7月9日に山田五十鈴が95歳で亡くなった。が、私が知っている現役の山田五十鈴はすでに50を過ぎたオバチャンで、映画女優というより舞台役者、テレビドラマのお茶の間女優だった。その凄さを知ったのはずっと後年で、戦前の代表作をまずビデオで、それから名画座やフィルムセンターなどで、見始めてからだ。山田五十鈴はほぼ私の母と同年代で、ファンになるとか好きになるとかいったことは決してなかった。戦前から昭和20年代後半までに活躍した日本人の映画俳優はみんなそうだ。それが、今になって昭和全体が遠い昔となり一定の距離を置いて眺められるようになると、明治生まれも大正生まれも昭和一ケタ生まれの俳優(主に女優)も横一線に並んで客観的な眼で評価できるし、主観的な趣味で好きだとか好きでないとか言えるようになった。不思議なものだ。
入江たか子は私の伯母の世代である。今生きていれば101歳だ。最近は入江たか子の戦前の映画ばかり観ているが、違和感はない。もう戦前の女優も戦後の女優も、また私と同世代の女優も、その全盛期の映画を観ていると、大差ない見方で楽しめるようになった。
何年か前に池袋の新文芸坐で、入江たか子の『滝の白糸』と山田五十鈴の『折鶴お千』の2本の無声映画を同じ日に観たことがある。どちらも泉鏡花原作、溝口健二の監督作品である。作品的には『滝の白糸』の方が良かったが、主役の入江たか子と山田五十鈴は甲乙つけがたいほど素晴らしいと思った。女優のタイプとしては全く違う。入江たか子はクラシックで古いタイプ、山田五十鈴はモダンで新しいタイプと言えるが、この2本の映画で、どちらも女の情念のすさまじさを演じていた。貞淑で身を犠牲にして男に尽くす禁欲型の女を演じたのが入江たか子、奔放で男を意のままに支配する享楽型の女を演じたのが山田五十鈴だった。
山田五十鈴(『折鶴お千』)
さて昨日、『雪子と夏代』(1941年 東宝映画)をビデオで観た。入江たか子(雪子)と山田五十鈴(夏代)が初共演した映画である。期待して観たが、単に通俗的な女性映画でちょっと失望した。
この時代の東宝の現代劇映画というのは、清涼飲料水、それも気の抜けたサイダーのような作品が多い。監督は青柳信雄だったが、監督の力量にも問題があったのだろう。明らかに二十代から三十代の一般女性を対象にした映画で、薄味で濃密度が足りなかった。
原作は吉屋信子が主婦之友に連載した「未亡人」という小説だが、同じ吉屋信子原作でも『良人の貞操』の方がまだしも良かった。三十歳前後の二人の女性を主人公にその友情をテーマに描いた点では同工異曲で、女学校時代にいわゆるエス関係(今の言葉でいうとレズだが、戦前はsisterの頭文字をとってエスと言った)にあった女性二人がそれぞれ結婚し別々の人生を歩むが、数年後にまた近づいて親しくなり、互いに慰め合ったり助け合ったりする内容。今では古くて、はやらない話である。『良人の貞操』は、片方の女性が夫を亡くし、もう一方の女性の夫と不倫関係になりかけて悩む話で、女同士の波乱があったが、残念ながら描き方が甘くて凄絶なドラマになっていないと思った。
『雪子と夏代』は、二人とも若くして未亡人となり(雪子の夫は戦死で夏代の夫は病死したようだ)、互いにその不幸を嘆き、それぞれが抱えた問題を解決しようと相手のために尽力する話である。二人の未亡人の悩みというのは、雪子の方は、亡夫から預かり同居している年頃の義妹(谷間小百合)とのぎくしゃくした関係であり、夏代の方は、最愛の一人息子を義兄夫婦に養子にして自活するかどうかである。
息子を連れて夏代が実家を出て、洋裁店をやっている雪子の家に同居してからストーリーが展開するのだが、いろいろな出来事は起るにしても、結局最後まで二人は仲の良い親友同士だった。一人の男をめぐって二人の間に嫉妬も争いもない。高田稔と江川宇礼雄の二人の男優が出演するが、どちらも類型的な善人で、見合いの席で付き添いの夏代(山田五十鈴)に一目惚れしてしまう内海という紳士が高田稔、夏代の息子を養子にしたがる義兄が江川宇礼雄だった。
入江たか子と山田五十鈴(『雪子と夏代』)
観ていて食い足らなさを感じる映画だったが、入江たか子と山田五十鈴が二人で演じるシーンがたくさんあり、そこだけは見どころだった。二人はずっと着物で通していたが、二人とも背丈があるので、引き立っていた。入江たか子は、話し方も物腰もゆったりしていて品のいい令嬢が奥様になった感じで、この時30歳だったが、美しかった。ただ、アイラインが気になった。夜、布団に入って寝るときも化粧を落さないのは許しておこう。山田五十鈴は、セリフが実に自然で、先輩の入江たか子に合わせたのか、いくぶんゆっくり話していた。動きは多く、身振り手振り、細かい所を見ていたが、巧みなものだと感心した。
『雪子と夏代』 1941年8月14日公開 85分 東宝映画
製作:竹井諒 演出:青柳信雄
原作:吉屋信子 主婦之友連載「未亡人」より
脚色:八住利雄、青柳信雄
製作主任:市川崑 撮影:伊藤武夫 録音:三上長七郎 美術:金須孝 照明:西川鶴三 現像:西川悦二 編輯:後藤敏男 音楽:竹岡信幸、栗原重一 演奏:P.C.L.管絃楽団
主題歌:コロムビアレコード 作詞:西条八十 作曲:竹岡信幸
「雪子と夏代の歌」 松原操 渡辺はま子
「若きマリヤ」 松原操 霧島昇
出演:入江たか子(雪子)、山田五十鈴(夏代)、高田稔(内海晶一)、江川宇禮雄(及川精一)、谷間小百合(田鶴子)、音羽久米子(女中きよ)、藤間房子(及川濱)、三條利喜江(及川光枝)、立花潤子(佐伯弓子)、清川玉枝(小田切ぎん)、下田猛(小田切喬吉)、山川クマヲ(及川博)、小島洋々(藤原正典)ほか
入江たか子は私の伯母の世代である。今生きていれば101歳だ。最近は入江たか子の戦前の映画ばかり観ているが、違和感はない。もう戦前の女優も戦後の女優も、また私と同世代の女優も、その全盛期の映画を観ていると、大差ない見方で楽しめるようになった。
何年か前に池袋の新文芸坐で、入江たか子の『滝の白糸』と山田五十鈴の『折鶴お千』の2本の無声映画を同じ日に観たことがある。どちらも泉鏡花原作、溝口健二の監督作品である。作品的には『滝の白糸』の方が良かったが、主役の入江たか子と山田五十鈴は甲乙つけがたいほど素晴らしいと思った。女優のタイプとしては全く違う。入江たか子はクラシックで古いタイプ、山田五十鈴はモダンで新しいタイプと言えるが、この2本の映画で、どちらも女の情念のすさまじさを演じていた。貞淑で身を犠牲にして男に尽くす禁欲型の女を演じたのが入江たか子、奔放で男を意のままに支配する享楽型の女を演じたのが山田五十鈴だった。
山田五十鈴(『折鶴お千』)
さて昨日、『雪子と夏代』(1941年 東宝映画)をビデオで観た。入江たか子(雪子)と山田五十鈴(夏代)が初共演した映画である。期待して観たが、単に通俗的な女性映画でちょっと失望した。
この時代の東宝の現代劇映画というのは、清涼飲料水、それも気の抜けたサイダーのような作品が多い。監督は青柳信雄だったが、監督の力量にも問題があったのだろう。明らかに二十代から三十代の一般女性を対象にした映画で、薄味で濃密度が足りなかった。
原作は吉屋信子が主婦之友に連載した「未亡人」という小説だが、同じ吉屋信子原作でも『良人の貞操』の方がまだしも良かった。三十歳前後の二人の女性を主人公にその友情をテーマに描いた点では同工異曲で、女学校時代にいわゆるエス関係(今の言葉でいうとレズだが、戦前はsisterの頭文字をとってエスと言った)にあった女性二人がそれぞれ結婚し別々の人生を歩むが、数年後にまた近づいて親しくなり、互いに慰め合ったり助け合ったりする内容。今では古くて、はやらない話である。『良人の貞操』は、片方の女性が夫を亡くし、もう一方の女性の夫と不倫関係になりかけて悩む話で、女同士の波乱があったが、残念ながら描き方が甘くて凄絶なドラマになっていないと思った。
『雪子と夏代』は、二人とも若くして未亡人となり(雪子の夫は戦死で夏代の夫は病死したようだ)、互いにその不幸を嘆き、それぞれが抱えた問題を解決しようと相手のために尽力する話である。二人の未亡人の悩みというのは、雪子の方は、亡夫から預かり同居している年頃の義妹(谷間小百合)とのぎくしゃくした関係であり、夏代の方は、最愛の一人息子を義兄夫婦に養子にして自活するかどうかである。
息子を連れて夏代が実家を出て、洋裁店をやっている雪子の家に同居してからストーリーが展開するのだが、いろいろな出来事は起るにしても、結局最後まで二人は仲の良い親友同士だった。一人の男をめぐって二人の間に嫉妬も争いもない。高田稔と江川宇礼雄の二人の男優が出演するが、どちらも類型的な善人で、見合いの席で付き添いの夏代(山田五十鈴)に一目惚れしてしまう内海という紳士が高田稔、夏代の息子を養子にしたがる義兄が江川宇礼雄だった。
入江たか子と山田五十鈴(『雪子と夏代』)
観ていて食い足らなさを感じる映画だったが、入江たか子と山田五十鈴が二人で演じるシーンがたくさんあり、そこだけは見どころだった。二人はずっと着物で通していたが、二人とも背丈があるので、引き立っていた。入江たか子は、話し方も物腰もゆったりしていて品のいい令嬢が奥様になった感じで、この時30歳だったが、美しかった。ただ、アイラインが気になった。夜、布団に入って寝るときも化粧を落さないのは許しておこう。山田五十鈴は、セリフが実に自然で、先輩の入江たか子に合わせたのか、いくぶんゆっくり話していた。動きは多く、身振り手振り、細かい所を見ていたが、巧みなものだと感心した。
『雪子と夏代』 1941年8月14日公開 85分 東宝映画
製作:竹井諒 演出:青柳信雄
原作:吉屋信子 主婦之友連載「未亡人」より
脚色:八住利雄、青柳信雄
製作主任:市川崑 撮影:伊藤武夫 録音:三上長七郎 美術:金須孝 照明:西川鶴三 現像:西川悦二 編輯:後藤敏男 音楽:竹岡信幸、栗原重一 演奏:P.C.L.管絃楽団
主題歌:コロムビアレコード 作詞:西条八十 作曲:竹岡信幸
「雪子と夏代の歌」 松原操 渡辺はま子
「若きマリヤ」 松原操 霧島昇
出演:入江たか子(雪子)、山田五十鈴(夏代)、高田稔(内海晶一)、江川宇禮雄(及川精一)、谷間小百合(田鶴子)、音羽久米子(女中きよ)、藤間房子(及川濱)、三條利喜江(及川光枝)、立花潤子(佐伯弓子)、清川玉枝(小田切ぎん)、下田猛(小田切喬吉)、山川クマヲ(及川博)、小島洋々(藤原正典)ほか