11月26日(木)ネヴィル・マリナー指揮 NHK交響楽団
《2015年11月Bプロ》 サントリーホール
【曲目】
1. モーツァルト/ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491
【アンコール】
シューベルト/3つのピアノ曲D.946~第1曲変ホ短調
Pf:ゲルハルト・オピッツ
2.ブラームス/交響曲第4番ホ短調 Op.98
今夜のN響定期を迎える前に、とても残念なお知らせを受け取っていた。それは、指揮台に立つ老匠、ネヴィル・マリナーと共演予定だったピアニストのメナハム・プレスラーが、体調を崩して来日できなくなったこと。プレスラーのピアノは去年の庄司紗矢香とのデュオで初めて聴いて、その涙腺に触れるほどの優しく深い演奏にすっかり魅せられ、今回はサントリーホールで予定されていたソロリサイタルのチケットも買って楽しみにしていた。92歳という高齢でもあるし、プレスラーのピアノをまた聴けるか心配。早いご快癒を祈るのみ。
そのプレスラーの代役としてモーツァルトのコンチェルトのソロを受け持ったピアニストはゲルハルト・オピッツ。ドイツ音楽の伝統を受け継ぐ正統派ピアニストとして評価は高く、多くの人にとって不足はない人選なのだろうが、個人的には正直のところ嬉しくなかった。というのは、2006年に聴いたオールベートーヴェンのリサイタルが、期待に反してとてもつまらなく、オピッツはもう二度と聴かなくていい、と思うほどだったから。
こんな機会がなければ聴くことはなかったオピッツだが、これが予想に反してとても良かった。まず、マリナー/N響の前奏が素晴らしい。余計な力が抜け、壊れやすいものを優しく包み込むような感触。第1楽章で何度も登場する特徴的な6度の跳躍の、ふわりと舞い上がる感じにもホレボレ。
そこへ入ってくるピアノソロが、気負いも虚飾もない穏やかな歌を奏でる。オピッツは、ひとつひとつの音を慈しむように、丁寧に深く紡いで行き、自然な流れの息づかいのなかで、印象的なフレーズにちょっと息を吹き込んで淡い光を当てる。曲の底に流れているほの暗くも温かな息づかいが、ふつふつと静かにわき上がってくるような演奏。マリナー/N響は、前奏で聴かせた感触を終始持ち続け、第2、3楽章でピアノと対話を繰り広げる木管アンサンブルの、優しく雅な表情も素晴らしかった。
アンコールでオピッツが弾いたシューベルトが、このモーツァルトの余韻を受け継ぎ、穏やかな陰影と深み、その奥にある痛みまで伝える珠玉の演奏だった。
後半はブラ4。冒頭の弦の「ため息のモチーフ」は、たっぷりと抑揚をつけてロマンチックに歌うのではなく、むしろ淡々と始まった。聴き進んで行くうちに、マリナーはロマンチストの詩人としてではなく、生粋の職人として曲をまとめあげることに徹していることが伝わってきた。音楽のひとつひとつのパーツに徹底的にこだわり、きっちりと寸法を整えて磨きあげ、完成図を見据えつつ、それらを組み上げて大きな建造物に仕上げて行く。確かな知見に見守られ、太くてしなやかな芯が通った演奏は「本物」だ。
そこらでちやほやされている若僧では到底太刀打ちできない、長年の経験に支えられた名匠ならではの力と技の結晶のような演奏からは、「若いもんにはまだまだ負けられねえ!」といった凄みさえ伴った気概がありありと伝わる。テンポの弛みも一切なく、91歳という年齢が信じられない、エネルギーに満ち溢れた名演が生まれた。マリナーというと、室内オーケストラのシェフのおしゃれなイメージがつきまとうが、こうした大編成のオケを前にしたマリナーは、質実剛健な名棟梁として抜群のリーダーシップを発揮することを証明した。これに硬派の演奏で応えたN響の演奏も見事だった。
ネヴィル・マリナー指揮 NHK交響楽団《2014年2月Bプロ》 ~2014.2.20 サントリーホール~
ネヴィル・マリナー指揮 NHK交響楽団《2010年9月Bプロ》 ~2010.9.16 サントリーホール~
拡散希望記事!STOP!エスカレーターの片側空け
《2015年11月Bプロ》 サントリーホール
【曲目】
1. モーツァルト/ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491
【アンコール】
シューベルト/3つのピアノ曲D.946~第1曲変ホ短調
Pf:ゲルハルト・オピッツ
2.ブラームス/交響曲第4番ホ短調 Op.98
今夜のN響定期を迎える前に、とても残念なお知らせを受け取っていた。それは、指揮台に立つ老匠、ネヴィル・マリナーと共演予定だったピアニストのメナハム・プレスラーが、体調を崩して来日できなくなったこと。プレスラーのピアノは去年の庄司紗矢香とのデュオで初めて聴いて、その涙腺に触れるほどの優しく深い演奏にすっかり魅せられ、今回はサントリーホールで予定されていたソロリサイタルのチケットも買って楽しみにしていた。92歳という高齢でもあるし、プレスラーのピアノをまた聴けるか心配。早いご快癒を祈るのみ。
そのプレスラーの代役としてモーツァルトのコンチェルトのソロを受け持ったピアニストはゲルハルト・オピッツ。ドイツ音楽の伝統を受け継ぐ正統派ピアニストとして評価は高く、多くの人にとって不足はない人選なのだろうが、個人的には正直のところ嬉しくなかった。というのは、2006年に聴いたオールベートーヴェンのリサイタルが、期待に反してとてもつまらなく、オピッツはもう二度と聴かなくていい、と思うほどだったから。
こんな機会がなければ聴くことはなかったオピッツだが、これが予想に反してとても良かった。まず、マリナー/N響の前奏が素晴らしい。余計な力が抜け、壊れやすいものを優しく包み込むような感触。第1楽章で何度も登場する特徴的な6度の跳躍の、ふわりと舞い上がる感じにもホレボレ。
そこへ入ってくるピアノソロが、気負いも虚飾もない穏やかな歌を奏でる。オピッツは、ひとつひとつの音を慈しむように、丁寧に深く紡いで行き、自然な流れの息づかいのなかで、印象的なフレーズにちょっと息を吹き込んで淡い光を当てる。曲の底に流れているほの暗くも温かな息づかいが、ふつふつと静かにわき上がってくるような演奏。マリナー/N響は、前奏で聴かせた感触を終始持ち続け、第2、3楽章でピアノと対話を繰り広げる木管アンサンブルの、優しく雅な表情も素晴らしかった。
アンコールでオピッツが弾いたシューベルトが、このモーツァルトの余韻を受け継ぎ、穏やかな陰影と深み、その奥にある痛みまで伝える珠玉の演奏だった。
後半はブラ4。冒頭の弦の「ため息のモチーフ」は、たっぷりと抑揚をつけてロマンチックに歌うのではなく、むしろ淡々と始まった。聴き進んで行くうちに、マリナーはロマンチストの詩人としてではなく、生粋の職人として曲をまとめあげることに徹していることが伝わってきた。音楽のひとつひとつのパーツに徹底的にこだわり、きっちりと寸法を整えて磨きあげ、完成図を見据えつつ、それらを組み上げて大きな建造物に仕上げて行く。確かな知見に見守られ、太くてしなやかな芯が通った演奏は「本物」だ。
そこらでちやほやされている若僧では到底太刀打ちできない、長年の経験に支えられた名匠ならではの力と技の結晶のような演奏からは、「若いもんにはまだまだ負けられねえ!」といった凄みさえ伴った気概がありありと伝わる。テンポの弛みも一切なく、91歳という年齢が信じられない、エネルギーに満ち溢れた名演が生まれた。マリナーというと、室内オーケストラのシェフのおしゃれなイメージがつきまとうが、こうした大編成のオケを前にしたマリナーは、質実剛健な名棟梁として抜群のリーダーシップを発揮することを証明した。これに硬派の演奏で応えたN響の演奏も見事だった。
ネヴィル・マリナー指揮 NHK交響楽団《2014年2月Bプロ》 ~2014.2.20 サントリーホール~
ネヴィル・マリナー指揮 NHK交響楽団《2010年9月Bプロ》 ~2010.9.16 サントリーホール~
拡散希望記事!STOP!エスカレーターの片側空け