宮城県は東日本大震災から何年、という時間軸が出来上がっているように感じますが、
6月12日は、その前の宮城県沖地震(震度5) の日でもあります。
そのため、日曜日ということもあって、塩釜市内では今日が防災訓練の日でした。
エリアメールが入り、防災無線も鳴りましたが、今年はコロナの影響で集まって何かをする、
という訓練というよりは各家庭での自助訓練?といった呼びかけのようです。
使い古されたセリフでも
「災害は忘れたころにやってくる」といいます。
忘れていないので、やってこないハズなんです 苦笑
宮城県沖地震は1978年ですから、もう知らない人が相当数いるわけですね。
当時県内に住んでいなかった人だってたくさんいるでしょう。
残念ながら?!どちらもばっちり経験しています。
昔の地震のときは、ブロック塀や建物の倒壊がひどかった記憶があります。
しばし断水して毎日、給水車に並んだ記憶が。
でも不思議と怖かったとか、水がなくて大変だった記憶がありません 笑
なんででしょうね・・・ほんと不思議。子供だったからかもしれません。
一方、東日本大震災はもうね、仕事中でしたから。
それはそれは。
ひとつ悔やむとすれば、詳細な日記でもつけときゃよかったというくらい。
残念ながら災害、とくに自然災害をゼロにすることはできません。
少しでも被害を少なくすること、備えること。
わたしたち人間にできることは限られてるかもしれません。
でも、やれることもあるということでしょう。
宮城県沖地震のあと、建築上では法律がかわり、
そのあと阪神大震災のあと、わたしたちが採用している
耐震構法SE構法 が出来ました。
東日本大震災でSE構法の家は一棟も倒壊していません。
木の家であっても耐震性を確保する。
吹抜けや無柱大空間を実現しつつ、地震に耐える。
そんな家をわたしたちは、目指しています。
コロナに負けるな!がんばろうニッポン!
宮城・仙台のリフォーム・耐震構法・SE構法の家は さくら工房㈱
公式HP 施工例ぞくぞく https://www.reform-sakurakobo.com/
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