「傾国のラヴァーズ」

ボディーガードの翔真は訳有の美青年社長・聖名(せな)の警護をすることに…(閲覧者様の性別不問) 更新情報はX🐦にて

小説「傾国のラヴァーズ」その7・楽しい帰り道

2022-10-30 20:58:00 | 傾国のラヴァーズその1~10
「病院で聞いてた通り男が生まれちゃって、別の名前を考えるのが面倒で、字だけは男っぽく聖名に変えたそうなんだ。二人目の父親のだから今の苗字も嫌いだし…名前は全部変えたい」
 どうせ今の名前はビジネスネームとして残せるし…
 彼の横顔は本当に寂しそうだった。

 午後からは社長室で、専務の高橋さんと3人でデスクワークだった。高橋さんは社長より15歳も上だが、二人は会社設立前からの同志なので、本当に仲が良いようだった。
 自分は、昨日警備会社の先輩が残したセキュリティの資料を検証したり、自分も資料を作った。

 退社時間が来て、俺は当然、彼を車で自宅まで送った。
 
 マンションまでの帰り道、助手席の彼は笑顔で、
「初日、疲れたでしょ?」
「ええまあ、緊張しますね」
「明日、営業で外出するんだけど、やっぱりついてきてもらった方がいいよね」
「そうですね」
「高橋さんは新人秘書の体で打ち合わせの部屋にまで入ってもらうべきだっていうんだけど、入ってくれる?」
「はい。大丈夫ですけど…怪しまれませんかね」
「それは大丈夫だから」
 本当にいったい彼は誰に狙われているのだろう。ボディーガードの俺は悩む。

「傾国のラヴァーズ」その6・望まれない息子

2022-10-29 21:03:00 | 傾国のラヴァーズその1~10
 意外と食べ方が男っぽい彼を見ていると、この人に凶事が降りかかるとしたら、その理由は何なのだろうと思う。
 しかし、結局はアメリカとの輸出入交渉などに失敗して失脚した成田貞次である。
 成田の名前を使って欲しくない与党の自憲党の圧力か?
 今さら成田の名前を使って欲しくない旧成田派「緑雪会」?
 それとも、逆に使ってでも票が欲しい人?
それらを快く思わない闇の組織?
 自分だってわからないのに、俺はこの目の前の美少年な社長には幸せになって欲しいと思った。

「…社長、ごちそうさまでした…」
 食事を終えて店の外に出ると、親子連れが店に入ろうか悩んでいる様子だった。
 気がつくと両親に連れられた5歳くらいの女の子、ブルーの可愛いレースワンピに縦ロールの髪のおませそうな子を彼がまじまじと見ていた。
 俺は少し怖くなって声をかけた。
「まさか社長のタイプとか?」
「違うよ違う…」
と彼は笑ったが、すぐに寂しそうにつぶやいた。
「…3歳くらいまで、僕はあんな感じの女の子の格好させられてたんだよ。祖母も母も女の子が欲しかったから」
「えっ?」
「名前も聖奈って決まってた」


「傾国のラヴァーズ」その5・彼とのドキドキランチ

2022-10-27 22:20:00 | 傾国のラヴァーズその1~10
 と、電話を切ると高橋さんからと彼はいたずらっぽい目で俺に笑いかけてきた。まるで大人の束縛から逃れたことを喜ぶ子供のように。俺を仲間と思ってくれているようで嬉しかった。王子様のご学友にでも選ばれたような、経験したことのない楽しさだった。
 その後、俺は下のフロアで30人位の社員に「新規事業の企画立案に協力してくれる技術者」として紹介された。
「今日からはこちらの海原さんも社長室で作業することになったので、みんなよろしくお願いします」
 疑う様子もなく、若いみんなは温かく俺を迎えてくれた。

 彼が俺を連れて行ってくれたのは、近くの新しいビルの中の、有機野菜がメインのレストランだった。ランチにしてはお高めのようだったが明るい窓際の席で向かいあうと、
「コンビニ弁当になりがちだからたまにこういうところに来るようにしてるんだよね」
 …気づけばここまで彼のペースで来てしまった。もう自分の仕事は始まっているのにと俺は反省する。その沈黙を彼は誤解したらしく、
「いや、うちの会社は小さいけどブラックじゃないよ。福利厚生だって頑張ってるんだから」
 この人はふくれっ面まで…可愛い…

 そう思ってしまう自分が怖い…悟られないようにしなければ、とドキドキする。
 目の前の彼は男性なのに。
 今日はこれまでにない感覚ばかり。それだけにこんなのんびりした時間に彼が襲われでもしたら、と考えると胸が痛んだ。
 いつも以上に可能性が多いからだ。



「傾国のラヴァーズ」その4・ボディーガード

2022-10-26 22:37:00 | 傾国のラヴァーズその1~10
 そうなのだ。
 この人は成田貞次のたった一人の孫なのだ。

 成田の正妻には娘が一人いるだけで、その人は父親の愛人に失望して婿は取らず他家へ嫁ぎ、子供はいない。だから今は成田の姓ですらない。
「成田の苗字は、遠い親戚に養子縁組で会長が手に入れるみたい」
「今の鈴崎の苗字もいい苗字と思いますが…選挙ならやっぱり成田の苗字で、ってなりますよね」
「うん。でも僕はもちろん政治家になる気はないし」
 それなのに矢野会長はどうしてボディーガードなんかつけることにしたのだろう。
 そんな俺の気持ちを読みとったかのように、
「矢野会長も何を考えてるかわからない。駆け出しのベンチャーの社長にボディーガードつけるなんて」
「無言の圧力でしょうか」
俺がそう言うと、彼もにやりと笑い、
「やっぱりそう思う?」
 彼の笑顔は本当に優しく美しく人懐っこかった。

 いつの頃からか、日本では総理大臣にまで庶民はルックスの良さを求めるようになっている。最近では能力の無さそうな世襲議員に対してもだ。そんなことが頭がよぎる。
 
 と、
「僕の笑い方、変?」
「いえ…社長はイケメンだから選挙には勝てそうだなって」
彼は大笑いして、
「そんなこと言っても何も出ないよ。でも今日のランチくらいはごちそうするよ」
 訳もなく、やっぱり友だち関係になれたらいいのになと俺は思った。

 その時、社長席の内線電話が鳴った。
「はい。昼は海原くんと<あぐりランチ>で食べてくる」




「傾国のラヴァーズ」その3・闇の三代目

2022-10-25 18:26:00 | 傾国のラヴァーズその1~10
 その後が、この彼本人の苦労と実は俺は聞いてきたのだが…

「母は遊び足りない女の子で、子育てなんか全然できなくて、とうとう祖母に泣きついたそうなんだけど、祖母も成田先生との生活優先で母のことはお手伝いさん任せだったからできなくて。そのうち、母は諦めて僕を家に置いたまま出かけるようになって。夫と、とか、離婚の後は色んな男友達とか、二人目のダンナとかと」

 本人は淡々と話すが、聞いている方は気の毒で仕方なくなる。

「で、前から僕が家で一人で泣いてるのを知ってた近所の人がその日はとうとう警察に……警察に連絡してくれて。で育てられないって母と祖母でオレを押し付けあって…」

 結局、彼は児童養護施設に入ることになり、その後小学校入学の前に里親に引き取られた。
 この里親たちの存在が、俺には不透明だったので単刀直入に訊いてみた。
「その方が矢野さん?」
「そうそう、でも親戚じゃないんだ。祖父の後援会長だった矢野さんの長男夫婦。会長夫妻は高齢だったから」

 里親の二人のことはおじさん、おばさんて呼んでた。息子が二人いたんだけど、もう独立してて、たまにしか会えなかった。でもみんな優しかった。

「でも僕は、他人の家にいるのが申し訳なくて、中学を出たらどうにか働いて独立するつもりだった。そしたらその家の大人みんなが、せっかく成績がいいんだから大学行け、協力するって言い始めて。矢野会長がお金は自分が出すって断言して。祖母も母もその話に乗ってしまって」

「どのロが言ってるって僕は思った。でも僕は勉強が好きで大学への憧れもあったから、学費は大人になってから返すつもりでその話に乗ることにしたんだ」
 そしたら、上座に座ってた会長が、
「頼んだよ。成田先生の跡取りは君しかいないんだから、って」