二見興玉神社→猿田彦神社→外宮→内宮が正式な参拝順序と言われていますが、倭姫命(やまとひめのみこと=垂仁天皇の皇女。景行天皇の妹、日本武尊の叔母。日本武尊の東征に際し、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)などを与えた。また豊入日売命(とよすきいりひめのみこと)に代わって天照大神の御杖代(みつえしろ)となり、伊勢国に内宮を定める)の巡幸地としては、瀧原宮→内宮→伊雑宮の順だとされています。次いで伊勢神宮の参拝方法は外宮→月夜見→内宮→月読とされていますので、参拝順は気にせずいきます。
まずは内宮。店が開く前のおかげ横丁からおはらい町を抜けていきます。ここではあちらこちらで猫が見れるので猫成分が足りなくなっている自分に補給します。
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そして内宮への参道の両脇にずらりと並ぶ石灯籠。この石灯籠には十六菊の神紋と共にユダヤでいうダビデの紋章、いわゆる六芒星、籠目紋の紋様も刻まれています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/8b/65a9a6edadcd2d685dddefcb3825c344.jpg)
伊勢神宮参道の石灯籠にダビデの紋章が刻まれていることから日本人の始祖はイスラエルの失われた10支族ではないかとの説が唱えられていたりしますが、石灯籠は戦後建立されたもので伊勢神宮当局は関知せず、地元の伊勢神宮奉賛会が寄贈し設置したらしく(伊勢神宮境内に設置はなく外宮と内宮とを結ぶ幹線道路の両脇のみ)、灯籠を製作した石屋によれば「菊の紋はわかるがダビデのマークをなぜ入れるのか?」との疑問をぶつけたところ、依頼主からの回答は無かったとのこと。一説では戦後GHQが統治していた頃に、マッカーサーの指令で神域である伊勢にユダヤのシンボルであるダビデの紋章を刻む事により、日本のスピリチュアルまで統治するという目論見があったとかなかったとか。
それから面白いところでいえば「契約の聖櫃アーク」。聖櫃アークとはユダヤ教の預言者モーゼが神から授かった十戒を刻んだ石板が2枚入っているといわれ、キリスト教やユダヤ教の文化圏に行けば、このアークを知らない人はいないというくらいメジャーな宝なわけですが、それがなんと日本に眠っているという説があります。
その場所を示す一つが徳島の剣山で、朝廷の依頼により空海が剣山の地中深くにアークを埋めたという。四国八十八ヶ所はそれを守るための結界説(剣山の宝を守っているという大蛇伝説も何かしら関与しているかも)。
そしてもう一つが伊勢神宮だといわれています。伊勢内宮の御神体、八咫の鏡の裏面には「我はありてあるものなり」と古代ヘブライ語で刻まれているなんて噂や、先述の石灯籠神紋然り。さらに伊勢神宮といえば、20年に1度全てを建て替える式年遷宮が有名ですが、アークもまた20年に1度、場所を動かさないと神の怒りに触れるなど何かと繋がりがこれまたあるようでないようで。
しかしこのダビデの紋章=六芒星は伊雑宮の神紋だともいわれていますし、日本でも古くから籠目紋として定着しているので無理にユダヤだなんだと関連づける必要もないかもですね。
まずは内宮。店が開く前のおかげ横丁からおはらい町を抜けていきます。ここではあちらこちらで猫が見れるので猫成分が足りなくなっている自分に補給します。
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そして内宮への参道の両脇にずらりと並ぶ石灯籠。この石灯籠には十六菊の神紋と共にユダヤでいうダビデの紋章、いわゆる六芒星、籠目紋の紋様も刻まれています。
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伊勢神宮参道の石灯籠にダビデの紋章が刻まれていることから日本人の始祖はイスラエルの失われた10支族ではないかとの説が唱えられていたりしますが、石灯籠は戦後建立されたもので伊勢神宮当局は関知せず、地元の伊勢神宮奉賛会が寄贈し設置したらしく(伊勢神宮境内に設置はなく外宮と内宮とを結ぶ幹線道路の両脇のみ)、灯籠を製作した石屋によれば「菊の紋はわかるがダビデのマークをなぜ入れるのか?」との疑問をぶつけたところ、依頼主からの回答は無かったとのこと。一説では戦後GHQが統治していた頃に、マッカーサーの指令で神域である伊勢にユダヤのシンボルであるダビデの紋章を刻む事により、日本のスピリチュアルまで統治するという目論見があったとかなかったとか。
それから面白いところでいえば「契約の聖櫃アーク」。聖櫃アークとはユダヤ教の預言者モーゼが神から授かった十戒を刻んだ石板が2枚入っているといわれ、キリスト教やユダヤ教の文化圏に行けば、このアークを知らない人はいないというくらいメジャーな宝なわけですが、それがなんと日本に眠っているという説があります。
その場所を示す一つが徳島の剣山で、朝廷の依頼により空海が剣山の地中深くにアークを埋めたという。四国八十八ヶ所はそれを守るための結界説(剣山の宝を守っているという大蛇伝説も何かしら関与しているかも)。
そしてもう一つが伊勢神宮だといわれています。伊勢内宮の御神体、八咫の鏡の裏面には「我はありてあるものなり」と古代ヘブライ語で刻まれているなんて噂や、先述の石灯籠神紋然り。さらに伊勢神宮といえば、20年に1度全てを建て替える式年遷宮が有名ですが、アークもまた20年に1度、場所を動かさないと神の怒りに触れるなど何かと繋がりがこれまたあるようでないようで。
しかしこのダビデの紋章=六芒星は伊雑宮の神紋だともいわれていますし、日本でも古くから籠目紋として定着しているので無理にユダヤだなんだと関連づける必要もないかもですね。
難しすぎて何が何だか理解できない。
お許しあれ
石灯籠は戦後建立されたものなんですね~。知らなかった、戦前だと何故か勝手に思ってました。
伊勢神宮とユダヤの話は、下手するとUFO(宇宙人)とかも絡んできて、きちんとした学者さんから見たら眉唾ものでしょうけど、一般人からしてみれば、面白いし興味深いですよね。私は不思議ミーハーなので、結構好きです(笑)。
猫成分、ばっちり補給出来ましたか?
やっぱ新しい見解も必要ありかと。伊勢に来るときは是非声でもかけてください。ボランティアガイドします、胡散臭さばつぐんの(笑)。
猫成分まだまだ足り~ん。プウとロビに会いたくてどうしようもないですね。