緑の風

散文詩を書くのが好きなので、そこに物語性を入れて
おおげさに言えば叙事詩みたいなものを書く試み

緑の風  7

2021-12-14 14:43:09 | 日記


我々はカフェーを出て、金色の道も過ぎ、しばらく歩いたが、吾輩には金色の国ゴールド国というのが不可解だった。金が余程ありふれているようで、長い道が金色の所と石畳が交互にはなっていたが、道の両側にちらほら見える家々にも金色の家が多い。やがて、小さな森林公園があり、その向こう側に教えられた下宿屋はあった。
ハルリラはそれを見て「築五十年は過ぎている」と言った。
確かに、その下宿屋は古びた銅が腐食して青みかがった壁で、その壁をぬうように、緑のつたがおおっている五階建ての堅固な建築物で、銅の変色具合が、建てられてからの長い歳月を物語っているようでした。
吾輩と吟遊詩人とハルリラが中に入ると、一階の食堂でちょうど皆が食事をしている所でした。
大きなテーブルに六人ほどの人がめしを食べている。
給仕している中年のおばさんがいる。
「そこの空いている所にお座り」
初老の男が貧相なみなりで、座ってパンを食べている。
吾輩と吟遊詩人とハルリラがその隣に座った。我々のことなど無視したかのように、皆、隣の「マサールさん」と呼んでいる人のことを話題にして、話に熱中している。
「マサールさん。なにしろ、あんたんところの娘さんは二人、金閣の宮殿にいる王様をささえる公爵と伯爵の家にとついでいる。その有力な二人が指揮権や作戦をめぐって争っているようでは、この戦争は勝てませんぞ」
「戦争とは困ったものだね」とハルリラが話にくわわった。
「そうさ。金の国ゴールド国と草原の国グリーン国の国境を流れる川の使用権をめぐって、我々は争っている。しかし、この前の百年、平和が続いていたのだ、それがふとした拍子に小さな衝突が起こり、戦火は急拡大しているので、困っている。その原因の一つが上層部の権力争いにあるらしい。」
「戦争は広がっているのですか」
「うん。戦端が開かれたのはちょつとしたきっかけで、直ぐに治まると思っていたのだがね。しかし、わが国の実権を握っている伯爵と公爵の指揮権をめぐる争いがもとで、現場の軍のコントロールが出来ず、誰もが直ぐに
終わる軽いもめごととおもっていたのだが、徐々に戦線は広がっている。


「なるほど」
「グリーン国は憲法の制約があって、攻めてくることはないが、長い塹壕を掘って、大砲と膨大な量の機関銃をすえ、防衛ラインをひいている。わが国は憲法の制約などないから、攻めの一本やりで、突撃しているのだが。
双方、死体の山が築かれているのさ」
「王様は戦争をやめないのですか」とハルリラが言った。
「王様はなにしろ十才だ。何も分からない。公爵と伯爵が実権を握っているのだが、この二人の仲があまりよくない。そこへこのマサールさんの二人の娘がとついでいるわけさ」
「マサールさんはな、革命の動乱の最中で、大儲けした。そして、長い政権のあとに、王政が復古され、今の国王が位につき、貴族も元のさやに戻ることができた。そしたら、戦争よ。
今までの共和派の長い政権は少なくとも、戦争はやらなかった。それを再び権力を握った王党派がひっくりかえし、戦争を始めたというわけだ」
「だから、わしはマサールさんに言っているんだ。娘を通して、公爵と伯爵に意見を申し上げろと言っているんだ。マサールさんは少なくとも平和主義者だからな」
「わしにはそんな力はないよ」とマサールさんはぼそりと言った。
マサール氏は五十代半ばの精悍な顔つきをした男だった。継ぎはぎだらけの茶色のブレザーの下には、豹の絵が描かれた黄色いシャツを着ている。赤みがかったこげ茶色の顔色。鋭い目だった。左足が悪いらしく足をひきずり、出歩く時は、ステッキを使うらしい。

「お前さん、肩にいくつも花がついておるよ」とマサール氏が言った。吾輩は吟遊詩人の肩に金の花びらがくっついているのを見て、駅からここまで来るところに、金の樹木の並木道があったことを思い出した。


顔は少し青ざめ、憂い顔の詩人、川霧はヴァイオリンを手に持っている。
吟遊詩人は一杯の酒を飲むと、言った。
「戦争をしてはいけません。戦争は人の心がつくりだすものです。つまらぬことで、争う人の心のエゴは愚かで、悲しい。
ひとひらの金の花びらが散れば、その分だけ喜びは遠ざかる。それなのに、一陣の風は散りゆく金の花びらの群となり、私の心の悲しみはさらに深くなる。それと同じように、一人の人が死ぬのもつらいのに、もう何人死んだのですか」
「五十万人は死んでいるな」
「五十万の死者ですか。それを聞いて、私の心は深い闇に包まれてしまった。機関銃の中に突っこんでいくのだから、そんな膨大な死者が出るのでしょ。そんな命令を誰が出すのか。私は銀河アンドロメダを旅する詩人。夢のような旅ではあるが、こんな恐ろしい悲劇を見るのは初めてだ。
今、ここへ来る途中、若者の軍が行進して、前線に行く所を見た。あの若者たちが運よく帰ってくる時でも、足がとられたり、腕がなくなったり、もう老人のようによろよろ歩いて酔っ払っている人のようになる。美しい顔には血がぬりたくられ、地獄を通ってきたことが直ぐ分かる。何故、そんなに若者を無残な前線に向かわせるのだ。話し合えば戦争はしないですむ」
「このマサールさんは、戦争をとめる力があるのに、使おうとしない。」
「わしは力などない」とマサールさんは言った。
「なにしろ、下宿代はきちんと入れるけれど、こんな古い下宿部屋を借りている人にね、そんな力を期待する方が無理さ」
「それはさ。マサールさんの底力を知らないのじゃないの。今だに、銀行に莫大な財産を預けているという噂があるぜ」
「それは根も葉もない噂ですよ」
「だって、ひっそりと娘さんと会うというじゃないか。金を渡すためだろ。今どきの貴族は金がない。あるのは金満家よ。マサールさんは金満家が身を隠しているのよ」
「ただの噂ですよ」
「どちらにしろ、娘を公爵と伯爵にとつがせているんだぜ」と逞しい感じのターナ氏という男が言った。
「動乱の時に、金儲けをして、大きな財産をつくり、巨大な財産を彼女たちの持参金としてやり、娘はたまたま美貌だった。貴族は以前の革命で財産をめべりさせていたから、のどから手が出るほど、金が欲しい。大邸宅と権力を維持するためには金が必要だからな」
こういう風に言うターナ氏は、立派な顎髭と口ひげをはやした中年の男だった。彼は重々しい口調でさらに話を続けた。
「貴族なんか信じるなんて、マサールさんももうろくしたもんだ。いずれ、共和派が再び天下を握る。庶民の天下が来るのに、娘をあんな男と結婚させるものだから、財産は持って行かれるし、こんな貧しい下宿屋に住むことになる。
彼らの価値観に礼節が欠けてしまった。この国の伝統には、礼節があった。それが今はない。それがこのマサールさんを見れば分かる。父親のマサールさんが下宿部屋で、娘達は宮殿。この下宿部屋には、場所をわきまえない下品な会話。意味のない悪口。そういうものがはびこり、これが現状であり、昔の貴族は「星の王子さま」も「銀河鉄道の夜」も熟読したものだが、今どきの貴族は読まない。精神の貴族性を失った貴族なんていうのはもう狸みたいなものよ。それが礼節を欠くようになった原因の一つだろう」
吾輩は星の王子さまの一件は興味深くあったが、あとのことはこの国の問題という風に聞いていた。

ターナ氏の話をせせら笑うかのように、「ふふん」と言って、傲慢な表情を浮かべたリス族のすらりとした若者が立ち上がった。
「マサールさんはね。この国を銅の国から金の国に変えた人物なのに、自分は銅の家に住んでいる。彼のおかげで、我が国は金色の国ゴールド国と呼ばれるようになったのに」
若者はそう言って、笑った。
それから、彼は食堂から廊下に出て、階段を上って行った。
社交界に出て、出世を狙っているという元貴族らしい。彼の祖父は革命で財産を失い、貴族の称号も捨てたのだが、彼は多少の才気を武器に、再び昔の栄光に憧れ、大出世を夢見ているという。

しばらくして、ギターの音が聞こえてきた。吟遊詩人のヴァイオリンを聞きなれている吾輩にはお世辞にも上手とはいえない。それでも、何か哀愁のこもったリス族のハスキーな声が開いた窓から聞こえてくる。
 「 おらはさ、夢見るのさ
昔の古き童話の時代を
父とボートで川下りした遠い昔を
清流には金色と銀色の魚が泳いでいた
悲しいかな、今は兵士の血で汚れ
赤く染まった川の流れとなった
今は魚も遠い所を旅している
きっとそうだ。俺みたいに」

紅茶を飲んでいたターナ氏はその歌を聞いてか、にやりとせせら笑った。
この男は王党派の警察に追跡されているらしい。
マサール氏がこの国を銅の国から金の国に変えたらしい。膨大な金が発掘され、金と銅の価値は差がなくなってしまったが、そのように、金が大暴落する前に、彼はこの惑星では希少価値のある「ある宝石」に変えて、財産として持っているという噂が今もたえない。

どちらにしても、マサール氏は娘に莫大な資産を渡し、自分はこの貧しい下宿部屋でつつましく生きていることは確かなことなのだろう。
しかし、彼も革命派の残党によって、にらまれているというから、この下宿部屋は彼の逃げ場所ともうけとれないこともないが、そこの所は謎である。

マサール氏は吾輩と五郎と吟遊詩人を五階の自分の下宿部屋に案内してくれた。窓のない方の壁に、二枚の大きな絵が飾られていた。
絵は素晴らしい宮殿の情景で、それぞれ黄色みを帯びた宮殿と、青みを帯びた宮殿の違いはあるが、黄色みを帯びた宮殿には、白銀色の衣服を着た貴婦人が立ち、青みを帯びた宮殿には、金色の衣服を着た細身の貴婦人が椅子に腰かけていた。

マサール氏は、立っている夫人を「スラー伯爵夫人」で、座っている夫人が「ササール公爵夫人」で、二人とも自分の娘だと紹介した。

しかし、娘たちの衣装と宮殿の豪勢さと反比例するかのように、この立派な二枚の絵以外は、マサール氏の部屋は汚らしく乱雑さに満ちていた。
壁の薄茶色の壁紙はあちこちに雨水のたれたような入り乱れた黒いしみが何かの貧弱なデッサンのように見えた。ベッドは質素で、薄ぺらな薄汚れた毛布が二枚ほどしかなかった。床もかなり傷んでいて歩くと、時々ぎしぎしと嫌な音がする。火の焚いた気配のない暖炉のそばには、傷だらけの古い椅子。
その上に、マサール氏のよれよれの帽子が置いてある
窓に向かい合った壁には、古びた本箱。そこにぎっしりと本が並べられている。
吾輩は何の本か興味があったが、背文字から推察するに、経済と哲学の本があるように思われた。部屋の真ん中には、古びたテーブル。

テーブルの横に置かれた茶箪笥のみが金満家らしい唯一の品物のように部屋の中に豪華な茶色の輝きを放っていた。中には高級な茶碗がいくつもある。
我々の接待に、その中の上質の高貴な白い茶碗を出し、紅茶を入れてくれた。
「これは特別のお客さんにしか出さないのです」とマサール氏は言った。

大変上質のもので、我々はそのあまりのうまさに陶然となって、彼の角ばった顔の奥底に燃えるような黒い瞳を見たものだ。黒ひょうの目だと、吾輩はやっと気がつき、どきりとした。


出窓の下の茶色の板には、、わずかの花が水耕栽培のキットにいけられ、窓の下にひっかけられ、カーテンのない窓からの光線が花にそそぐようになっていた。
マサール氏はその深紅の花を一輪、切ると、我々のために出した美しい花瓶にいけた。その一輪の花は小汚い部屋に黄金をふりまく勢いの美しさで、我々の目を楽しませてくれた。
貧しい、貧しいというけれど、意外な所に金満家の顔をのぞかせていると、吾輩は思った。こんな男の娘が貴族に嫁いでいるというのは何かのおとぎ話のように聞いていた吾輩はこの男こそ、精神の貴族ではないかと思ったくらいだ。

天井には、小さな窓があり、透明なガラスが入っていたから、夜になると、アンドロメダ銀河の無数の星空が見えた。
そこの窓をじっと見つめていると、良寛の「盗人に取り残されし窓の月」の俳句から連想されるあばら家をつい我々旅人に思い出せてしまうのだ。
昼間は、 がらんとした美しい桔梗色の空から、まるで雪の降るように白い鷺が、あるいは他の鳥が幾組もせわしなく鳴いて飛んでいくのだった。
夜になると、アンドロメダ銀河の天の川が白くぼんやりかかり、南にはけむったような場所があり、そのそばに美しい大きな赤い星がきらめいているのだった。

吟遊詩人は素晴らしい宮殿が描かれている絵を指さしながら、言った。「でも、マサールさん、あなたはあんな貴族のところへ娘たちを片付けておきながら、どうしてこんな部屋に住んでおられるのですか」
「なあに」とマサールさんは、一見無頓着そうな様子て゛言った。
「昔はね、わしはエゴイストだった。財産を得るためには何でもした。革命の動乱の中では、たいていのことが許された。この国は金が豊富であるが、それまでは小さな金鉱しか知られていなかった。それをわしはわしの独特の方法で、巨大ないくつかの金鉱を発見した。そのために、わしの財産は昔の貧乏商人から、金満家になったのじゃ。しかし、いくら財産が増えても、結局、何になる。一度は豪邸に住んで、娘二人を女房と一緒に育てた。あの頃は幸せで、成長する娘を見るために、多くの貴族が押し寄せてきた。わしもあの頃は名誉が欲しかったので、それを歓迎した。
しかし、舞踏会を取り仕切っていた、わが女房が結核で死んでしまったのだ。もう生き返らすことが出来ない。名誉も財産もたいして魅力のないものになってしまった。ふと気がつくと、素晴らしい美貌の娘たちがわしに親切にしてくれ、わしの涙をぬぐってくれた。
そうだ、わしは娘たちのために、生きようと決心したのだ。」と胸を叩きながら、マサール氏は付け加えた。
「全ての人が幸せにならなければ、私の幸せはないと言った日本の詩人がいたが、わしはそんなに偉くはなれない。それでも、昔のエゴイストの自分が恥ずかしくなった。今持っている莫大な財産を二人の娘たちのために使おう。それに多くの人が幸せになるようになるには、二人の娘が有力な政治家と結婚するのが望ましいと思った。それで、公爵や伯爵や男爵がわが家に来ることを歓迎して、おおいに舞踏会を開いた。
しかしな。世の中はそううまくいかん。娘と結婚した貴族は、昔のわしのようなエゴイストだった。伯爵も公爵も娘をもらうと、わしを嫌うようになった。なにしろ、わしの出自が革命の動乱の中で、貴族の首を切ることに一生懸命だったあの恐怖政治の政治家と結びついて、財をつくったものですからね。今は王政復古となり、革命派は庶民の中にもぐり、急進派は地下にもぐってしまった。」

吾輩は夢見るようにマサール氏の話に耳を傾けた。マサールさんは話し続けた。「今はただ、娘たち二人の幸せを祈るばかりとなっているのじゃ。分かるかね。今はあの子たちが幸せな思いをし、楽しそうで、美しい服装をして、金色の絨毯の上を歩くことができれば、わしがどんなみすぼらしい服装をしていようと、どんな貧しい所で寝ていようと、どうだっていいじゃありませんか。あの子たちが幸せにしていれば、わしには不幸という言葉はない、あの子たちが楽しそうにしていれば、わしもうきうき喜びが湧いてくるのです。わしが嫌な気持ちになるのは、あの子たちが悲しみの涙を落とす時ですよ。
ここまで言えばお分かりと思いますが、わしは娘達を愛しているのです」


翌日、吟遊詩人と吾輩とハルリラはマサール氏に導かれて、公爵邸と伯爵邸に行くことになった。

金閣寺以上の金の建物である宮殿で、伯爵は厳しい顔をして言った。「あの五十万の死者は公爵の責任だ。わしは休戦を申し入れるように主張してきた。
突撃は、長いにらみあいに兵士がたえられなくなって、現場の指揮官がやっていることで、わしはそんな命令など出しておらん。休戦を受け入れない、断固、戦うべしなどと主張してきたのは公爵ではないか」
「現場を見せていただけませんか」と吟遊詩人が言った。
「いいですよ」

伯爵夫人の部下、キンカ中佐に案内されて、我々は前線に向かった。
中佐は言った。「突撃は、長いにらみあいに兵士がたえられなくなって、現場の指揮官がやっているのです」
その耐えられない神経戦と突撃の話を中佐から聞きながら、吾輩とハルリラと吟遊詩人は前線の塹壕にやってきた。人が三人か四人が通れる細長い通りがつくられ、それを防護するのが丸太を横に並べ、二メートル半ほどの壁がえんえんと続く。
長い塹壕である。途中に、地下に掘られた穴があり、そこが指揮官の入る部屋になっている。
兵士はみんな丸太の壁にぴったり身体を寄せ、時々やってくる砲弾の音に、銃を持って耐えている。砲弾はたいていの場合、塹壕の十メートル手前まできて、爆発するが、時たまその爆発の破片が塹壕の中まで飛んでくることがある。
兵士のやつれ、疲れた顔。しかし、多くの兵士は疲れていても、緊張と真剣さを帯びた表情をしている。

泥んこの凹凸のある平地が敵の陣地まで続くが、途中に鉄条網があり、敵の鉄条網を突破するのが立派な軍人とされる。まず味方の鉄条網を通り、そして川を渡り、それから長く広い土地があるが、凹凸はすさまじく、どろんこで歩きにくい。やがて敵の鉄条網にたどり着く。
その長い道程を兵士は銃とピストルを持って、はうように身をかがめ、前進する。しかし、たいてい敵の鉄条網に行くまでに、砲弾の破片か、機関銃の弾に当たって死んでしまう。
敵の方から飛んでくる砲弾は、命中率はあまり高くないが、落ちた所から爆発と土煙があがり、近くにいる兵士は死ぬか大けがをする。機関銃の音もする。
キンカ中佐は言う。  「馬鹿げた戦争だ。それを、いのちを惜しがって、退くのは臆病者という。そして、無鉄砲に前進していく者を英雄的な兵士と呼ぶ。
これほど、いのちの尊厳をないがしろにした愚かな考えがあるか。そうした滅茶苦茶な突撃の命令を出すのは司令部にいる将軍たちだ。
あいつらこそ、愚か者だ。彼等こそ、銃殺に値するのに、退却した兵士をくじびきで何人か選び、みせしめに銃殺にする。」
我々は彼の話を熱心に聞いた。
現場の指揮官の大佐がキンカ中佐に言う。「戦争はひどい。我々がこんなに衰弱しているのに、突撃命令が出ている。
しばらく、この命令を無視しよう。兵士の疲労が回復するのを待つ。それから、後方の食糧部隊が到着したら、たらふく食ってから、突撃するのがいいのかどうか、判断をするべきだ。今のままでは、これでは判断も狂う。
既に五十万も死んだ。死体が累々としているのに、葬ってあげることすら出来ない。
塹壕の奥深く入れば、安全だが、敵の情勢をうかがうために、太陽のあたる所に出て来ると、時々、大砲の弾がさく裂する。わしも何度もやられそうになったが、今の所、大丈夫だ。
意味のない戦争だ。わしらはかれらが憎いと思って、始めた戦争ではない。川の水はお互いの協定によって、この百年間、平和に自分達の飲み水や農業用水のために使ってきた。
片方の国が川を全部、よこどりするという発想法は戦争を引き起こす。川の水は両方の国にとって、必要なのだ。
我らには後方に、湖がある。グリーン国も同じ。それでも、この川が必要なのは両方の国にとって、水は飲み水であり、水運にも使われる、つまり水は金鉱や宝石以上の宝なのだ。我々のいのちに必要なのだから。
しかし、五十万も友軍がやられると、わしはグリーン国が憎くなる。」

吟遊詩人が申し出た。前線で反戦の音楽をかなでたい、と。
いのちがいくつあってもたりないと言われた。川を渡れる拡声器つきの軍用車があれば、大丈夫と吟遊詩人は申し出る。

吾輩とハルリラは伯爵の陣営で、吟遊詩人の行動を見ていることになった。軍人が運転し、吟遊詩人は車の屋根に立ち、ヴァイオリンをかなでながら、前にゆっくり進んでいく。不思議な音楽だった。人のどんな怒りも静める、人の心に穏やかな海の広がりを感じさせる美しい神秘な音色だった。
ある所まで来ると、ヴァイオリンの音は消え、吟遊詩人の声が響いた。
「皆さん、わたしはアンドロメダ銀河鉄道の乗客です。平和を訴える吟遊詩人です。これから、美しい音楽をかなでます。皆さん。しばらく休憩しませんか」
両陣営に聞こえる音量だった。
  反戦の歌がうたわれた。

ああ、いのちを持つ人々よ 
いのちこそ 愛と慈悲の源泉
愛が金銭より尊いことは母上から教わった筈
それなればこそ、いのちを傷つけるのは悪
人は平和な町で
飲食をし、雑談をし、
美しい日差しを楽しむ
これこそ、いのちの喜びではないか
そこに炸裂するミサイルなど許される筈のない悪のわざ

いのちは不生不滅の川の流れのよう
柳の緑と花が川に映る
人々は美しい水に身体をまかせ、
周囲の森や花を楽しむ
これこそ、いのちの楽しみではないか
そこに爆弾が破裂すれば
魚は血を流し、死ぬ
人も同じ
いのちの水は枯れ果てていくのだ

いのちを守れ、人と自然の宝物なのだから


吟遊詩人は歌い終わると、又ヴァイオリンを弾き、そしてそれが終わると、マイクを口にあてた。
不思議なことに、敵方からは銃弾は一発も発せられなかった。歌が届いたのだろう。
吟遊詩人は大きな声で言った。
「皆さん。戦争はやめましょう。意味のない殺し合いです。人間どおし、みな兄弟ではありませんか。

平和が大切なのです。人のいのちは神仏のたまものです。それをいいかげんにする戦争は許さるものではありません。皆さん、武器を捨てましょう。そして、故郷に帰りましょう」

                   
 【 つづく 】


久里山不識
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