兎神伝
紅兎〜追想編〜
(14)刺青
社(やしろ)で、皆が共に食卓につける日は滅多にない。
神饌共食祭の穂供(そなえ)は、随時受け付ける事になっている。
私が宮司に就く前は、時間に制限は設けられていなかった。早朝であろうと、深夜であろうと、好きな時に参拝し、好きなだけ、兎神子(ことみ)に穂供(そなえ)をする事が認められていた。
また、兎神子(とみこ)達が一日に穂供(そなえ)を受ける人数も、一度に穂供(そなえ)を受ける人数も、制限はなかった。その兎神子(とみこ)に穂供(そなえ)したい者がいれば、一日に何人でも受け付けたし、一度に何人もで穂供(そなえ)する事も認めていた。
その為、寝る時間も食べる時間もなく、一日中、穂供(そなえ)を受ける時があった。また、一度に、二人三人は当たり前で、五人以上の穂供(そなえ)を受ける時もあった。その為、一日に、合計数十人の穂供(そなえ)をうけるのは、当たり前であった。
それを、私は、一人が一日に穂供(そなえ)を受ける数は上限五人まで、一度に穂供(そなえ)を受けるのは一人のみと取り決めた。また、受け付ける時刻も、朝は辰上刻から夜は戌下刻まで、一人に相手する時間は最長一刻、宿泊は認めない事も取り決めた。
特に、一度に受け付ける人数は一人のみは徹底し、例え祭礼の日であっても徹底していた。
それでも…
ほぼ、一日、ひっきりなしに参拝者が訪れる事に変わりなく、同じ時間に休息を取り、同じ時間に食事をすると言うのは、まず、不可能であった。
それだけに…
たまに、何か理由つけては、穂供(そなえ)を休みとし、皆で休息を取り、皆で食事できる時は、貴重でもあり、楽しみでもあった。
「うっわー!うっまそー!」
「おいしそー!」
料理の並ぶ食卓を前にした途端、皆、大はしゃぎであった。
「いっただっきまーす!」
席にも着かず、竜也がいきなり天麩羅に手を伸ばした途端…
「まだ、駄目!」
と…
例によって、眉に皺寄せ、口をへの字にした由香里に思い切り頭を打たれるのと…
悪いお兄ちゃんを見習って…
「いっただっきまーちゅ!」
満面の笑顔で、こちらは…
「ハーシ、ハーシ、美味ちいね。」
と、手ではなく箸を伸ばそうとするだけ行儀の良い希美が…
「コラッ!行儀わるいぞ!」
と、『メッ!』をする和幸に叱られて…
「いただきまちゅ、言えたよ…ハーシ、ハーシ、美味ちいね、できたよ…」
希美が蓄音機のように、同じ言葉を繰り返しながら、泣き出すのが同時であった。
すると…
「もう!お父さん!そんなに、怒らなくても良いじゃない!希美ちゃん、いただきますも言えたし、お箸だって、持てたじゃない!」
と、菜穂が、和幸に捲くしたてた。
「でも、みんな席にも付いてないのに、箸をつけようとするのは、行儀悪いだろう!」
と、和幸が言い返せば…
「仕方ないじゃない!目の前に、とっても良くない見本のお兄ちゃんがいるんですもの!」
と、菜穂が更に捲くしたて…
「そう!リュウちゃん、あんたが一番悪い!」
由香里は、もう一発、思い切り竜也の頭をぶちのめした。
すると…
「もう!そんなに、リュウ君打たなくても良いじゃない!」
今度は、竜也にはとてつもなく、甘~いお姉ちゃんの雪絵が食ってかかり…
「リュウ君、痛かった?」
と、竜也の頭を撫でてやると…
「うん、すっごく痛かった…」
竜也は、大袈裟に頭を抑えながら、雪絵の胸に顔を埋めると、さりげなく、豊乳な乳房に手を伸ばし…
「よしよし、可哀想、可哀想…」
と、雪絵はその手を胸元に潜り込まさせ、周囲の目のやり場を困らせた。
一方…
大袈裟でもなんでもなく…
「ウゥゥーッ…痛ててぇ…」
「アァァーッ…痛いポニョ~」
と、本当に痛そうに、政樹と茜が頭を抱えて入って来ると…
由香里は…
「フンッ!」
と、鼻を鳴らして、そっぽ向いた。まだ、里一と二人きりでいるところを覗かれた事に、怒り心頭のようである。
「あー!シンさん!」
黄色い声をあげたのは、竜也としっとりしかけていた雪絵であった。
「まあ!本当だポニョ~」
続けて、茜が声を発すると…
「いらっしゃーい、こっちこっち!」
進次郎の方へ飛んでいって、腕を組んだ。
どうやら、色男を見たら、由香里に殴られた痛みなど消し飛んだようだ。
「シンさん、私の隣に座るポニョ~」
茜が、進次郎の腕に頬をスリスリして言うと…
「何言ってるの!私の隣よー!」
雪絵も、竜也を放っぽらかして、飛んできた。
「私の隣よ!」
「私の隣ポニョ~!」
二人が、進次郎の取り合いを始めると…
「茜ちゃん!」
「ユキ姉!」
政樹と竜也が、顔色変えて声あげた。
そこへ…
「まーったく、二人とも、相変わらず男好きね!呆れるわ!」
ツンケンした顔をして、亜美が入って来た。
「アッちゃん!」
「アッちゃん!」
「亜美姉ちゃん!」
由香里、政樹、茜が、同時に声をあげた。
三人は、まだ、希美を早苗と重ね見て、元に戻った事を知らなかったのだ。
「アッちゃん…よく、まあ…」
由香里は、飛んでくるなり、亜美を強く抱きしめて、涙を溢れさせた。
「今夜もソーメン?」
亜美は、食卓の上を見て、ツンとした顔で言った。
「真冬に冷ソーメンなんて、相変わらずの季節感ね。」
すると…
「言えてらー!」
やはり、涙目を擦っていた政樹が、悪戯っぽく相槌を打った。
「どーせなら、鍋でも食いたかったぜ!」
対し…
「フン!どーせ、マサ兄ちゃんが、茜ちゃんと材料全部、しょうのない菓子にしちまったんでしょ!」
亜美が、これまた憎らしい物言いで言うと、一瞬、しんみりしかけていたその場は、どっと爆笑の渦に包まれた。
「実は、そうなの!今夜だって、天麩羅の材料、ぜーんぶお菓子にしちまってさー。危うく、ソーメンだけの寂しいお祝いになるところだったのよー。
ねえ、リュウ君。」
雪絵が言うと…
「ねぇ。」
竜也は、飛んできて相槌を言うなり、これを機会と見て、雪絵の腕を抱え込んで、進次郎から奪還した。
「フン!そのソーメンも、あんたと、そこの愛しの坊やの味見で、なくなっちまわなかったのが奇跡だわ。」
まだまだ続く亜美の憎まれ口に、更なる爆笑が渦巻いた。
「それにしても、ユキ姉ちゃんも、茜ちゃんも、男の何がそんなに良いのか理解に苦しむわ。男なんて、みーんな、私らの事、便所か玩具にしか思ってないじゃない。」
「ポヤポヤ~、そーんな事言ーっちゃうポニョ~。」
雪絵が竜也に奪還されると、茜は逆にすかさず進次郎をガッチリ抑え、もう片方の腕に政樹も抱え込みながら言った。
「亜美姉ちゃんだって、そこに、すてーきな旦那様がいらっしゃるポニョ~。」
秀行は、何を言われても相変わらずの無表情であったが、見るものが見れば、微かに口元を綻ばせ、目元を愛しげに細めて、亜美を見つめている事がわかった。
「フンッ!」
亜美はまた、ツンとそっぽ向くと、自分の二倍近くあぬ秀行の腕にしがみついた。
「ヒデ兄ちゃんを、そんじょそこらの男と一緒にしないでちょーだい!ヒデ兄ちゃんは、女を便所や玩具になんか見てないんだからね。本当、優しいんだから。
それと…」
亜美は、ふと、少し離れた場所で、見えぬ目で優しくこの光景を見守る男に目を止めると、由香里の耳元に口を寄せた。
「里一さんもね…」
「アッちゃん…」
由香里が、思わず目を見開いて亜美の方を見ると…
「ユカ姉ちゃん、さっさとモノにしちゃいな。でないと、あんな素敵な人、他の女に持って行かれちゃうよ。」
亜美は、ニィッと笑って見せた。
「まあっ、ナマ言っちゃって、このおチビさんが。」
由香里も、人差し指で、チョンと亜美の額を小突くと、ニコッと笑って見せた。
「幸せになりな、サナちゃんの分もね。」
「ユカ姉ちゃんこそ、もう、私達の事ばかり気にかけてないで、自分の幸せ考えて。」
亜美が言うと…
「それは、アッちゃん次第。アッちゃんが元気出してくれないと、姉ちゃんも幸せになれない。」
由香里は、もう一度亜美を思い切り抱きしめて、頭を撫で回した。
食堂の隅では、朱理がなかなか席に就けずにいた。
何処に座りたいか、もう決まっている。
既に、菜穂は父に叱られて、まだ泣き止まない希美を胸に抱いて宥めながら、決めた席についている。
その二人と、希美を挟むようにして、和幸が座っていた。
「ナッちゃん、ほら、だから、希美ちゃんだって、もう十歳なんだからさ、行儀も教えないと…」
「フンッ!歳は十歳でも、可哀想な事がいっぱいあって、まだ、三歳の子と同じなのよ!良い子良い子してあげて、いっぱい可愛がってあげないと、大きくならないの!やっと、お箸使えて、頂きますだって言えるようになっなのに、酷いわ!お父さんが、こんな、優しさのかけらもない人なんて知らなかったわ、フンッ!」
「ナッちゃん…」
「希美ちゃん、よしよし…もう、泣かない泣かない…希美ちゃんがお利口さんなの、お母さんが一番知ってるからね…」
菜穂は、一層、優しく希美を抱きしめ頭を撫でてやりながら、和幸を睨みつけて、また「フンッ!」と、そっぽ向いていた。
朱理は、和幸の隣に座りたかった。
以前ならば、和幸を挟んむようにして、三人仲良く並んでいたのだ。そして、殆ど話さず、お内裏様とお雛様みたいに品良く笑う二人の側で、小鳥のように延々と喋り続けていたのである。
そこに、希美が加わった。
ついさっき…
かつて、誰よりも先に愛の親友になったように、今度は、希美を親友にした…と、自分では思っている。
出会った頃、八歳にして大人びていた愛とは逆に、十歳なのに、赤ん坊みたいな希美を、弄りたくて弄りたくてたまらなくもあった。
しかし…
すっかり親子として出来上がってしまっている三人に、なんか近寄り難いものがあって、モジモジしていたのである。
「アケちゃん、席が決まらぬでござるか?」
不意に声をかけられ、振り向くと、這々の体で茜の腕を逃れてきた進次郎が、笑いかけていた。
朱理は、ポッと頬を赤くした。
和幸に対するのとは別に、進次郎に対しても、仄かな思いを抱いていたからだ。
「アケちゃん、今日はまこと、美しゅうござるよ。」
朱理は、また一段と頬を赤くする。
「拙者は、もう、席を決めてござる。ささ、一緒に参ろうぞ。」
「え…あの…その…」
進次郎は、忽ち浮き足立つ朱理の手を引くと…
「カズさん、隣は空いてござるか?」
「おーっ!シンさん、アケちゃん!ちょうど良いところに来てくれた!助けてくれ!」
和幸が言うと、進次郎はさりげなく、朱理を和幸の隣に朱理を座らせ、自分はその隣に座った。
朱理は、肩を小さく窄めて、益々、顔を赤くしていた。
「ポヤポヤ~!アケちゃん良いポニョ~。カズ兄ちゃんとシンさんに挟まれてるポニョ~。両手に花って、この事だポニョ~。」
茜が思わず声を上げると…
「それじゃー、私も~!ポヤポヤ、ポニョポニョ…」
言うなり、力任せに引っ張ってきた政樹と一緒に、進次郎の隣に座り込んだ。
「良いポニョ~、シンさん。」
茜が、両脇の進次郎と政樹と腕を組んで満面の笑みを浮かべると…
「やあ、マサさん。」
苦笑いを傾ける進次郎に…
「フンッ!」
と、政樹はそっぽ向いて見せた。
「だからね…もう!お父さん!」
菜穂は、和幸を中心に着々と皆の席が決まって来るのも気づかず、相変わらず、くどくど説教を続けていた。
「なあ、アケちゃん、シンさん、僕を助けてくれないか?さっきから、ナッちゃんに虐められて困ってるんだ。」
和幸が、朱理と進次郎に助け舟を求めると…
「アケ姉ちゃんは、勿論、希美ちゃんの味方してくれるわよねー。」
菜穂が、希美の肩を抱いて、頭を撫で撫でしながら言った。
希美はと言えば…
「ガマン、ガマン、お利口さん。」
と口走りながら、ニコニコ笑っていた。
いつの間にか、皆が席について『いただきます。』を言うまで、我慢する事を、菜穂に教わり、納得して褒められていたのだ。
「まあ、希美ちゃん、お利口さん、お利口さん。優しく教えてあげれば、ちゃーんと覚えるんだもんねー。」
菜穂が、また褒めてあげると、希美は一層嬉しそうに笑った。
「後で、ご飯の後、アケ姉ちゃんに遊んで貰おうね。」
「うん。」
すると…
「アケちゃん、娘ができて、お母さんが余り相手してくれなくて困ってるんだー。今夜、久し振りに一緒に寝ようか?」
和幸は、スッと朱理の肩に腕を回して言った。
朱理は、また、顔を赤くした。
「アケちゃん、今日は本当に綺麗だよ。一年ぶりに、朝まで僕を暖めておくれ…」
「カズ兄ちゃん…」
和幸に切れ長の優しい眼差しを向けられると、朱理は蕩けるような目をして、和幸の顔を見上げた。
すると…
「あらそう…アケ姉ちゃん、私の味方してくれないの…親友だと思ってたのに…親友だと思ってたのに…酷い…酷いわ…」
菜穂は突然、食卓に顔を伏せて、「エーン!」と、声を上げて泣き出し、周囲は、和幸に説教始めた時にも増して、唖然とした。
あの大人しく淑やかだった…筈の菜穂の変化に、益々驚いたのだ。
「お母さん、虐める人、嫌い!」
希美は、意味もわからず、菜穂に味方してそっぽ向く。
「希美ちゃん…」
朱理は、着せ替え人形にして遊ぶのを楽しみにしていた希美にそっぽ向かれると、指先突いて(´・ε・̥ˋ๑)←こう言う顔になり…
「そりゃ、その…やっぱり、小さい子は優しく、良い子良い子して、その…あの…」
と、口をモゴモゴさせながら言った。
「わあ!やっぱり、アケ姉ちゃんは、私の親友だったのね!」
菜穂は、カバッと顔をあげて、泣き出したのが嘘のように、満面の笑顔で言った。
「お母さん、友達、大好き!」
希美も、やっぱり意味も分からず満面の笑顔を向けて言った。
朱理も思わず笑顔になる。
しかし…
「そっか…アケちゃんは、僕に味方してくれないんだね…僕…僕…寂しいよ…」
変わって、短い間に、菜穂から嘘泣きを学習してしまった和幸が、手拭い噛み締めながら、顔を背けて、「ウッ…ウッ…ウッ…」と、嗚咽の声をあげた。
「そんな…カズ兄ちゃん…」
朱理は、またまた、(´・ε・̥ˋ๑)←こう言う顔になった。
隣で、和幸と菜穂の板挟みになり、泣きそうな朱理の隣で、笑って良いものか、深刻な顔して間に入った方が良いものか、進次郎が困りかけた時…
「ポヤポヤ~。カズ兄ちゃん、みーんなに虐められて、可哀想ポニョ~。私は、いつだって、カズ兄ちゃんの味方だポニョ~。」
茜は、ここぞとばかりに、思い切り悩ましい流し目を向けて言った。
「おおっ、茜ちゃんは、僕の辛い気持ち、わかってくれるんだね。」
「勿論だポニョ~。可愛い娘の為に、心を鬼にして、厳しい顔をする、お父さんの辛~い気持ち、よくわかるポニョ~。」
「嬉しいよ、僕、とっても嬉しい。茜ちゃん、ありがとう。」
「マサ兄ちゃんも、カズ兄ちゃんの味方だポニョ~。」
急に話を振られて、目を丸くする政樹は…
「お父さんは、可愛い子を厳しく躾けなきゃいけないから、辛いポニョ~。」
茜に念を押されると…
「あ…うん、そーだよ…そうそう、お父さんは辛いんだ。」
腕組みをして、いかにもいかにもと言う風に、何度もうなづいて見せた。
「ほらね、マサ兄ちゃんも、カズ兄ちゃんの味方だポニョ~。安心するポニョ~。」
茜が、両目を三日月にしてニッコリ笑うと…
「ありがとう、本当にありがとう。」
和幸が満面の笑みを浮かべるのに対し…
「酷い!酷い!みんなで、お母さんを虐める~」
言うなり、菜穂は、またまた、食卓に顔を伏せて、「え~ん。」と、声を上げて泣き出し…
「お母さん、よちよち…」
と、希美は意味も分からず、悲しそうな顔して、菜穂の頭を撫で出した。
「ところでさ…」
茜は、ここぞとばかりに、これ以上ない程、色っぽいしなをつくり、下心ありありな流し目を、和幸におくった。
「私って、奥手だポニョ~。ウブな小娘だポニョ~。マサ兄ちゃんを思い切り悦ばせてあげたいんだけど…最近、どうも上手くできないポニョ~。」
「いや、そんな事ないぞ。俺、いつも、茜ちゃんと…」
何か嫌~な雲行きになってきたので、慌てて言う政樹をそっちのけに…
「ねぇ、カズ兄ちゃん、久しぶりにあっちの手解きして欲しいポニョ~。」
三日月の目をとろ~んとさせて、茜は益々艶っぽく言った。
間に挟まれた進次郎は、一瞬、笑いかけていたのだが…
「ねえねえ、そろそろ、おしまいにしようでごじゃるよ…」
隣で、(;´・ω・)←こう言う顔になって、困り果ててる朱理を見て、思い切り神妙な顔をこしらえた。
しかし、まだまだ治らない。
「よしよし、わかったわかった、いつでもおいで。僕の床の中は、いつでも、茜ちゃんに開かれてるよ。」
「嬉しいポニョ~!それじゃあ、今夜にも…」
茜が、とろんとした流し目を向けて言うと…
「茜ちゃん!」
正樹は、忽ち😱←こう言う顔になって、今にも和幸の方にフワフワ飛んで行きそうな茜にしがみついた。
「いーわよ、いーわよ…こうして、哀れな女は、男に捨てられるのね…」
菜穂は、拗ねたように言うと…
「希美ちゃん、私達、女二人、この試練に耐え抜きましょうね。大丈夫…私達には、同じ男に捨てられる、アケ姉ちゃんと言う強い味方がいるからね。」
朱理に、涙目で熱い視線を送りながら、希美を抱きしめた。
「えーーーーっ!」
朱理は、忽ちΣ('◉⌓◉’)←こう言う顔をして絶句した。
「あーらら…マサ兄ちゃん、どーすんの?マサ兄ちゃんの、尻軽…失礼、可愛い茜ちゃん、今夜にも取られちゃうわよ。」
亜美が、ツンとそっぽ向いて言うと…
「そうねえ…カズ兄ちゃん、床の中では、誰よりも情が深いし、細やかだし…女の子の身も心も蕩かせて、悦ばせるのは天下一品だものねー。一度、カズ兄ちゃんに抱かれるのを覚えたら…まあ、二度と他の男になんか目を向けなくなるかもねー。」
雪絵は食卓に肘つけて組む両手に頬を乗せると、面白そうに言った。
政樹の顔は、😨←から🥶←に変化して行き…
「ユキ姉、どうして、そんな事知ってるの…」
と、それまで殆ど会話に興味を示してなかった竜也も、😨←こんな顔になりだした。
「あらまあ、せっかくのお祝いだってのに…主役の爺じと愛ちゃんが来る前に、とんだ修羅場になってるのね。何が原因なのかしら…」
里一と、せっせとお膳の支度を続けていた由香里は、呆れ顔で、進次郎に尋ねた。
「娘の教育を巡っての、まあ、痴話喧嘩でござるな。」
笑うのを必死に堪える進次郎は、精一杯、澄まし顔を作って答えた。
「まあ、希美ちゃんの…」
「こう言う問題は、複雑でござるの?」
「その割には、楽しそうよ、シンさん。」
由香里は、ますます呆れたように、首を振った。
「シンさん、そろそろ、この話…決着をつけてやった方がようござんせんか?」
それまで、一言も発さなかった里一が、漸く横から口を挟んで言った。
「拙者が…で、ござるか?どうして?」
「あっしは、聞いてるでござんすよ。裁きにかけては、シンさんは天下一品だと…」
「そうそう…シンさんの名裁き、鱶見社領(ふかみのやしろのかなめ)で知らぬ者なしですもんねえ。この前だって、ほら…遠く山向こうの末社領(すえつやしろのかなめ)でおこった、連続空き巣事件…あれを解決したのもシンさんだったんでしょう?」
由香里が言うと…
「あ、それ、おいらも知ってるぞ!」
竜也も、ひょこっと首を伸ばして言った。
「何でも、金持ちばかり狙って貧乏人からは盗まねえとかで…義賊と持て囃されたり、噂の紅兎の仕業じゃねえかと囁かれた奴…」
「でも、蓋を開けてみたら、鼠小僧の忠吉(チューきち)とか言うコソ泥だったのよねえ。」
隣で、菜穂と和幸の痴話喧嘩から、こちらに関心を移した雪絵も続いて言った。
「それを、あのご自慢の刺青で、見事に解決してきたんでしょう。以来、シンさんは、遠山のシンさんって、呼ばれるようになったのよねー。凄いわ~。」
「ポヤ~!あの噂の桜吹雪だポニョ~。
ねえ、ねえ、シンさんの刺青って、そんなに凄いの~!見せて欲しいポニョ~!」
今度は、茜が三日月の目をお星様にして言い出した。
「ねえねえ、マサ兄ちゃんも見たいポニョ~!」
「オォーッ!見たいとも!」
政樹は、とにかく、茜の興味が和幸から逸れて、しめたっ!と、ばかりに相槌を打った。
「私も見たいでごじゃる~!」
朱理は、単純なる興味ではしゃぐように言った。
「シンさん、刺青見せて~!」
「出して!出してー!」
「シンさん!シンさん!シンさん!」
「刺青!刺青!刺青!」
やがて、その声は、歓声となって、連呼された。
「やむを得んなー…」
進次郎は、相変わらずの澄まし顔で、溜息を一つつくと立ち上がり…
「えぇぇぇーいっ!やあっかましいやー!!!」
ドンッ!と、それまで座っていた椅子に片足を乗せながら、荒げた声を張り上げた。
「貴様ら如き悪党に、二度三度、拝ませるのは勿体ねぇが、冥土の土産だ、とくと拝みやがれ!」
「オォーッ!良いぞ良いぞ!」
「シンさん、最高だ!」
進次郎が、諸肌を脱ぎ、肩から背中にかけて一面に描かれた、吹雪く桜の刺青をさらけ出すと、忽ち歓声が上がった。
「おうッ!あの晩、見事に咲いた、お目付桜、夜桜を、汝等(うぬら)見忘れたとは言わせねぞ!」
最初…
何となく乗り気でなく…
娘の教育を巡って、ちょっと拗れた痴話喧嘩の流れで、致し方なしに始めた事ながら…
「わあ!素敵!これが、噂のシンさんの桜吹雪ねー!」
「遠山のシンさん、良いぞー!」
「カッコいいポニョ~!」
皆の声が飛び交ううちに、進次郎も、だんだんと乗り気になり…
今や…
『またもや、一つ一件落着だぜ!主賓登場までの、良い座興じゃー!』
と、自分で自分に酔いかけていた。
ところが…
大きい声を出されると、少しでも胸や股間を隠すような仕草をすると仕置きされた、赤兎だった頃を思い出す希美は…
「着物を着てはいけまちぇん…身体(からだ)を隠してはいけまちぇん…」
蓄音器のように同じ言葉を繰り返しながら、次第に鼻を鳴らして、ベソを掻き出し…
遂には、大きな声を上げて、泣き出してしまった。
「もう!シンさん!」
菜穂が、ドーーーーンッ!と、食卓を激しく叩くと、一気にその場は、シーンと静まり返り…
「シンさんが、馬鹿声張り上げるから、希美ちゃん、怖がって泣いちゃったじゃない!」
「あ…面目ない…」
進次郎は、菜穂の剣幕にタジタジとなり、そそくさと着物を着なおして、むき出しにした、桜吹雪の刺青の諸肌をしまいこんでしまった。
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