「使いこんでさ、使い勝手が判った
時分になると、
あきてポイなんだからどーいう気、
してんだか」
<隣の女> 向田邦子
女が二人、真剣な表情で話しこんで
いる昼下がりの喫茶店。
「最近亭主に失望してるのよ、
あたし」
「うちなんか失望を通り越して
絶望よ」
「週に一回くらいは、なんとかして
もらいたいと思うじゃない?それが
せいぜいよくて月に二度よ」
「あら、それならまだいいわ。うち
なんてもう四ヶ月もごぶさたよ」
「それじゃ部品が錆びついてしまう
わね」
「えっ?部品?あっ部品ね。いやだ
わ、ウフフフ」
「前なんて手入れもよくしてくれた
んだけどね」
「ご主人が?」
「ボディ洗うの趣味なの」
「ん、まあ、うらやましいわ」
「石鹸ぬりたくって、スミズミまで
それはていねに洗うのよ。あらどうした
の?あなた、身もだえたりして?」
「だってうらやましいんだもん」
「でもこの頃じゃ手抜きをいいとこ。
何もしてくれないの。のったらのり
っぱなし。あんまりしゃくにさわる
から。私も放っとくの。絶対に自分
で洗わないことにしたの。
汚れても汚れっぱなし。そりゃそう
よ。乗るのは彼なんだもの。違う?」
「なんだか激しいのねぇお宅。うち
なんて洗ってくれるの待ってたら、
永久にだめね」
「でも頭にくるものよ。さんざんいじ
くりまわして、乗り回して、使いこんで
さ、使い勝手が良くなってきたかなって
頃になると、あきて、ポイなんだから」
「まさか。ポイだなんて」
「本当よ。それが本気なの」
「冗談でしょ」
「本気で下取りに出すって言うのよ、
ようやく良さがわかってきたところ
なのよ、信じられる?」
「それであなた、納得したの?」
「するもんですか。反対したわよ」
「そりゃそうよね」
「下取りなんて二束三文ですもの」
「断固、抵抗すべきよ、人権蹂躙だわ」
「えっ、ジンケンジュウリンって?」
「あなた、下取りで出すなんていう
ご主人によく、がまんできるわね」
「えっ、えっ、何の話」
「たとえ言葉のアヤだとしても、
許せないわ」
「車を下取りに出すことが?」
「えっ?えええ?車の話なの!?」
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