緑の風

散文詩を書くのが好きなので、そこに物語性を入れて
おおげさに言えば叙事詩みたいなものを書く試み

緑の風  8

2021-12-25 13:45:15 | 日記
神秘の生命

吾輩とハルリラと吟遊詩人は戦場をあとにして、ササール公爵邸に向かった。
戦争をしているのに、公爵邸では華やかな舞踏会が開かれていた。音楽、宮殿の中の装飾から、舞踏会と吾輩は直感したが、沢山の若者が死んでいるのにという思いから、この無神経さには、あきれる気持ちで一杯になった。

何もかも金でつくられているのかと錯覚するほど、金色でおおわれた宮殿には、明るいガスの光に照らされた、幅の広い金色の階段の両側の手すりには、花をいっぱい飾り、白が基調をなしている赤や紫の花が飾られ、手すりは金色に塗り、赤い絨毯を敷きつめてあった。金色の壁のアーチ型のくぼみには、大輪の百合の花と薔薇の花が宝石のような花瓶にいけられ、交互に飾られていた。百合は一番奥のがうす紅、中ほどのが濃い黄色、一番前のが真っ白な花びらという風に。
薔薇は百合と百合の間に、真紅から黄色、白、青色と大きく咲いているのだった。

金の階段の上の大広間からは 極楽浄土に鳴り響くというこの世のものとは思えない美しい音楽が不思議な形のない永遠のいのちの流れのように、階下の金色の空間にまであふれて来るのであった。
開いたドアの入り口から、垣間見られる華麗な衣装に身を包みダンスに夢中になる彼らはヒョウ族が多いと、吾輩は直感した。
何故なら、彼らは自分たちの祖先を誇るかのように、衣装の一部に黄色い豹の顔を縫い付けていたからだ。

マサールさんに別室に案内されて、吾輩とハルリラと吟遊詩人はマサールさんの娘であるササール公爵夫人に紹介された。彼女の周囲には金色に輝く身のまわりの驚くべき優雅な調度品があふれんばかりだった。
夫人の合図と共に、マサールさんは去り、交代にササール公爵が入ってきた。
公爵は典型的な豹族だった。黄色い顔。長いはしのような黒いひげが口の両側から突き出ている。目は鋭い野性味がある。

公爵が言う。「五十万も死んだ。あれはみんな伯爵の責任だ。作戦が悪い。塹壕が川に沿って長々とつくられた所で、突撃を繰り返すなど、わしなら絶対にやらん。わしなら、今、
偵察に時々使っている飛行船を、さらに開発して戦闘機にして、それを大量生産して、空から攻める。」
公爵はそう言いながら、壁の上にかかっている巨大な金色の時計に目をやり、
「もうそろそろ、帰ってくる頃だな」と言った。
公爵が手で合図すると、モーツアルトのような軽やかな音楽が流れた、我々がしばらく聞きほれていると、開けられた窓の外の方からブーンというかすかな音が聞こえた。
「来た。見てみろ、偵察から帰ってきた飛行船だ」と公爵は興奮したように言った。

窓の外の青空の中に、一転、鳥のようなものが飛んでいるかと思うと、やがて我々の前に姿を現した。銀色のクジラのような巨体を青空に浮かべ、少しずつ移動している。飛行船の下のゴンドラの中の三人の兵士が公爵に敬礼をした。
「どうですかな。ヘリウムで、あれは空に浮かぶことができるのです」と公爵は言った。
「私は、今、あのアルミニウムの飛行船から鉄の戦闘機へと発想をかえている。工場の研究所で試作品をつくっている。
確かに、原料の鉄鉱石が中立を保っている海と山の国に集中しているので、そこから大量に輸入するという難しい交渉があり、
さらに、我が国のその方面の技術はまだ未成熟なのは認めるが、それでも、飛行船よりはましな飛ぶ技術をつくり、数十台の戦闘機をつくることは出来ると考えている」
吾輩、寅坊は地球の戦闘機を思い浮かべ、公爵の言うのはまだやっと飛べる程度のものと理解した。それでも、この戦争には威力を発揮するというのが公爵の持論のようだった。

「あんた達は銀河鉄道の客なんだそうだね。こんな愚かしい戦争をやっている所は他にないだろう。どうだい。あるかね」と公爵は言った。
「あります。地球の第一次大戦とよく似ています。大戦の場合は沢山の国が衝突して、もっと複雑でした。死傷者も物凄いものです。ただ、日本では、戦争成金が沢山出たという記憶があるくらいで、印象が薄いようです」
「どこがひどかったのかね」
「ヨーロッパです」
吟遊詩人は一呼吸おいてから、「人の心が戦争を生むのです」と言った。
「わしは戦争などしたくなかった。水の取り合いで、小競り合いが起きたので、我が国の面子があるからな。最初は小部隊で、威圧しておく程度にしか、考えていなかったのだが」

吟遊詩人はヴァイオリンを奏でた。
「お、君は音楽をやるのか」
「詩もやります。歌ってみましょうか」
「そうだな」



理性は野に咲く薔薇の花
薔薇はいのちをいかしてこそ、胸にしみる美しい色となる
欲に支配された薔薇は煩悩の火
争う薔薇は知恵の絶壁より真っ逆さま
下は地獄の海
白いカモメは海を飛ぶ
戦闘機がカモメより優れているというのか
チーターは大地を疾走する
車はそれよりも優れているというのか
科学は薔薇の果実
武器は薔薇の迷える幽霊
それ故にこそ、軍縮にこそ理性を使うべき
ヒトの船頭は道を間違えるな
我らは船頭に行くべき道を指し示せ


「ゴールド国もグリーン国も同時に軍備を縮小することです。そういうことに、理性を使うべきなのです。戦闘機をつくる前に、話し合いが必要です。」と詩人は言った。
「軍縮ね」
「地球人もそういうことで悩まされました。
例えば、ゲーテやバッハ・ベートーベンを生んだドイツと優れた文化を持つフランスがたえず戦争をしていたという悲しい事実があります。そうなるのは、煩悩に支配された人が理性を道具に使い、軍拡に走った結果なんです」
「煩悩ねえ」と公爵はつぶやいた。
「地球のヨーロッパでは、戦争の歴史でしたよ。ことに第一次世界大戦はひどかった。滅茶苦茶な戦争だった。この惑星で、ゴールド国とグリーン国がやっていることは、地球での第一次世界大戦のミニチュア版とも思える。何十万という逞しい若者が機関銃や大砲の弾にあたり、死んでいく。愚かな戦争の見本みたいな戦争でした」



その時、秘書官が封書を持ってきた。公爵は我々の目の前で、開いてさっと目を通した。
「グリーン国から休戦の申し入れがあった」
「当然、休戦を受け入れるわけでしょうね」と吟遊詩人は公爵に聞いた。
「これは伯爵と相談しないとな。何事も国政の重要事項は二人で相談して決め、国王にお知らせし、それで裁可が出るという仕組みになっている」
「スラー伯爵は休戦に賛成していると聞いていますが」
「そんなことは初めて聞いた。」
吾輩は猫族の直感で、初めてというのは嘘だと思った。
「死者数が多いのは無理な突撃が多いというのは伯爵も認めている通りです。もうゴールド国だけで、五十万の死者。グリーン国の被害も大きい。彼らは憲法の制約があるから、戦争はしたくない筈。戦争は始まってしまうと、とめるのが難しいのは歴史の教えるところです。休戦の申し入れはチャンスです。話し合いに応じるべきですな」と吟遊詩人は言った。

吾輩、寅坊は豪華な宮殿の内部の装飾や絵画に目をやっていたが、視線を吟遊詩人に移した。詩人の目には、一種の緊張感があった。彼はさらに話し続けた。
「休戦を受け入れないで、断固、戦うべしということになると、兵士は疲れ切っているので、長いにらみあいに兵士がたえられなくなって、上の将軍もあせり、現場の指揮官も突撃に傾き、結局、収拾のつかない大戦争に発展して、地球の第一次大戦の西部戦線のように、死者二百万なんていうことになってしまいますよ」
「そんなになったら、若者がいなくなって、我が国は崩壊だ」
「休戦は、話し合いのチャンスです。優れた文化・長い歴史を持つ両国は、文化の交流をすべきです。芸術の交流です。そうすれば、人の心はなごみ、両国民に争うことの愚かさを自覚する余裕が生まれ、両国が同時に軍縮する土壌が生まれ、軍縮の話し合いも効果的に進みます。軍縮すれば、そのお金は福祉にまわせ、国民の生活は豊かになるのです。
それが出来ないのは、人の心には、天使も住んでいるけれど、時々、愚かな悪が顔を出すからですよ。親鸞の教えを聞けば、それが分かる」と詩人は言った。
「そんな教えはなんとなく分かります。面子やプライドが人の心に壁をつくるのです。それから、欲望。今回の場合は水、それに金鉱が欲しいという欲望。これはどうしようもないものだ。若者には、勇敢さを発揮する場面も必要だ。しかし、無謀は困る。それに、グリーン国とは、価値観がことなる。」と公爵は言い、影のある複雑な表情をして、にやりと笑った。

吟遊詩人は気品のある表情を浮かべ、自分の理解した世界を話したいと言った。
「ほう、どんな内容ですか」
「偉大な考えは同じ真理に到達したとしても、異なった別の表現をとることがある。それで、表現や言葉が違うことで簡単に異端と思うのではなく、よく内容を吟味する必要がある。世界の聖者と科学が到達した真理は似通っているのです」
「例えば、どんな風な例があるのですかな」
その時、吟遊詩人は宮殿のバルコニーに出た。公爵も吾輩もハルリラもあとに続いた。ハルリラは剣を持っていた。





そよ風が気持ち良かった。広い庭園には様々な美しい花が咲いていた。詩人はヴァイオリンを鳴らした。不思議な音楽だった。あらゆる野獣をも猫のようにおとなしくさせる力を持つ音楽であると同時に、この世にある薔薇や百合の美しい花園や緑の丘から見る澄んだ川や町並みを眼前に思い浮かべさせるような音楽でもあった。

すると突然、地震がきた。庭園に巨大な裂け目が出来た。大地は揺れていたが、不思議に心地よい揺れだった。
「地震」と吾輩とハルリラは同時に、声を出した。吟遊詩人は微笑した。

大地の割れ目から、巨大なロケットのようなものが飛び出してきて、ふとそこの何もなかった庭園の真ん中に巨大なスカイツリーのような建物が生まれたのだ。ただ、建物は鉄筋のような硬さを感じるようでなく、そうかと言って木造とも違う、何か絹のような柔らかさと美しさを持つ不思議な感じだった。
その建物の美しさは全体に広がる金色一つとっても、金閣寺を圧倒するものである。他の赤や黄色や白の美しさも同じ、白は白鳥を思わせ、赤は夕日を思わせ、黄色は夏の向日葵を思わす、そうした美しい色でおおわれた建物は様々な飾りを身につけ、その飾りにはダイヤ、サファイア、を始めとする巨大な宝石が輝いている。

「何だ。君は魔法を使うのか。吟遊詩人よ」と公爵は驚いたような顔をして言った。
「これは魔法ではない」とハルリラは興奮したように叫んだ。
「そうです。魔法ではないです。もともとあるものを視覚化したものです。永遠の美の幻ですよ。永遠の生命の幻と言ってもよい。幻というと、幻覚と思う人がいるが、そうではない。何故なら、我々人間も、幻のようなものですから。幻のようであるけれども、生き生きとしっかりリアルに生きておる。これを神秘の生命という。色即是空、空即是色ともいう」
「おや、あの神秘な建物の扉が厳かな音を立てて、光り輝き開いた」と公爵が言った。



「展望台には、巨大な百合一輪が咲き、その横に大きなヒノキが立っています。ヒノキは樹齢おそらく何千年ともいわれ、百合は今の今を謳歌しています。百合の周囲には蜜蜂が歌を歌い、歌詞の中でいのちの素晴らしさを言っておりますが、これは蜜蜂の言葉が分からないものには分かりません。ヒノキには小鳥がとまり、この建物が永遠の生命の象徴であることを言い、そのいのちのさえずりを楽しんでいます」
「詩人の川霧さん。美しい百合とヒノキ。なんだか、別の映像詩に置き換えても良い気がするな。例えば、薔薇と樹齢数千年の大きなケヤキの木という風に」とハルリラが言った。
「うん、僕だったら、ランの花一輪とくすの木 」と吾輩、寅坊が言った。
吟遊詩人はうなった。「今の今という生き物と、永遠の過去から引き続いているDNA、こんなイメージはどうかね」
「君達は何を遊んでいるのかね」と公爵は不機嫌そうに、ぼやいた。

その時、展望台の方から、たえなる音楽が聞こえてきました。
そして、その音楽にのって、歌声が聞こえてくるのです。
「二仏並座。二仏並座。この世で一番美しいイメージ。永遠の過去に死んだ筈の多宝如来と釈迦牟尼仏が塔の中に並ぶこの世で一番美しい場面」
「吟遊詩人さん。そんなものをわしに見せて、どうしようというのかい」と公爵は言った。
「ここに宇宙の真理が表現されているからですよ。あなたはそのことを知りたがっていたのでしょ」と吟遊詩人は言った。
「わしにはさっぱり分からん」
「地球の東洋では、真理を表現するのに、こうした視覚的な方法をとることがよくあるのですよ。法華経という経典は日本の平安貴族に好まれ、平氏が厳島神社に奉納したことでも知られ、宮沢賢治が童話を書く際の基本のテーマとされたことでも知られているのです。
親鸞は阿弥陀仏を信仰していたようですが、同じことです。親鸞の教えによれば、人は阿弥陀仏という一個の生命体に包まれている。これを禅の道元は全世界は一個の明珠であると言ったのです。つまり、宇宙生命とも大生命ともいわれる方が一つ宇宙にいらっしゃる。ポエムならば、この生命が太陽になり、地球になり、動物になり、人間になると言うでしょう。」と詩人は言って、微笑した。
「そんな話は初めて、聞いた」と公爵はうなった。

「こういう風な話はどうですかな。我々人間は兄弟【全世界は一個の明珠】なのに、何故に争うのか。我々は同じ映画・物語・歌に感動し、涙する同じ存在ではないか。
それなのに、何故争うのか。
ここに、人間の秘密があるのではないか。つまり、カントが言ったように、人間の認識能力には限界があるということです。つまり、人は正しく、世界を見ていない、顛倒して見る。これは人間の誤った見方であると、仏教では指摘しています。
人は物や人をばらばらに見る。切って見る。区別してみる。しかし、これでは自然を正しく見たことにならい。本当は、全て連なる不生不滅の生命なのではないか。【縁起の法】お釈迦さまはそういうことをおっしゃつたのではないか。そこからは、大慈悲心が生まれる。慈悲【アガペーとしての愛】を失えば、宗教は真理を見失い、堕落するということは歴史の教えるところです」
「ますます、分からなくなったような気もするが、一方でその教えに気持ちが魅かれるのはどうしたことか」と公爵は再び、うなった。
「アインシュタインが尊敬していたというスピノザという哲学者は大自然の中に神を見て、それを数学的手法を使って、そういう神の存在を証明した。この神とは、今風に言えば、不生不滅の生命のことであるという解釈も成り立つ。
この考えはゲーテやベートーベンにまで影響を与えている。」
「なるほど。」
「このように、考えると、スピノザの神とは、現代風に言えば、「大生命」のことである。「宇宙生命」のことである。この大生命が我々一人一人の中に流れているのである。これは仏教の考えとも合う。
これが分かれば、全ての人は兄弟であることが分かる。争う必要はないのだ。」
「大生命ねえ」

吟遊詩人が独特の価値観を公爵に吹き込んだせいか、その効果はあったようだ。休戦が成立した。我々はマサール氏に挨拶し、吾輩とハルリラと吟遊詩人は、アンドロメダ銀河鉄道に戻った。

我々は長いこと眠った。そして、目を覚ますと、吟遊詩人はにこりと笑った。


吟遊詩人はとたんにヴァイオリンを引き出した。
甘く美しくとろけるような音色、かくも不思議な音色がこの世にあるのかと思われるように、吟遊詩人の顔も音楽の世界に溶け込んでいるようである。
終わると、ハルリラが「それ。聞いたことがあるような気がする」と言った。
吾輩もある。
「チゴイネルワイゼンさ」
「そうだ。魔法の国で聞いた。若い女の人が百合のようにたたずんでいる路地で聞いたおぼえがある。それに、川のそばでもその人はぼおっとした感じでいた。でも、全てが薄ぼんやりとした記憶で、忘れてしまった。それが僕のチゴイネルワイゼンの記憶の全てです」
吟遊詩人は大きな声で笑った。詩人がこんなに大きな声をたてて、笑うのを見たのは初めてなので、吾輩は驚いた。
続けて、詩人はほほえみを浮かべながら、歌った。

「懐かしい故郷のこと忘れてしまったって
それは大変だ、剣の使い手よ
それは魔法の中毒だよ
でも肝心の所はおぼえている
川と路地
おそらくそこには魔法の花が咲いていたと思うよ
魂を吸い込むような深紅の薔薇に似た魔法の花がね
今は僕の友となった君よ、
しばしの惑星の旅を楽しもう」



ふと、気がつくと、窓の外に白っぽいブルーの惑星が見えてきました。星があちこちに輝く中に、ひときわブルーの色を輝かせて、バレーボールの三倍ほどの大きさに見えてきたのです。
「地球に似た惑星ですね」
「うん、初めて、地球を見たガガーリンが『地球は青かった』と言ったけれど、あの感じですね。綺麗なものだ。」
「だが、外側は綺麗でも、中に住んでいる人間が綺麗とは限らない。ここが難しいところだ」
「人間が住んでいるの」
「銀河鉄道がとまる駅があるから、当然人間がいる。ただ、地球とは違って、虎に似た生き物から人に進化したようだ。」
ここの人間には、虎族、ライオン族、ヒョウ族、猫族という民族がいる。つまり、猫科の人類が住む惑星と、宇宙のインターネットの辞書には、分類されているようである。



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