佐賀大学病院放射線科アンオフィシャルブログ ~さがの読影室から~

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IMRTについて

2008年01月23日 23時17分57秒 | ホームページ 放射線治療について
IMRTとは、Intensity Modulated Radiation Therapy(強度変調放射線治療)の略語です。読んで字のごとく、放射線治療の一つのモダリティです。最近の前立腺癌に対する放射線治療の増加に伴い、一般の患者さんも、よくこの言葉を口にするようになりました。ただ、まだまだ言葉先行であり、この治療法に対する正しい認識をもっている方は少ないようです。


そもそも、IMRTと従来の放射線治療(以下従来法と省略)との違いはどこにあるのでしょうか?


方眼紙に10cm×10cmの正方形を書いてみましょう。この正方形のなかには、1cm×1cmの正方形が100個含まれています。従来法は、一回の治療では、この10cm角の正方形の内部に均一な放射線を当てることしかできませんでした。しかしIMRTでは、一回の治療で、この10cm角の正方形の中に含まれる1cm角の正方形ごとに、違った量の放射線を当てることができます。(あくまでもこのサイズは例え話の上でのサイズです)

これを応用することで、病気の形が円形でなくいびつな形の場合にも、その形に合わせて均一な放射線を当てることが可能になりました。また、病気のすぐそばに放射線をあまり当てたくない臓器があった場合に、その部分をある程度避けてかつ病気の部分に十分な量な放射線を当てることが可能になりました。

このIMRTという方法は、現在のところ、主に前立腺癌や頭頸部癌を中心として行われています。

前立腺のすぐ背側には、直腸という放射線に比較的弱い構造があり、前立腺癌を根治させるだけの放射線の量を当てようとすると、どうしてもある一定の確率で直腸粘膜に障害を起こすため、直腸出血のコントロールに難渋することがあります。IMRTを用いれば、直腸への線量を低下させることができ、副作用の頻度を下げることができます。また、従来法では、直腸への副作用を懸念して、前立腺そのものへの線量もある程度加減していましたが(70Gy程度)、IMRTを用いれば、直腸への副作用の可能性が低下した分、前立腺への線量を増加することができます。(80Gy程度)

頭頸部癌の場合は、咽頭部や頸部リンパ節領域の近傍に耳下腺、顎下腺といった唾液腺があり、頭頸部癌を根治させるだけの放射線の量を当てると、唾液腺障害による唾液の低下は必発です。唾液が低下すると、口の渇きを自覚するだけでなく、味覚が変わる、嚥下が困難になる、虫歯になりやすいなどの色々な症状がでてきます。IMRTを用いれば、唾液腺への線量を低下することができて、副作用の頻度が下げることができます。



とここまでは、IMRTの光の部分を書いてきました。しかし、なにごとにも光あれば影ありです。

まずは、従来法であれば、照射野内に均一な線量が当たるので、照射する方向とブロックの形だけ考慮すれば、放射線治療に携わる人間であれば、頭のなかでおおよその線量分布図を描くことができます。しかし、IMRTになると、照射野内にばらばらな線量が当たることになるため、その線量分布図を人の頭で想像することは不可能です。コンピューター任せ、つまりブラックボックス化しています。コンピューターがはじき出してきた方法は、本当に正しいかどうかはわからないため、検証が必要となります。つまり、患者さんに実際に行う前に、やろうとすることリハーサルで行う必要があります。このデータ取りと解析に非常に長い時間がかかります。(慣れた施設でだいたい10時間程度)朝から夕方まで患者さんを治療して、それから一日平均2時間の残業を一週間行ってやっと本番にこぎつけることができます。非常に現場に負担を強いる治療法であることは間違いありません。


次に線量率の問題があります。仮に従来法で300cGy/分の線量率で治療を行っていると仮定します。IMRTでは、照射内にばらばらな線量を当てるため、照射中にブロックが動きながら割合を調節しています。このため、平均すると30cGy/分程度の線量率ということになります。300cGy/分で1分間の治療と、30cGy/分で10 分間の治療、放射線生物学の知識がある方ならこの効果に差があることは容易に理解可能な話です。知識のない方でも、100kgの荷物を1m移動させるのと、10kgの荷物を10m移動させるのにどちらが体力を消耗するかということを考えていただければ想像可能かもしれません。つまり、正常組織への負担も軽い代わりに、病気への効果も同じ線量であれば劣る可能性をはらんでいるということです。


また従来法では、治療中の臓器の動きはあまり考慮する必要がありませんでした。照射野内は均一な放射線があたるため、少々移動したとしても、あたる放射線の量に変わりがないからです。しかしIMRTでは、照射野内にばらばらな線量が当たるため、数mmの移動で、全く異なった放射線の量が当たることになります。前立腺は膀胱内の蓄尿の程度、直腸内のガス・便塊の動きで容易に移動します。また1分間程度であれば身体を動かさないことは可能であっても、10分間身体を動かさないことは、とても大変なことだと考えます。


最後に、IMRT専用の放射線治療装置があれば別ですが、従来法と兼用で装置を使用した場合、IMRTが長い時間装置を占拠してしまい、従来法がさばけなくなるといった弊害もあります。(いわゆるスループットの問題)市中病院でも放射線治療が普通に行われている都会ならともかく、限られた病院でしか行われていないような地方では、高精度の放射線治療を行うことが、骨転移などすぐにでも放射線治療が必要な患者さんの治療機会を奪うことにもつながりかねないという現実があります。



当院でも治療機器の更新に伴い、技術的にはIMRTが可能になります。しかしスタッフの数や従来法の症例数から考えると、なかなか容易に足を踏み出すわけにはいきません。

by hirako

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8 コメント

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Unknown (mune)
2009-06-02 23:04:23
いつもご紹介ありがとうございます。
ガイドラインは、なかなか読み慣れないので、なかなか…
でも、考えてみると、ガイドラインといえどもヒトが作成しているものである以上、なんらかの「意図」というのが働いているのかもしれないと思いました。
文章からそこまで汲み取れるようになると、本当の意味でのEBMを実践できるようになると思うのですが。
またよろしくお願いいたします
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ACRの前立腺癌放射線治療ガイドライン (ちゃしば)
2009-05-29 23:18:08
いつも拝見させていただいています。部外者なのですが、ついつい居心地がよくて・・すんません(^_^;)。

ところで、Red JournalにACRの専門委員会からの前立腺癌外部放射線治療に関する文章があったので、概略を紹介してあります。
http://www.geocities.jp/nekoone2000v/CFIMRTfiles/pelvis/ProstateRedJournal2009.html
一時期の無闇な線量増加競争とか、IGRT一辺倒の流れを多少、沈静化させようとする意図が感じられると思うのですがどうでしょうか?
試験対策に使うと、逆に間違えてしまうかもしれませんので、試験用と、実臨床用と頭を切り替えて御一読いただければ・・と思います。
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汗顔の至りです(^^;) (ちゃしば)
2008-05-10 12:43:12
ゎぁ・・びっくらこいた(^^;)。どうかよろしくお伝えください。
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勉強になります (mune)
2008-05-10 11:05:02
パワーポイントのご紹介ありがとうございました。
まずは専門医一次試験(今年からは認定医試験?)の勉強に活用させていただきます。
先日、好生館のW先生に放射線物理や生物学を教わっていたときにちゃしば先生のことが話題になりました(CFIMRTのサイトの常連らしいですよ)。
そこで、照射のアーティスティックな側面というのがあるということを知りました。
学生や、研修医もこのような面白さを伝えていけるように勉強したいです。
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専門医前ならばなおさら (ちゃしば)
2008-05-08 21:33:14
(なんだか、秘密の連絡場所みたいにしちゃって申し訳ありまへんです・・・大汗)

専門医試験で頭が痛くなりそうな放射線物理や生物学はとっつきにくいですよね。そんなとき、こういうのがあります。

http://www.geocities.jp/nekoone2000v/BBS/IAEA/IAEA_teaching_file.html

IAEAからは、営利目的でなければ有効活用してくれぃと言われてますのでよければどうぞ。勉強だけでなく、講義や各種講演会などでも使えると思います。
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いつもありがとうございます (mune)
2008-04-27 22:21:18
さっそく、サイトを拝見しました。
熟練集団にこそ潜む、様々なレベルでの危険というのは、全く考えたことがありませんでした。
治療、診断の専門に区別なく知っておくべき事例だったと思います(特に僕は専門医前なので)。
今後とも、コメントをよろしくお願いします。
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IAEAのファイル (ちゃしば)
2008-04-27 18:44:57
追記ですが、IAEAから世界的にも有名になった事例(でも、識者の間ではきちんとした対策について議論はなく、いわば闇に葬られた事例ばかりです)について解説されたパワーポイントファイルが公開されています。
非常に良い資料だと思いますので、よろしければご活用ください。

http://rpop.iaea.org/RPoP/RPoP/Content/Documents/TrainingAccidentPrevention/Lectures/AccPr_2.10_Accident_update1_WEB.ppt
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フランスのインシデント (ちゃしば)
2008-04-26 22:32:03
こちらなら目立たずにお知らせできるかもしれませんので(^^;)。
診断のほうから離れてしまっているので、リハビリがてらいつも興味深くサイトを拝見させていただいています。

日本ではあまり知られていないようですが、フランスで大規模な過照射事例が問題になっています。パターン的には『あぁ、またあれか・・』という原因なのですが、概略をまとめてみましたのでよろしければご覧ください。

http://www.geocities.jp/nekoone2000v/pages/YOTABANASHI/Epinal_incident.html

また、IMRT導入時のミスによるインシデントの報告もあります。

http://www.geocities.jp/nekoone2000v/pages/YOTABANASHI/France_Novalis_incident.html
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