カテゴリーも作っちゃったし、何か書くべえかと思うのですが。
書きたいことは全部、小説に書いちゃっているしなあ。
思い出すのは幼い日々。
小学生の頃、私の下敷きも筆箱も、
すべて絵で埋め尽くされていました。
その頃はお話を字ではく、絵で作っていたんです。
描ける絵と言ったら左向きの女の子の顔だけだったんだけど、
足りないところは頭の中で補足修正しつつ、
とにかく作るのを止めませんでした。
クラスメイトの素のままの文房具が、
不思議でなりませんでした。
どうして描かずにいられるのだろうって。
それだけじゃ足らず、
よく近所の文房具店で藁半紙を買ってました。
50枚とか100枚単位で。
そこもまた、絵、絵、絵、で、埋め尽くしていくんです。
高校生くらいになると、
(多分、ノートを先生に提出することがなくなったから)、
今度はノートが被害に遭いました。
板書以外、余白はすべて絵。
奇妙なのは、どうしても「授業用のノート」じゃなくちゃいけなかったこと。
いちど友人が見かねて、
別に白紙を用意して、そこに描けばいいのにと提案してくれました。
なるほど一案とやってみたんだけど、
それじゃあ上手くないんですよね。
どうしても、授業用のノートじゃないと。
どうもその頃から、
「お前の仕事はこれだ」と言われると、
他のことをしたくなる性質だったらしい。
授業のことを写した文字の傍に、
アナザーカントリーの世界を自ら構築する。
そうせずにはいられなかった。
GMを知った後、とにかく「自分なりのGMストーリー」を書きたくて仕方なかった。
なぜ、なんてわからない。
今度はもう「どうしてみんな、無地の下敷きを前にして絵を描かないでいられるのかしら」
なんて、不思議に思う余裕さえありませんでした。
裏ページに書いたような次第で、
書いては筆を折り書いては筆を折り書いては筆を折りの連続で、
いやもう、無間地獄でした。
人ひとり生まれて、次の世代を作るほどの時を経て、
よーーーーやく書けるようになった。
サイトを作り始めたころに比べたら、更新スペースはいくぶん落ちていますが、
それでも「書ける」のは本当に幸福です。
書きたいことは全部、小説に書いちゃっているしなあ。
思い出すのは幼い日々。
小学生の頃、私の下敷きも筆箱も、
すべて絵で埋め尽くされていました。
その頃はお話を字ではく、絵で作っていたんです。
描ける絵と言ったら左向きの女の子の顔だけだったんだけど、
足りないところは頭の中で補足修正しつつ、
とにかく作るのを止めませんでした。
クラスメイトの素のままの文房具が、
不思議でなりませんでした。
どうして描かずにいられるのだろうって。
それだけじゃ足らず、
よく近所の文房具店で藁半紙を買ってました。
50枚とか100枚単位で。
そこもまた、絵、絵、絵、で、埋め尽くしていくんです。
高校生くらいになると、
(多分、ノートを先生に提出することがなくなったから)、
今度はノートが被害に遭いました。
板書以外、余白はすべて絵。
奇妙なのは、どうしても「授業用のノート」じゃなくちゃいけなかったこと。
いちど友人が見かねて、
別に白紙を用意して、そこに描けばいいのにと提案してくれました。
なるほど一案とやってみたんだけど、
それじゃあ上手くないんですよね。
どうしても、授業用のノートじゃないと。
どうもその頃から、
「お前の仕事はこれだ」と言われると、
他のことをしたくなる性質だったらしい。
授業のことを写した文字の傍に、
アナザーカントリーの世界を自ら構築する。
そうせずにはいられなかった。
GMを知った後、とにかく「自分なりのGMストーリー」を書きたくて仕方なかった。
なぜ、なんてわからない。
今度はもう「どうしてみんな、無地の下敷きを前にして絵を描かないでいられるのかしら」
なんて、不思議に思う余裕さえありませんでした。
裏ページに書いたような次第で、
書いては筆を折り書いては筆を折り書いては筆を折りの連続で、
いやもう、無間地獄でした。
人ひとり生まれて、次の世代を作るほどの時を経て、
よーーーーやく書けるようになった。
サイトを作り始めたころに比べたら、更新スペースはいくぶん落ちていますが、
それでも「書ける」のは本当に幸福です。