハウゼン強制収容所跡を訪れたり、ベルリンの屋内外の展示で当時ユダヤ人がどんな扱いを受けていたかを知ったことがきっかけで、この詩への作曲を思い立った。今も、過去のおぞましい歴史から何も学ばずに悲惨な殺し合いが続き、そんな渦中にいる人々の恐怖や怒り、絶望の声をゼルマの言葉を通して歌にして、戦争や紛争で犠牲になった全ての人々への鎮魂の気持ちを伝えたかった。
紙谷さんの歌は終始緊迫感を途切らせることなく、柔軟なアゴーギクを生かして幅広く豊かな表情で詩の真髄を伝えてくださった。1曲目の「うた」では不安や孤独感を、2曲目の「ねえ、あなた知ってる?」では、怒りや恐怖での極限の精神状態を、そして3曲目の「子守歌」では、悲しみと慰めを見事に表現した。朗読を聴かせるように言葉をリアルに伝える迫真の歌唱だった。最後に原詩のドイツ語で”so schlaf(さあ、おやすみ)”と歌うフレーズが深く深く胸に沁み渡った。藤原さんは、繊細な最弱音から怒涛の最強音までダイナミックかつ柔軟にピアノを操り、明晰かつ人間的な温もりも伝えた。紙谷さんの歌と二重奏を奏でるように歌に敏感に呼応し、シーンによって目まぐるしく変化する感情の起伏を、リアルな拍動と共に鮮やかに描き出してくださった。
難曲になった今回の歌を、ここまで緻密で熱のこもった演奏で聴ける幸せを噛みしめた。ここまでの演奏に仕上げてくださったお二人にはただただ感謝するばかり。このような発表の場を毎年与えてくださる運営事務局の方々、そして、ご来場くださった大勢の皆さまに心から感謝申し上げます。
拙作のリハ風景
新作歌曲の会 第23回演奏会 2023.8.24 川口リリア音楽ホール
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1.生田美子/『朔太郎の幻影』(詩:萩原朔太郎)
1.笛 2.馬車の中で 3.竹 4.風船乗りの夢
T:横山和彦/Pf:生田美子
2.高島豊/強制収容所で死んだゼルマの詩 より(詩:ゼルマ・メーアバウム=アイジンガー)
1.うた 2.ねえ、あなた知ってる? 3.子守歌
MS:紙谷弘子/Pf:藤原亜美
3. 鈴木静哉/季節(詩:立原道造)
1.晩春 2.晩秋
Bar:鎌田直純/Pf:小田直弥
4.西田直嗣/星野富弘の詩による「四つの歌曲」(詩:星野富弘)
1.苺 2.豚 3.あなたのいのち 4.春の縁側(モモ)
S:佐藤貴子/T:下村将太/Pf:畑めぐみ
5. 野澤啓子/うどん(詩:田中庸介)
Bar:石崎秀和/Pf:野澤啓子
6.布施美子/「歌っていいですか」「いまここにいないあなたへ」(詩:谷川俊太郎)
T:横山和彦/Pf:藤原亜美
7.高濱絵里子/《令和唱歌》(詩:小学唱歌集より)
S:森朱美/Pf:高濱絵里子
8.和泉耕二/「賢治のうた4」(詩:宮沢賢治)
1.松の針 2.雨ニモマケズ
T:黄木透/Pf:和泉真弓
『すぐれた詩に作曲家と声楽家が出会い、共に力を合わせて創造された「新しい歌曲」が「演奏」という形で完成する』(公演プログラムの挨拶文より)場である「新作歌曲の会」24回目の演奏会が、去年の川口から上野の東京文化会館に戻り、330名を超える大勢の聴衆を迎えて開催された。拙作を含めて初演された8つの新作歌曲について、演奏順に感想を述べたい(拙作については最後)。
昨年、新作歌曲の会にデビューした生田美子さんは、萩原朔太郎のファンタジックな4つの詩を歌にした。官能的でどこか浮世離れした幻のような情景や心象が表現された。横山さんの柔らかな表情の歌が描く美しい軌跡がいつまでも心に残る。生田さんのピアノは繊細で色彩感に富み、音たちが敏捷に動き回る。その様子は舞を観ているよう。なかでも「竹」の力強く野性的な生命力に沸き立つ歌が、緊迫したピアノと共に心を捉えた。
鈴木静哉先生の立原道造の詩による「季節」は、性格の異なる2つの歌が対になって大きな世界を表現した。心の底にある感情が静かに湧き上がり、絵のような光景が立ち現れる。そして最後は遠くへと静かに去っていく姿が憧憬をかき立てる。鎌田さんが歌に乗せて届ける言葉は、クリアに聴こえるだけでなく、体温を伴って言葉の意味を伝えて物語を紡ぎ、小田さんの歌心のあるデリケートなピアノが鎌田さんの歌を優しくエスコートした。
西田直嗣さんは星野富弘の詩を美しく瑞々しい音楽に仕上げた。苺が、お母さんが好きでたまらない気持ちがストレートに表現された「苺」、何も知らず無心に食べ続ける豚への哀切が滲む「豚」、いのちを戴くことの重さを思わずにはいられない「あなたのいのち」、暖かくユーモラスな「春の縁側」、星野富弘の詩が熱くリアルに迫って来た。佐藤さんと下村さんの、溢れる気持ちがストレートに伝わる生気の迸る歌と名演技が、笑いも取りつつ星野ワールドへ誘い込んだ。畑さんのピアノは「おいしい音」を響かせ、それぞれの歌からうま味を引き出していた。
野澤啓子さんの「うどん」は、田中庸介氏のコミカルな詩への野澤さんならではの付曲。はたから見るとバカバカしいようなことでも、本人は大真面目にうどんへの愛を歌うリアリティが、音楽が付くことで一層鮮明に浮かび上がってくる。石崎さんの歌は、そうした本気度とコミカルなタッチの切り替えやバランス感覚が絶妙で、力強く自信満々な様子とおどけた様を赤裸々に伝え、野澤さんのピアノとの名コンビぶりを繰り広げた。
布施美子さんは昨年に続き谷川俊太郎の2篇の詩を選んだ。読んでいるだけで心に素直に響いてくる詩の佇まいを大切にして、美しい旋律とハーモニーで詩の世界に無理なく香りや色を添えた作品。そんな姿勢が、作品全体に穏やかな統一感を与え、感情の自然な発露を導き出していた。横山さんの気高くまろやかな歌からは魂を感じ、藤原さんの優しく繊細なピアノと交わす歌に、詩の情感が重なり思わず聴き入った。
高濱絵里子さんは、明治時代に刊行された小学唱歌を元に新たな和声付けを試みる作品を発表した。歌詞の第1節がR.ディットリッヒの和声付けによるオリジナルの形で演奏されたあと、第2節以降では多彩に変容し、自然に羽ばたいて行った。元の歌のエッセンスを宿しつつファンタジーに溢れ、親しみやすさのなかに新しい響きへの挑戦が感じられた。森さんの柔らかく濃厚で温かな声による歌には詩情が溢れ、古き良き歌の持つ格調と懐かしさが滲み出て、高濱さんのピアノと美しく唱和した。
和泉耕二さんの新作は宮沢賢治の詩による2曲。「松の針」では賢治の妹、トシへの抑え難い感情がストレートに音楽で表現された。そこには深い愛と切羽詰まった感情が溢れ、作曲者の賢治への思い入れも伝わってきた。穏やかさが訪れる最後のシーンでの包み込む優しさが切なさをかき立てた。ピアノの高音域での柔らかな非和声音も心に響いた。
有名な「雨ニモマケズ」では、淡々としたリズムの優しい歌が、賢治の生きることへの日々変わらぬ実直な思いを、奇を衒うことなく届けてくる。それが静かで熱い頂点へと向かい、心に深く沁み入った。黄木さんの歌は、言葉がくっきりと生命力を持って胸に響いて来た。豊かな声量と幅広い表現力に感服するばかり。真弓さんのピアノは常に安定し、音の末端まで神経が行き届き、賢治の世界を穏やかに、しかし熱く歌い上げた。
拙作は、ナチスによる強制収容所で亡くなったゼルマ・メーアバウム=アイジンガーのドイツ語の詩を作曲者が和訳したテキストを用いた。ゼルマは当時のルーマニア領のユダヤ人家庭に生まれ、17歳のときに強制収容所に連行され、その半年後に18歳で病死した。そんなゼルマの詩には、ナチスによるユダヤ人迫害の影が色濃く反映している。去年、ベルリン近郊のザクセンハウゼン強制収容所跡を訪れたり、ベルリンの屋内外の展示で当時ユダヤ人がどんな扱いを受けていたかを知ったことがきっかけで、この詩への作曲を思い立った。今も、過去のおぞましい歴史から何も学ばずに悲惨な殺し合いが続き、そんな渦中にいる人々の恐怖や怒り、絶望の声をゼルマの言葉を通して歌にして、戦争や紛争で犠牲になった全ての人々への鎮魂の気持ちを伝えたかった。
紙谷さんの歌は終始緊迫感を途切らせることなく、柔軟なアゴーギクを生かして幅広く豊かな表情で詩の真髄を伝えてくださった。1曲目の「うた」では不安や孤独感を、2曲目の「ねえ、あなた知ってる?」では、怒りや恐怖での極限の精神状態を、そして3曲目の「子守歌」では、悲しみと慰めを見事に表現した。朗読を聴かせるように言葉をリアルに伝える迫真の歌唱だった。最後に原詩のドイツ語で”so schlaf(さあ、おやすみ)”と歌うフレーズが深く深く胸に沁み渡った。藤原さんは、繊細な最弱音から怒涛の最強音までダイナミックかつ柔軟にピアノを操り、明晰かつ人間的な温もりも伝えた。紙谷さんの歌と二重奏を奏でるように歌に敏感に呼応し、シーンによって目まぐるしく変化する感情の起伏を、リアルな拍動と共に鮮やかに描き出してくださった。
難曲になった今回の歌を、ここまで緻密で熱のこもった演奏で聴ける幸せを噛みしめた。ここまでの演奏に仕上げてくださったお二人にはただただ感謝するばかり。このような発表の場を毎年与えてくださる運営事務局の方々、そして、ご来場くださった大勢の皆さまに心から感謝申し上げます。
拙作のリハ風景
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