9月19日(木)グスターボ・ドゥダメル指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
~NHK音楽祭2013~
NHKホール
【演目】
ヴェルディ/「アイーダ」全4幕(演奏会形式)
アイーダ:ホイ・ヘー(S)、アムネリス:ダニエラ・バルチェッローナ(MS)、ラダメス:ホルヘ・デ・レオン(T)、アモナズロ:アンブロージョ・マエストリ(Bar)、エジプト王:ロベルト・タリアヴィーニ(B)、ランフィス:マルコ・スポッティ(B)、使者:ジェヒ・クォン(T)、巫女:サエ・キュン・リム(S)
合唱:ミラノ・スカラ座合唱団
スカラ座のオペラ公演にはもちろん興味あるし行ってみたいと思っていたが、自分にとってのスカラ座は、チケットの料金を見てしまうと「この料金を払ってでも」とまでは行かなかった。ところが今回NHK音楽祭で、演奏会形式ながらスカラ座の「アイーダ」を10000円代で聴ける、しかも指揮は今人気急上昇中のドゥダメル!こんなチャンスは滅多にないと思ってチケットを予約した。
初体験のラ・スカーラの公演はやっぱりスゴいの一言。オケ、合唱、ソリスト、どれを取っても桁外れのハイレベル。座った席は3階左後方。この辺りは不思議と演奏の良し悪しが音の聞こえ方と直結する。いいときは遠さを全く感じないが、そうでない時はどんなにフォルティッシモでドンチャンやっても前の方だけで鳴っている。今夜のスカラ座公演はもちろん前者。前奏曲の繊細なイントロが、目の前で演奏しているかのようにリアルに、実際の空間の大きさを飛び越えて耳に届いてきた。これはオケだけでなく、合唱もそうだし、すごいのはソリスト達も一人の例外もなくみんなよく声が届いてきたこと(PA? わからないので問題にしない)。
全体として、とにかく表現が濃くて懐が深いという印象を持った。ドラマトゥルギーが何であるかを直情的に訴えかけてくるのだ。オーケストラはイントロから匂いが立ち込め、終始雄弁に語りかけてくる。歌手とのやり取りでは、あうんの呼吸とはこのことか、と思えるような呼吸や間や抑揚を随所で聴かせるのはさすが。それでいて決して出しゃばることなく歌を盛り立てる。血の通った熱さも節度を保っていて、高級感が漂っている。
合唱がパワフルなのは期待通りで、パワーだけでなく磨き抜かれた眩しいほどの光沢を持ち、更にそれに加えて「大人の貫禄」とでも呼びたい味がひしひしと伝わってきた。凱旋の行進の大合唱だって、ただおめでたい気分に浮かれて声を張り上げるのではなく、全体のシーンを俯瞰しているような余裕があり、この後に起こる事件を予見しているかのような洞察力さえ感じた。
そしてソリスト達は、名前を聞いたことのある歌手はいなかったし、プロフィールもないので、誰がどんなキャリアを持ってどんな活躍をしているかはわからなかったが、みんな今のオペラ界の頂点に立っていてもおかしくないほどの粒揃いだったのはやっぱりスカラ座だからだろうか。
中でも感銘を受けたのはタイトルロールのアイーダを歌ったホイ・へー。光の筋が細い穴を正確に射ぬくような声と歌唱といえばイメージできるだろうか。その光の筋には気高さ、あこがれ、苦悩、葛藤といったあらゆる要素が凝縮され、場面に相応しい色彩を放つ。第3幕の「わが故郷」の尊い美しさ、ラダメスに演技を謀る心の葛藤など、いつでも聴き手の心を一身に捉える。心を揺さぶる芯のある強い声も素晴らしいが、ホイ・へーにしかできないような芸当は光の筋の光度をいささかも落とすことなく、極限まで細めて、その光の線で全てを描いてしまうこと。第4幕の最後の場面の気高さは神々しいほどだった。
対するアムネリス役のダニエラ・バルチェッローナの迫真の熱演は一番たくさんのブラヴァをもらっていた。気高さの漂うアイーダに対し、バルチェッローナのアムネリスは人情味溢れて世俗的に迫ってくる。激しい存在感は圧倒的で、とりわけ第4幕第1場の狂乱振りではオペラ全体のクライマックスを作った。
ホルヘ・デ・レオンのラダメスは、輝かしく艶やかで強靭な美声としなやかな歌唱で、初っ端の「清きアイーダ」から聴衆の心を完全に虜にした。アイーダ同様に高貴さも匂わせ、アイーダへの思いゆえに自らを破滅へ追いやる運命に弄ばれる男の姿を、哀れさではない信念を持って訴えかけてきた。エジプト王を歌ったタリアヴィーニ、司祭長のマルコ・スポッティ、アモナズロのマエストリといった男声ソリスト陣も甲乙つけ難い秀逸の歌唱を聴かせた。歌手たちは全て暗譜。
「アイーダ」は、舞台上演ではステージ上の豪華さが競われ、聴衆も注目する第2幕のウェイトが大きくなり勝ちだが、こうして演奏会形式で聴くと第3幕の存在感が俄然クローズアップされる。指揮のドゥダメルは彫りの深い表情で起伏に富んだドラマの進行を描き、熱い音楽を作って行ったが、歩調はキビキビとしていて、第2幕でもことさら絢爛豪華な音づくりを強調するのではなく、あくまでオペラの1場面として扱い、クライマックスを第3幕から第4幕の第1場へ持ってくることに成功した。そして、第4幕の最終場ではセンチメンタルや陰鬱ではなく、浄化され、透き通った幸福感を表現し、本当に美しいエンディングを実現した。こんなエンディングでの拍手はもっと我慢すべき!
一つだけしっくりこなかったのは、第4幕第1場での裁判の場面。ラダメスの罪状を次々と問い質す声に沈黙を貫き通す間に高まる緊迫感がもう一歩弱いように感じたこと。沈黙の時間が短かったと感じたのは気のせいか?それともドゥダメルのキビキビした進行が自分の波長と合わなかったせいか?
いずれにしてもこれほどの「アイーダ」を東京で体験できたのは大収穫だった。
~NHK音楽祭2013~
NHKホール
【演目】
ヴェルディ/「アイーダ」全4幕(演奏会形式)
アイーダ:ホイ・ヘー(S)、アムネリス:ダニエラ・バルチェッローナ(MS)、ラダメス:ホルヘ・デ・レオン(T)、アモナズロ:アンブロージョ・マエストリ(Bar)、エジプト王:ロベルト・タリアヴィーニ(B)、ランフィス:マルコ・スポッティ(B)、使者:ジェヒ・クォン(T)、巫女:サエ・キュン・リム(S)
合唱:ミラノ・スカラ座合唱団
スカラ座のオペラ公演にはもちろん興味あるし行ってみたいと思っていたが、自分にとってのスカラ座は、チケットの料金を見てしまうと「この料金を払ってでも」とまでは行かなかった。ところが今回NHK音楽祭で、演奏会形式ながらスカラ座の「アイーダ」を10000円代で聴ける、しかも指揮は今人気急上昇中のドゥダメル!こんなチャンスは滅多にないと思ってチケットを予約した。
初体験のラ・スカーラの公演はやっぱりスゴいの一言。オケ、合唱、ソリスト、どれを取っても桁外れのハイレベル。座った席は3階左後方。この辺りは不思議と演奏の良し悪しが音の聞こえ方と直結する。いいときは遠さを全く感じないが、そうでない時はどんなにフォルティッシモでドンチャンやっても前の方だけで鳴っている。今夜のスカラ座公演はもちろん前者。前奏曲の繊細なイントロが、目の前で演奏しているかのようにリアルに、実際の空間の大きさを飛び越えて耳に届いてきた。これはオケだけでなく、合唱もそうだし、すごいのはソリスト達も一人の例外もなくみんなよく声が届いてきたこと(PA? わからないので問題にしない)。
全体として、とにかく表現が濃くて懐が深いという印象を持った。ドラマトゥルギーが何であるかを直情的に訴えかけてくるのだ。オーケストラはイントロから匂いが立ち込め、終始雄弁に語りかけてくる。歌手とのやり取りでは、あうんの呼吸とはこのことか、と思えるような呼吸や間や抑揚を随所で聴かせるのはさすが。それでいて決して出しゃばることなく歌を盛り立てる。血の通った熱さも節度を保っていて、高級感が漂っている。
合唱がパワフルなのは期待通りで、パワーだけでなく磨き抜かれた眩しいほどの光沢を持ち、更にそれに加えて「大人の貫禄」とでも呼びたい味がひしひしと伝わってきた。凱旋の行進の大合唱だって、ただおめでたい気分に浮かれて声を張り上げるのではなく、全体のシーンを俯瞰しているような余裕があり、この後に起こる事件を予見しているかのような洞察力さえ感じた。
そしてソリスト達は、名前を聞いたことのある歌手はいなかったし、プロフィールもないので、誰がどんなキャリアを持ってどんな活躍をしているかはわからなかったが、みんな今のオペラ界の頂点に立っていてもおかしくないほどの粒揃いだったのはやっぱりスカラ座だからだろうか。
中でも感銘を受けたのはタイトルロールのアイーダを歌ったホイ・へー。光の筋が細い穴を正確に射ぬくような声と歌唱といえばイメージできるだろうか。その光の筋には気高さ、あこがれ、苦悩、葛藤といったあらゆる要素が凝縮され、場面に相応しい色彩を放つ。第3幕の「わが故郷」の尊い美しさ、ラダメスに演技を謀る心の葛藤など、いつでも聴き手の心を一身に捉える。心を揺さぶる芯のある強い声も素晴らしいが、ホイ・へーにしかできないような芸当は光の筋の光度をいささかも落とすことなく、極限まで細めて、その光の線で全てを描いてしまうこと。第4幕の最後の場面の気高さは神々しいほどだった。
対するアムネリス役のダニエラ・バルチェッローナの迫真の熱演は一番たくさんのブラヴァをもらっていた。気高さの漂うアイーダに対し、バルチェッローナのアムネリスは人情味溢れて世俗的に迫ってくる。激しい存在感は圧倒的で、とりわけ第4幕第1場の狂乱振りではオペラ全体のクライマックスを作った。
ホルヘ・デ・レオンのラダメスは、輝かしく艶やかで強靭な美声としなやかな歌唱で、初っ端の「清きアイーダ」から聴衆の心を完全に虜にした。アイーダ同様に高貴さも匂わせ、アイーダへの思いゆえに自らを破滅へ追いやる運命に弄ばれる男の姿を、哀れさではない信念を持って訴えかけてきた。エジプト王を歌ったタリアヴィーニ、司祭長のマルコ・スポッティ、アモナズロのマエストリといった男声ソリスト陣も甲乙つけ難い秀逸の歌唱を聴かせた。歌手たちは全て暗譜。
「アイーダ」は、舞台上演ではステージ上の豪華さが競われ、聴衆も注目する第2幕のウェイトが大きくなり勝ちだが、こうして演奏会形式で聴くと第3幕の存在感が俄然クローズアップされる。指揮のドゥダメルは彫りの深い表情で起伏に富んだドラマの進行を描き、熱い音楽を作って行ったが、歩調はキビキビとしていて、第2幕でもことさら絢爛豪華な音づくりを強調するのではなく、あくまでオペラの1場面として扱い、クライマックスを第3幕から第4幕の第1場へ持ってくることに成功した。そして、第4幕の最終場ではセンチメンタルや陰鬱ではなく、浄化され、透き通った幸福感を表現し、本当に美しいエンディングを実現した。こんなエンディングでの拍手はもっと我慢すべき!
一つだけしっくりこなかったのは、第4幕第1場での裁判の場面。ラダメスの罪状を次々と問い質す声に沈黙を貫き通す間に高まる緊迫感がもう一歩弱いように感じたこと。沈黙の時間が短かったと感じたのは気のせいか?それともドゥダメルのキビキビした進行が自分の波長と合わなかったせいか?
いずれにしてもこれほどの「アイーダ」を東京で体験できたのは大収穫だった。
噂によると「アイーダ」公演が平日開催ばかりになったのは、北京公演の中止を受け
後からホールの空いている日に押し込んだからだそうです。
NHKホールでも十分感動的でしたが、フェスティバルホールだとずっと臨場感を味わえたのではないでしょうか。
スカラ座、今度は舞台で観たくなりました。