Awe体験の勧め
脳学者の岩崎一郎氏が脳の使い方を変えれば、脳は磨かれ、豊かに幸せになれるとして、「脳磨き」の具体的方法を提唱した。
従来、脳と言えば、高次機能を司る「前頭前野」、記憶に関わる「海馬」、更にモチベーションに関わる中脳の「ドーパミン細胞」などが注目されてきたが、今迄余り注目されず、研究も進んで居なかった大脳のひだの奥の方にひっそり隠れていた「島皮質」呼ばれる部位、これを鍛えて脳全体をバランス良く働かせる事によって、人の人生を豊かにし幸せにする事が出来るということがわかってきたというのである。
氏の著書「科学的に幸せになれる脳磨き」の前書きに「職人が経験を積み重ね腕を磨いていく」のと同じように、特定の脳の使い方を続ける事によって脳は磨かれて行くとして、その方法が述べている。「脳磨き」とは、島皮質を鍛えるような脳の使い方を指し、具体的には下記の6つのポイントを挙げている。
①感謝の気持を持つ ②前向きになる ③気の合う仲間や家族と過ごす④ 利他の心を持つ ⑤マインドフルネス(脳トレ座禅)を行う ⑥Awe(オウ)体験をする
近年、脳科学の世界では、Awe体験をすることが人間にどのような影響をもたらすのかと言った研究が盛んに行われるようになった。 Aweとは強い敬意(=畏敬)や畏怖を意味するが、大自然や大宇宙の悠久さや広大さに接して、感動し自分の存在の小ささを感じ、或いは畏怖・畏敬を感じた時に、Awe体験をすると言われている。「Awe」は怒り・喜びの様な感情の一つと考えられているが、宇宙飛行士が宇宙から地球を見た時に等しく感じた強い感動、地球の美しさ、自分達人間は極めて小さい存在に過ぎないと言った謙虚な感情がその典型であると言われている。
それではAwe体験は人間にどのような影響を与えるのか,幾つかの研究成果から次の様な事が挙げられて居る。 ①自分を小さく感じ、謙虚な気持ちになる。 ②小さなことへの執着(例えばエゴ)が少なくなり、自分一人のためではなく、他者のためになることをしたくなる。③空間や時間の視野が広がり、現在自分がいる場所だけでなく、広い世界や未来のことを考える視点が生まれる ④長期的な目標を立てて、物事を考えられるようになる ⑤インターロイキン6(体が炎症を起こしているときに出るもの)の数値が下がり、免疫の状態がよくなる。
米国・ウィスコンシン大学の研究で、脳にはアクセルとブレーキに相当する部位があり、アクセルが活性化すると前向きになり、ブレーキが強くなりすぎると、心が沈みネガティブな考え方になる事が分った。しかも脳のアクセルが活性化している人とはどの様な人か。調査の結果「自分の思い込みや執着を手放して、利他の心で世界平和や人の幸せをいつも祈っている」人の脳で、逆に、エゴが強いときの脳は、脳全体がバランスよく使えず、働きを鈍らせている事が分って来たというのである。
ストレスや不安で心が弱っている時は何をすればいいか。こういう時こそAwe体験が役に立つが、誰もが宇宙から地球を眺める様な事が出来る分けではない。身近なところで、星空を見上げたり、山やビルの一番高いところに登り下界を見下ろしたりすると、小さなことで悩んでいる自分がバカバカしく感じるようになる。 大きな仏像、美しく大きな教会、そういうものを見ることも、やはり心が震える、これもAwe体験である。 どこかに出かけるのが少々面倒だという時は、夜空を見上げるのも良い。星の光は、長い年月をかけ宇宙を旅して辿り着いたものであるが、その悠久の旅路に思いを馳せたりしていると、自分の抱えている悩みやトラブルが小さなものに感じられるようになる。
心理療法のひとつに、「転地療法=health resort therapy」と呼ばれるものがある。ストレスによる気分の落ち込みや、それが原因で肉体的な不調をきたした場合、引っ越しをして気候や環境の違うところで暮らしていると、そのような不調から解放される事が多い。転地療法それ自体はAwe体験ではないが、その機会を増やす効果は大きい。
転地療法は温泉医療から始まった。ヨーロッパではローマ時代にスイスのバーデン(ドイツ語で温泉を意味する)でローマ兵士が傷を癒し、ゲーテやニーチェと言った文化人も保養に訪れたと記録されている。
日本でも日本書紀には、7世紀頃から、天皇や皇族が「伊予温泉」や「白浜温泉」へ出かけ、長期間にわたって滞在したとの記事が出てきており、有間皇子が長期間滞在した関西の奥座敷と言われた温泉地は「有馬温泉」と名付けられた。平安時代には清少納言が「枕草子」の中で「湯は、ななくりの湯(榊原温泉)、ありまの湯(有馬温泉)、たまつくりの湯(玉造温泉)」と三つの温泉を称賛して居り、彼女自身も転地療養し、Awe体験も経験したものと推察できる。
温泉のもたらす効果には①薬理効果、②物理効果,③転地効果の3つがあると言われているが、転地効果は心理効果とも呼ばれ、多忙な日常生活から離れ、自然豊かな温泉地に身を置くことによって五感が刺激を受けると、脳内のホルモンを調節する「内分泌系」や呼吸、消化といった生命維持活動をつかさどる「自律神経系」の中枢のスイッチが入るとされている。非日常の空間に身を置くことはストレス解消にもつながる。ネオン瞬く都会の夜とは異なり、星が空から降ってくる様な光景は当にAwe体験に繋がるものである。
この様な効果は温泉地に行く事だけではなく、物理的にも心理的にもストレスの原因と距離を置ける海や山に旅をすることが転地効果となって、ストレス解消になり、肉体的・精神的疲労にも効果を発揮することになる。
註;(薬理効果)温泉を飲む、或いは肌から吸収され、薬物を飲むのと同じと考えられ,アルカリ性泉(胃粘膜保護作用),二酸化炭素泉(消化管のぜん動運動亢進による食欲増進作用),鉄泉(鉄欠乏性貧血改善)などが ある
(物理効果);温熱効果・浮力効果・水圧効果
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