桜子でーす

日々の感想や思いついた事柄を写真や文章に表しました。ビジュアルに表現出来ると嬉しいな!

書きたくないけれど、書く

2013年08月07日 | 日記・エッセイ・コラム
8月?日(火)

御茶ノ水の予約は11時。少し、早めに出ようと思ったが、結局、受付時刻が11時きっかりになった。

S先生のお話は分かり易く、患者に不安を与えない。そこが先生の大きな魅力である。今日も、安心感を持って帰る事が出来た。

今朝は強い雨が一時的に降った。陽の当たる場所は全く暑い。
暑いと言えば、御茶ノ水駅から僅か2~3分で行けた目的地も、今では遠~いと感じる始末。

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朝、8時15分、広島の原子爆弾投下による犠牲者の御霊に黙祷を捧げる祭典が始まった。私も黙祷をする。今年で、広島は28万6818人の原爆死没者になると言う。
原爆投下から68年経ってしまった。現在の平和な時代を長生きして謳歌したはずの権利を、むげに奪われた人々の無念を思うと辛く、大きな憤りを感じる。
しかも、私と同年代の人達が若い命を失ったと聞くと、尚の事だ。

広島市長の『平和宣言』は素晴らしく訴える力があった。安倍総理大臣も出席したが、この祭典を十分に活かして、今後の広島、長崎への支援や、原発事故に繋がる私達の暮らしと安全を守るエネルギー政策の確立を勧めて欲しい。

私は毎年、8月を迎えると、何となく心が暗くなる。
戦争に繋がる悲しい、辛い思い出、そして、その後の自分自身の生活の大転換に繋がるからだ。
当時を経験した者は、後の世代に過去の歴史を残すべきだと言われても、この過酷な思い出はそう簡単に話せるものでは無い。

最近のテレビの予告を見ると、戦争の悲惨さを映画やドラマにしたものが発表されると言う。
正直に言うと、その様な番組は、もう見たくない。いや、私は絶対に見ないだろう。

終戦当時は、ましてや引き揚げる者にとっては何の情報もなかった時代だった。そうした中での原爆投下や沖縄の話題は、想像するしかなかったのだ。

昭和?年秋、引き揚げ列車の途中で見た広島の光景は、一人、二人ホームにポツンと立つ広島駅と鉄骨のドーム、それ以外は見渡す限りの荒れ果てた市内らしきものが広がっているだけだった。
そして、線路脇の小さな川だけは水が流れていた。草一本生えないだろうと噂されれていたのに、秋草が土手に生えていたのを見て不思議に思った。
そして、大勢の人々があの水を求めて飲みに来たのかな?と、痛ましい姿を想像するぐらいが関の山だった。

その様な思い出が、毎年、夏になると思い出される。
そして、私は仁川高等女学校の校地で蛸壺掘りをしていた…
それも、8月の思い出。戦争は終わったけれど嬉しくない思い出。
 
やはり、8月は辛い!!侘しい。





 



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真夏の思い出いろいろ

2013年08月06日 | 日記・エッセイ・コラム
8月5日(月)

交通情報を聴いていたら、今週の土曜日辺りから渋滞が始まると言う。
金曜日には久し振りに出掛けようと話し合っていた。前日は大丈夫かな?盆休みなので、来週まで、彼方此方で混むのは覚悟している。

昨日、わざわざ、アメリカ在住のU子さんから、熱中症に注意をとメールをいただいた。
もう、大丈夫だからとお礼のメールを送ったのに、今日は何だかおかしい。
どうしてだろう?と考えたが分からない。兎に角、二階で寝る事にした。

夕方、大分良くなった様な気がしたが、何時もと違って腰が痛い。何故だろう?
やっと、気がついた。昨日の桃を採る作業が災いしたのだ。
昨日は何とも感じず、好きな事は日頃の体の痛さ等、全て忘れてしまう。現金なものだ!とばかり思い込んでいた。
無理な姿勢を一時間程続けたのだから、それが原因だったと気がついた。自己過信そのもの!

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今日は珍しくミンミンゼミの大合唱。
我が家には白樺の樹がある。そこがセミの音楽会会場になっている。いや、枇杷の樹かな? 
兎に角、蝉がうるさい程、鳴き出した。
一時の命、思う存分鳴いて欲しい。

セミと言えば、懐かしい思い出は箱根の金時山登山だ。
頂上へ向かう程に、次第にセミの鳴き声が変わって来る。どちらが先だったか忘れたが、ミーンミーーンとジ~ジ~~の鳴き声が交代してくる。

それは、いよいよ、頂上へ近いと知らせてくれる様な鳴き声だった。  
真夏のきつい山道を、セミの声に励まされながら、頂上を目指したものだった。
あの頃の金時小屋の主『金時娘』も若かった。今は良いお年になっているとテレビで視たが…

今は、箱根路を通っても、金時山を訪れる事も無いが、懐かしい思い出だ。














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桃の実をとる

2013年08月04日 | 日記・エッセイ・コラム
8月4日(日)

吹く風に少しばかり涼しさを感じるが、やはり、動き回っていると、汗がジットリと出る。
もっとも、今日は桃の実を何とかしなければと考えていたので、朝から長袖のブラウスを着ていた。

近所のスーパーの朝市に行った後、作業を始めた。
作業と言ったら、大げさに聞こえるかも知れないが、現在の私にとっては大変な仕事である。
高枝切り鋏を持ち出して、桃の樹の上の方に実っている実を収穫し始めた。仰向けになってする仕事だから、首の具合が悪いと日頃気にしている身には、過重な作業だと思った。

切り取り方によっては、実がぽとんぽとんと地面や草むらに落ちて来る。大分採れたが、未だ未だ残っている。適当に止めて、もう少し、日を待つ事にした。
不思議と疲れない。

今年の我が家の花壇は、草がぼうぼうと茂っているから、蚊の温床になる。植物を全部、引き抜いてしまおうかと思いながらも、そのままになっている始末だ。
よく見ると、そうした草木の中に桃が幾つも転がっているので、遠慮なく花壇に踏み込んで拾い集めた。何と、桃は大きなレジ袋一杯になったのだ。

桃の樹を見上げると、未だ沢山残っている。この調子では、又、砂糖を無駄遣いしてしまうかな?と思ったりする。

虫除けスプレーをたっぷり手足に吹き付けておいたので、さすがの蚊も遠慮しているらしい。それでも、一・二か所やられた。
油断大敵!の責任は、虫除けを確り吹き付けなかった私にある。蚊じゃぁないんだよ!
急いで浴室へ行った。折角、今朝着ていた衣類は全部、洗濯機へ~~ついでにスカートまでも~~

収穫した桃の中から、幾つか味を試してみようと思う。しかし、未だ、その気が起こらないので、後日に回す。


ここ、二日ばかり後回しにしていたカレンダーの郵送を始める事にした。
部屋の机の上を片付けて、やっと、作業?に取りかかる。表書きを書いて、一言書くだけなのに、それが大変。
最近の私は文字を書くと、行が左側にだんだん下がって行き、しかも、曲がってしまうのだ。イヤになってしまう。パソコンばかりやっている所為か、漢字も忘れてしまった。情け無い!

不思議な事に、自分から進んでやりたい事には腰が痛くならない。
それなのに、僅か100歩ばかりのポストへ行くには、次第に腰が曲がってしまうからイヤになる。

又、愚痴が出た。そうか、何でも『好きでやる』と思えばよろしい! 








 
 
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8月は忘れられない

2013年08月03日 | 日記・エッセイ・コラム
8月3日(土)

梅雨明けが発表された。蒸し暑い。

庭ヘ出ていると、汗がじわじわと出て来る。狭い庭だが、桃の実が随分落ちた。相変わらず、何かに役立つと思って拾って見たが、鳥に一口食べられたり、地面に落ちた跡が痛み始めている。
仕方が無いから、落ち葉と一緒に片付けてごみに出す。

今日は、用心をして、長袖のシャツを着て、ジーンズをはいた。この様な格好は久し振りだ。もう、ジーンズをはくのも気になる体型だが、こうした時には役に立つ。
虫除けの薬を体や顔に撒いて用意周到の準備をした。
未だ、夏の盛りなのに、結構、落ち葉も多い。
お陰で蚊の襲撃にも遭わず、作業は一段落したが、屋内ヘ入ると、汗がドーンと出て来る。
この分では一日に二・三回はシャワーが必要になりそうだ 。



   何ともどんよりした日だ。
朝、何気なくテレビを見ていたら、ヒロシマの話が出ていた。
「そうだ!もう原爆の日だ」
余りに猛暑が続いたり、日常生活の事にとらわれていて、大切な日の事を忘れていた。
広島に続く長崎の悲劇、それに伴う終戦記念日の事を忘れそうになるなんて、何と言う事だ。と、自分の緩みかけた気持を締め直した。

実は、もう、思い出したくない戦争の記憶。それを8月を中心にして、様々な形で、否応無しに思い出させられる。
そして、敗戦を迎えた当時の私達の苦労を思い出すのが昭和?年の夏、8月だ。

思い出したくない記憶。どうしよう?







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扇風機組み立て

2013年08月03日 | 日記・エッセイ・コラム
8月2日(金)

少しは涼しいかと思うと、それ程でもない。そうに決まっている筈だ。今は、真夏の真っ最中、8月2日だものねと、納得する。

姉の扇風機が届いた。洒落たDC扇風機である。
組み立てるのに、結構、時間がかかった。今まで買った扇風機は皆そのまま、直ぐ使えたのにと不思議に思った。
しかし、宅急便で運ばれて来た箱は、予想より小さな包みだった。女性の配達員が運んで来たのだから、それ程大変な荷物では無い。

箱を開けて見たら、それぞれの部分が上手く包装されて、詰め込まれている。使用者が説明書を読めば、自分で組み立てられるようになっているから、合理的かも知れない。
しかし、日頃、こうした物に関心を持たない人や高齢者だったら困ってしまうに違いない。
以前のように、電器店が直ぐ使えるようにして運んで来てくれれば有難いが、今は頭と手を使って、やっと、自分の物に出来るのだから大変だ。

好奇心が強くて何にでも手を出したがる人間?がいる我が家では、二人がかりで、ああでも無い、こうでも無いと、汗を流しながら組み立てた。
なかなか、爽やかな風が吹いて来る。ここ何日かは、少しばかり過ごし易いと言う事だが、未だ、8月の始めだもの、扇風機よ!おおいに活動してくれたまえ!と願う。

庭を見ると、幾つもピンポン球の大きさの桃が熟して落ちている。今年は桃の豊作だった。未だ、上の方は枝もたわわに実っていて、洗濯物を干していると、ほんのりと桃の香がして来る。

以前にちぎった桃の実は砂糖で煮たが失敗だった。結局、もう少し、時期を待てば良かったのだと言う私に、ブログを読んだ人が「その桃はどうしましたか?」と、 笑った。

今度は、残りの沢山の桃をどう処分するか考えるのが面倒になった。大体、こう暑くては、やっていられない。又、無駄骨かと思ったりするからだ。
庭のあちこちに落ちた桃の実を見ながら、溜め息が出て来る。そうする中にも、蚊に大分やられた。

又、思い出す。
仙石原の草むらで、私一人がブヨにやられて「私は虫に好かれて、○○に好かれない」とぼやいたものだ。
懐かしい若かりし頃のかゆ~~い思い出は、現在も続く。







 
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銀座だって蒸し暑い!

2013年08月01日 | 日記・エッセイ・コラム
8月1日(木)

とうとう、8月に入ってしまった。日が経つのが早過ぎる感じがするのは、自分だけだろうか?
昼過ぎには雨が降ると言うのが天気予報だったが、出掛ける頃には陽が当たっていた。それでも、カバンの中に傘を入れて出掛ける事にする。

今日はバッグをひいて行くが、デコボコ道が多い繁華街だ。やっと、Appleに着いた時には、蒸し暑くて疲れ切ってしまった。最近は、益々、有楽町駅から銀座までの道中がきつくて仕方が無い。 

「外はそんなに暑いですか?」と聞かれた。「とっても蒸し暑くて…」「そうですか。ここにいると分からないですよ」「そうね。何時もの私は、ここと同じように涼しいから、本当は体に良くないわね」と笑う。
冷房がよくきいている店内は真夏の暑い時には極楽だ。しかし、パソコンに夢中になっていると、それすら忘れる。

今日はiMovie の勉強。しかし、私には余り興味の湧かないものなので、つい、他の事を質問したり、教えてもらう。
30分程、時間をつぶしたあとで、本来の勉強に入った。何時も、随分勝手な生徒だと、自分でも思う。
今日は、以前に作ったムービーを復活してもらえて嬉しかった。なかなか、思う様にはいかないので、以前のムービーが元通りになったのは大成功。今度こそ、真面目にiMovieを覚えようと思う。

帰りに、何時も通りに向かい側のデパートへ。最近は外国人の観光客も多くなった様だ。8階では、模型電車の会を開いていた。男の子ばかりの殺風景な?感じだったが、今は夏休みなのだ。  

思い立って、駅前の電器店ヘ寄った。姉の扇風機を買う。クーラーが故障しているからと言って、この酷暑を我慢しているのは、こちらも気になって仕方が無い。「買うよ」とやや強制的に 電話をする。明日、届けてくれるそうで、他人事ながら安心する。

相変わらず、荷物はカバン一杯になった。とうとう、カバンの上にもう一つレジ袋を載せて帰る。
相当にに疲れた。ブログが済んだら早く寝よう。 







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蒸し暑いと大変だ!

2013年08月01日 | 日記・エッセイ・コラム
7月31日(水)

蒸し暑い日が続く所為か、変な虫が発生したた。門や郵便受けに茶色い粉の様なものが付着している。よく見ると、それが動いている。
大変だ!何でも良いから家に置いてある殺虫剤をまくことにした。蠅や蚊用だからきかないかも知れない。
それに、非常に小さい虫だからガスの勢いで吹き飛ばされたかも知れない。後は紙で拭き取った。

よく見ると、どうも、塀の際の伸び切った雑草が原因かもしれないと思った。そのうちにこの草を切らなければと思いながらも、そのままフェンスの外側に伸びた枝や葉だけを切り取っていた。
そこが発生源かも知れない。

何れにしても、これだけ異常に蒸し暑くて、雨が降らないのがよくないかも知れない。
思わぬ作業に手間を取られてしまい、見ようと思っていたテレビの番組は、すでに終わってしまっていた。

何かに夢中になっている時には、暑さや寒さを忘れるものだ。その後も、今まで放って置いた仕事があった。

バナナのデザート作り、これは必要な砂糖を探すのに時間を取られてしまった。ついでにいろいろな砂糖の種類に分けて、瓶に詰める。高い場所にしまっているので、椅子を使わなければならない。 しかし、最近の私は足が不安定なので厳しい作業だ。

何とか、デザートは出来た。美味しかったが甘過ぎた。砂糖の量をいい加減に入れたのが原因だ。やはりいい加減な記憶で菓子作りをしてはいけない。

最近は、少し何かをすると、否応無しに疲れる。どう考えても私は『老人』だ。
しかし、誰からも助けては貰えない。若し、助けてもらったら、益々、老化は激しくなるだろう。
 成る程『はざま』と言うのは、こう言う事かな?

やっぱり、厳しくても辛くても、自分で出来る事は絶対にやる事にしようと、改めて決心した。
『きつい』のは私だけではない!他の人だって同じ事なのだから……

近所の『一人暮らし』の人が杖をつきながら、買い物に行く姿を見るにつけて、自分だけではないと改めて思うのだ。








 


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