お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシル 危機一発! ㊻

2019年12月31日 | ジェシル 危機一発!(全54話完結)
 終始無言だったジョグと別れて、上層階のフロアを別の武装警備員に先導されるジェシルだった。以前来た時には気が付かなかったが、何かほのかなにおいが漂っている。どうやら、先を行く警備員から漂ってくるようだ。……何なの、このにおい! ジェシルは顔をしかめる。そういえば最近、衣類の洗剤に人工香料が使われているらしい。……何よ、こんな甘ったるいような、つんと来る安物の刺激臭は! そうか、こんなのを使うって事は、そいつ自身が臭いって事ね。こんなにおいをぷんぷんさせているヤツって、基本的に体臭が臭いヤツなのね。この警備員もそうなのね。
「ねえ、あなた」ジェシルは先を行く警備員に声をかける。「わたしの後に来てよ」
「どう言う事だ?」立ち止まった警備員は振り返り、不快な表情をする。「先導するのが規則だ」
「そうかも知れないけど、あなたから漂ってくるにおいがイヤなのよ、ベン!」ジェシルは胸の名札を見て言った。「あなた、何の洗剤を使ってんの? そんなのを使うって事は、あなた自身が臭くて臭くてたまらないって事と同じよ」
「この制服は業者が一括でクリーニングする」ベンが怒鳴る。「オレが洗うわけではない」
「じゃあその業者が、あなたたちは臭いって思っているって事ね。どっちにしても基本、臭いってわけね」
「ふざけるのも好い加減にしろよ……」
「ふざけちゃいないわよ! そんな安物のにおいを漂わせているのに気が付かないなんて、やっぱり臭いんだわ!」
「なんだとお!」
「いやっ! 近寄らないで!」ジェシルは思い切りイヤそうな顔をして見せた。「それに、ビョンドル統括管理官の部屋はもうわかっているから、ここまでで十分よ!」
 ジェシルは走り出した。ベンは追いかける。何事だと各扉前に立つ警備員が様子を見る。ジェシルはある扉の前で立ち止まる。ビョンドル統括管理官のオフィスだった。
「わたしはジェシル・アン捜査官。ビョンドル統括管理官に呼ばれたので来たの」ジェシルは息を整えながら、扉前の警備員に言う。「通してちょうだい」
 ジェシルを追いかけてきたベンを扉前の警備員が見た。それから、ベンに戻るようにと頭を軽く振って見せた。ベンは舌打ちをして戻って行った。
「ジェシル・アン捜査官……」扉前の警備員が静かに言う。「このフロアは運動場ではないぞ」
「あの警備員、とってもイヤなにおいがしてたから逃げたのよ」ジェシルは言うと大きく息を吸った。「あら、あなたからはにおわないわ。ベンたちとクリーニング業者が違うのかしら?」
「わたしの制服は妻が洗っているのだよ」警備員が答えた。「わたしがあのにおいがダメでね、大変だが妻にお願いしている」
「良い奥様ね」
 ジェシルは腰に下げているメルカトリーム熱線銃を警備員に渡した。警備員は受け取ると、扉横のインターホンでジェシルが来たことを告げた。扉のロックが解除される音がした。警備員が扉を開けた。
 室内には困惑した顔のビョンドル統括管理官が椅子から立ち上がっている姿と、それと対峙している足元まである長く金色の派手な色調のコートのような服を着た老人の後ろ姿があった。
「おお、ジェシル……」ビョンドル統括管理官の顔が少しだけ綻ぶ。「待っていたぞ」
「ジェシルだと……」老人が振り向いた。腹が突き出ていて、頭は薄く、老獪な表情をしている。「よお、ジェシルか!」
 老人は言うと、ずかずかとジェシルに近寄ると、その手をぎゅっと握って、嬉しそうな顔をする。
「タルメリック叔父様……」ジェシルは目を丸くして呟いた。「叔父様、何をしに……」
「元気そうじゃないか! 何しろお前は直系だからな!」タルメリック叔父は握った手をぶんぶんと上下に激しく振る。「今度は爆発に巻き込まれたそうじゃないか。大丈夫だったのか?」
「ご覧のとおりですわ」ジェシルは引きつった笑顔を浮かべながら、何とか叔父の手から自分の手を離そうとする。「それと、まだ何をしに見えたのか、伺っていません」
「おお、そうじゃったか……」タルメリック叔父はまだジェシルの手を握ったままで言う。「ジェシル、お前、宇宙パトロールを辞めるんじゃ」
「は?」
「聞こえなかったか? こんな物騒なところは辞めるのじゃ」
「叔父様、おっしゃる意味がさっぱり分からないんですけど……」
「お前は直系じゃ。もしもの事があっては血筋が途絶えてしまう」
「ああ、その事ですか……」ジェシルはうんざりする。「わたしは辞めませんわ」
「そうは言うがな、ジェシル。わしは心配しておるんじゃよ。いや、わしだけじゃないぞ、一族が皆心配しておる」
「それは嬉しいのですが、できません」
「何故じゃ?」叔父が不機嫌な顔になった。握っていた手を離した。「何度も言うが、お前は直系なのだぞ。血筋を守るのがお前の一番の務めのはずじゃ!」
「『貴族たる者、正義一徹を旨とせよ』」ジェシルは言って、叔父の顔を見つめた。「……この言葉、覚えていらっしゃいますか? おじい様がわたしに与えた貴族の心得の一つです」
「ふん、あの時代錯誤じじいめが……」タルメリック叔父が苦々しげにつぶやく。「それがどうしたのじゃ?」
「わたしはその教えに則って、今の仕事をしていますの。今辞めては、おじい様に申し開きができません」
「じいさんが死んで久しいではないか。囚われる必要も無かろう……」
「ダメです!」ジェシルはきっぱりと言う。「叔父様方こそ、今の地位や名誉に囚われておいでですわ! それらを辞めるとおっしゃるのなら、わたしも宇宙パトロールを辞めます」
「……」タルメリック叔父は黙ったまま、ジェシルを見つめる。ジェシルは平然と見つめ返した。やがて、叔父は大きく溜め息をついた。「その頑固さ、お前のじいさんとそっくりだな…… 分かったよ、今日はこれで帰ろう。だがな、こう何度も危ない目に遭うと言うのはいかん。部署を事務方にでも変えさせよう」
「そんな事したら、叔父様と言えど、黙ってはおりませんよ……」叔父を見つめるジェシルの目に殺気が漲った。「この意味、お分かりですね……」
「わ、分かった、分かったあ!」叔父が慌てて、叫ぶように言う。「もう何も言わん! ただな、わしは、わしら一族はお前の事を心配してだな……」
「叔父様……」ジェシルは扉を指さした。「お帰りはあちらですわ……」


つづく


(年内最後になります。来年もよろしくお願い致します。 伸神 紳)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジェシル 危機一発! ㊺ | トップ | お正月 小咄 »

コメントを投稿

ジェシル 危機一発!(全54話完結)」カテゴリの最新記事