兎神伝
紅兎〜追想編〜
(11)御帰
酉の刻…
宮司屋敷(みやつかさやしき)を出たは良いものの…
夕闇が色濃さを増す庭先を一人ふらつきながら、まだ、宿坊に入るのを躊躇っていた。
拾里では、愛と過ごした安らかな日々ばかりを思い出していた。
愛に抱かれ、初めて深い眠りにつけた日々…
百合と眠るのも安らかであったが…
愛の腕がたまらなく恋しかった。
『ねえ、親社(おやしろ)様は、愛ちゃんと百合さんと、どっちが好きなの?』
菜穂に尋ねられた時、答えられなかった。
百合とずっと一緒にいたいと願いつつ、愛の温もりが恋しくてたまらなかった。
しかし…
いざ帰って来てみると、なかなか愛の元に行けない。
愛は、私に多くのものを与えてくれた。
幼い頃、百合が与えてくれたのと同じものを、この年になって、愛が私に与えてくれた。
だのに…
助けてやれなかった…
守ってやれなかった…
何もしてやれなかった…
私がした事と言えば…
脳裏には、在りし日の父の姿が過って行く。
私が座視する前…
『寝ろ。』
父は、引き摺るように連れてきて百合に、大きな寝床に寝るよう命じた。
寝床の周囲を、十人の教導官(みちのつかさ)達が取り囲み、百合を冷徹な眼差しでジッと見据えている。
百合は、教導官(みちのつかさ)達を見渡すと震え出し、救いを求めるような涙を浮かべた眼差しを私に向けてきた。
『何してる、さっさと寝ろ!』
父は、いつまでも震えて尻込みする百合に、痺れを切らせたように声を張り上げると、百合を思い切り蹴飛ばして、寝床に転がした。
すると、教導官(みちのつかさ)達は一斉に着物を脱ぎ、蟻の如く小さな百合の身体(からだ)に群がり出した。
『イィィーッ!イィィーッ!イィィーッ!』
百合は、教導官(みちのつかさ)達に身体(からだ)を弄り回され出すと、食いしばる歯の間から呻きを漏らし出した。
『これから、兎の扱い方を教えてやる。よく見ておけよ。』
父も着物を脱ぎながら、私に向かって言うと、ゆっくり百合の身体に向かって行った。
『脚を拡げて、あいつに見せてやれ。』
父が命じると、教導官(みちのつかさ)達は百合の小さな脚を大股に拡げ、私に向けてきた。
『まずは、神門(みと)を大きく開いて、参道を通りやすくする…』
父は言うなり、指先で仄かな薄紅色した小さな神門(みと)のワレメを拡げて見せた。
『イッ…イッ…イッ…』
百合は、これから始まる事を予測してか、涙目で父の指先を見つめながら、食い縛る歯の間から低い声を漏らして一層激しく震えている。
父は、神門(みと)のワレメ先端の包皮をめくり上げると、あるかなしかの小さな神核(みかく)を直に摘み出した。
『アーッ!』
百合が思わず顎を反らせ、身を退けぞらせて声を上げると、教導官(みちのつかさ)達は動けぬよう力強く押さえつけた。
父は更に乱暴に神核(みかく)を摘み上げ、抓り上げてゆく。
『アーッ!アーッ!アーッ!』
百合は、押さえつけられた身体(からだ)を必死に踠かせながら、首を振り立てて声を上げ続けた。
『動くな!大人しくしろ!』
父は怒鳴りつけながら百合の頬を二発か三発叩くと、徐に百合の神門(みと)のワレメを更に拡げて、参道に指を突き刺した。
『アァァァァーーーーーッ!!!』
百合は、凄まじい声を上げるや、海老の如く腰を跳ね上げ、身体を捩らせた。
父は、そんな百合に一片の容赦もする事なく、刺した指で参道の中を掻き回していった。
『アァァァァーーーーーッ!アァァァァーーーーーッ!アァァァァーーーーーッ!』
必死に腰を跳ね上げ、身体を左右に捩らせ踠く、百合のつんざくような絶叫が、室内に響きわたる。
しかし、それはまだ始まりに過ぎなかった。
『このくらいで良いだろう。』
父は存分に掻き回し、真っ赤に充血した神門(みと)のワレメと中の参道を見つめて言うと、いきり勃った穂柱を、ゆっくり近づけていった。
『イッ…イッ…イッ…』
父の穂柱が、参道に捻り込まれ出すと、百合はまた、食いしばる歯の間から、呻きを漏らし出す。
やかて…
『アァァァァーーーーーッ!キャーーーーーッ!!!』
父が参道の奥まで穂柱を突き刺し、激しく腰を動かし始めると、百合はまた、室内を破裂させるような絶叫を上げた。
それは、永遠とも思われる刻の中、延々と続けられた。
父がこれ以上放てなくなるまで、何度も百合の中に白穂を放ち終えると、それまで百合を押さえつけていた教導官(みちのつかさ)達が入れ替わり立ち替わり百合を貫いた。
教導官(みちのつかさ)達は皆、少なくとも五回以上は百合の中に白穂を放った。
存分に放ち終えた教導官(みちのつかさ)達も、また息を吹き返すと、今度は百合の口や尻の裏参道に穂柱を捻り込んでいった。
『どうだ、気持ち良いだろう?うん?気持ち良いだろうと聞いてるんだ!』
父は、参道も裏参道も口腔内も、白穂塗れになり、息も絶え絶えの百合の頬を打ち据えながら、怒鳴りつけるように言うと…
『気持ち…良いです…』
『もっと、して欲しいだろう?』
『もっと…して…欲しいです…」
『聞こえない!』
『もっと、して下さい!』
百合は、涙目で叫ぶように言った。
すると…
『良い子だ、良い子だ。それじゃあ、もっとしてやろう。』
父は大きく頷きながら言い、既に何十回、小さな参道と裏参道と口腔内に放ったか知れない穂柱を、再びいきり勃たせて、白穂と血に塗れた参道に捻り込んだ。
『アァァァァーーーーー…』
百合は、最早声にならぬ声をあげながら、弱々しく身体(からだ)を捩らせる。
私は、拳を震わせながら、父達に弄ばれる百合の姿を見続けた。
あの時も…
何もできない自分に苛立ちを覚えていた。
『何目を背けてる、しっかり見ないか!』
百合の三つの孔に何十何百放ったとも知れぬ父は、側に来るなり私の髪を掴んで、百合の方に目を向けさせた。
『イギッ!イギッ!イギッ!イギギギ…!』
四つん這いにされた百合が、再び三人の教導官(みちのつかさ)達に表参道と裏参道と口とに同時に穂柱を捻りこまれていた。
他の教導司達は、横から百合の膨らまぬ胸や胸の突起を抓り上げ、百合の手に穂柱を握らせたりしていた。
『ほらほら!しっかり舌を使わんか!舌を!そうそう!そうやって、先っぽを中で舐めるんだ!』
百合の口に入れてる教導官(みちのつかさ)は、何度も何度も百合の頬を打ち…
『何、力抜いてる!しっかり中で締め付けろ!』
『そうだ、そうそうそう…入れる時は力抜き、出す時は絞るように力をいれるんだ!』
百合の表参道と裏参道を抉る教導官(みちのつかさ)二人は、百合の尻や腰を激しく叩きながら、どやしつけつけていた。
『良いか、兎を甘やかすなよ。女は幼い内から穂供(そなえ)られる事で鍛えられ強くなる。天領(あめのかなめ)の女達が、少しばかし無理やり穂供(そなえ)されたぐらいで自殺したり発狂するのはな、慣れてないからだ。こうやって、幼いうちから穂供(そなえ)に慣らされれば、少しばかし強引に(そなえ)されても自殺などしない強い女に育つんだ。』
父はそう言うと、いきなり私の着物を脱がせ始めた。
『さあ、次はおまえだ。おまえが、百合を強く強く鍛え抜くんだ。』
やがて、百合の口と表参道と裏参道を貫いていた三人の教導官(みちのつかさ)達が同時に中で放つと、父は引き摺るように私を百合の側に連れてきた。
口の中に放たれた白穂にむせる 百合が、涙目で私を見つめる。
『さあ、どの参道から通りたい?表参道か?裏参道か?それとも上の参道か?今日は三つとも通してやるぞ。それぞれ、違う味がするからな。』
私に拒絶する選択肢は与えられていなかった。
拒絶すれば、私ではなく、百合が拷問のような仕置をされるからだ。
何もできない自分…
言われるままに百合を穂供(そなえ)する自分…
何故存在してるのだ…
何故生きているのだ…
消えてしまいたい…
死んでしまいたい…
震える手を百合にかけながら、私はいつも思い続けていた。
『でかしたぞ!見事、的を当てたな!』
穂供(そなえ)の最中…
百合の中に放たれた瞬間、百合が私の胸の上に思い切り嘔吐するのを見て父が歓喜の声をあげた。
風は一段と冷たくなり、日が最も短い時期に近づいている。
今年も来月いっぱいで終わりを迎える。
そして…
兎神子(とみこ)達にとっては、最も忙しくなるのもこの時期となる。
年末年始に備え、社(やしろ)では数多の祭礼がある。
祭礼の最中、兎神子(とみこ)が懐妊する事は、とても縁起良い事とされている。
特に、年末年始の懐妊は、神領(かむのかなめ)において最高の吉事とされている。
穂供(そなえ)の最中、兎神子(とみこ)が悪阻を起こす事を、的当(まとあて)と言って、これまた、とても縁起良いとされている。
その時、兎神子(とみこ)に穂供(そなえ)をしていた男は、見事、その穂を当てて身篭らせたとされ、爺祖大神(やそのおおかみ)より大きな加護を得られると言うのである。
殊に…
年末に身篭らせた仔兎神(ことみ)は、丁度、顕中国(うつしのなかつくに)を平定した国築神(くづきのかみ)が、年に一度、天領(あめのかねめ)から帰国する神帰月(かむがえりつき)に出産を迎える。
国築神は、神帰月に出産した兎神子(とみこ)に的当した男を大いに祝し、次の一年、爺祖大神の加護とは別に、数多の恵みを与えると言われている。
実際に、そのご利益が如何程のものから定かでない。ただ、実際、的当をした男には、様々な玉串や初穂を減免される。殊に、年末に的当をした男は、本人だけでなく、一族共に一年間、全ての玉串と初穂を免除された。
最も…
それは、あくまでも、的当された兎神子(とみこ)が、確実に丈夫な仔兎神を産んだ場合である。流産、死産…仮に出産しても、障害や病を持っていれば、玉串や初穂の減免はなしである。
要するに…
的当を狙った男達に、こぞって兎神子(とみこ)の穂供(そなえ)に来させ、多額な玉串料を払わせる事を目当てにした伝承である。
『馬鹿馬鹿しい風習だ…何もかも…』
ドサッ…
物が落ちる重たい音…
振り向けば、楓の梢から、積もった雪が落ちていた。
『白い花…』
梢と言う梢に積もる雪を見て、私は心の中で呟いた。
早苗は、梢に積もる雪を見て、いつも白い花が咲いたと言って、はしゃいでいた。
同時に…
楓の葉が赤子の手に見えていた早苗は、雪が積もると、霜焼けして可哀想だとも言って、枝先と言う枝先に、小さな手袋をかけたがりもした。
『あの子の懐妊は、五人目を除いて全て的当であったな…』
ふと、そう思う。
早苗の中に思い切り放った瞬間、四人目の妊娠を告げる悪阻の嘔吐をするのを見て…
『おい、見てくれ!見事、的を射抜いてやったぞ!これで、こいつに射抜いたのは二度目だぞ!』
歓喜の声をあげたのは、かつて、三人目の懐妊を告げる悪阻の嘔吐をした時、四人係で早苗を弄んでいた男達の一人であったと言う。
あの時…
四人は、それぞれ、的を射抜いたのは自分だと主張して譲らず、結局、四人とも的当による減免を得られずに終わった。
その口惜しさもあってか…
『どうだ!これでわかったろう!あの時も、的を射抜いたのは、この俺だ!この俺が、こいつを二度も射抜いてやったんだ!ざまあ、見やがれ!』
苦しそうに嘔吐する早苗の傍で、得意げに自慢し続ける脂ぎった男のニヤケ顔が、脳裏を過ぎり続けた。
最も…
早苗は、その四人目に出来た子は、当時、毎日のように早苗を抱いていた貴之だと信じ切っていたのだが…
私も、所詮は父の血を引く者なのだろうか…
苦しむ早苗を見て、的を射抜いたとはしゃいでいた男と同じなのだろうか…
白穂を放った瞬間、百合が私の胸に嘔吐し…
愛もまた、白穂を放った瞬間、私の胸に嘔吐した。
的当(まとあて)…
穂供(そなえ)…
神饌共食祭…
悍しい風習だ…
「よう、名無しー。」
不意に、嗄れた声に呼び掛けられた。
「ジュン。」
振り向くと、角ばった面長な顔が、元々細い目を一層細めて笑いかけていた。
まだ、四十代半ば過ぎだと言うのに、縮れ毛の豊かな髪は、殆ど白髪である。
鱶見社領(ふかみのやしろのかなめ)を支配する鱶見和邇雨家は、代々、神軍官(みくさのつかさ)の家系である、河曽根鱶見家(かわそねふのふかみのいえ)、河泉鱶見家(かわいずみのふかみのいえ)、河渕鱶見家(かわぶちのふかみのいえ)、何かの棟梁(むねはり)の中から、鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)の産土神職(うぶすなみしき)筆頭である鎮守社宮司(しずめのもりのやしろのみやつかさ)と、大連(おおむらじ)と呼ばれる、鱶見全社領(ふかみのすべてのやしろのかなめ)における神漏(みもろ)筆頭を輩出していた。
故に、この三産土神職家(みつのうぶすなのみしきのいえ)を総称して、鱶見御三家(ふかみのごみつのいえ)と呼ぶ。
純一郎は、鱶見御三家の一つ、河泉鱶見家(かわいずみはかみのいえ)の者とは言え、下級某系の産まれであった。
故に、鎮守社宮司(しずめのもりのやしろのみやつかさ)や大連など望むべくもなく、産土町内(うぶすなのまちうち)で下級官吏につければ良い方で、おそらくは名ばかりの官位(つかさのくらい)を得て終わりと思われてた。
しかし…
名門でありながら、下級某系の身にあった彼は、若き日より、和邇雨家(わにさめのいえ)の圧政と貧困に苦しむ末端領民の暮らしを知り、改革の志に燃えていた。
殊に、下級一門にとって、唯一の出世の道とも言える親社神職(おやしろみしき)の道を志す最中…
占領軍と接触する機会が多かった彼は、占領軍本国である洋上大鷲国(なだつかみのおおわしつくに)の掲げる民主主義なる教えに強く感銘を受け、いつか鱶見社領(ふかみのやしろのかなめ)…いや、神領(かむのかなめ)全てを、大鷲国(おおわしつくに)のような体制にするべきと考えるようになっていった。
改革の志…
大望を抱くのは簡単だが、実現への道は荊の道である。殊に、不正を嫌い、賂になると思えば、出されたお茶一杯すら口にする事を憚る清廉な彼が、数多の嫡流一族を退け、河泉産土宮司(かわいずみうぶすなのみやつかさ)の座と、本社権宮司(もとつやしろのかりのみやつかさ)の地位を得るのは、生半可な苦労ではなかったのであろう。
「名無しー、何こんな所で油売ってるんだ。愛ちゃんが首を長くして待ってるぞ。」
相変わらず、屈託のない物言いである。
気さくな笑顔と言い、凡そ、四十半ばにして白髪と化すような苦労を重ねてきた人物とは思えない。
「まだ、十二歳で赤子を産み、頼みのお前に去られ、一月も過ごさねばならなかった心細さ、わかるか?」
「わかるかって…
子供抱えた女房に、不倫で産ませた子まで押し付けて、何年も放して権力抗争に明け暮れていたおまえが、それを言うか?」
私が苦笑いして答えると…
「不倫で産ませた子とは失敬なー!あれは純愛だよ、純愛。妻もあいつの事は認めてくれてたし、病で早生したあいつのを子を、我が子として引き取りたいと言ってきたのは、妻の方だぞ。
純愛と不倫を混同しないで欲しいなー。」
「ものは言いようだな…」
私が苦笑いすると…
「おまえこそ、愛を一つに限定するもんじゃあないよ。同時に複数の人を純粋に愛する愛と言うものもあって良いだろう。」
純一郎は、人差し指を指揮棒のように、往生に振りながら、熱弁を振るい出した。
「カズ君を見習いたまえ。トモちゃんとナッちゃん、二人とも純粋に愛していただろう。アケちゃんなんか、大したもんだぞ。見世物でも良いからカズ君に抱かれたくて、皮贄の奉納を自ら志願したんだろう?にも関わらず、かく言う我が倅の進次郎にも…」
「拙者が如何なされましたかな?」
不意に…
一度話したら止まらない純一郎の弁舌を、凛として澄み渡った声が断ち切った。
「おーっ!進次郎、来ておったのか!」
「来ておったのかでは、ござらぬ。アケちゃんの健気な想い、父上の情事と一緒にされては、アケちゃんが可哀想でござる。」
「おいおい、おまえまで、私の純愛を…」
進次郎は、澄まし顔で、純一郎の言葉を聞き流しながら…
「サナちゃんへの負い目でござるか、名無し殿?」
相変わらず、射るような鋭い眼差しを向けて、私に言った。
「それとも、太郎君達、神饌組への負い目でござるか?だとすれば、彼らの純情、純愛への愚弄も甚だしゅうござる。」
答える代わりに、固く目を瞑る私は、ふと、威勢の良い本社領(もとつやしろのかなめ)のガキ大将を思い出す。
河本産土町産土宮司(かわもとのうぶすなのまちのうぶすなよみやつかさ)、河本棟梁龍太郎首鱶見神軍大佐橋龍和邇雨神祇中祐申(かわもとのむねはりりゅうたろうのおびとふかみみいくさのおおいすけはしりゅうわにさめのみかみのなかのじょうさる)の嫡男、太郎…
赤兎になる前から、愛に仄かな想いを抱いていた、乱暴だけど純情な少年…
悪さをしては、三つ年下の愛に怒られしょぼくれていた少年…
赤兎になってからの愛を、いつも必死に守ろうとしていた少年…
私は、彼の事も随分と傷つけてしまった…
『やい!名無し!テメェ、見損なったぜ!テメェ、愛ちゃんの何にもわかってねえんだな!』
私が、太郎に愛を抱かせようとお膳立てした時、残して去った捨て台詞が、今も耳の奥底に響いている。
「愚弄してんじゃねえ!こいつは、男じゃねえだけだ!」
不意に、懐かしい、威勢の良い罵声が聞こえてきた。
「やあ、太郎君!」
私が振り向いて言うと…
「てやんでえ、べらぼうめ!俺っちは、女を泣かす男がでぇきれぇ何でぇ!てめぇに、気安く呼ばれる名なんぞ持ち合わせてねえぜ!」
威勢よくたんか切る小柄な少年は、眉をVにして、まくし立てた。
「八つの時から、小さな胸に抱いた恋心。ひたすら想いを寄せた男の前で、来る日も来る日も数多の男にオモチャにされる幼い女心、テメェにわかるか?」
純一郎と進次郎が神妙な顔をして、全く同じ格好で腕組みして並び、示し合わせたように、一緒に頷いている。
そんな二人の前で、憧れの兄貴分、進次郎を真似て、背中に大きな『誠』の文字を刺繍した藤紫の羽織を着た小柄な少年は、尚も口が止まらない。
「その挙句…何が何でも身篭らせろと上からお達しがきて、やっと想い人に抱かれると思いきや、何と何と、別の男の子を孕ませろと、想いを寄せる男に命じられ…
何と切ねえ話じゃござんせんか!」
私が思わず絶句すると…
「よう!兄弟!」
新たな声に、私はビクッとした。
「おう!リュウ兄貴!」
太郎は、三つ年上の竜也(りゅうや)を見つけるや、彼の前で腕に目を当て、男泣きをして見せた。
「リュウ兄貴!愛ちゃんが、どんだけ切ねえ想いしていたか、わかるよなー!」
「わかるとも、弟よ!」
出会った頃…
社(やしろ)の黒兎達は皆年上…
白兎達も、茜は同い年、朱理は年下なのに、社(やしろ)に兎幣されたのが後だったので、菜穂以外全員から弟扱いされていた竜也は、太郎は貴重な弟分であった。
なので、いつだって必要以上に、年上ぶってものを言う。
今宵はまた、唯一の弟分に一年ぶりに再会するとあって、かつて以上に大仰な態度で太郎の肩に手を置くと、何度も何度も頷いて…
「だのに、このクソ親父…クソ親父…」
「そうかあ、そうかあ、わかるぞ、弟よ!」
よくわかったと言う顔をして、大号泣して見せた。
私が大きく溜息をつく傍で、純一郎と進次郎は、いつしか、これまた全く同じ格好で目に片腕を当てて、咽び泣き始めていた。
そこへ…
「もう、爺じ!爺じったら!」
雪絵が痺れを切らしたように、駆けつけて来ると、嫌な予感…
「ナヌ!」
まず、興味津々に顔を上げて純一郎が反応し…
「爺じとは、誰でござるか?」
次に、広げた手で、鼻の下を擦る仕草をしながら首を擡げる進次郎が、澄ました顔を取り繕いつつ、目はやはり興味津々の反応を示した。
私は、必死に素知らぬ顔をする。
しかし…
「爺じ!何よそ見してるのよ!愛ちゃんをいつまでも待たしたら、可哀想でしょう!」
雪絵は、情け容赦なく、私の袖を引っ張って、まくし立てた。
「ほほう…名無しー、お前もようやく名前ができたかー。爺じとは、良い名でござるなー。」
純一郎は、思い切りニヤケて言うと、広げた手で鼻の下を擦る仕草を強調して見せた。
「父上、拙者の真似はおやめくだされ…」
側で、進次郎が純一郎の袖を引っ張り、-_- ←こう言う顔をして言った。
と…
「あら、太郎君じゃない。」
雪絵は、一年ぶりの太郎に目を止めると…
「何、泣いてるの?また、おいたして、ユカ姉ちゃんにお尻ペンペンされてきたの?」
思い切り眉を釣り上げ、目を丸くして見せて言った。
「違うわい!俺っちは、愛ちゃんが可哀想過ぎて泣いてんだい!だろう!リュウ兄貴!」
「そうだとも!弟よ!」
と…
太郎と竜也は、また、互いに肩を組んで腕を目に当てて泣き出した。
「ふーん…何が可哀想なんだか、知らないけどさ…太郎君も酷いんじゃないのー。何で、愛ちゃんに会いに来てやらなかったのさー。
あの時、太郎君とあんな事があって、愛ちゃんずっと傷ついていたんだよー。あの日は、ずーっと泣きっぱなしだったんだから…」
雪絵が口をタコのようにして言うと、太郎は急に泣きやめて、今度はしゅんと顔をうつむかせた。
やがて…
「女になんか…女になんか…男の純情、わかってたまるか…
俺っち、どんな思いで、愛ちゃんへの想いを断ち切ったのか…」
「わかるぞ、弟よ!その気持ち、よーっくわかるぞ!」
竜也が側から言うと、太郎は、竜也の方を向き…
「兄貴!」
「弟よ!」
二人は、また肩を組み、片腕を目に当てて男泣きを始めた。
すると…
「そっか…太郎君も辛かったのねー。女の私だってわかるわー。だって、昔、トモ姉ちゃんに想いを寄せてるカズ兄ちゃんへの想いを断ち切った時、私も同じように辛かったもの…」
雪絵が貰い泣きをすると…
「そーっか!わかってくれるか!姉貴もわかってくれるのか!」
「わかりますとも!」
と…
今度は、雪絵も、太郎と竜也に混じり、三人輪になって肩を組み、片腕を目に当てて、号泣し始めた。
「本当に、本当に、愛ちゃん可哀想だったもんねー。毎日、毎日、辛い思いしてさー…
八歳の時から、幼い恋心を秘めて通い詰めた人の目の前で、あんな目に遭わされ続けて…
そんな愛ちゃんに一途な想いを寄せて、太郎君もよく見守ってたもんねー…必死に守ろうとしてたもんねー…
その想いまで断ち切って…
愛ちゃんの想いを遂げさせる為に…
だのに、だのに、爺じったら…」
私は、また、イヤーな予感がしてきた。
「やっと、切なくも儚い想いを遂げて赤ちゃんを産んだ愛ちゃんを、早々におっぽり出して、昔の女のところに走っちゃうんだもんねー!」
「な…なんだって!!!」
私が、思わず😨←こう言う顔になると…
「全く、この色ぼけクソ親父、ヒデェ奴だぜ!」
太郎が、雪絵に続く…
「俺っちが、会いてえ気持ちを堪えに堪えて、二人きりの時間を邪魔するまいと遠慮してたって時に…
昔の女と宜しくやってるなんて…」
「あ…いや、ちょっと、それ、話が…」
私が、益々😨←こう言う顔になるのも構わず…
「全く、ヒデェ爺じだぜ!聞いたか!愛ちゃんが一人寂しく赤子を抱いて想い人を待ち続けてるあいだに、朝、昼、晩と、こいつ、百合さんと励みに励みまくってたんだってよ!」
竜也がまくしたてるように言った。
「何!そいつは本当なのか、姉貴!」
「そうよ!私、この耳ではっきり聞いたわよ!茜ちゃんにとことん問い詰められて、とうとう、爺じ、白状したのをね!
朝起きては、上から攻めて十回、下ら喘いで十回、合計二十回、昼にも同じく二十回、夜ともなれば、上から攻めて三十回、下から喘いで三十回、合計六十回も、百合さんと励んでいたんですって!
ねえ、リュウ君も、聞いたもん…
ねー!」
「ねー!」
雪絵と竜也が、互いの顔を見合われて相槌をうつと…
「ひでぇ…ひでぇ…何てひでぇ、話だ…
一人、赤子を抱えて心細くしてる愛ちゃんを放ったらかしておいて…
朝な夕な、一日二百回、百合さんと床の中から出て来ることなく、一月の間、殆ど着物も着ないで励み続けていたなんて…何てひでぇ…何てひでぇ…
爺じなんだー!」
太郎が、ワナワナ震えながら、捲くしに捲くしたてた。
「お…おい…」
私の顔は、次第に😨から🥶に変わり出した。
話が段々と度を越し始めている。
しかも、いつの間にか、太郎もしっかり、私を爺じと呼んでるし…
「あの…私が百合ちゃんの所に行ったのは…」
私もさすがに何か言わなくては…と、口を開きかけた時…
「爺じ、お前が、そう言う奴だったとは知らなかったぞ…」
純一郎が、腕を組み、にが飯を噛み潰したような顔して言った。
「全く…最低な男でござるな…」
進次郎も、父親と全く同じ格好で腕を組み、同じ顔をして言った。
「爺じが、毎日毎晩、着物も着ずに上と下と交代で入れ替わりながら、最低、千回は宜しくやってる間中…
愛ちゃん、まだ十二歳で一人赤ちゃん抱えて、寂しいのと不安なのとで、ずーっと泣いて暮らしてたわ。」
雪絵が更に言葉を続けて言うと…
「ウゥゥーッ!愛ちゃん、可哀想に…」
太郎が、また、男泣きをした。
「今日も、朝から泣きっぱなしだったな…」
「そうねえ。本当なら、もう、とっくに帰って来る頃なのに、まだ来てくれない…爺じ、私の事は、ただ身体(からだ)が欲しくて抱いただけなのね…抱くだけ抱いて、赤ちゃんできたら、もう用済みなのねって、ずっと泣いていたわね…」
竜也と雪絵が言うと…
「可哀想に…」
純一郎と進次郎が、またまた、全く同じ格好で腕を目に当てて、咽び泣き始めた。
私は、すっかり途方に暮れてしまった。
和幸が行方をくらませた時…
真っ先に探しに行ってくれと言ったのは、愛であり、迷う私の後押しを、皆もしたではないか…
その時の事情を知らないのは、ここでは太郎一人である。
『社(やしろ)の事は、私に任せてくれたまえ!』
ポンと胸を叩いて、私を送り出したのは、純一郎であった。
『父上が、兎神子(とみこ)達に悪さしないように見張るのは、拙者にお任せてくだされ。』
進次郎がそう言うと…
『悪さとは心外だなー。私は、悪さなどせんぞ。愛の手解きをしてやるだけだー。』
すると…
『親社代(おやしろだい)様の手ほどきじゃーねえ…』
『私、嫌だポニョ~。』
雪絵と茜は、指を突きあわせて、口を尖らせた。
『なーんだ、私の手ほどきじゃあ、不服か?私の手ほどきは、情が深くてこまやかだぞー。据え膳に手もつけない、名無しと違って、経験豊富だ。』
純一郎が、さりげなく雪絵の豊かな胸と茜の小さな尻に触れて言うと…
『私、親社代(おやしろだい)様より、シンさんが良いわー。』
『私も、シンさんが良いポニョ~。』
雪絵と茜は、冷たく純一郎の手を払いのけ、進次郎にすり寄って行った。
『ねえ、シンさん。今から、早速手ほどきしてくださらないポニョ~。』
茜は、自分ではとっても豊乳になったと思い込んでいる可愛い乳房に、進次郎の手を触れさせながら言った。
『なーに言ってるの?茜ちゃんが、シンさんの手ほどきなんて、百年早いわよ。この大人の私が、手ほどきを受けて差し上げるわ…ねぇ、シンさん。今夜は眠らぬ夜を楽しみましょう。』
と…
雪絵は、もう片方の進次郎の手を、露骨に胸元に入れて言う。
『いや…あの…その…』
進次郎が顔を赤くして困り果てていると…
『雪姉!』
『茜ちゃん!』
政樹と竜也が、真っ青になって、雪絵と茜の袖を引っ張った。
そして…
『とにかく、愛ちゃんの事は任せて!』
皆、口を揃えて、私を送りだしてくれた…
筈なのだが…
「お…おい…どうした…」
振り向けば、皆、一斉に私を睨みつけている。
「さあ、爺じ!」
言葉と同時に、皆、私の腕を掴み、背中を押して…
「愛ちゃんの所に行くよ!」
ズルズルと、私を愛のいる所へ引きずるように連れ出した。
「愛ちゃんに、優しくしてあげるのよ!」
「愛ちゃん、ずーっと泣き腫らしていて、今も泣いてるんだからなー!」
「愛ちゃんに冷てえ事、したり、言ったりしたら、承知しねえからなー」
愛の待つ宿坊に辿り着くまでの間、雪絵と竜也と太朗は交代でクドクドと言い続け、私の足は益々重たくなってくる。
雪解けを待って、引き離される赤子を抱きしめ…
自分自身、更に過酷な陵辱の日々が待つ、聖領(ひじりのかなめ)に送られる不安に、涙の止まらない愛が待っている。
そんな愛と、どんな顔して会えば良いのだろう…
叶うものなら、もう一度、百合の所に逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。
やがて、目の前に広がる宿坊…
あの扉の向こうに、泣き暮れて待つ愛がいる。
と、その時…
「あー!それで、親社(おやしろ)様は、爺じなのでごじゃりますかーーーー!!!」
独特な喋り方をする朱理の声と同時に、二階窓の向こうから、大爆笑が聴こえてきた。
「えっ…?」
私が、それまでとは違う意味で、😨←こう言う顔になって立ち止まると…
「爺じ、行くわよ。」
雪絵の言葉と同時に、皆、一斉に私の方を向いてニンマリ笑い…
「お帰りなさーい、爺じ。」
口を揃えて言うなり、私を宿坊に引きずり込んで行った。
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