9月30日(日)藝大オペラ第58回定期公演
東京藝術大学 奏楽堂
【演目】
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」K.527
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【配役】
ドン・ジョヴァンニ:谷 友博/ドンナ・アンナ:大隅智佳子/ドン・オッターヴィオ:大田 翔/ドンナ・エルヴィラ:脇園 彩/レポレッロ:氷見健一郎/マゼット:萩原 潤/ツェルリーナ:川上茉梨絵/騎士長:長谷川 顯
【演奏】
高関 健 指揮 管弦楽:藝大フィルハーモニア(東京藝術大学管弦楽研究部)/合唱:東京藝術大学音楽学部声楽科3年生
【演出】粟國 淳
【美術】横田あつみ 【照明】笠原 敏幸 【衣裳】西原 梨恵
藝祭の常連でE年オペラもほぼ欠かさず観ている僕だが、芸大オペラに行くのは調べたら1990年以来実に22年ぶり。芸大オペラはあまり宣伝しないので見逃すことが多かったり、公演を知って「行きたい」と思ったときはもうチケットが完売だったりでずっと機会を逃していた。今回も藝祭のときに知って問い合わせたら残券わずか。芸大アートプラザまで行って何とか最後列の席を確保した。
演目は22年前と同じ「ドン・ジョヴァンニ」。あの頃は出演するキャストは自分と歳も近い院生で、卓越した歌唱と大人びた演技にただ感嘆した記憶があるが、今回の芸大オペラも当時受けた印象と変わらず、むしろその質の高さに、もしかしたら更に感嘆する公演だった。出演していた歌い手達の中には、既に学外で活躍している人も少なくないだろうが、でも全員が学生の身分でありながら、ここまでの上演を成し遂げるのはさすが芸大。ブッファ的な可笑しさを含みながらも、全幕が異様な緊迫感に支配されているこのオペラの特質を出すには、一人一人のソリストとしての力量だけでなく、アンサンブルの質や演技など、様々な要素が試されるが、今日の出演者達の仕事はそうした点でも立派だった。
優れた歌手陣のなかでもとりわけ素晴らしかったのが、ドンナ・アンナを歌った大隅智佳子さん。艶と輝きのある美声は、隅々までコントロールが行き届き、高貴といえるほどの気高さで光を受け、オーラを放っていた。大隅さんと双璧を成すほどのインパクトを発していたのがドンナ・エルヴィラ役の脇園彩さん。上品で、 柔らかく豊かな表情がこの役にぴったりで、滑らかな歌いまわしで聴く者の心に寄り添い、癒しを与えてくれた。脇園さんは藝祭のE年オペラ(09年)で歌ったドレベッラでも惹かれたが、一際大きく成長した。
ドン・ジョヴァンニを歌った谷友博さんは、女心をくすぐる色気という点では少々物足りなかったが、何物にもたじろぐことのない堂々とした歌唱が素晴らしかった。これが最後の場面で緊迫感溢れる迫真のシーンを作り上げた。ドン・オッターヴィオ役の大田翔さんは目鼻立ちの整った容姿で、オペラグラスで見たときは西洋人かと思った。歌も整っていて品があり、細やかな感情の表現もうまかったが、勇ましさや頼りがいも感じられると更にいい。騎手長は昨日も出演したという長谷川顯さん。ラストのシーンは威厳と迫力があり、凄みを感じさせた。氷見健一郎さんのレポレッロは歌も演技も抜群の存在感で役を果たした。田舎娘らしい素朴な優しさで包みこむ川上茉梨絵さんのツェルリーナ、闊達な萩原潤さんのマゼットもよかった。
アンサンブルでもみんなよく健闘していた。第2幕でのドタバタの場面や、ドン・ジョヴァンニに扮したレポレッロの正体がバレる場面などでちょっと空回りしているようにも感じたが、終盤に向かいアンサンブルはかっちりとかみ合い、緊張感を高め、見事なエンディングを作り上げた。そして最後のエピローグの解放感と、モーツァルトのオペラでいい上演に出会ったときに感じる、人間愛で胸がキュンとなる感動も味わうことができた。この上演の成功には、高関健指揮の藝大フィルハーモニアのオケの功績も大きい。とりわけ、柔らかく細やかな表情や息遣いが素晴らしく、歌い手達にとっても理想的なオケ伴だったのではないだろうか。
演出については、序曲の序奏部で「地獄落ち」を思わせる舞台演出があったが、概してオーソドックス。巨大な大理石の門と傾いた舞台を持つ本格的な装置も立派で(22年前は舞台装置がお粗末だった)、照明効果や合唱も含めた衣装もステージを盛り上げた。本格的なオペラは初舞台が多いであろう歌い手達にとってはとても歌いやすく、演技もしやすい舞台演出だったように思う。近い将来、今日出演した歌い手達を東京文化会館や新国立劇場で観れる日を楽しみにしたい。
東京藝術大学 奏楽堂
【演目】
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」K.527
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【配役】
ドン・ジョヴァンニ:谷 友博/ドンナ・アンナ:大隅智佳子/ドン・オッターヴィオ:大田 翔/ドンナ・エルヴィラ:脇園 彩/レポレッロ:氷見健一郎/マゼット:萩原 潤/ツェルリーナ:川上茉梨絵/騎士長:長谷川 顯
【演奏】
高関 健 指揮 管弦楽:藝大フィルハーモニア(東京藝術大学管弦楽研究部)/合唱:東京藝術大学音楽学部声楽科3年生
【演出】粟國 淳
【美術】横田あつみ 【照明】笠原 敏幸 【衣裳】西原 梨恵
藝祭の常連でE年オペラもほぼ欠かさず観ている僕だが、芸大オペラに行くのは調べたら1990年以来実に22年ぶり。芸大オペラはあまり宣伝しないので見逃すことが多かったり、公演を知って「行きたい」と思ったときはもうチケットが完売だったりでずっと機会を逃していた。今回も藝祭のときに知って問い合わせたら残券わずか。芸大アートプラザまで行って何とか最後列の席を確保した。
演目は22年前と同じ「ドン・ジョヴァンニ」。あの頃は出演するキャストは自分と歳も近い院生で、卓越した歌唱と大人びた演技にただ感嘆した記憶があるが、今回の芸大オペラも当時受けた印象と変わらず、むしろその質の高さに、もしかしたら更に感嘆する公演だった。出演していた歌い手達の中には、既に学外で活躍している人も少なくないだろうが、でも全員が学生の身分でありながら、ここまでの上演を成し遂げるのはさすが芸大。ブッファ的な可笑しさを含みながらも、全幕が異様な緊迫感に支配されているこのオペラの特質を出すには、一人一人のソリストとしての力量だけでなく、アンサンブルの質や演技など、様々な要素が試されるが、今日の出演者達の仕事はそうした点でも立派だった。
優れた歌手陣のなかでもとりわけ素晴らしかったのが、ドンナ・アンナを歌った大隅智佳子さん。艶と輝きのある美声は、隅々までコントロールが行き届き、高貴といえるほどの気高さで光を受け、オーラを放っていた。大隅さんと双璧を成すほどのインパクトを発していたのがドンナ・エルヴィラ役の脇園彩さん。上品で、 柔らかく豊かな表情がこの役にぴったりで、滑らかな歌いまわしで聴く者の心に寄り添い、癒しを与えてくれた。脇園さんは藝祭のE年オペラ(09年)で歌ったドレベッラでも惹かれたが、一際大きく成長した。
ドン・ジョヴァンニを歌った谷友博さんは、女心をくすぐる色気という点では少々物足りなかったが、何物にもたじろぐことのない堂々とした歌唱が素晴らしかった。これが最後の場面で緊迫感溢れる迫真のシーンを作り上げた。ドン・オッターヴィオ役の大田翔さんは目鼻立ちの整った容姿で、オペラグラスで見たときは西洋人かと思った。歌も整っていて品があり、細やかな感情の表現もうまかったが、勇ましさや頼りがいも感じられると更にいい。騎手長は昨日も出演したという長谷川顯さん。ラストのシーンは威厳と迫力があり、凄みを感じさせた。氷見健一郎さんのレポレッロは歌も演技も抜群の存在感で役を果たした。田舎娘らしい素朴な優しさで包みこむ川上茉梨絵さんのツェルリーナ、闊達な萩原潤さんのマゼットもよかった。
アンサンブルでもみんなよく健闘していた。第2幕でのドタバタの場面や、ドン・ジョヴァンニに扮したレポレッロの正体がバレる場面などでちょっと空回りしているようにも感じたが、終盤に向かいアンサンブルはかっちりとかみ合い、緊張感を高め、見事なエンディングを作り上げた。そして最後のエピローグの解放感と、モーツァルトのオペラでいい上演に出会ったときに感じる、人間愛で胸がキュンとなる感動も味わうことができた。この上演の成功には、高関健指揮の藝大フィルハーモニアのオケの功績も大きい。とりわけ、柔らかく細やかな表情や息遣いが素晴らしく、歌い手達にとっても理想的なオケ伴だったのではないだろうか。
演出については、序曲の序奏部で「地獄落ち」を思わせる舞台演出があったが、概してオーソドックス。巨大な大理石の門と傾いた舞台を持つ本格的な装置も立派で(22年前は舞台装置がお粗末だった)、照明効果や合唱も含めた衣装もステージを盛り上げた。本格的なオペラは初舞台が多いであろう歌い手達にとってはとても歌いやすく、演技もしやすい舞台演出だったように思う。近い将来、今日出演した歌い手達を東京文化会館や新国立劇場で観れる日を楽しみにしたい。