幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

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最悪の宗教は『無神論』です。

2018-03-30 00:31:38 | ばくちゃんの独り言

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北朝鮮の最高指導者金正恩委員長が、中華人民共和国を電撃的に訪問し、習近平国家主席と会談したというニュースが全世界を駆け巡りました。

これまで、金正恩氏は最高指導者就任の後、外国は訪問したことはなかったと思うので、国家指導者として初めての外交を展開したわけですね。

正恩氏の父故金正日氏は、大の飛行機嫌いでありまして、列車で何日もかけて中国やロシアなどに度々訪問していましたので、正恩氏がこれまで外遊しなかったのは、「できなかったのでは?」と、私は個人的には思っています。

つまり、父正日氏は外遊できる国家状況であったが、正恩氏は「外遊して国を開けると、権力基盤が危うかったのでは?」と思うのです。

でなければ、就任して6年あまり、一度も国家最高指導者としての政治活動をしないというは、危険すぎることだからです。

もしその説が正しいのであるならば、今回の電撃訪中は、「金正恩氏にとって、危険を抱えてでもやらねばならなかったこと」ということが言えますね。

この記事を書いている最中に、Libertyweb記事を見つけましたので、リンクを張り付けておきます。

https://the-liberty.com/article.php?item_id=14294

さて、北朝鮮と中華人民共和国の共通点と言えば、「共産主義国である」ということです。

共産主義と言えば、経済思想であると同時に、「無神論」という宗教思想でもあります。

図らずも今回、世界を代表する無神論指導者が、超久しぶりに会談したことになります。

ただ今回のことは対岸の火事とはいかなくて、思想面において、信教の自由社会であるはずの日本も、思想的に優位なのは「無神論」ですし、本質的な面においての、そして、現代日本の底辺に流れる、基本思想としての無神論。
これは後代、そう、自分の子供の世代には、絶対に残すことの出来ない、日本の歴史の恥部であると、私は考えているのです。

ですから私は、この日本人の心の癌細胞である無神論を駆逐するまで、徹底的に戦います。

大川隆法幸福の科学グループ総裁の教えならば、科学が進んだ社会に生まれ育った現代人や未来の方々であっても、ごく自然に神や死後の世界を信じられると思っております。

 
 
さて無神論とは、日本の多くの方が思い描いているであろう、「神を信じることができない。」という、信教の自由の範疇に収まるものではなく、神を信じる人たちを、迫害し粛清する思想だからです。
それは歴史を見ても、今現実に、北朝鮮や中国で起きていることでも実証済みです。

さて、最近気付いたことなのですけど、「無神論者というのは、偶然という神を信奉する方々なのではないか?」と思えるようになりました。
反対に、我々信仰者というのは、「偶然という神を、信じられない人々」なのではないでしょうか?

様々な社会の歴史を見たり、文化文明論や政治思想を知れば知るほど、その根底にはやはり宗教があります。

これは歴史の現実ですので、たとえ無神論者の方と言えども、この世の現実そのものは、受け入れてもらう以外にはありません。

これらは、「神の理想、願いをこの地上に実現させる」という理念の下、発信され発展してきたものなのです。

であるならば、彼ら無神論者が信奉する、「偶然という名の神の願いを、地上に表した場合に、結果は一体どうなったのか?」を、検証しなければなりません。

無神論者が宗教を非難する場合に、良く使うものにものに戦争があります。
確かに戦争というの多くは、宗教が原因になって起こるものです。

歴史上の戦争は、ほぼ全てが宗教によってもたらされたと言って良いと思います。
これは現代でも、欧米社会とイスラム社会が、現に対立していますね。

では、その戦争で命を落とした人間の数は一体どれくらいなのでしょうか?

現存する人類史から推測するに、およそ800万人と言われます。
めい一杯集めて、「1000万人行くか行かないか?」という人数です。

  
https://www.irhpress.co.jp/

では、公に無神論を標榜する、共産主義国家において、国家に粛清された人の数は、一体どれほどなのでしょうか?

少なく見積もって、1億人です。

ソ連という短い歴史の国だけで、少なくとも3000万人。
カンボジアのポルポト政権下で、これも少なく見積もって200万人。

また中国では、毎年一体どれくらいの人たちが、政治犯として処刑されているか分かりません。

恐らく中華人民共和国という、たった70年余りの短い歴史の国家の中でさえ、1億人以上の人々が、命を奪われているはずです。

共産主義国家において、公表されている数字は、正しいとは限りません。
政府の都合の悪い人は皆、闇から闇に処刑さていると見て良いです。

北朝鮮の人口が、ほぼ同じ面積を持つ韓国の、約半分しかいないのはなぜでしょうか?
想像すると、それはそれは恐ろしいことですね。

無神論=偶然という神を信奉するということは、それは、戦争をするより恐ろしいことなのです。

つまり、無神論というのは、人類史最悪の宗教(邪教)なのです。

なぜなら、人から良心の呵責(かしゃく)を奪うからです。

人間を、目的のためなら手段を選ばぬ存在に貶めるからです。

つまり、たとえ戦争状態であっても、神を信じるもの同士であれば、必ずどこかで、行動のブレーキのかかるものです。
それが「良心」であり、神の子の本質の部分です。

しかし、無神論の名の下での粛清であれば、その、良心の呵責というブレーキの機能は、全く期待できないのですね。

なぜなら、良心の呵責を感じて、粛清を怯む人は、今度は国家(無神論政府)の、処罰の対象となるからです。

人類史の汚点、最大最悪の宗教=無神論。
これを駆逐し撲滅するために、科学的思考を理解し、開けた文明論を持ち、未来への指針ふんだんの幸福の科学は、もっともっと大きな影響力を持つべきだと思うのです。
 
本日は、経典『悟りの極致とは何か』(幸福の科学出版)より、「人間神の子宣言」とも言える至高の説法の一部をご紹介いたします。
 
              (ばく)
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「悟りの極致とは何か」抜粋 大川隆法総裁1989年第9回講演会

 

あなた方は知らなくてはならない。
あなた方一人ひとりの心のなかに潜むところの、その偉大な力に。

生まれ落ちてから数十年間、
自分自身が、心のなかにつくってきたところの汚れ、曇りによって、
どれほど自分の尊さというものを忘れ去っているか、わかるだろうか。

もっと偉大な魂であるということに、なぜ目覚めないのだろうか。

惜しいではないか。

それだけのものが、今、与えられているというのに、
自分自身がそれだけの光を有しているというのに、
この光を解き放つことができないままに、
数十年の人生を終えてしまうということは、
どう考えても考えても、残念なことだと思えないだろうか。

一人ひとりの心の奥には、
輝けるダイヤモンドがあるというのに、
何ゆえに、そのダイヤモンドをガラス細工だと思うのか。

私が、あなた方一人ひとりが神仏の子であると言うのに、
あなた方一人ひとりが、ダイヤモンドであると言うのに、
なぜ、それをあざ笑う。

なぜ、それをばかばかしいと思う。
なぜ、それをつまらない話だと思うのか。

あなた方自身が真実価値ある存在であり、
価値ある存在が価値ある存在として己れを輝かせるのに、
なぜためらう。

なぜひるむ。
なぜ、それを恥ずかしいことだと思うのか。

私は、あなた方に言う。

人間として生きてゆくための第一歩は、
己れの存在がいったい何者であるかに気づくところにある。

何者であるかに気づくことなくして、今世を終えたとするならば、
あなた方は虚しく生きたということになる。

両手にいっぱい持っていた金銀財宝を、
ドブのなかに捨ててしまったことになる。

そんなばかなことを、なぜしようとするのか。
『悟りの極致とは何か』(幸福の科学出版)P24~27


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