7月30日(月)新作歌曲の会 第19回演奏会
東京文化会館小ホール
【曲目】
1.布施美子/高田敏子の詩による歌曲~
「すすきの原」「新しい年への願い」(詩:高田敏子)
T:黄木透/Pf:小田直弥
2.高濱絵里子/銀色夏生の詩による3つの歌曲 ~メゾ・ソプラノとピアノのために~
夏の岬/柘榴/水の中の魚(詩:銀色夏生)
MS:紙谷弘子/Pf:高濱絵里子
3. 野澤啓子/はじめてのザセツ「武蔵野」
(詩集『スウィートな群青の夢』未知谷刊より 詩:田中庸介)
Bar:石崎秀和/Pf:野澤啓子
4.大畑 眞/誰が駒鳥を殺したか -クラリネット、バリトン、ピアノのための-(詩:長田弘)
Bar:鎌田直純/Pf:畑 めぐみ/Cl:瀬 千恵美
♪ ♪ ♪
5.鈴木静哉/愛する リルケの主題によるヴァリエエション より Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ(詩:立原道造)
T:横山和彦/Pf:藤原亜美
6.高島 豊/みすゞ 憧憬(あこがれ)~メゾソプラノ、チェロ、ピアノのための~
万倍/花びらの海/帆/忘れた唄(詩:金子みすゞ)
MS:橘 今日子/Vc:山口徳花/Pf:畑 めぐみ
7.和泉耕二/重吉のうた 3
葉/ふるさとの 山/素朴な琴/皎々登ってゆきたい(詩:八木重吉)
S:森 朱美/Pf:和泉真弓
8.高嶋みどり/con sentimento
MS:宮澤彩子/T:下村将太/Pf:藤原亜美
今年も「新作歌曲の会」に参加させて頂いた。いつにも増して変化に富んだタイプや編成の新作が並び、演奏も充実していて、一聴衆として他の方の作品を聴くのも楽しかった。
布施さんは「新作」初参加。高田敏子の、風景に思いを寄せた詩に付けられた音楽は、風景の表情と心の揺れをピアノが象徴的に描き、それに乗った歌は、心の奥底に持つ強い思いを真っ直ぐに伝えてきた。小田さんのピアノはデリケートで、色合いや香りを細やかに、詩情豊かに伝え、黄木さんの歌唱は、瑞々しく張りのある美声を存分に生かし、熱い思いをくっきりと鮮やかに聴かせた。
高濱さんは一昨年に続き2度目の参加。前回と同じく銀色夏生の詩に、多彩なセンスを活かした豊穣な世界を表現した。前回同様、作曲家自身が受け持つピアノは、華やかで歌心に満ち、オシャレでチャーミング。それだけでなく静かで深い表情も聴かせる。紙谷さんのメゾは、艶やかで色香が凝縮された魅力的な声で、音楽を大きく捉えて朗々と雄弁に歌いかけてきた。
野澤さんの新作は、「おれ」によって語られるリアルなドラマを台本にしたユニークな作品。歌はいつにも増して感情の多様な変化を瞬時に捉えて、半ば即興的に語りかけてくる。それを、野澤さんのピアノが、象徴的にリアルに描写。石崎さんのバリトンは、主人公の悲壮感や切迫感をストレートにアグレッシブに伝えて聴き手をドラマの世界へ引き込み、更にはある種の滑稽さも感じさせた。この作品を聴いていたら、野澤さんが長年シリーズで取り組んできた「猫ばっか」の面白さを思い出した。
昨年に続き2度目の参加となる大畑さんは、前回とはガラリと作風を変え、象徴的な世界を表現した。同名のマザーグースのパロディーという長田弘の詩は、原詩とは全く異なる叙事性で、「情」をはねつける。畑さんの正確で冷徹でさえある打鍵によるピアノは無常観を、瀬さんの縦横無尽に行き交うクラリネットは、動物たちの写実的描写だけでなく、それぞれの立ち位置の深層を覗き見るような心象を雄弁に伝える一方、鎌田さんの歌唱は、淡々とした語り口のなかに、ある種の人間臭い味わい深さを持ち、それが反って全体の無常観を高めていた。
鈴木先生の作品は、数年来取り組んでいる立原道造のリルケを主題とした3作目。既発表の作品達の色合いを引き継ぎながらも、その詩から表出される固有の「匂い」を歌とピアノによって音楽として織り込んでゆく。藤原さんの弾くピアノは、音色のグラデーションを豊かに施して、音の隅々まで繊細で柔軟な表情が行き渡り、道造の美しくもほの暗い表情を聴かせ、横山さんの歌は、傷つきやすいデリケートな心情を、変わらぬ優しく滑らかな語り口で歌い継いで行った。
和泉さんは、3年連続で重吉の詩を取り上げた。歌もピアノも、選び抜かれた音で、重吉の、磨かれ、研ぎ澄まされた言葉の持つ凛とした美しさ、佇まいに寄り添い、気高く静かに結晶を結んで行った。その瞬間に立ち会える幸せ!4つの歌は、それぞれ多彩なスタイルを持ちながらも、どれもが静謐で、優しさに溢れている。森さんの歌と真弓さんのピアノは、誰にも触れることができないような心の奥に大切に仕舞ってあったものをそっと紐解いて、会場の隅々まで優しく届けてくれた。曲が終わったあとも、ずっと静寂が続いてほしい作品。
高嶋みどりさんの”con sentimento”は、大伴家持と坂上大嬢の間で交わされた切なくも熱い恋歌をテキストに、古風な衣装を身に着けた男女2人の歌手が演技も交え、ピアノと共に綴るシアターピース風作品。下村さんの、時に荒々しさも感じる情熱的で力強い歌と、宮澤さんの熱く妖艶な魅力を湛えた歌によって、太古に生きた男女の思いが時空を超えて魂となって聴き手の胸に迫り、藤原さんのピアノが、2人の情念を煽る。万葉の世の熱い思いが、今に蘇った。
万葉集なんて、真面目に読んだことがない僕にとっては、歌となった言葉を聞いても、単語として認識できないことも多いのだが、プログラムのテキストは照明が暗くて読めない!他の発表でもそうだったが、歌詞が気になる新作発表では、せっかく印刷された歌詞が読める程度に会場を明るくしてもらえると有難い。
♪ ♪ ♪
拙作では、3年ぶりに金子みすゞの詩を取り上げた。「みすゞ 憧憬(あこがれ)」と題して、みすゞが抱いていたと云われる西方浄土への「憧れ」と、母への「憧れ」が詠われた詩を選んだ。長年取り組んできたみすゞに再び戻るに際して、それまでと何か異なるアプローチをしたくて、編成にチェロを加えることを思いついた。これは、昨年「えん」のコンサートで、素晴らしいチェロを弾いてくださった山口さんとの出会いがあったから。山口さんは、今回の共演を快諾してくださっただけでなく、4曲目の「忘れた唄」では、みすゞの詩では思い出せずに終わる歌の歌詞を書き下ろしてくださり、全体をコラール風の歌で締めるという構想に繋がった。
密度の濃い魅力的な声と表情で歌う橘さんの歌、フレーズの枝葉にまで香り高いセンスと優しさを感じる畑さんのピアノ、細かい表現まで徹底的に突き詰めて、大きな流れと表情を生み出す山口さんのチェロ、3人の情熱と愛情を持った真剣な取り組みが、紙の上の音符たちを、素敵な「音楽」として響かせてくれた。
「万倍」では、ジャジーな雰囲気と畏怖すべき空気の対比を、「花びらの海」では、揺らめく波に乗って彼方へと旅する果てのない憧れを、「帆」では、超自然的な輝く彼岸を表現し、最後の「忘れた唄」では、遠くの「かあさま」への思いを静かに、しかし熱い思いで表現してくださった。山口さんが、チェロ一本で静かに奏でる歌が心に沁み、最後のコラールでの3人の「うた」には、我ながらジーンと感動が沸いたのは、演奏者の皆さんの温かな思いが、演奏になって実現したおかげ。こうした場に立ち会える幸せと、それを大勢の方々に聴いて頂ける幸せを噛みしめた。ありがとうございました。
新作歌曲の会 第18回演奏会 2017.7.15 東京文化会館小ホール
さびしいみすゞ、かなしいみすゞ ~金子みすゞの詩による歌曲集~(MS:小泉詠子/Pf:田中梢)
拡散希望記事!STOP!エスカレーターの片側空け
東京文化会館小ホール
【曲目】
1.布施美子/高田敏子の詩による歌曲~
「すすきの原」「新しい年への願い」(詩:高田敏子)
T:黄木透/Pf:小田直弥
2.高濱絵里子/銀色夏生の詩による3つの歌曲 ~メゾ・ソプラノとピアノのために~
夏の岬/柘榴/水の中の魚(詩:銀色夏生)
MS:紙谷弘子/Pf:高濱絵里子
3. 野澤啓子/はじめてのザセツ「武蔵野」
(詩集『スウィートな群青の夢』未知谷刊より 詩:田中庸介)
Bar:石崎秀和/Pf:野澤啓子
4.大畑 眞/誰が駒鳥を殺したか -クラリネット、バリトン、ピアノのための-(詩:長田弘)
Bar:鎌田直純/Pf:畑 めぐみ/Cl:瀬 千恵美
5.鈴木静哉/愛する リルケの主題によるヴァリエエション より Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ(詩:立原道造)
T:横山和彦/Pf:藤原亜美
6.高島 豊/みすゞ 憧憬(あこがれ)~メゾソプラノ、チェロ、ピアノのための~
万倍/花びらの海/帆/忘れた唄(詩:金子みすゞ)
MS:橘 今日子/Vc:山口徳花/Pf:畑 めぐみ
7.和泉耕二/重吉のうた 3
葉/ふるさとの 山/素朴な琴/皎々登ってゆきたい(詩:八木重吉)
S:森 朱美/Pf:和泉真弓
8.高嶋みどり/con sentimento
MS:宮澤彩子/T:下村将太/Pf:藤原亜美
今年も「新作歌曲の会」に参加させて頂いた。いつにも増して変化に富んだタイプや編成の新作が並び、演奏も充実していて、一聴衆として他の方の作品を聴くのも楽しかった。
布施さんは「新作」初参加。高田敏子の、風景に思いを寄せた詩に付けられた音楽は、風景の表情と心の揺れをピアノが象徴的に描き、それに乗った歌は、心の奥底に持つ強い思いを真っ直ぐに伝えてきた。小田さんのピアノはデリケートで、色合いや香りを細やかに、詩情豊かに伝え、黄木さんの歌唱は、瑞々しく張りのある美声を存分に生かし、熱い思いをくっきりと鮮やかに聴かせた。
高濱さんは一昨年に続き2度目の参加。前回と同じく銀色夏生の詩に、多彩なセンスを活かした豊穣な世界を表現した。前回同様、作曲家自身が受け持つピアノは、華やかで歌心に満ち、オシャレでチャーミング。それだけでなく静かで深い表情も聴かせる。紙谷さんのメゾは、艶やかで色香が凝縮された魅力的な声で、音楽を大きく捉えて朗々と雄弁に歌いかけてきた。
野澤さんの新作は、「おれ」によって語られるリアルなドラマを台本にしたユニークな作品。歌はいつにも増して感情の多様な変化を瞬時に捉えて、半ば即興的に語りかけてくる。それを、野澤さんのピアノが、象徴的にリアルに描写。石崎さんのバリトンは、主人公の悲壮感や切迫感をストレートにアグレッシブに伝えて聴き手をドラマの世界へ引き込み、更にはある種の滑稽さも感じさせた。この作品を聴いていたら、野澤さんが長年シリーズで取り組んできた「猫ばっか」の面白さを思い出した。
昨年に続き2度目の参加となる大畑さんは、前回とはガラリと作風を変え、象徴的な世界を表現した。同名のマザーグースのパロディーという長田弘の詩は、原詩とは全く異なる叙事性で、「情」をはねつける。畑さんの正確で冷徹でさえある打鍵によるピアノは無常観を、瀬さんの縦横無尽に行き交うクラリネットは、動物たちの写実的描写だけでなく、それぞれの立ち位置の深層を覗き見るような心象を雄弁に伝える一方、鎌田さんの歌唱は、淡々とした語り口のなかに、ある種の人間臭い味わい深さを持ち、それが反って全体の無常観を高めていた。
鈴木先生の作品は、数年来取り組んでいる立原道造のリルケを主題とした3作目。既発表の作品達の色合いを引き継ぎながらも、その詩から表出される固有の「匂い」を歌とピアノによって音楽として織り込んでゆく。藤原さんの弾くピアノは、音色のグラデーションを豊かに施して、音の隅々まで繊細で柔軟な表情が行き渡り、道造の美しくもほの暗い表情を聴かせ、横山さんの歌は、傷つきやすいデリケートな心情を、変わらぬ優しく滑らかな語り口で歌い継いで行った。
和泉さんは、3年連続で重吉の詩を取り上げた。歌もピアノも、選び抜かれた音で、重吉の、磨かれ、研ぎ澄まされた言葉の持つ凛とした美しさ、佇まいに寄り添い、気高く静かに結晶を結んで行った。その瞬間に立ち会える幸せ!4つの歌は、それぞれ多彩なスタイルを持ちながらも、どれもが静謐で、優しさに溢れている。森さんの歌と真弓さんのピアノは、誰にも触れることができないような心の奥に大切に仕舞ってあったものをそっと紐解いて、会場の隅々まで優しく届けてくれた。曲が終わったあとも、ずっと静寂が続いてほしい作品。
高嶋みどりさんの”con sentimento”は、大伴家持と坂上大嬢の間で交わされた切なくも熱い恋歌をテキストに、古風な衣装を身に着けた男女2人の歌手が演技も交え、ピアノと共に綴るシアターピース風作品。下村さんの、時に荒々しさも感じる情熱的で力強い歌と、宮澤さんの熱く妖艶な魅力を湛えた歌によって、太古に生きた男女の思いが時空を超えて魂となって聴き手の胸に迫り、藤原さんのピアノが、2人の情念を煽る。万葉の世の熱い思いが、今に蘇った。
万葉集なんて、真面目に読んだことがない僕にとっては、歌となった言葉を聞いても、単語として認識できないことも多いのだが、プログラムのテキストは照明が暗くて読めない!他の発表でもそうだったが、歌詞が気になる新作発表では、せっかく印刷された歌詞が読める程度に会場を明るくしてもらえると有難い。
拙作では、3年ぶりに金子みすゞの詩を取り上げた。「みすゞ 憧憬(あこがれ)」と題して、みすゞが抱いていたと云われる西方浄土への「憧れ」と、母への「憧れ」が詠われた詩を選んだ。長年取り組んできたみすゞに再び戻るに際して、それまでと何か異なるアプローチをしたくて、編成にチェロを加えることを思いついた。これは、昨年「えん」のコンサートで、素晴らしいチェロを弾いてくださった山口さんとの出会いがあったから。山口さんは、今回の共演を快諾してくださっただけでなく、4曲目の「忘れた唄」では、みすゞの詩では思い出せずに終わる歌の歌詞を書き下ろしてくださり、全体をコラール風の歌で締めるという構想に繋がった。
密度の濃い魅力的な声と表情で歌う橘さんの歌、フレーズの枝葉にまで香り高いセンスと優しさを感じる畑さんのピアノ、細かい表現まで徹底的に突き詰めて、大きな流れと表情を生み出す山口さんのチェロ、3人の情熱と愛情を持った真剣な取り組みが、紙の上の音符たちを、素敵な「音楽」として響かせてくれた。
「万倍」では、ジャジーな雰囲気と畏怖すべき空気の対比を、「花びらの海」では、揺らめく波に乗って彼方へと旅する果てのない憧れを、「帆」では、超自然的な輝く彼岸を表現し、最後の「忘れた唄」では、遠くの「かあさま」への思いを静かに、しかし熱い思いで表現してくださった。山口さんが、チェロ一本で静かに奏でる歌が心に沁み、最後のコラールでの3人の「うた」には、我ながらジーンと感動が沸いたのは、演奏者の皆さんの温かな思いが、演奏になって実現したおかげ。こうした場に立ち会える幸せと、それを大勢の方々に聴いて頂ける幸せを噛みしめた。ありがとうございました。
新作歌曲の会 第18回演奏会 2017.7.15 東京文化会館小ホール
さびしいみすゞ、かなしいみすゞ ~金子みすゞの詩による歌曲集~(MS:小泉詠子/Pf:田中梢)
拡散希望記事!STOP!エスカレーターの片側空け