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ジェシル 危機一発! ㊳

2019年12月20日 | ジェシル 危機一発!(全54話完結)
 ホテルの内線電話が鳴った。ジェシルは面倒臭そうに電話に出た。
「はい? どなた?」
「ジェシル!」いきなり名前を呼ばれたジェシルは驚いた。こんな辺境の惑星に知り合い何か居ないはずよ。「わたしよ、メアリー! リップをありがとう!」
「……ああ、メアリー」プールサイドでドクター・ジェレミウス特製のリップスティックを渡した相手だ。「どうしたの?」
「何、白々しい事言ってんのよ! あなたのくれたリップ、効果覿面だったわ! 今も信じられないくらいよ!」
 メアリーは興奮を隠しきれないようだ。
「そう、それは良かったわね」
「もう、空も飛べそうだわ! ダニエルったら、わたしに着きっきりで離れないの」電話越しに男の声が聞こえる。「……ちょっと、ダニエルったら! 今、大の親友と話をしているのよ! ちょっとは待っていてよ!」
 いつ大の親友になったっけ? ジェシルは呆れながら電話越しの仲の良い声を聞いている。
「とにかく、すべてが順調だわ! とにかくお礼が言いたくって」
「いいのよ、気にしないで」
「ダニエルったら、今すぐにでも結婚しようって勢いなのよ! だから、出席してほしいの」
「わたしが?」
「もちろんよ! 一番前の席を用意するわ」
「ありがとう。でもね、もう帰らなくちゃならないのよ」
「帰るって、どこへ?」
「遠い遠い宇宙の彼方よ」
「また、そんな変な事を言うんだから!」
「とにかく、おめでとう! 地球一の幸せ者になってね」
 まだまだ感謝を並べ立てているメアリーを適当にあしらって電話を終えると、ジェシルは宇宙パトロールの制服に着替えた。……わたしは姑息野郎をぶっ倒して宇宙一の幸せ者になってやるわ! ジェシルの頬に笑みが浮かぶ。
 ドアがノックされた。ジェシルはドアを睨みつけた。品の良い叩き方だったので、先ほどぶちのめした男の仲間ではなさそうだ。眉間の縦じわが薄くなる。
「誰?」
 ジェシルはドア越しに話しかけた。
「ホテルの支配人でございます……」
「ああ……」ジェシルはうんざりした表情で答える。「さっきの事の事情聴取かしら? それならお断りよ」
「いえ、その件はこの階の皆様から警察沙汰にしないようにとのお話がありまして」
「それは良かったわ」
 正直ほっとしたジェシルだった。警察であれこれ聞かれても答えようがないし、あまりに聞きわけが無いようだと、大暴れしてしまうかもしれない危険性を孕んでいたからだ。
「それで、この階の皆様が感謝の会を催されまして、今もう皆様お集まりになっておいででして…… ぜひお越し頂きたくとの事でございます」 
「いえ、結構よ」 
「そうおっしゃらずに……」
「わたし、帰ることにしたから、皆さんにはお気持ちだけ頂くと伝えてよ」
「いえ、そうはおっしゃられますが……」支配人は軽く咳払いをして続ける。「ここだけの話ですが、当ホテルに関係の深い方々ばかりでして、私どもを助けると思って下されば幸いなのですが……」
「……わかったわ」
 ジェシルは溜め息をついた。さっさと帰りたいのだが、仕方がない。これからは下手に首を突っ込むのは止めなきゃね、ジェシルは思った。
 ジェシルはドアを開けた。口元にひげを蓄えた穏やかそうな風貌の支配人は、宇宙パトロールの制服姿のジェシルを見ると、驚いたように目を真ん丸にした。
「そのお姿は……?」
「あ、これ?」ジェシルは胸を張る。前ジッパーが下がり、はち切れそうな胸元が露わになった。「これは、仕事着ね」
「左様で……」支配人はジェシルをしげしげと見ていた。ぴっちりとした制服がジェシルの豊かな体型を強調している。「ですが、今はお仕事ではございませんので、もう少しお楽な装いが良いかと存じますが……」
「いいのよ。その会が終わったら帰って、すぐに仕事に戻るから」
「左様で……」
 支配人は言うと、案内をするように先へと進んだ。エレベーターに乗りフロントロビーに出る。多くの男たちがジェシルを見た。ジェシルは全く意に介してはいなかった。未開の辺境人の視線など、近所をうろつく野良のデッガー程にも感じない。
 レストラン奥のビップルームに通された。支配人はドアをノックして開け、入室をジェシルに促してその場を去って行った。
 品の良い調度の置かれた広い部屋の中央に大きなテーブルが置かれ、それを囲むように人々が座っている。
「これはこれは!」立ち上がって迎えたのは、ジェシルに全財産を上げたいと言った老人だった。「よう来てくださった! ……おや、何とも面白い恰好をしておりますなあ」
「これは仕事着ですの」ジェシルが答える。「急に帰ることになって、そのまま仕事に戻りますので」
「それはお忙しいですな」
「ええ、とっても」
 ジェシルは老人に笑顔を向ける。老人はうんうん頷いているだけだった。精一杯の皮肉のつもりだったが、老人には効かなかったようだ。
「お姉ちゃんは、何の仕事をしているの? その格好、なんだか宇宙人みたいだけど」
 男に捕まっていた女の子が無邪気に聞いてきた。
「そう?」ジェシルは笑った。その笑顔に見惚れたその場の男たちはほうっと溜め息をつく。「そうね、あなたたちから見れば確かに宇宙人よね。わたしは宇宙パトロール捜査官、ジェシル・アンって言うのよ」
 一瞬その場に沈黙が走ったが、すぐにジョークと判断され、皆が笑った。
「では、これから急いで帰らなきゃいけないので、失礼しますわね」
 ジェシルは言うと外に出、後ろ手にドアを閉めた。
「ははは、なかなかユーモラスなお嬢さんだ」老人は言ってドアに向かった。「さあさあ、お嬢さん。もう戻って来てお話でも致しましょうぞ」
 老人がドアを開けると、そこにはジェシルはいなかった。
「おや?」老人は行き交うウエイターに声をかけた。「君、若い素敵な女性を見なかったなね? 黒髪が腰まであって……」
「いえ、見かけませんでしたが……」ウエイターは答えた。「お探しですか?」
「いや、結構」老人はつぶやいた。「きっと仕事に戻ったんじゃろう。急いでおるようだったからの……」
 ジェシルは部屋を出ると、すぐに転送装置を使って自分の宇宙船へと戻っていたのだった。


つづく

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