今、私は
末期癌が 自然に治った人の友達からのメールを
読み終えたところです。
涙が溢れて、PCの画面が よく見えません・・・
家族が、病気になられて 苦しんでいらっしゃる方は
たくさん いらっしゃるはずです。
私に、何か 少しでも お役に 立てるなら・・・と思い
あなたは、どれだけ働いてきたの?
と 何人の方にも聞かれましたので
私の人生の一部も含めて 記事に 残して おこうと思います。
私が、初めて 正社員として 働いた会社は
製薬会社の 営業事務でした。
その関係で、必然的に 病院とも 関わってきました。
薬の知識
数々の病院の内部など 色々と 見てきました。
一本の電話の
言葉一つ
聞き間違えたら、人の生死に 関わる世界
どんな仕事でも、責任重大ですが
今 思えば 人の生死に 密接に関わる その時の仕事が
一番 私の心の中に 残っている仕事 かもしれません。
私の 祖父母は、癌で亡くなりました。
今年の夏
知人のお父様が 体調を崩されて 病院に行かれ
癌で 余命 2週間と 告げられました。
人は、いつか 命に 終わりが くるものですが
お別れは、 とても悲しいです。
言葉にならない 寂しさ・・・悲しさ・・・
癌が、治るものなら 治して
まだまだ 家族と共に 生き続けたいでしょう ?
癌は、以前から 自然に治る病気 だったみたいです。
日本で初めての 心療内科 開設者
池見 酉次郎 博士
癌が 自然に治った
五人の患者さんを 心身医学的に 分析した
1957年の 医学論文 には
「この五人に 共通していたのは
癌になっても まだ命があることに
深い感謝を 示しておられたことだ。」
と 書かれてあるそうです。
癌 完治のキーワードは、感謝?
感謝と 病気について
このように、書かれてある本が ありました。
感謝の心が 病気を遠ざける
病気を したくなかったら
まず 感謝して下さい。
ありがたい とか ありがとう という言葉を
出せるような生活を して下さい。
感謝の心を 持てる人
それを 口に出して 言えるような人は
病気に なりにくいのです。
なぜか というと、こういう人は
人を責めたり
憎んだり
怒ったりする 傾向が 少ないからです。
そういえば
末期癌が、自然に治った方の 友達からのメールは
何かをしてもらったから、ありがとう というのは
感謝の入り口
感謝は
当たり前のように 見えるものに 感謝できて
初めて 本物になるんだ。
このような言葉で、締めくくってありました。
ありがとう と 感謝 ?
私は、どれだけ 出来ているだろう?
感謝は、本当に 奥が深いものと思います。
道なお遠く 状態の私ですが
ありがとう
幸せです
という言葉を中心に生きる!
言葉を 徹底的に プラスに変える!
と 決意してからの
約5年を 振り返ってみました。
① とにかく、「ありがとう」 を口癖にして 生きようと 実践して
② 特に、感謝が不足している事柄 対象が
自然に思い出せる 段階が来て
③ ① ②を維持しながら
次は、積極的に 対象者 対象物に対して
ありがとうを 続けると 幸福が 増大しました。
④ 一番大切なことは、今の自分の感情と、わかってきました。
幸せは
どこかにある ものではなくて
今 自分の中にある ものだった。
自分で、感じる ものだった。
けれども、そのことを すぐ忘れてしまって
OOが あったら、しあわせ とか
OOに なれたら、しあわせ とか
思ってしまう度に
どうして、OOが欲しい と思ってしまう 自分なのか?
その感情は いつから 発生しているのか? を自分に問い
発生原因となっている 自分の過去を 見つめ
今の この環境で 何を学ぶ 必要があるのか
そのように考え
その中で 気づき という宝物を
たくさん 得ることができた 日々でした。
私は、今 一人で 食事をすることが 多い生活です。
だから、誰かと一緒に 食事ができる時は、わくわくします。
そういう時は、
人と共に 生きていけること そのことが 幸せで
自分ではない 誰かの存在そのものが 幸せで
一人ではない幸せを すごく感じられるから
誰かがいてくれる ありがたさを とても感じられるから
日本に世界に たくさんの人が 生かされていて
みんな繋がっているんだなぁ という幸福感で いっぱいです。
大家族が、大変だと思った時は
どうして、こんなに 人間が 家の中にいるのかしら???
周り中 親戚だらけで
一日中 見張られているような状態が 嫌でしたが
病気になって
家の中に 誰もいない、会話もできないということが
どれだけ 孤独で 心細いかが 身にしみると
今は
家族と共に、食卓を 囲めていた時代が とても懐かしくて
家族の存在 そのものが ありがたくて
家族が 多いことは、幸福なことと わかりました。
口の中に
食べ物を 自力で 入れることも 出来なかった時は
自分の歯で
食べ物を 噛んで 食べれるようになった日
なんて、幸福なんだろうと 思いました。
病気の時、食べることさえ できなかった。
そんな時を 経験して
食事が出来る そのこと自体が
実は、とても幸福なことと わかりました。
絶対安静で
ベッドから 一歩も 降りてはダメ
起き上がったら いけません。
と言われた時
自分の足で、地に足をつけて 歩けることが
どれだけ幸せか
お買い物に 行ける幸福
見たい映画を 観に行ける幸福
トイレに 歩いて行ける幸福
お風呂に 入れる幸福など
当たり前のことが 出来ていた日々は
当たり前では なかったんだ ということを
思い出せた 幸福な時でした。
それでも、喉元すぎれば ・・・
健康 ということの 感謝
自分以外の すべての他人の存在 ということの 感謝
当たり前のように 思えるものへの 感謝を
ついつい、忘れてしまっています。
こんな時に、私が 思いだす言葉は
「 愚者は 経験に学び、賢者は 歴史に学ぶ 」
初代ドイツ帝国宰相 ビスマルク
Bismarck (1871年 - 1890年)
この名言は
竹下登 元首相が、座右の銘に されていたそうです。
このように、なれるように 努力あるのみです。
さらに・・・
末期癌を 克服された方の言葉
「 感謝は
当たり前のように 見えるものに 感謝できて
初めて 本物になるんだ。」
この言葉の先に 何があるのだろう?
と 思いめぐらせた時 「 成功 」という2文字が浮かびます。
成功 と 感謝 ?
この二つの言葉について
私が、いつも 忘れないようにしている 次の言葉があります。
「本当の成功とは
目に 見えるものだけでなく
目に 見えないものに
どれだけ 感謝できるか である。」
目に見えないものを どのように捉えるか
人それぞれ違うと 思いますが
家族から愛されていること
友達から、愛されていること
何よりも大切な 唯一の人から、愛されていること
というような、人と人とを 結びつける
温かい優しい感情と、私は 捉えています。
結局
全ての事 全ての人に
どれだけの 「 感 謝 」 の心で、「 今 」を 生きられるか が
「 成 功 」に 結びついていくもの と思うのですが
感謝の深さ
感謝の高さ
感謝の広さ
いくら、感謝しても はい! これでOKです。
という 段階が ないです。
この感謝が、高度になればなるほど
その人の 持たれている愛が 拡大して
それが 成功に 結び付き
大勢の方々に、感動を プレゼントできる人になれる。
責任を取れる 範囲の拡大 = 認識力の高さ = 影響力 = 人格
と 正比例するのでしょうね。
限りがない感謝
私の生命が 終わる日まで
どこまで深め、拡大し、向上できるでしょう。
果てしないですが
やりがいが ありますね。
どこか 彼方にある幸福を 求めるのではなく
今 与えられている時間
今 与えられている環境
今 与えていただいている全てに 感謝して
いつも、感謝が
たくさん存在した心で 生きていけるように
努力し続けます m(__)m
今回は、末期癌が 自然に治った方の言葉が
病気の悲しみ 苦しみの中にいらっしゃる方々の
何らかのヒントになれば
と思い、記事にさせていただきました。
健康を 崩されていらっしゃる 全ての方が
感謝が 足らない というのではなく
寿命も あるでしょうし
早く天国に 帰られる人生を 予定されて
生まれ変わって いらっしゃる方も あると思います。
けれども
多くの方々が、出来るなら 病気とは 無縁で
健康で イキイキとした 毎日を 過ごされますよう
心から願います m(__)m
最後に
今日 ご紹介させていただいた
ビスマルクさんの名言と 逸話のご紹介です。
名言
歴史が 証明するところによると
逃した機会は 二度と戻らない。
逸話
沼に嵌って溺れている友人から
助けを 求められたところ
銃を 向け
その沼は、底なし沼なので 助けようとすれば
二人とも 溺れ死んでしまう。
せめてもの友情で、
苦しまないよう 一発で殺してやる。と言い放った。
驚いた友人は
懸命に泳ぎ 自力で 沼から 這い上がってきた と言われる。
この話が、実話かどうかは 確認されていないが
冷静で 計算高く 目的のためには 荒っぽい手段も 辞さない
ビスマルクの手腕を示す 逸話として残っている。
私は、この逸話のような 思考と行動をする人間です。
ここまで、極端ではないですが(笑)
単なる人情で、人に手を貸し
自他共に 不幸になる道は 選択しません。
優しさは、時に
相手を 真実の幸福から 遠ざけることがあると思うからです。
ビスマルクさんのような 行動をしなかった為に
私の父は、人を助けようとして 自分の方が重傷になり
長期 仕事ができない体になりました。
その時から、家族の生活は 一変しました。
私は、10代半ばから 学校に通いながら
一度に、いくつもの仕事を掛け持ちして
365日 朝から夜中まで
毎日 数時間睡眠で 働き続けの日々を 生きていました。
今から思えば、そのおかげで
ここにすぐ 書ききれないほどの 色々な業種経験と
大勢の方々との ご縁をいただけたので
ラッキーな 人生だったと思います。
私は、自分の 今までの人生を
後悔したことは 一度も ありません。
働き続けた人生を、不幸な事と思っていませんが
父が、健康な体のままでしたら
今の私の人生も 変わっていたかもしれない とは思います。
父が選択した そのような経験から
大きな気づきを 実体験で いただけた私は
自他共に、転落するような道は 選択しません。
智慧を使い
両者が、幸福になれる道を 選択できるよう努力します。
また、私が あえて手を貸さないという話で
少し 例えが 違うかもしれませんが
以前、色々な親子さんを 見させていただいていた時
自分で靴を 履きたがっている子供さんの親の
約95%の方が、子供に 親が靴を履かせていました。
子供が、自分で 履けるようになるのを
少し待てる 心の余裕があれば
親が 手助けしなくても
子供は 自分一人で靴が 履ける時期が早くなり
親の時間が増え
子供は、自分の力で出来たという達成感や 喜び
親から、いつも信頼され
あたたかく見守られているという安心感から
色々なことが 早く出来るように なるのではないか?
と思います。
このように、私は
相手の方が
自力で 幸福がつかめる努力が 出来るように
真実の成功が 出来るように
お手伝いをさせていただくことが
真に、自も他も 生かす道だと 思っています。
今日から、11月になりました。
みなさまが
優しいご家族と、素敵なお友達と
美しい 幸福な 秋の日々を 過ごされますように (*^_^*)
ありがとうございます。