たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子20

2019-01-08 09:05:07 | 日記
天武天皇から大津に「斎王…大伯が肺の臓を病んでいると言う。直ちに伊勢に行き見舞って来るように。」と命令が下った。

大津は足元が崩れてしまうかのような孤独に襲われた。
あの、かの人の声が哀しく聞こえたのも…そのせいか。

訳語田の舎に戻り伊勢への旅支度を礪杵道作に命じた。高見峠をめがけ真っ直ぐに走りこの飛鳥の地から最も早く駆けつけられるように。


山辺皇女が「私も伊勢に連れて行ってくださいませんか。斎王…大伯皇女さまは私の憧れでございました。近江の宮でも一番美しい女性と皆口を揃え申しておりました。あなた様の姉上…一度でいい、お会いしたいと思っておりました。」と大津に哀願した。

「今回は急ぎ参らなくてはならぬ。天皇の命令でもある。急ぎ参らなくてはならぬ。道なき道を精錬した舎人らと参る。聞き分けておくれ。」大津は山辺皇女に語りかけた。
「嫌です、皇子。あなた様は伊勢から戻られぬ気がいたします。私を忘れ…いや、いまでもあなた様にとって私など必要とされてない。」と泣き崩れた。

「必要と思うておる。わかってほしい。」と大津は絞り出すような声で山辺皇女に語りかけた。

そんな大津の声を打ち消すかのように大きく首を振り言った。
「先日、あなた様の留守に草壁皇子がこの訳語田の舎に立ち寄られました。あなた様が采女の大名児に声をかけている、私に新婚の夫を大切にしていただかないと草壁皇子は困ると仰せになりました。草壁皇子はその采女をたいそう気にされておりいずれ自分の妃の一人にされたいそうなのです。ですから…」

「根も葉もない嘘だ。そなたしか我は必要ではない。」嘘をついたと思った。大伯の面影が浮かんでいた。「そなたが我を信用してくれないと困る。」 目の前に美しい顔を涙で濡らして愛を乞う山辺皇女がいる。
大津は山辺皇女を引き寄せた。「必ず戻る。」大津は山辺皇女の髪に鼻孔、唇を当て「我が妃ぞ。」山辺皇女はその声に応えるように頷き「申し訳ございません。唯一の姉上さまが苦しんでおられ、あなた様がどんなにご心配されているかを今見ているというのに。」と言った。「留守は引き受けてくれるな。草壁などの戯言に惑わされず。我が妃よ。」と大津がにっこり笑い言うと「あなた様しか信じませぬ。」と山辺皇女もつられ笑顔で答えた。

半刻ほどし大津は礪杵道作と腕のたつ舎人3人で伊勢へと旅立った。
山辺皇女は侍女達と大津達の姿が見えなくなるまで手を振り見送った。