米国が仕掛けた貿易戦争の象徴的事件としてハーレイ・ダビットソンの海外移転が大きな話題となった。
「イージーライダー」を筆頭に多くの米映画の主役を演じ、アメリカ文化の象徴の一つでもあるハーレイが鉄鋼・アルミ関税への報復として欧州の25%の追加関税の狙い撃ちにあい、耐えきれ無いとしてミズリー州からタイへ工場を移転することを決めたというものである。
大統領就任直後、ハーレー幹部をわざわざホワイトハウスに招き、「アメリカのお手本企業だ」とべた褒めしていた相手が真っ先に白旗を掲げた、トランプのメンツ丸つぶれである。
慌てて口汚く罵り、脅かしたり、すかしたりて思い止まらせようとしたが、過去何度も倒産の危機を経験し、今も米国内販売が低迷、欧州の重要性が一段と高まっている状況では経営者としては当然の選択である。
金融・為替、国際分業・グローバリゼーション・サプライチェーンといった通商経済政策の理論的裏付け皆無のトランプや取り巻き連中にとって自らが仕掛けた貿易戦争が自分達にどのように跳ね返ってくるのか予想もしていなかったのではないだろうか。
要はトランプの後ろに控える強硬派の二人の人物、LBOを駆使し企業買収で財を成したロス商務長官や大統領選での政策アドバイザーで、筋金入りの中国脅威論者ピーター・ナバロ国家通商会議ディレクターの二人の楽観主義、見通しの甘さに加え、トランプが脅かせば世界は平伏すだろうという時代錯誤が招いた結果だろう。
ナバロ氏は鉄鋼アルミ関税をぶち上げた際「これは国家安全保障の問題であり、どの国も報復してくるとは思わない」と記者の質問に答えている。
しかしこけおどしのトランプ戦法はメキシコや北朝鮮との交渉経過から、すっかりその正体が見破られてしまい最早世界で通用しなくなっている。中国,EU、NAFTA加盟国カナダ・メキシコの報復、しかもハーレーやバーボン、大豆等の農産品といったトランプや共和党の票田である地域の製品が狙い撃ちにあった。
案の定米国経済界、自動車業界までもが関税引き上げに猛反対を唱えトランプは窮地に立って立往生していたが、救いの手を差し伸べたのがトランプが米国最大の敵とまで名指ししたEUである。
7月25日EUのユンケル欧州委員長がトランプを訪れ、自動車を除く工業製品に対する関税や政府補助金、非関税障壁といった貿易障壁の撤廃に向けて取り組むことで合意した。交渉を進める間は自動車関税の発動を控えることも示唆したと報じられている。
米国自動車工業会・部品工業会等は「逆効果の一方的行為は投資の削減、雇用の減少従業員賃金減少、経済成長阻害に繋がり、安全保障の保護に何の効果もない」と一刀両断である。
経済・外交共に素人の寄せ集め集団に過ぎないトランプ政権は当に世界のトラブル・メーカーであり、今回トラブル・シューターの役割をEUが演じてくれていなければ、それこそ1930年代アメリカの愚かなフーバー大統領が仕掛けた貿易戦争、これが世界恐慌・世界戦争の引き金になったのと全く同じ事態の再来はひとまず避けられたようだ。
貿易戦争第一弾はトランプの完全敗北、EUに大きな借りを作ったことになる。
恐らくトランプはこのデイ―ルさえも「自分の欧州に対する大きな勝利」だと捻じ曲げ、情報源は「Foxニュースとトランプのツイート」しか持たない愚かな選挙民・プアーホワイト達の前で誇らしげに叫ぶことだろう。
トランプの出現によりアメリカによる世界での発言力は益々低下する。中国の一帯一路構想は色々問題を抱えながらも徐々にその効果を発揮し東南アジアやアフリカにおける中国の影響力は一段と強くなった。
ここ30年中国の台頭で世界経済に占める新興・途上国の比率は4割に達した。中国を最大の市場とする国は30に上る。又電子商取引で世界でトップに立った中国は情報や通信分野での業界標準作りで主導権を握る水準に達しつつある。
米国が軸となって作った貿易のルールや多国間の枠組み・協定に背を向け壊すような孤立主義・自己中心主義を貫いている間に中国が世界経済の中心となり世界経済のルールを作る時代に近づきつつある。ルールではなく力で物事を決める中国の様な独裁国家が世界標準を決める様な事態は自由主義・民主主義の崩壊に繋がるものである。