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とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

デノスマブの転倒抑制効果ーa pooled analysis-

2020-06-06 16:13:46 | 骨代謝・骨粗鬆症
ヒト型抗RANKL抗体であるデノスマブは、RANKLと結合してRANKとの結合を競合的に阻害することで骨吸収を抑制し、脆弱性骨折を防止する骨粗鬆症治療薬です。Pivotal studyであるFREEDOM試験では大腿骨近位部骨折を3年間の投与で40%減少させることが報告されています。その効果は主として骨密度増加によるものであるとされていますが、①顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー患者に投与したところ、わずか24時間で握力増加と歩行能力改善が見られた(Lefkowitz SS et al., Am J Case Rep. 2012;13:66-8)②閉経後女性にデノスマブを3年間投与したところ、握力の増加が見られた(Bonnet N et al., J Clin Invest. 2019 May 23;129(8):3214-3223)などの報告もあり、筋に対する直接的な効果があるのではと考えられています。
この論文は5つのプラセボ対照試験のpooled analysisを行い、デノスマブの転倒に対する効果を検討してものです。対象となった研究は骨粗鬆症に対する3つの臨床試験と癌治療関連骨減少症(cancer treatment-induced bone loss, CTIBL) に対する2つの臨床試験です。プールされた症例は10,036例、男性が16.9%です。平均年齢は72歳で半数弱が既存骨折ありでした。6682例が75歳未満、3354例が75歳以上でした。デノスマブ群、プラセボ群の背景に差はなく、全症例の25水酸化ビタミンD3値の中間値は21 ng/mLでした。フォローアップ期間はデノスマブ36.0カ月、プラセボ35.9カ月です。
1度以上の転倒を報告したのはデノスマブ群4.6% vs プラセボ群5.8%(hazard ratio, HR=0.79, 95% CI 0.66-0.93)でデノスマブによる転倒防止効果は21%でした。5つの試験すべてでデノスマブ群で転倒は少なく、傾向は一定でした。Pooled HRはベースラインの年齢、大腿骨近位部骨密度、非椎体骨折の既往歴、地域をそろえても同様でした。デノスマブの効果は年齢と交互作用があり、75歳未満の方が有効性は高く、HRは75歳未満で0.65(95% CI 0.52-0.82)だったのに対し、75歳以上では1.01(95% CI 0.78-1.31)でした。性別との交互作用はありませんでした。
以上の結果からデノスマブが高齢者の転倒を抑制する可能性が示されましたが、この論文に対してはアルファ誤差=0.05(両側)、ベータ誤差=0.20(乗数80%)、相対的リスク低減の予測値20%を想定して推定したところ、登録された参加者数(n = 10,036)が必要な情報量(n = 16,644)を超えていないという批判もあり(Wu X-D et al., J Bone Miner Res. 2020 Jun 3. doi: 10.1002/jbmr.4051)、今後前向きの試験が必要と考えられます。
Chotiyarnwong P et al., J Bone Miner Res. 2020 Jan 30. doi: 10.1002/jbmr.3972. "A Pooled Analysis of Fall Incidence From Placebo-Controlled Trials of Denosumab"


書評 「秀吉の六本指/龍馬の梅毒」

2020-06-06 13:21:02 | 整形外科・手術
『秀吉の六本指 龍馬の梅毒』 篠田達明著
これは篠田達明先生が雑誌「整形・災害外科」に1992年6月号から2019年9月まで連載されていた人気コラム『医療史回り舞台』から100話を抽出して単行本としてまとめたものです。まとめて読んでみますと、先生の歴史への造詣の深さに改めて感銘を受けました。
さて篠田達明先生は愛知県心身障害者コロニー名誉院長であると同時に、ベストセラーにもなった『徳川将軍家十五代のカルテ』などの著作もあり、医療史の分野では他の追随を許さない碩学でいらっしゃいます。本書を読んで深く感じることは、歴史上の人物や事件に対する先生の尽きることのない好奇心です。ドイツの哲学者ヘーゲルは『歴史哲学講義』の中で、世界史とは自由の意識が前進していく必然な過程であり、歴史を前進させる「偉大な人物が多くの無垢な花々を踏みにじり、行く手に横たわる多くのものを踏み潰すのは仕方のないことです。(『歴史哲学講義』岩波文庫より)」と述べています。このような思想は100年後のナチス台頭にもつながったとされ、批判の多い考え方でありますが、このような歴史の捉え方は、無論篠田先生の考えとは180度異なるものです。歴史は曲がりくねった小径の集まりであり、小径の端に咲く花もまた歴史を形づくる大事な要素である。だから偉人を取り上げる時も名もなき人物を取り上げる時も、彼(女)が道端の花を見て何を感じたかに思いをはせる、というのが篠田先生のスタンスではないかと勝手に考えています。それゆえ歴史書に記載されている平坦な二次元の存在である歴史上の人々を、彼らが目にしたであろう道端の花とともに彼(女)らの生きた時代というカンバスの中に描くことで、三次元で天然色(古い・・)の、時間軸も含めれば四次元で動き回る存在として今に蘇らせてくれるのです。
2020年の新型コロナウイルスの世界的流行に関係して、1918年のスペイン風邪をはじめとした過去の感染症が注目されています。この本の中には感染症関係のコラムもたくさん掲載されていますが、最も私の印象に残ったのはハンセン病(癩病)についてのコラムで、京大皮膚科の小笠原登先生が昭和16年に「癩病ノ感染ハ殆ドナク隔離スル要ナシ」と学会で発表したときに、その場の医師たちに「常識ニ反スル異端者、国賊!」と罵られたそうです。その後平成8年になってようやく「らい予防法」は廃止されましたが、現在でも患者への偏見は完全に払拭されていません。新型コロナウイルス感染症患者に対する差別や排除などというニュースを耳にすると、「時代は回る」ことを痛感します。
先が読めない現代を考える上でも是非多くの方に手に取っていただきたい一冊です。 

母乳を介した腸管免疫の世代を超えた制御機構

2020-06-06 09:20:46 | 免疫・リウマチ
免疫機能は細菌などの感染予防に必須ですが、機能が強すぎても自己免疫疾患の原因になるため、適切なバランスを取ることが重要です。自己免疫疾患のゲノム研究からも明らかなように、免疫機能はある程度ゲノムによって遺伝的に決定されていますが、エピジェネティックな制御も受けていることが知られています。新型コロナウイルスに対するBCGの効果を説明するメカニズムとして注目されたtrained immunity などは代表的なエピジェネティックな制御です。これ以外にも栄養状態や腸内細菌、代謝産物や行動特性(behavioral trait)など、多くの要素によって免疫機能は制御されることが知られています。この論文は母乳による腸管免疫の世代を超えた制御という全く新しい機序を明らかにした大変興味深いものです。
腸内には免疫機能を負に制御する制御性T細胞(regulatory T cell, Treg)が存在しますが、転写因子としてHeliosを用いるものとRORγを用いるものの2種類が存在します。RORγ+Treg欠損マウスでは腸内細菌叢がdysbiosisと呼ばれる状態になり、炎症性のTh17細胞が増加して炎症性腸炎を起こすことが知られています。Helios+TregとRORγ+Tregとのバランスが腸管免疫に重要ですが、その制御機構はよくわかっていません。
著者らはマウスのB6系統とBALB/c系統では腸内のRORγ+Tregの割合が異なっており、B6では40ー60%と比率が高いことに注目しました。この違いは腸内細菌叢を統一しても同様に見られることから、腸内細菌叢に依存しない過程であることがわかりました。興味深いことに、BALB/cの仔をB6メスに授乳させると腸内のRORγ+Tregの割合が大人になってもB6パターンをを示しました。特に生後早期(3-7日)の授乳が重要であることも明らかになりました。
腸内のTregパターンは一旦Tregをすべて殺傷しても同じような比率に回復しますし、抗菌薬で腸内細菌を殺傷しても3週後には同じセットポイントになります。一方腸上皮にダメージを与えると、このパターンは崩れることから、腸上皮に存在するTregのprogenitorが重要であると考えられます。さらに興味深いことは、いったん確立したTregパターンはそのマウスの仔(F1)にも世代を超えて伝えられることです。B6雌親に授乳され、腸管のTregがB6のTregパターン(RORγ+Treg比率高い)になった雌親から生まれた仔はやはりB6パターンになります。つまり腸管Tregパターンは母系遺伝を示します。
それではこのようなTregパターンは母乳の何によって決まっているのでしょうか?著者らはB6とBALB/cマウスでIgAコートされた細菌の排出が異なることから、母乳中のIgAが重要と考えました。妊娠すると腸内のIgA+形質細胞数が6倍程度に増加します。このIgA+形質細胞は腸管から乳腺に移動し、乳汁中のIgA濃度を制御します。BALB/cマウスの雌親では乳汁中のIgA濃度が高く、BALB/c雌親に授乳された仔の腸管ではRORγ+Tregの比率は低いのですが、IgAを欠損したBALB/cマウスに授乳された場合には仔のRORγ+Tregの比率が高くなります。一方でRORγを欠損したマウスからはIgAでコートされた細菌の排出が多くなりますが、Helios欠損マウスではそのような現象は見られません。つまり腸管のRORγ+TregとIgA形質細胞はお互いに負の制御をしていると考えられます。
以上の結果から、母乳IgA↑→仔の腸管RORγ+Treg↓→仔が成長して妊娠した際に腸管でのIgA+形質細胞↑→乳腺にIgA+形質細胞移行→母乳IgA↑という世代を超えたループを形成することが明らかになりました。このような現象がヒトでも見られるかどうかにも興味が持たれますし、母乳の新生児に対する影響を考える上でも重要な発見です。
Ramanan D et al., "An Immunologic Mode of Multigenerational Transmission Governs a Gut Treg Setpoint." CELL https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.04.030