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高齢者交通事故に思う(日産GT-Rと安全の未来志向・再掲)

2018-01-11 00:11:55 | 自動車から見える日本と世界

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☆過去記事ですが、高齢者による交通事故がありましたので、再度投稿いたします。

最近、歩行者の群れに自動車が突っ込む、痛ましい交通事故が多発しています。

その多くが、運転者が高齢者であったり、認知症の疑いがあったりと、高齢化社会を象徴するような現象であります。

そこで、高齢者ドライバーが、運転免許証を返納したりすることが、美談としてニュースとなったりし始めていますね。

私も子育て経験のある人の親ですから、「もしも我が子が、通学中に、暴走自動車にはねられたら・・・」と考えれば、心穏やかではありません。でもどうなんでしょうか?

一見美談のように思えますが、これは高齢者に対する、社会からの締め出し世論形成の一環なのではないでしょうか?

なぜならば、都市部にお住まいの方には、なかなかご理解いただけないのですが、公共交通の貧弱な農村部に暮らす高齢者にとって、自動車なしでは仕事も買い物もできない現状があるからです。

また農村部は高齢者の人口比率も高く、高齢者の生活の足を奪うことは、地方自治体にとっては、即、大幅な経済損失となります。

安易な高齢者締め出し世論、またその世論に基づく法整備は、幸福論の観点や経済の観点から言えば、むしろ危険ではないかと個人的には考えます。

この最近の、暴走自動車事故は、霊的な背景があるかも知れません。

と申しますのも、今年の夏には、重度障害者施設への襲撃事件がありましたし、その直後には、寝たきり病院施設において、患者の点滴ボトル内に洗剤を注入する殺人事件がありました。そしてここ最近の、高齢者による暴走事故です。

これらは「幸福になるには、誰かを排除してやむなし。」という共通する理念があるように思うからです。

幸福の科学では、ショッキングだった重度障害者施設襲撃事件の折り、それに関係する霊人の霊言収録がされていました。

この霊言では、障害者を世の中から排除しようとする悪魔の思想でした。そして、彼ら悪魔は、次に高齢者を排除する思想を社会にアピールすることを考えていることが、この調査でわかっていました。

 https://www.irhpress.co.jp/irhpress/company/media/media/newspaper_ad/

こんなとき日本人は我慢強いので、「三方一両損」的な我慢の思想が好きだし、行政もそのような施策を、「国民の協力」の美名のもとに、強いてくる傾向があります。

しかしそれでは、子孫に不自由を強制し、無理や無駄をさせ勝ちであると思います。

しかし現実問題として、この悪魔の仕掛けに対して、具体的な施策があるのかです。

そこで着目してみたいのが、日本を代表する高性能車、日産GT-R(通称R35)です。

 

これは自動車に限らずですが、安全に関する定見は、時代や地域によって大きく異なります。

自動車に話を絞ると、アラブやアフリカなどの地域では、トヨタのランドクルーザーが「永遠のベストセラーカー」と言われるほど売れているのですが、その購入動機というのが、「ランドクルーザーは、壊れないから。」だそうです。

砂漠地方は日中気温差が昼と夜で50℃にも及ぶところもあり、出かけた先で自動車の故障があれば命の危険があるので、自動車購入のポイントは、「生きて帰って来れるか。」というのが大きなウェイトを占めるようです。

日本などもアメリカなどの影響もあり、衝撃吸収バンパーに始まり、高強度ボディー、そして最近では運転席のエアバックや、ブレーキのアンチロックシステム(ABS)などが充実してきました。

これらの対応によって、日本ではかつて年間1万人ほどの自動車事故死傷者数だったのを、数千人単位まで大幅に減らしてきましたが、これらは主に、衝突から運転者を保護する施策だったと言えます。

 

ここ20年ほど前から、高齢者が自動車にひかれる事故が多くなりましたが、それは主に地方自治体において深刻でした。

地方では、車道と歩道が分離されていない道路も多く、地味な服装で歩くことの多い高齢者が、夜間に事故に合うケースです。

これらの対応は、自治体によってマチマチですが、自動車メーカー側とすれば、光量の多いライトにしたり、スバルのアイサイトを始めとする、衝突防止機能が普及しつつあります。

そして今、より高齢化が進んで、高齢者の運転が増え、問題視されていると同時に、その事故の中心が、地方から都市に移り変わってきているわけですね。

より強力な安全対策が必要なのだけれど、どう努力して良いかですが、最高時速300㎞以上と言われる超高性能車、日産GT‐Rには、高性能車であるがゆえに、実にユニークな機能が搭載されているのです。

通常市販車には、リミッターという速度制限機能があり、GT‐Rも同様なのですが、GT-Rでユニークなのは、地域によって解除することができることです。

これはナビゲーションシステムと連動させたものですが、今のところ日産が登録した日本国内のサーキットの特定エリアに入り、ナビゲーションを操作することで、180km/hを超えるスピードを出すことが可能です。

 

つまり、GT-Rはサーキットの区間限定で本領発揮することが、車両自体に埋め込まれているのですけれども、この逆バージョンも可能ではないかと思うのです。

つまり、通学通園路や住宅街や施設駐車場などは、徐行走行や、せいぜい最高時速は20㎞/hまでしか出ないように、車両を工夫できるはずなんですね。

つまり町に特殊な電波などを出すアンテナなどを設置して、それに感応する形で、自動車のリミッターが反応すると。

そしてアイサイトなどの衝突防止機能を併用すれば、いくらブレーキとアクセルを間違えようにも、絶対に暴走できない車両ができると考えます。

 

全国的にやれば、それなりの予算はかかるでしょうが、GT-Rの機能だと、それほどコストがかかっているとは思えません。

また、低速リミッター&衝突防止機能つきの車両の自動車税を、半額なり大幅特例措置をすれば、一気に普及するはずです。それは新産業創出&GDP増で、国民の生命と自由を守ることにもなります。

ただ、自動車税は都道府県税なので、法人税の国と地方の、税比率を変える必要があるかも知れませんが。

ともあれ、”三方一両損”的な発想ではなく、”三方一両得”な発想こそ、高齢化社会にもなお、豊かで自由な社会創りには重要なのではないかと私は考えるのです。

本日は、幸福の科学初期のベストセラー経典『常勝思考』(幸福の科学出版)より、問題解決のための「第3の道の選択思考」を説いた一節をご紹介します。

              (ばく)

 

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「スランプを乗り越えよう」 幸福の科学大川隆法総裁御法話抜粋

 

 

R35 GT-Rデビュー! 土屋圭市 TSUKUBA ATTACK!!【Best MOTORing】2008

 https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=164

 

 

いままでに宗教的な本を読んだことのある方は、ずいぶんいるでしょう。

そうした本のなかには、善い心・悪い心、善い念い・悪い念い、善い行動・悪い行動──こうしたことが説かれていて、善悪二元的にものごとを考えていく傾向が多かったのではないかと思います。

宗教では、人間について語るときでも、「この人は善い人か悪い人か」「地上を去ったあとは、天国へ行くか地獄へ行くか」というように、すべて二分法的に考えていく傾向があります。

特に、霊的なものに強く惹かれるタイプの人は、善悪を感じやすいため、とかく善悪二元論的にものごとを考えてしまうのです。そして、善悪二元的にものごとを考えた場合には、たいてい、〝色分け″の考え方をしていきます。

すべての人や事物、環境などに関して、善か悪か、どちらかに色分けをしないと、気がすまなくなってくるのです。しかし、そのようにものごとを見てしまうと、そこには大きな可能性があったにもかかわらず、それを捨てていくおそれがあるということです。まことに惜しいことです。

たとえば、宇宙人が円盤に乗って、はるかなる星からやって来て、梅雨の時期の地球に着陸したとしましょう。そして、円盤から出た宇宙人が、「この地球という星は、来てはみたが、何だか知らないがザーザーと雨ばかり降っている。実におもしろくない星である。こんな星からは、早く立ち去ってしまいたい」と考えたとしたならば、可能性の広がる余地はそれまでだと思います。

地球の可能性に関しても、自分の活動の可能性に関しても、それで終わりです。

しかしながら、地球では、雨が降ることもあるが、もちろん晴れることもあるわけです。そうしたことに気がつくかどうかです。そして、カラッと晴れ上がってみると、「この地球という星も、けっこう住みよいのではないか」と思えることがあるでしょう。

ところが、最初に来た日に雨が降っていたため、「ああ、こんな星はだめだ。こんな所はだめだ」と決めつけたならば、それ以上の可能性はないのです。

自分の決めつけで、可能性を放棄してしまうことになり、そして、次なる星をめざしてまた宇宙空間を漂わなければならなくなります。これは非常な徒労です。地球に踏みとどまって、長くて一カ月も待てば、梅雨は明けます。しかし、そうした我慢ができないために地球を飛び立って、また何十年も宇宙をさすらうようになるのです。このようにして、取り越し苦労症の宇宙人が出てくるわけです。

宇宙人のたとえで語りましたが、みなさん自身も、実は同じようなことをしているのです。(中略)

ここにおいて大事なことは、一つには、発想の転回、すなわち新たな発想を持つことです。別な視点がないかどうかを、常に考えてみる必要があります。もう一つは、努力や工夫といわれるものの存在です。

ここのところが、きわめて大事なのです。
『常勝思考』(幸福の科学出版)P72~76


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