特別手配から17年、「菊池直子」が6月3日逮捕。
オウム真理教が起こした、地下鉄サリン事件が生々しく思い出されます。
1995年(平成7年)3月20日、東京地下鉄に毒ガスサリンをばらまいて、5000人がうめいていた。
その時の死者が13人、「日野原重明」先生がいなかったら、死者が1万人にもなっていたでしょう。
今100才になった「日野原」先生が、昭和20年の時、東京大空襲の時、100万人が焼き出されました。
その時治療にあたってたが、病院に入りきれなくて、野外で多くの人が亡くなっていきました。
その時先生は「大災害に耐えられる病院を、絶対作ってみせる!」と、誓った。
3月20日7時50分、東京築地の「聖路加国際病院」に、続々と患者が運ばれた。
先生が設計したこの広い救命センターがなかったら、もっと多くの死者を出していたことでしょう。
平成7年3月20日、鶴岡羽黒高校の柔道部が、全国大会に行く途中でした。
「オレ方、もし一つ後の電車に乗っていたら、死んでたっけのー!」この言葉が焼き付いています。
知識のない若い人たちにも、サリンは日本をも世界をも破壊してしまう。
恐ろしいことを伝えなければならないと思います。