昨年は公私ともに比較的穏やかで良い年だった。
今年も穏やかに過ごしたいと願っていたが、
元日からの能登半島の大地震。
翌日の飛行機事故。暗い気持ちでスタートした2024年。
これ以上悪いことは起こってほしくない、と思っていたが、
私的にも1月、2月と良くないことが続いた。
家族が次々とコロナウィルスに感染し、高熱で寝込んだ。
コロナが5類に移行してから、あまり報道されなくなっているが、
密かに第10波が来ているらしい。
そんな時期にアメリカから40年来の知人が来訪することになっていたので、
コロナに罹患中の家人がいる家には招待できなくなり、
予定は狂ったが、なんとか5日間京都などを案内することができた。
が、途中、警察に違反切符を切られたり、その後ほかの家族と私もダウン。
QUEENのコンサートに行く予定だったが、泣く泣く断念した。
最後にコロナに感染した父の症状が一番きつく、長引いた。
極めつけに、父に食料を運んだあと夜道を運転していて、
横断歩道も信号もないT字路の停止線で止まって左右を確認し、
車が来ていないことを目視したあと、
アクセルをそろそろ踏んだところに突然人が現れ、急ブレーキ。
間一髪で接触を避けることができた。
私が停止線で止まっていたので、自分を認識して止まったのだろう、と
その人は思ったのだろうが、ちょうどサイドミラーとフロントガラスの
窓枠で死角になっていて、暗いこともありこちらからは見えていなかった。
あともう少し気が付くのが遅ければ、私はこうして呑気に
パソコンを打っていることもなかった。ぞっとして、冷や汗が出た。
良くないことが続くとき、人はこれは何か自分が過去に犯した過ちの罰なのか、
それとも何かの警告なのか、更に言うと、何かの呪いなのか、とまで考えてしまう。
私の不運など、地震で家や家族を失った方々の不運に比べたら、
なんということもないのかもしれないが、
どうしてこんなことが自分に起こるのだと神様に問いたくなることは
程度の差さえあれ、誰にでも起こる。
そして、打ちのめされてしばらくは動けなくなっても、
だんだんそこに何か意味があるはずだと思いたくなる。
『夜と霧』を書いたフランクルが、自身の経験した強制収容所生活で
「生きる目的を見出せず、自分が存在することの意味も、
がんばり抜く意味も見失った人は崩れていった」と書いているが、
理不尽なことや不運なことに見舞われても、
なんとか自分が生きている意味を肯定できたら、
人は頑張れるのかもしれない、と思った。
私の場合はちょっと不運が重なっただけで何を大げさな、
という気もするが、何かの警告かもしれないし、今は控えめに
できることをし、意味を探ってみようと思う。
災い転じて福となすことができるか、
答えはずっと先まで出ないかもしれない。
(2月17日 紫乃 記)
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