「傾国のラヴァーズ」

ボディーガードの翔真は訳有の美青年社長・聖名(せな)の警護をすることに…(閲覧者様の性別不問) 更新情報はX🐦にて

小説「傾国のラヴァーズ」その21・働く彼

2022-11-22 23:14:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
気持ちを切り換えなければ、と思いながらも、俺はまだモヤモヤしていた。

 しかし、すぐに、昨日言われていた、お得意さんとの打ち合わせに同行した。
 
 議事録の自動作成ソフトのデモも兼ねていたので、新人秘書という設定の俺はノートPCの動きを見ていればよかったので助かった。
 
 彼の方は、朝のあの暗さが信じられないほど、明るい表情で、慣れた様子で笑いも取りつつ商談を進めていた。相手方の担当者たちも笑顔で、いいムードだ。

 そして、彼は今日の案件もソフトの開発の仕事も受注することになったのだった。


 しかし、会社への行きも帰りも、彼は無言だった。俺としては明るい雰囲気にしたかったのだが、ここは彼に任せることにした。


小説「傾国のラヴァーズ」その20・夜中の電話に期待する

2022-11-20 23:51:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
 でも俺はどうにか、
「誰にも言いませんが、もし、僕ができることがあったらいつでも連絡してください。今みたいに話を聞いてほしい、っていうのでもかまいません」
 夜中でも大丈夫ですから、とまで言うと、彼の横顔が少しほころんだように見えた。

 大変なことに巻き込まれたら面倒だな、とは思ったが、夜中に彼の声を聞けたら嬉しいかもしれない、などとおかしなことが頭をよぎる。

「それじゃあよろしく頼みます」
と、彼はものすごく神妙な顔で俺に頭を下げると、駐車場へと降り立った。

「…社長、皮膚科に行った方がいいですよ。畑に行った時とか、外来種の虫でも連れてきたんじゃないですか?」
 
 社長室で高橋専務に言われると、彼は、
「僕もそう思うんだよ」
と、さっきとは打って変わって落ち着いた様子で答えていた…


小説「傾国のラヴァーズ」その19・謎の人脈

2022-11-20 07:57:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
 しかし彼は、
「いや、それは無いんだけど…」
と答えてはくれたが、その声に、俺はためらいのようなものを感じた。
「…その…向こうは僕のことを気に入ってくれてるのかもしれないけれど、酒が入ってからの説教というか指摘が長いしつらくて…いつもお前は駄目だとか、どういう仕事やってるんだとか…」
 まずは聞くことに撤することにした。
 俺に話せたことで少し気が楽になったのか、彼は安心したように、でもまっすぐ前を見たまま、
「向こうは後輩を育てているつもりなのかもしれないけど、僕としては古い考えで的外れなことばかり言われてる気がして、苦痛で…」
 
 それでも今後の仕事の展開を考えると切れない相手なのだろう。
 門外漢の俺が想像するより、かなり社会的地位のある人間なのかもしれない。
 でも、彼は祖父のコネなど使うような人ではないようだから、彼自身のバイタリティで得た人脈なのだろうが…
 
「でも、その人のことは誰にもまだ知られたくないんだ。だから、海原くんの胸にだけおさめておいてほしいんだ」
 俺は昨日知り合ったばかりの人間だし、仕事上守秘義務があるということで話しやすかったのだろう。
 しかし、
「わかりました。誰にも言いません。ですが、相手から脅迫とか襲撃されるようなことは…」
「ああ、それは大丈夫。そういう人ではないから」

 …ならば、その首すじのキスマークのようなものの正体は何なのか、俺に指摘された時、どうしてあんなにうろたえたのかと俺は知りたくなる。

 …なのに、それを冷静に切り出せない。
 そしてそんな自分を持て余していることに、俺は困り果てている…


小説「傾国のラヴァーズ」その18・二人だけの秘密

2022-11-19 23:13:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
 自分でもお節介なことを言っていると俺は思うのに、彼は無言ではあったが不愉快そうな様子も見せず…でも困っている様子ではあった。

 車が動き出すと、助手席の彼はうつむいて、
「…ゆうべ、海原くんが帰った後のこと…海原くんだけの秘密にしてもらうことはできない?」
「えっ?」
信号待ちの時で良かった。
 俺は確かにモヤモヤしていたけれど、仕事上、内容による。
 まあ俺ひとりにでも打ち明けようとしているだけでもましなのかもしれない。

 そして俺は、個人的にも知りたいと思っている。
 何かに失望しながら…そしてそれに驚きながら…

「わかりました。教えて下さい」

「ゆうべは…あの後、本当は先輩に呼び出されて飲みに行ったんだ。ちょっと遅くまで引き留められた」
「それで…先輩というのはどういう関係の方ですか?」
「農業関係の偉い人としか言えない」
「そうですか」
とは言っても、秘密というからには何かあるのだろう。
「高橋さんはその人のことやお付き合いのことは知ってるんですか?」
「いや、一切話してない」
 そこで俺は嫌なことに考えが至った。
 
 まさか…
 俺は言葉を選んで訊いた。
「あの、パワハラで暴力を受けてるとか、ですか?」

 本当は、彼が逆らえない立場なのをいいことに、セクハラとか…それ以上のことをされているのでは…俺は真っ青になった。


小説「傾国のラヴァーズ」その17・どうして俺は

2022-11-18 23:32:00 | 傾国のラヴァーズその11~20
 それでも彼は、
「ゆうべちょっと寝るのが遅くなっただけなんだけどな。あの後、調べものに夢中になっちゃって」
と、出かけようとする。
 俺はそれよりも彼の首すじの、多分キスマークと思われる赤い痕の方が気になって、言葉を選んで尋ねた。
「首、どうしました? 虫刺されか何かですか?」
「えっ?」
 俺の予想に反して、彼はものすごくうろたえた。
 冗談めかして、「その辺は察してよ」くらいに言ってくれると思ったのに。
「そんなに目立つ? ええっ、どうしよう?」
「絆創膏か何かで隠せれば…」
 
 俺にも動揺が移ってしまい、彼と一緒に玄関に上がって洗面所についていってしまった。
「ほんとだ」
 鏡で確認すると彼はすぐに絆創膏を二枚貼って痕を隠した。
 更にまとめていた髪もほどいてしまった。
「これで目立たないかな?」
 目をそらしたまま、彼は訊いてくる。
 俺は、
「後から皮膚科に行った方がいいんじゃないですか? 外来生物に刺されたとかかもしれませんよ」
「うん。そうする」
 俺はなぜか複雑な気持ちだった。