人生、失敗しちゃった~ニート後遺症 闘病記~

十数年のニートをやめて一年。ニート後遺症と戦う、ニート研究家。

期日が怖くて期限が欲しい【ニート後遺症、闘病中】

2016年03月30日 | 脱ニート者の日常
ニート後遺症の代表症例「数字が怖い」

ニートとは時間を止めてしまったもの、ニート後遺症とは、ニートをやめた途端にその時間の流れに押し潰されて発症するさまざまな身体的・精神的症状。なので脱ニート者は、数字をみると心拍数が上がります。発汗もします。吐き気を催します。窒息しそうになります。耳鳴りもすればめまいもします。簡単にいうと、倒れそうになります。実際、倒れます。

数字をみると「時間」を思い出してしまうためです。

数字だけでもコレなのだから、カレンダーなんて見たらもう。それでもその直面から逃げたらまたニート。必死に直面しているわけです。

なんで数字がそんなに嫌かの詳細をもう少しだけ述べますと、「時間の進行」と直面してしまうからですね。これまで何もしてこなかった時間と。ちょっと先の期日をみても、そこまで行った時のことを考えてしまいます。1年後、どうなっているのか。考えたくない。ひと月後は、現状は少しでも動いているのか…このままだと先細りしていくだけだ、1週間後は…予定をいれなきゃ、面接とかの予定を、1日後は…求人募集みなきゃ、一つでも一つでも。たとえばこんな調子です。

期日を考えるのが非常につらく怖くしんどいです。

その一方で、期限がないことにも苦しみます。いつまでのこのバイトを続ければいいのか。この人生を続ければいいのか。学校なら卒業がありますが、バイトにも人生にも卒業はないです。このノリがまだ学生気分なんでしょう。その辺りを猛省しつつ、考えます。

多くの方にブチキレられそうですが、余命がわかるなら、と思うんですね。自殺願望に通じるものがあります。あと10年とかね、時間を切られたらちょっと安堵します。あなたの命はあと10年ですよと。10年耐えればいいんだと思ってしまいます。結局、死にたい!という、逃げたいという願望ですね。死にたいというのは少し違っていて、この物語を終わらせたい、という意識です。命を軽く考えるな!と怒られます。自分でもそう思います。ただ一つの実例として、元ニートはそういうラインにちょこんと立っているんです。

期限のない苦しい旅は、ただ、しんどいですよ。自分で期限を設定すればいいんでしょうけどね、何かしらの。じゃあなんの期限を?と考えると、これが難しい。生活自体が、バイトと求人探しだけですもん。バイトをあとひと月でやめる!と期限を切ったところで、1年近く探していてどうにもなっていないのに…で、宣言通りバイトやめたら比喩ではなく首括るしかなくなるしなあと。他に何も興味ないし、もし多少でも貯金でもできれば少しは気分も変わるんでしょうが、税金でさえ滞納滞納で全てを取りあげられそうなのに、ねぇ。

言いながら、死ぬ気はないです。
「数字」について考えた時、そういうメンタルがベースにありますよ、という話です。

高齢元ニートにバイトの後輩ができました【ニート後遺症、闘病中】

2016年03月29日 | 脱ニート者の日常
早くやめなきゃなあと思いながら数か月お世話になっている品出し業務。
ついに先日、後輩ができてしまいまして。

俺自身、トロ臭くて自分の業務だけで時間が不足するくらいの毎日で、店内のアレコレについてもその10%も把握していなかったりします。
が、後輩ができてしまったということは、店内に俺の業務をやっているのが俺だけということは俺が何とかしないといけないわけで。

ということで、元ニートの分際で仕事を教えてきました。

これがしっくりくるというか、楽しいというか、元々そういうことが好きだったんですよね。教育実習行った時も授業計画作ったり教壇に立ったりすることが苦にはならなかったですし。むしろ楽しかったです。他の実習生がふぅふぅ言っているのが不思議なくらいでした。諸先生方との付き合い等の方がしんどかったことも思い出されます。というかそれが一番つらかった…先生たちとわいわいするセンスが俺にはなくて。学生たちについては、俺的にはストレスはなかったですかね。こちらも他のみなさんとは違って、仲良くなるとかはなかったですけど。

偉そうにバイト先でレクチャーなどしているとふと思います。
学生時代にこういう経験を多くすることで自分の属性が明らかになっていくものなのだなあと。もし学生時代にこういう感覚を多く得ていたら、教員であったりそうでなくともそういう立場の道への選択肢を持つことができていたかもしれません。

学生時代に就職を考えた時、その職がどういう職なのかという文字面ばかりを追いかけていた気がします。自分が何をすると気持ちいいのか、相性がいいのかの選択肢が少なくて、その職に就いた時のイメージがまるで沸かない。ダメですね、それじゃ。学業が疎かにならない程度のバイトなら、ガツガツとやるべきでした。

今更、教える立場の職なんて就けるわけないですしね。教える、じゃなくても喋る、でもいいんですが、どっちにしてもどうにもならない分野です。何かしらキャリアがあればともかく、キレイに真っ白な履歴書じゃあ、ねぇ。

ともあれ。
数か月のバイト作業の中で「楽しい」を感じたのはこれが最初。バイト作業そのものではないですが、ホントに些少ながら初めてメンタル的に得るものがありました。

せめてこのバイト、昇給なり昇進なりあればいいんですけどね。

「春になると出てくるアブナイ人」注意 【ニート後遺症、闘病中】

2016年03月27日 | 脱ニート者の日常
春はダメだなぁ。つらい、苦しい。特に三月から四月は格別。
世の中が新生活に向けて盛り上がる中、周辺でも大きな変化が起きていく中、自分だけが取り残されてる。知り合いの子が中学生になるとか高校入学したとかって報告を聞く。ついこの前小学校入学したと思ってたら…なんて親戚のオバちゃんみたいな言葉が頭をよぎる。おめでとうと思いながら言いながら、うわぁと悪寒が走る。そんなに時間が経っていたのかと。で、その子たちに何もしてあげられない自分もいて、余計ミジメになったり。

でも、そういう時節の移り変わりを苦しいと思えるってことはまだ、自分がマトモな感覚を失くしていない証拠でもある。ギリギリ、平衡感覚は維持しているという確認にもなる。

この感覚が暴走したら、よくいう「春になると出てくるアブナイ人」になるんだろうなあ。

破壊衝動に転化されるのか。
自暴自棄になるのか。

マイナスのエネルギーに変化してブレーキが壊れて、暴走。そして、耳をふさぎたくなる目を覆いたくなる惨事が起こってしまう…のかも。

耐えないとなぁ。

春なので、くらくらする。【ニート後遺症、闘病中】

2016年03月22日 | 脱ニート者の日常
求人情報みてたら、本格的におう吐が止まらないなぁ…
喉元にせり上がる異物感、くらくらする頭、窒息しそうな閉塞感。

焦ったらだめとは思いつつも、急がないと全部が間に合わなくなる。
日々を懸命に過ごせばいいなら汗まみれになって働こうと決意しても、働けないんじゃどうにも。
ニートなんてやったらダメだな。ホント、ダメだー。

って書きつつまた、ゲフっとくる。

生活保護は救いなのかとどめなのか【ニート後遺症、闘病中】

2016年03月14日 | 脱ニート者の日常
洋kさま、コメントありがとうございます。

生活保護は、やはり精神的にキツいです。
体面もあります。現在、調子が悪いながらも地区の色々な会合やボランティアに参加し、そこでちょっとした役をいただいては動いていることが母の活力源となっているんですね。体面だけが問題ではなく、できるできるとは言っても実際、生保生活に入ると必要なものをほぼ全て処分せざるを得ないようなので続けるのは無理です。
処分しなくてはならないものも多く、当然ながら一度処分したら二度と元には戻りません。高価なものが惜しいとかじゃなくて、大事なもの、大切なものを失ってしまうということです。そもそもこうなったのは自分たちのせい、特に俺のせいなのでそんな甘えたこと言うな、ではあるのですが、かといってそれらを金に代えて続ける生活にどれほどの価値があるのかというと…。
恢復の見込みがまったくない現状、一時生保で生活して、ではなく、一生生保で生活、が待っています。
勿論、それでも健康の方が大事、生命の方が大事だということも分かっているのでその選択を完全に切っているわけではありません。

が、現時点でさえギリギリの精神状態なことがはっきり見て取れる母からこれ以上奪うことは非常に厳しく危険な選択だと思うんです。それは俺自身にもいえることですが。

生保について話し合うこともあります。
生きるためだけの生活には、意味がないと言います。俺も同意見です。体調不良を放っておいていいわけはないのですが、生きる支えをなくして生活だけを続けても恐らく、良い結果にはなりません。良い結果にはならないというのは、自ら最後の時を決めてしまうだろうということです。
精神的にギリギリでも安定を保っているから二人とも踏みとどまっているんですね。その踏みとどまるラインが、これまで続いてきた生活・世間との連続性なんです。それがなくなっちゃうと、別にがんばってここにいる必要ないもん、と。そこに着地します。現在はそんなことを戯言として言ってしまえますが、本当に連続性が途絶えたら、もういっか、にいってしまいそうです。

などということも考えたりして、まだもう少しだけ、生保申請は先にしようかと思っています。
手遅れにならないうちにという焦りもあります。一方で生保に動いたことがとどめになるかもという恐怖もあります。

気にしてくださって、本当にありがとうございます。
これも一つのニート後遺症との闘病。
まずは現状維持のためにがんばります。