猫族の行列
夕日の射す大空が燃えるような薔薇色とこの惑星特有の山吹色の地表に遠くの緑の丘陵が輝き、どこへ行くのか白い鳥の彷徨うそうした道を我々は歩き、緑の大木の下で寝て、今度は朝日の荘厳な光に目を覚まし、美しい鳥の声を聞きながら迷宮街を見る。そして歩く。
ハルリラは人のいない広い道では、時々空中回転という特技を我々の前で披露する。空中で剣をぬいてから、地上におりる所など、まるでサーカスだ。こうやって、武術を絶えず磨かないと、腕がにぶると、彼は笑う。
そして、我々は時にはベンチに座り、駅前で買った弁当を食べる。このようにして、猫族にとって悪名高いゲシュタポが出るというW迷宮街をしばらくうろうろ歩いたが、結局、そのようなものは現れなかった。
やはり、銀河鉄道の乗客である証拠の金色の服を着ているせいか、我々を遠くから見て、近づかなかったのかもしれない。囚人服を着ている詩人を吾輩とハルリラが両側にいて、詩人が目立たないように歩く工夫もした。それでも、どこからか、水鉄砲からくると思われる水が詩人の身体に吹きかかることがあった。そのたびに、ハルリラが周囲に鋭い目をひからせることはあった。
W迷宮街をやっとの思いで、抜けると、次に出たのは道そのものが奇妙なV迷宮街だった。真実、奇妙な街だった。
家屋がみんな何らかの動物が大地にうずくまって遠方を見ているような雰囲気が感じられるのだ。窓が右と左の両目のようになって見える場合が多いので、なんとなく家に見つめられている感じがするから奇妙だ。
ある家は猫の姿。ある家は虎。ある家はライオン。ここの町の条例で、建築物はその所有者の民族を表現するようなデザインが好ましいとされているということが、吾輩、猫の耳にも届いているのである。
色はまちまちであるが必ずしも猫科ばかりでないところがまた面白い。中には、あざらしとか、イルカとか、もある。
こうした無数の奇妙な建築の家屋の背後には、大きな敷地を持つ黒い五重の塔や赤い色の高楼がそれだけがまともな建築とでもいうように、青空に顔を出すような具合で、軟らかな日差しに輝いていた。町の横丁から、静かな少し広い通りに出た。
建物の屋根には幾羽ものカラスがとまり、下の道には、本物の猫が野性のように素早く動いている。カラスと猫の多い町という印象を持った。吾輩は本物の猫と猫族の人とは違うと当たり前のことを考え、それから、奇妙な建築の群が何とも不思議なことのように思われた。
そこに流れる澄んだ糸のような小川を見た時、吾輩の耳に幻聴のように響いた詩がある。
「青色の川の渦を見て、昼間の踊りの歌を夢見る
祭りの日にうたう歌だ
綺麗な衣装を身につけて、老若男女が入り乱れて
若草の燃える土を踏みしめて
息ずく呼吸の音もやわらかく
喜びの鐘の音も青空にひびく
その春の日に町をあげて歌う祭りの喜びを歌うのだ
僕らがどんな悪夢を見ていても
それが夢であるのなら次の夜には希望の夢がほのぼのと頭に浮かび、
僕らは美しい酒を飲み干すのだ。」
そんな風な動物の群のような家にもきちんと窓がいくつもついていて、おしゃれなカーテンが垂れ下り、どの家も個性的で美しく、庭にはみかん色の果物が枝もたわわになるほど、沢山なっているかと思えば、薔薇や百合の花が咲いている所もあった。しかも町全体としても、奇妙で不思議ではあるが、静けさと美といのちの魅力があった。
条例によって、にわかにつくられたのかなという吾輩の思いを掻き消すかのように、その街角、街角のどことなく古めかしいベンチ、それに小さな公園、街路樹、神社にあるような多くの古い灯篭がやはりこの町はごく自然に長い歴史の中で、偶然に出来上がった美しさという古めかしい優雅な歴史を物語っているように思えた。
さらに大きな通りに入ると、ゆったりとした感じがして、くねくねと曲っていて、途中には小規模のさびれた墓地がある。それが道をある程度、行くと、同じような墓地があるという風である。墓地の入り口らしき所の門の上に猫の彫刻が乗っかっている。
これも奇妙な感じがするのだ。これだけの美しい道に、人以外の車めいたものが一台も通っていないとは。
吾輩の前を歩く二人は、カジュアルな服装をした若い男女だった。虎族であろう。二人とも背が高い。女は薄い茶色のパンツに濃い太いベルトをしめ、シャツの上に赤いニットガウンを羽織っている。虎族の美人というのは、鼻が高いし、唇が大きい。その上、ブルーの瞳にきらりと鋭い光を放つ。
女は吾輩を見て、言った。
「ねえ、猫族が歩いているわよ」
吾輩はその言い方に何か嫌なものを感じて、猫だって足があるんだから、そりゃ歩きますよ。そんな当たり前のことがあなたには分からないのですかと内心思ったりしたものだ。
男は「でも、金色の服を着ているから、銀河鉄道の乗客なんだろ」と答えた。
男は花柄のあるパンツに上は白のTシャツにブルージャケットを着ている。男は肩幅が広く、腕がおそろしく太い。黄色い髭が顔じゅうにはえ、その髭の森から二つのつぶらな瞳がのぞいている。
「本来なら、胸にバッジをつけるのにね」
「そうさ」
「猫族って、何かいやーね」
嫌な話をしているのはそちらではないですかと、礼儀の知らない奴だと吾輩は言ってやりたかったが、二人はいつの間に、向こうの方に行ったしまった。
通りの横には、樹木の枝のように、沢山の小道が伸び、そしてそれはまた狭い路地になる。
狭い路地は華奢で優雅な動物にデザインされた家にはさまれてはいたが、そこも亦、迷路のように、入りくんでいた。そして、その路地には、たいてい本物の猫がうろうろしていたり、時には瞑想しているように、座っている。
それは迷路そのもののようで、時にはレンガ色の石畳の坂があったり、西洋風の教会があるかと思えば、古色蒼然たる神社や広い境内のある寺があった。
そよとした南風が吹き、やわらかい空気が好もしく、隅の花壇にある花は宝石のようにまばゆい色と光を周囲に放っていた。
神社の鳥居のそばには、井戸があり、あちこちに清らかな水がこんこんと湧きだし、道の土をぬらしていた。どこからか、ショパンかと思われるピアノの音が聞え、歩くのも心楽しい町だった。
さっきとは違う真っ直ぐな大きな土の通りに出た。硝子窓のある洋風の家が多かった。コンビニの透明なガラスの向こうに、週刊誌を立ち読みする背の高い青年がいた。スーパーもあり、歯科医院もあった。交差点には、レンガ色の壁のドラグストアがあり、その横にそば屋があった。
やはり車も通らず、人も少なく、静かな街だった。
街灯には、まだ明りはともっていなかったが、一番てっぺんに、丸い黄色い石がトパーズのような高貴な光を放っていた。
下の方には、ブルーの花がかごに入っていた。
歩く人々は虎のような顔立ちをしていた。猫族の人と虎族の人は微妙に違う。猫のような顔立ちの人達は胸にバッジのようなものをつけていた。例の「猫族」という奇妙な文字の書かれたバッジである。
虎族のような人達は、猫族よりももっと威厳と品性を持ち、本物の野獣の虎と違って、おっとりと優雅な雰囲気を持っていた。
ところが、山吹色のポストのある郵便局を過ぎたあたりから、険しい表情をするトラ族の人達が急に増えた。どうも制服を着ているので、兵士や役人めいた連中が目につくようになったせいかもしれない。
吾輩、寅坊は虎族の人の表情に急に不安になり、なんとなく、周囲が緊張した感じになっていることに不安になり、よくよく周囲を見回した。町の特殊な美しさも、静かな夢のような静寂な街路も安どの気持ちにならなかった。
ぞろぞろと行列を組んで歩かされている猫族の人達の胸に、茶色のバッジをつけている集団を見た。茶色のバッジには、「猫族の悪人」と黒で書かれていた。周りには銃を持った虎族の兵隊が黄色い軍服を着て、厳重に監視している。吾輩はどこかで、見たような光景だと思った。
そうだ、ナチスに連行されるユダヤ人の姿によく似ている。
「迫害されたユダヤ人を連想させる」と吾輩は言った。
「そうさ。おそらく、この猫族の人達も収容所に連れて行かれるに違いない」と吟遊詩人は悲しそうに言った。
「ドミーがいる」とハルリラが叫んだ。
「え、本当」
「ほら、母親と一緒に」
背の高いでっぷりした猫族の男の影になるところに、ドミーと母親が歩いているではないか。ああ、すっかりやつれた姿と青白い顔をしている。
森から出てきたばかりの妖精のような彼女の何という変わりよう。
吾輩は思わず、彼女の方に走っていた。
が、吾輩はトラ族の軍人によって、行く手をはばまれ、銃をつきつけられた。
ハルリラが剣をぬいて、吾輩の隣にきたが、ハルリラには別の兵士が銃剣を突き付けた。
ハルリラは剣で、その銃剣を払いのけた。
すると、十人近い兵士がかけつけてきて、「何者だ」と一人の兵士が言った。
「知人がこの沢山の人達の中にいたから、驚いただけですよ」と吟遊詩人が言った。
「そうか。ところで、貴様は囚人服を着ているな。ヒト族のようではあるが、この猫族の行列の後ろに並ぶのが良いのではないか」と兵士の上官が言った。
その時、緑の目をした知路が現われ、笛をふいた。周囲の者があっけにとられていると、詩人の服はいつの間に金色の服に変わっていた。
兵士の上官は知路を見ると、なぜか、尻込みをして、慇懃な言葉で、「ご苦労様です」と言って、敬礼をした。
兵士達は行ってしまったが、そのあとも、我々が猫族の行列を見守っていることに変わりなかった。
我々は茫然と立ち尽くしていたのだ。それほど、凄まじい猫族の行列である。ドミーは既に列の先の方に歩いている。
顔だけが、吾輩と同じ猫族の顔をしている人達で一杯だ。吾輩は悲しみにひしがれた。同輩が何故に引き立てられていくのか、分からない。自分も銀河鉄道の乗客を示す金色の服と胸のポケットに持っている銀河鉄道の乗客のカードがなければ、同じ運命にあうかもしれないのだ。
こんなに神秘で美しい町に見る残酷な光景に、吾輩は驚いていた。
町の街路には、猫族の人達が充満していて、彼らはカバンを持ち、子供の手を引き、黄色い顔に憂鬱の表情を浮かべ、うなだれるようにしている。そうした猫族の人達の悲しい集団がうようよと歩いていくのを、吾輩は見て、胸が痛んだ。
ああ、わが愛する猫族の人達よ。何も悪いことをしていないのに、ただ、猫の顔をしているというだけなのに。猫の先祖がネズミにだまされて、神様の元旦召集に遅刻したということで十二支に入れなかったというだけで、こんな目にあうとは。十二支に入っていないのはライオン族やチーター族など他にもいるのに、猫族だけが明日のいのちすら、分からぬ列車に連れられていくのだ。大人も子供も老人も。美しい男も女も。ただ、猫に似た顔をしているということのために。
我々はたちつくし、ぼおっと見守るしかなかった。ハルリラの剣も二百人はいると思われる銃剣の前に、引き下がらざるを得なかった。
「こういう緊急時の魔法の習得をサボっていたことが今になって悔やまれる」とハルリラは悔し涙を出した。
「これは忘れてはいけない宇宙歴史の事実だ。差別の理由などないに等しい。
無理につくっているのだ。祖先の違いだとか、肌の色だとか、民族の歴史の違いだとか。悲しいことだ。こういうことをなくすためには」と吟遊詩人がつぶやいた。
吾輩の耳にも最後の所がよく聞き取れないほど、小さな声だった。
「川霧さんは、ヒトは皆、兄弟という考えを広めることが大切と言うのでしょう。」と知路が言った。
「冗談言うなよ。魔界の女のくせに」とハルリラが言った。
「川霧さんの詩とヴァイオリンはいつも遠くから聞いているの。こういう詩を書く人の気持ちとあたしのは波長が合うのよ」
「ハルリラ。この女の人は私を助けてくれたのだよ。お礼を言うのが礼儀だ。もしかしたら、知路さんは何かの事情で魔界と縁を持ってしまったので、魂は綺麗なものを持っているのだよ」と吟遊詩人は言った。
「ありがとう」と知路は涙を流して、一瞬のうちに消えた。
( つづく )
夕日の射す大空が燃えるような薔薇色とこの惑星特有の山吹色の地表に遠くの緑の丘陵が輝き、どこへ行くのか白い鳥の彷徨うそうした道を我々は歩き、緑の大木の下で寝て、今度は朝日の荘厳な光に目を覚まし、美しい鳥の声を聞きながら迷宮街を見る。そして歩く。
ハルリラは人のいない広い道では、時々空中回転という特技を我々の前で披露する。空中で剣をぬいてから、地上におりる所など、まるでサーカスだ。こうやって、武術を絶えず磨かないと、腕がにぶると、彼は笑う。
そして、我々は時にはベンチに座り、駅前で買った弁当を食べる。このようにして、猫族にとって悪名高いゲシュタポが出るというW迷宮街をしばらくうろうろ歩いたが、結局、そのようなものは現れなかった。
やはり、銀河鉄道の乗客である証拠の金色の服を着ているせいか、我々を遠くから見て、近づかなかったのかもしれない。囚人服を着ている詩人を吾輩とハルリラが両側にいて、詩人が目立たないように歩く工夫もした。それでも、どこからか、水鉄砲からくると思われる水が詩人の身体に吹きかかることがあった。そのたびに、ハルリラが周囲に鋭い目をひからせることはあった。
W迷宮街をやっとの思いで、抜けると、次に出たのは道そのものが奇妙なV迷宮街だった。真実、奇妙な街だった。
家屋がみんな何らかの動物が大地にうずくまって遠方を見ているような雰囲気が感じられるのだ。窓が右と左の両目のようになって見える場合が多いので、なんとなく家に見つめられている感じがするから奇妙だ。
ある家は猫の姿。ある家は虎。ある家はライオン。ここの町の条例で、建築物はその所有者の民族を表現するようなデザインが好ましいとされているということが、吾輩、猫の耳にも届いているのである。
色はまちまちであるが必ずしも猫科ばかりでないところがまた面白い。中には、あざらしとか、イルカとか、もある。
こうした無数の奇妙な建築の家屋の背後には、大きな敷地を持つ黒い五重の塔や赤い色の高楼がそれだけがまともな建築とでもいうように、青空に顔を出すような具合で、軟らかな日差しに輝いていた。町の横丁から、静かな少し広い通りに出た。
建物の屋根には幾羽ものカラスがとまり、下の道には、本物の猫が野性のように素早く動いている。カラスと猫の多い町という印象を持った。吾輩は本物の猫と猫族の人とは違うと当たり前のことを考え、それから、奇妙な建築の群が何とも不思議なことのように思われた。
そこに流れる澄んだ糸のような小川を見た時、吾輩の耳に幻聴のように響いた詩がある。
「青色の川の渦を見て、昼間の踊りの歌を夢見る
祭りの日にうたう歌だ
綺麗な衣装を身につけて、老若男女が入り乱れて
若草の燃える土を踏みしめて
息ずく呼吸の音もやわらかく
喜びの鐘の音も青空にひびく
その春の日に町をあげて歌う祭りの喜びを歌うのだ
僕らがどんな悪夢を見ていても
それが夢であるのなら次の夜には希望の夢がほのぼのと頭に浮かび、
僕らは美しい酒を飲み干すのだ。」
そんな風な動物の群のような家にもきちんと窓がいくつもついていて、おしゃれなカーテンが垂れ下り、どの家も個性的で美しく、庭にはみかん色の果物が枝もたわわになるほど、沢山なっているかと思えば、薔薇や百合の花が咲いている所もあった。しかも町全体としても、奇妙で不思議ではあるが、静けさと美といのちの魅力があった。
条例によって、にわかにつくられたのかなという吾輩の思いを掻き消すかのように、その街角、街角のどことなく古めかしいベンチ、それに小さな公園、街路樹、神社にあるような多くの古い灯篭がやはりこの町はごく自然に長い歴史の中で、偶然に出来上がった美しさという古めかしい優雅な歴史を物語っているように思えた。
さらに大きな通りに入ると、ゆったりとした感じがして、くねくねと曲っていて、途中には小規模のさびれた墓地がある。それが道をある程度、行くと、同じような墓地があるという風である。墓地の入り口らしき所の門の上に猫の彫刻が乗っかっている。
これも奇妙な感じがするのだ。これだけの美しい道に、人以外の車めいたものが一台も通っていないとは。
吾輩の前を歩く二人は、カジュアルな服装をした若い男女だった。虎族であろう。二人とも背が高い。女は薄い茶色のパンツに濃い太いベルトをしめ、シャツの上に赤いニットガウンを羽織っている。虎族の美人というのは、鼻が高いし、唇が大きい。その上、ブルーの瞳にきらりと鋭い光を放つ。
女は吾輩を見て、言った。
「ねえ、猫族が歩いているわよ」
吾輩はその言い方に何か嫌なものを感じて、猫だって足があるんだから、そりゃ歩きますよ。そんな当たり前のことがあなたには分からないのですかと内心思ったりしたものだ。
男は「でも、金色の服を着ているから、銀河鉄道の乗客なんだろ」と答えた。
男は花柄のあるパンツに上は白のTシャツにブルージャケットを着ている。男は肩幅が広く、腕がおそろしく太い。黄色い髭が顔じゅうにはえ、その髭の森から二つのつぶらな瞳がのぞいている。
「本来なら、胸にバッジをつけるのにね」
「そうさ」
「猫族って、何かいやーね」
嫌な話をしているのはそちらではないですかと、礼儀の知らない奴だと吾輩は言ってやりたかったが、二人はいつの間に、向こうの方に行ったしまった。
通りの横には、樹木の枝のように、沢山の小道が伸び、そしてそれはまた狭い路地になる。
狭い路地は華奢で優雅な動物にデザインされた家にはさまれてはいたが、そこも亦、迷路のように、入りくんでいた。そして、その路地には、たいてい本物の猫がうろうろしていたり、時には瞑想しているように、座っている。
それは迷路そのもののようで、時にはレンガ色の石畳の坂があったり、西洋風の教会があるかと思えば、古色蒼然たる神社や広い境内のある寺があった。
そよとした南風が吹き、やわらかい空気が好もしく、隅の花壇にある花は宝石のようにまばゆい色と光を周囲に放っていた。
神社の鳥居のそばには、井戸があり、あちこちに清らかな水がこんこんと湧きだし、道の土をぬらしていた。どこからか、ショパンかと思われるピアノの音が聞え、歩くのも心楽しい町だった。
さっきとは違う真っ直ぐな大きな土の通りに出た。硝子窓のある洋風の家が多かった。コンビニの透明なガラスの向こうに、週刊誌を立ち読みする背の高い青年がいた。スーパーもあり、歯科医院もあった。交差点には、レンガ色の壁のドラグストアがあり、その横にそば屋があった。
やはり車も通らず、人も少なく、静かな街だった。
街灯には、まだ明りはともっていなかったが、一番てっぺんに、丸い黄色い石がトパーズのような高貴な光を放っていた。
下の方には、ブルーの花がかごに入っていた。
歩く人々は虎のような顔立ちをしていた。猫族の人と虎族の人は微妙に違う。猫のような顔立ちの人達は胸にバッジのようなものをつけていた。例の「猫族」という奇妙な文字の書かれたバッジである。
虎族のような人達は、猫族よりももっと威厳と品性を持ち、本物の野獣の虎と違って、おっとりと優雅な雰囲気を持っていた。
ところが、山吹色のポストのある郵便局を過ぎたあたりから、険しい表情をするトラ族の人達が急に増えた。どうも制服を着ているので、兵士や役人めいた連中が目につくようになったせいかもしれない。
吾輩、寅坊は虎族の人の表情に急に不安になり、なんとなく、周囲が緊張した感じになっていることに不安になり、よくよく周囲を見回した。町の特殊な美しさも、静かな夢のような静寂な街路も安どの気持ちにならなかった。
ぞろぞろと行列を組んで歩かされている猫族の人達の胸に、茶色のバッジをつけている集団を見た。茶色のバッジには、「猫族の悪人」と黒で書かれていた。周りには銃を持った虎族の兵隊が黄色い軍服を着て、厳重に監視している。吾輩はどこかで、見たような光景だと思った。
そうだ、ナチスに連行されるユダヤ人の姿によく似ている。
「迫害されたユダヤ人を連想させる」と吾輩は言った。
「そうさ。おそらく、この猫族の人達も収容所に連れて行かれるに違いない」と吟遊詩人は悲しそうに言った。
「ドミーがいる」とハルリラが叫んだ。
「え、本当」
「ほら、母親と一緒に」
背の高いでっぷりした猫族の男の影になるところに、ドミーと母親が歩いているではないか。ああ、すっかりやつれた姿と青白い顔をしている。
森から出てきたばかりの妖精のような彼女の何という変わりよう。
吾輩は思わず、彼女の方に走っていた。
が、吾輩はトラ族の軍人によって、行く手をはばまれ、銃をつきつけられた。
ハルリラが剣をぬいて、吾輩の隣にきたが、ハルリラには別の兵士が銃剣を突き付けた。
ハルリラは剣で、その銃剣を払いのけた。
すると、十人近い兵士がかけつけてきて、「何者だ」と一人の兵士が言った。
「知人がこの沢山の人達の中にいたから、驚いただけですよ」と吟遊詩人が言った。
「そうか。ところで、貴様は囚人服を着ているな。ヒト族のようではあるが、この猫族の行列の後ろに並ぶのが良いのではないか」と兵士の上官が言った。
その時、緑の目をした知路が現われ、笛をふいた。周囲の者があっけにとられていると、詩人の服はいつの間に金色の服に変わっていた。
兵士の上官は知路を見ると、なぜか、尻込みをして、慇懃な言葉で、「ご苦労様です」と言って、敬礼をした。
兵士達は行ってしまったが、そのあとも、我々が猫族の行列を見守っていることに変わりなかった。
我々は茫然と立ち尽くしていたのだ。それほど、凄まじい猫族の行列である。ドミーは既に列の先の方に歩いている。
顔だけが、吾輩と同じ猫族の顔をしている人達で一杯だ。吾輩は悲しみにひしがれた。同輩が何故に引き立てられていくのか、分からない。自分も銀河鉄道の乗客を示す金色の服と胸のポケットに持っている銀河鉄道の乗客のカードがなければ、同じ運命にあうかもしれないのだ。
こんなに神秘で美しい町に見る残酷な光景に、吾輩は驚いていた。
町の街路には、猫族の人達が充満していて、彼らはカバンを持ち、子供の手を引き、黄色い顔に憂鬱の表情を浮かべ、うなだれるようにしている。そうした猫族の人達の悲しい集団がうようよと歩いていくのを、吾輩は見て、胸が痛んだ。
ああ、わが愛する猫族の人達よ。何も悪いことをしていないのに、ただ、猫の顔をしているというだけなのに。猫の先祖がネズミにだまされて、神様の元旦召集に遅刻したということで十二支に入れなかったというだけで、こんな目にあうとは。十二支に入っていないのはライオン族やチーター族など他にもいるのに、猫族だけが明日のいのちすら、分からぬ列車に連れられていくのだ。大人も子供も老人も。美しい男も女も。ただ、猫に似た顔をしているということのために。
我々はたちつくし、ぼおっと見守るしかなかった。ハルリラの剣も二百人はいると思われる銃剣の前に、引き下がらざるを得なかった。
「こういう緊急時の魔法の習得をサボっていたことが今になって悔やまれる」とハルリラは悔し涙を出した。
「これは忘れてはいけない宇宙歴史の事実だ。差別の理由などないに等しい。
無理につくっているのだ。祖先の違いだとか、肌の色だとか、民族の歴史の違いだとか。悲しいことだ。こういうことをなくすためには」と吟遊詩人がつぶやいた。
吾輩の耳にも最後の所がよく聞き取れないほど、小さな声だった。
「川霧さんは、ヒトは皆、兄弟という考えを広めることが大切と言うのでしょう。」と知路が言った。
「冗談言うなよ。魔界の女のくせに」とハルリラが言った。
「川霧さんの詩とヴァイオリンはいつも遠くから聞いているの。こういう詩を書く人の気持ちとあたしのは波長が合うのよ」
「ハルリラ。この女の人は私を助けてくれたのだよ。お礼を言うのが礼儀だ。もしかしたら、知路さんは何かの事情で魔界と縁を持ってしまったので、魂は綺麗なものを持っているのだよ」と吟遊詩人は言った。
「ありがとう」と知路は涙を流して、一瞬のうちに消えた。
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