在来種のパパイヤが実をつけています。
セメンの床と石垣の間にある僅かな空間に生えています。
すごい生命力ですね。
購入してきた種をポット植えして、移植してなどというと、このような条件では
まず生育不能になるしょう。人為的なものに比べ、
自然発生のエネルギーの偉大さには敬服する。
いろいろな野菜、花、果物などを栽培して実感することだ。
きっと目に見えない値の張り方が違うのであろう。
しかし、
最近はこの在来種のパパイヤが少なくなったという感がする。
かっての民家の屋敷の周辺は手つかずの自然空間が広かったせいか、
このパパイヤがずいぶん生え育ち、たくさんの実が成っていたことを思い出す。
毎日の食卓を賑わわせていた。
パパイヤの炒め物。パパイヤの酢の物。パパイヤの漬物。少々参ったのが、
味噌汁の具になったパパイヤであった。もちろん果物としてもよくいただいた
が、やはり野菜としての利用が中心だった。
野菜の少ない時期、特に台風一過の食事の中心はパパイヤだった。
今思えば最高の健康食で養われていたのだと驚きを感じる。
無意識のうちにこのパパイヤに守られていたのだ。今になり恩義を感じるのだ
が…。
またもや子供の頃の思い出になるが…。
このパパイヤの古株に小さな水たまりができる、そこがアマガエルの宿であるこ
とを発見したことを思い出す。アマガエル君を求めて時間が立つことも忘れた日
々があった。