飛行機の小窓に額をくつけて、
眼下に広がり景色を見つめた。
なんて広大な森。
アメリカに来るのは、初めて
だった。海外旅行は高校生の
時、母とふたりでツアーに参加
したパリとウィーン、大学時代
に友だちと出かけた香港、その
二回きり。
今回も、パケージツアーに申し
込んだ。「ニューヨークシティ
五日間のバカンス」。飛行機
とホテルと、空港・ホテル間の
送迎バスだけがついてくる。
残っていた有給を、まとめて
取った。退職が受理されて、
冬のボーナスをもらったあ
とで、会社を辞めることに
していた。
どうか会えますように。
神さま、あのひとに、会わせて
下さい。
ツアーに申し込む前に、あのひと
の借りている家の一階に住んでいる、
大家さんに電話をかけてみた。
その電話でやっと、わたしはあの
ひとが家を留守にしていること
を知った。
「カイセイは、この町から車で三時間
ほど北へ走ったところにある、
ナチュラル・アグリカルチャー・
プログラムに参加しているのです。
おそらくあと二週間ほどしたら、
戻ってくるでしょう」
「彼の滞在先の電話番号は、わか
りませんか?」
「残念ながら、それは聞いており
ません。もしかしたら、電話も
電気も水道も、ないところかも
しれませよ。あのあたりは山奥
ですから。かまびすしい現代
文明から開放された、聖域みた
いなところなんです」
そう言ってジャネットは笑った。
わたしは彼女に、渡米の予定
――――それもちょうど二週間
のちだった――――を伝え、
「もしもそれまでに彼が戻って
きたら、わたしに直接、電話を
かけてもらえるよう、伝えてく
ださい」と頼んだ。
「わかりました。伝えます。
問題ありません」
と、彼女は約束してくれた。
マンハッタンを出て三十分ほど
過ぎると、電車の窓から見える
景色は一変した。
電車の揺れに身をまかせ、夕闇
を溶かし込むように暮れていく
河を眺めているうちに、緊張と
昂揚のあまり張り詰めていた
気持ちが、ゆるゆると解けて
くるのがわかた。
きっと会える。
必ず会える。
絶対に会える。
胸の中で念じ続けていたそれ
らの言葉が、静かにその輪郭を
失ったあと、澄みきった心の
表に浮かんできたのは、たった
ひとつの想いだった。
あのひとが、好き。
父が逝った夏、八番目の曜日に、
あのひとは言った。
泣いていいよ。泣きたければ、
いつまでだって、好きなだけ
泣いて。俺はずっとそばにいる
から。
あのひとの言葉を、ひとつ残らず
覚えている。
優しい言葉も、熱の籠った言葉も、
さり気なく置かれたひとことも、
ただの相槌でさえも。いいえ、それ
は覚えているのではなくて、突き刺
さっているのだ。
ガラスの破片のように、柔らかい
薔薇の棘のように。だからわたし
の胸は、こんなにも、痛い。
北へ、北へと、あのひとの住む
町に向かって、まるで河面を滑る
ように走る電車の中で、泣き出し
てしまいそうになるくらい、叫び
出してしまいそうになるくらい
・・・・
あなたが、好き。
アイシテイル
トオクハナレテイテモ
ワタシタチハ
ツナガッテイル