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日本の伝統的飲み物である“お茶”(緑茶)。国内ではお茶離れが徐々に進む一方で、緑茶の健康効果についての研究が国内外で進行しており、緑茶に秘められた健康パワーが次々と明らかになっている。日経グッデイでは、最新の「緑茶の健康効果」を専門家の方々に話を聞いた。第1回目となる今回は、50年にわたってお茶研究に従事してきた“お茶博士”、大妻女子大学名誉教授の大森正司さんに、緑茶の健康効果の代名詞ともなっている「カテキン」の効果について伺った。
緑茶を飲む習慣は長寿につながる
日本の伝統的飲み物である“お茶”(緑茶)。近年、お茶の健康効果についての研究が国内外で進行しており、お茶に秘められたパワーが次々と明らかになっている
薫り高く、心を落ち着かせてくれる「緑茶」。緑茶はおいしいだけでなく「健康にいい」という認識を多くの人が持っているのではないだろうか。「緑茶はダイエットに効くらしい」「緑茶でうがいすると風邪の予防になる」といったことを聞いたことがある人も少なくないはずだ。「ヘルシア緑茶」「特茶」など、「特定保健用食品(トクホ)」を取得している緑茶商品も多くある。
近年、緑茶の健康効果についての研究が国内外で進行しており、緑茶に秘められた健康パワーが次々と明らかになっている。2015年5月には、緑茶を飲む習慣が死亡リスクを減らし、長寿につながるという研究結果が国立がん研究センターから発表され、マスコミなどで大きく取り上げられた(Ann Epidemiol.;25,512-518,2015)。
※国立がん研究センターによる多目的コホート研究の結果。多目的コホート研究とは、年齢や居住地など一定の条件を満たす特定の集団で行われる研究のこと。最初に対象者にアンケート用紙を配布し、健診に参加する人の場合は血液試料や健診データについて提供してもらう。さらに5年後、10年後というふうにアンケート調査を行う。この間、がんにかかる人、心疾患にかかる人などが出てくるため、それらの病気と生活の関連を見ていく。扱う内容は、食事内容、喫煙や飲酒、体格や運動、睡眠やストレスなど多岐にわたる。
この研究結果では、最初の段階ではがんや循環器疾患にかかっていなかった40~69歳の男女約9万人(秋田県から沖縄県まで幅広い地域の住民)を、約19年間にわたって追跡した。その結果、緑茶を1日1杯未満飲む人を基準にして比較すると、緑茶を飲む量が多くなるほど、死亡率が下がることが明らかになった。
緑茶摂取と全死亡リスク
緑茶を飲まない人に比べ、緑茶を飲んでいる人の死亡率は下がる傾向が確認された。さらに摂取量が多くなるほどリスクは低くなる傾向も確認された(国立がん研究センターの多目的コホート調査による結果、2015年)
さらに死因別で見たところ、がんによる死亡リスクには男女とも有意な関連は見られなかったものの、心疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患では緑茶を摂取する量が多くなるほど危険度が有意に低下した。
「カラダにいい緑茶」が飲まれなくなっている
緑茶の健康効果が次々に明らかになり、緑茶を使った健康志向の食品・飲料が登場する一方で、緑茶を飲む習慣が失われつつあるのも今の日本の現状だ。お茶と言えば、かつては訪問先では必ず茶托に載った湯飲みが出されたものだ。ところが最近はペットボトル飲料が出されることが多くなった。家庭でも、急須で丁寧にお茶をいれる習慣が減っている。
静岡県立大学茶学総合講座、岩崎研究室が2014年に20~60代の男女1000人を対象に行った「急須でいれた緑茶に関する意識調査」によると、緑茶を飲む頻度については半数近くの49.0%が「ほぼ毎日飲む」と回答している。一見高いようにも見えるが、逆に言うと半数以上の人が毎日緑茶を飲んでいないのだ(こちらの記事を参照)。
大森正司さん。大妻女子大学名誉教授。昭和17年、宮城県出身。東京農業大学大学院農芸化学専攻博士課程修了。大妻女子大学教授を経て、現在同大学名誉教授。大妻女子大学「お茶大学」校長。農学博士。お茶博士としてメディアでもわかりやすく日本茶の健康効果を伝える。著書に『茶の科学』(朝倉書店)、『おいしいお茶の教科書』(PHP研究所)などがある。
普段の飲み方も、20代から30代では、「急須でいれる」より、「ペットボトルで緑茶を飲む」人の方が多数派だ。若い世代で「急須離れ」が進んでいることがわかる。
実際、日本での緑茶の生産量と、国内消費量は減少傾向にある。農林水産省の統計によると、2015年の荒茶(仕上げ茶の前段階のもの)の 生産量(全国)は7万9500トンと前年に比べ5%も減った(※なお、ペットボトルなどの緑茶飲料市場は近年拡大傾向にある)。
冒頭でも少し触れたが、緑茶にはさまざまな健康効果がある。値段が安く、量も摂取しやすい緑茶――こんなスグレモノを活用しない手はない。そこで今回の特集では、日本人だからこそ改めて見直したい「緑茶の健康効果」を緑茶研究の第一人者に聞いていく。
初回となる今回は、これまで50年にわたってお茶研究に従事してきた“お茶博士”、大妻女子大学名誉教授 大森正司さんに、緑茶の健康効果の全体像、そして緑茶の健康効果の代名詞ともなっている「カテキン」の効果について伺った。
緑茶の良さが忘れられている
昨年の国立がん研究センターの研究報告により、「やっぱり緑茶は体にいい」とマスコミなどで大きく取り上げられました。カラダにいいというのは、やはり本当だったのですね。
大森さん 緑茶の健康効果は欧米諸国でも注目されているんです。1998年にアメリカ健康財団のJ.H.ワイスバーガー博士によって『がん予防効果がある』と発表されています。近年では、メタボリック症候群予防やがんのステージのどこで効くかなど、研究内容はより細分化していっています。
緑茶の機能性研究は世界各国で進行する一方で、「緑茶は日本人にとってはあまりにも当たり前すぎて、その良さが忘れられているのかもしれない」と危惧していたので、国立がん研究センターの発表はうれしかったですね。改めて「緑茶」を飲もうという人も増えたのではないかと思います。
国立がん研究センターによると、死亡リスクを低下させ、心臓や脳も病気から守る。いいことづくめですね。この働きは、緑茶のどの成分から得られるものなのでしょうか。
大森さん 緑茶に含まれる「カテキン」「カフェイン」「テアニン」といった成分による複合的な働きによるものです。渋みと苦み、うまみが重なり合うこれらの健康成分を、急須に茶葉を入れてお湯を注ぐだけで同時に取ることができる。日本茶はあえてサプリメントを取る必要がなく、しかも経済的にもやさしいという、最も身近で健康効果を期待できる飲料です。
緑茶に含まれる主な健康成分と効果
●カテキン(渋み成分)
ダイエット効果(脂肪燃焼を促進)
抗酸化作用
抗菌、抗ウイルス作用(ピロリ菌や歯周病菌の抑制、抗インフルエンザ)
肝臓を保護する
血圧を抑える
血糖値上昇を抑える
腸内環境を改善する
口臭を抑える、虫歯予防
アレルギー症状の抑制(「べにふうき」という品種による効果)
発がん抑制効果も期待
●テアニン(うまみ成分)
リラックス作用
ストレス軽減
●カフェイン(苦み成分)
気分すっきり、覚醒作用
ダイエット効果(脂肪燃焼を促進)
●その他
ビタミンC、βカロテン、ビタミンE、葉酸、フッ素、γ-アミノ酪酸(GABA)など
カテキンは「ポリフェノール」の仲間
なかでも注目されている成分といえば「カテキン」ですね。特定保健用食品の認定を取得した商品でも大きくアピールしています。特定保健用食品や機能性表示食品でない緑茶商品でも、「カテキン2倍」などとパッケージに書いてあるケースもあります。
大森さん そうですね。カテキンは、緑茶に多く含まれる、緑茶を代表する“健康成分”です。カテキンは、植物中に数千種類あるといわれる「ポリフェノール」の一種で、緑茶の渋みの主成分です。カテキンという言葉の語源は、インド産のアカシア・カチューという豆科の樹液からとれる“catechu(カテキュー)”に由来しています。緑茶に含まれるカテキンは、1929年に理化学研究所の辻村みちよ博士らによって初めてその存在が明らかにされました。ちょうど、ここにカテキンの結晶があるので食べてみませんか?
緑茶に含まれるカテキンの構造例(エピガロカテキンの例)
真っ白い結晶なんですね。うわ、苦い!渋い! とんでもなく苦いです。
大森さん そうでしょう(笑)。カテキン単独ではとても飲めたものではないのですが、緑茶に含まれる他の成分のいい香り、甘み、うまみが重なることによって独特のまろやかなおいしさが出るのです。カテキンそのものは白く、緑茶の鮮やかな緑はクロロフィル(葉緑素)によるものです。煎茶にはカテキンが多いのですが、ほうじ茶や番茶にはあまり含まれていません。
食後に濃い煎茶を飲むと、この苦みが口をさっぱりさせてくれるんですね。カテキンは、通常、茶葉乾燥重量の10~18%含まれ、春先に最初に摘む一番茶に比べて、二番茶、三番茶となるにつれて増加します。ただ、一番茶はうまみ成分であるテアニンが多いため、価格も高めとなります。玉露のように光が当たらないように覆われて栽培されるものは、カテキンの生成が抑えられて煎茶よりも少なくなります。ただ、その代わりにアミノ酸のテアニンが多くうまみが強い緑茶になります。
カテキンは、ポリフェノールの中でも「フラボノイド」の仲間。ブルーベリーのアントシアニンや、タマネギのケルセチン、大豆イソフラボンも同じグループに属している
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お茶と言えば、緑茶以外にウーロン茶や紅茶もありますが、やはり緑茶のほうがカテキン量が多いのですか?
大森さん カテキンは、とても酸化されやすい成分です。緑茶の場合、製造工程で蒸したり炒ったりという熱処理が行われることにより酸化酵素の働きが抑えられるので、ほとんど酸化しません。しかし、発酵させて作るウーロン茶や紅茶では、酸化酵素の作用がそのまま続くために、“重合”という作用が働いて、カテキンがテアフラビンといった成分に変化するのです。色も赤っぽい色になります。
緑茶に含まれるエピガロカテキンガレート
ただ、それらのポリフェノールはカテキンと同じような抗酸化パワーを持っていますので、総合的に言うと緑茶、紅茶、ウーロン茶の活性は同じぐらいでしょう。ただ、いろいろな種類があるカテキンの中でも含有量が多く、生理活性が高いといわれる「エピガロカテキンガレート」は、発酵を止めて作られる緑茶に最も多く含まれます。
カテキンは“腸活”にも効果あり!
カテキンの健康効果は幅広いですね。ダイエットや、血圧、血糖値の抑制から、抗菌、抗ウイルス効果(インフルエンザ予防)にいたるまで、さまざまな効果があると言われています。そのパワーの秘密はどこにあるのでしょうか。
大森さん その秘密は、カテキンの二つの特徴によるものと考えられています。一つめは、吸着性の強さ。口に含めば虫歯菌にくっつき増殖を抑え、口臭を防ぎます。うがいをすればウイルスが持っている“とげ”に吸着し、ウイルスの体内への侵入を防ぐ。また、飲めば腸内に入って悪玉菌に付着してやっつけます。
えっ、カテキンは、今話題の腸内環境改善にも効果があるんですか?
茶カテキンの摂取(1日300mg)の腸内菌叢に対する影響
茶カテキンを摂取し続けると、有用菌とされるビフィズス菌などは増加し、悪玉菌とされるクロストリジウムなどは減少した。女性10人、男性5人に、茶カテキン100mgを1日3度与えた結果(煎茶5~6杯分に相当)(Annals of Long-Term Care;6, 43,1998)
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大森さん そうです。1998年にわが国で行われた研究では、介護施設の高齢者15名に茶カテキン100mgを1日3回(1日分のカテキンは300mg、煎茶5~6杯に相当)、3週間摂取してもらったところ、腸の有用菌である乳酸菌やビフィズス菌が増加し、悪玉菌とされるクロストリジウムや大腸菌群は減少したのです。
茶カテキン摂取(1日300mg)のヒトの糞便に対する効果
茶カテキンを継続摂取すると、糞便中の有機酸類が増加し、pHが低下した。アンモニアなどの悪臭要素は減少した(条件は上図と同じ)(Annals of Long-Term Care;6, 43,1998)
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腸内環境も、有用菌が増えやすい弱酸性環境に改善されました。胃十二指腸潰瘍の原因菌とされるヘリコバクター・ピロリや、腸管出血性大腸菌O157、耐性菌のMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の殺菌効果もあることが報告されています。コレステロールや脂肪の吸収を緩やかにするダイエット効果にも、この吸着性が関わっていると考えられています。
緑茶は非常に優れた「抗酸化食品」
体の中に入ると、悪いものにくっついて退治してくれるとは! カテキンの健康パワー、すごいですね。
大森さん カテキンのもう一つの働きは、体内で生まれる活性酸素を消去する抗酸化機能です。
私たちは生きるエネルギーを生産するために酸素をつねに必要としていますが、酸素はストレスや紫外線、疲労などによって有害な活性酸素に変化します。体内には、この活性酸素を無毒化するSOD(スーパーオキシドディスムターゼ)という酵素が備わっていますが、40代以降になるとその働きが衰え始めて、活性酸素を処理する働きが低下します。すると、増えすぎた活性酸素が正常な細胞や遺伝子を攻撃し、動脈硬化やがんの発症につながっていくのです。
だからこそ、活性酸素を消去する抗酸化作用を持つ食品を取ることが重要となるのです。緑茶には抗酸化作用が高いカテキンのほか、同じく抗酸化作用を発揮するビタミンCやEも併せ持つことから、非常に優れた抗酸化食品といえます。
緑茶は「ちょこちょこ飲む」のがベスト
緑茶を飲んで摂取したカテキンは、体内でどういうプロセスで吸収され、効果を発揮するのでしょうか。また、効果を発揮するまでにかかる時間はどのくらいなのでしょうか。
大森さん 緑茶として口から摂取すると、大腸に到達するもの以外は、小腸の腸管から吸収されて全身をめぐりながら、活性酸素を中和すると考えられます。ただし、カテキンは体内では異物として扱われるので、いったん吸収されても腎臓を通るときに体外に追い出されます。腸管から吸収される率もごくわずかです。飲んだ後、およそ1~2時間で血中濃度はピークになります。だから、カテキンのパワーをいつも享受するためには、緑茶を机において、ちょこちょこと飲むのがいい、というわけです。
さらに、カテキンには脂肪燃焼効果があります。血中に出てきたカテキンは肝臓に到達して脂質代謝を活発にするのです。この効果をうたった特定保健用食品の緑茶も販売されていますからご存じの方も多いでしょう。運動によって脂肪の燃焼を促進させるには、運動前の1~2時間前に緑茶を飲んでおくのがお勧めです。血中のカテキンの濃度が高い状態で運動するので、より効率よく脂肪を燃焼させることができます。また、緑茶に含まれるカフェインも脂肪を燃やす効果が期待できます。
◇ ◇ ◇
大森正司さん
大妻女子大学名誉教授、大妻女子大学「お茶大学」校長
昭和17年、宮城県出身。東京農業大学大学院農芸化学専攻博士課程修了。大妻女子大学教授を経て、現在同大学名誉教授。
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