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ジェシル、ボディガードになる 119

2021年05月20日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「それで? そのムレイバ星って、遠いの?」
「まあ、少しね」オーランド・ゼムは言う。「いわゆる、人里離れた孤立した場所と言った感じだね」
「やっぱり、宇宙パトロールに戻るのが遅れちゃうのね……」
「おや、やっぱり里心がついたのかね?」オーランド・ゼムはからかうように言う。「君は、甘えん坊なのだね」
「そうじゃないわよ!」ジェシルはむっとして声を荒げる。「アーセルの時もリタの時も、わたしはからだを張ったのよ! あなたはここで待っていただけじゃない! でも、犯罪は待ってくれないわ! それに、もううんざりなの! あなたから、解放されたいの!」
「だが、君のあの映像は、結構な抑止力になっているんじゃないのかね?」オーランド・ゼムは笑む。「ほら、『観ているみんな! 悪い事をしちゃダメだぞう! 以上、宇宙パトロー捜査官、ジェシル・アンでしたぁ!』と君が笑顔で言ったヤツだ」
「ふん!」
 ジェシルは鼻を鳴らす。……ビョンドル長官も同じような事を言っていたわ。単なるシンジケート壊滅のパートナーだけじゃなくって、ひょっとして、二人は裏で通じているんじゃないかしら。ジェシルは疑いの目でオーランド・ゼムを見る。しかし、その表情からは何も分からなかった。
「……そのマハンマイドって人だけど」疑い出すと限がないので、ジェシルは考える事を止め、話題を変えた。「その人も監禁されているの?」
「いや、彼はムレイバ星にある自宅で、わたしたちの来るのを待っている」
「だったら、一番最初に連れてくれば良かったじゃない?」
「彼は何かの研究をしていたようでね、邪魔をされたくないと言ってきたのだよ。最近になって、やっと目途が立ったから迎えに来てくれと言う事なのだ」
「何よ、それぇ! ずいぶんと勝手ねぇ!」ジェシルは大きな声を出した。「今はシンジケート潰しが最優先なんじゃないの!」
「まあ、天才の考える事は凡人には分からないのさ」オーランド・ゼムは神妙な顔で言う。「彼の中では、シンジケート潰しの計画は出来上がっているのだそうだ。後は実行するだけだから、慌てる事は無いのだとも言っていたな」
「だからって……」
「言っただろう?」オーランド・ゼムはジェシルの言葉を遮る。「天才の考える事は分からないのだよ」
 ジェシルはむっとする。しかし、シンジケート潰しの計画が出来ているのなら、それはそれで良い事だと思い直した。……まあ、天才の計画なのだから、完璧でしょうね。その計画が、わたし好みの、敵をギッタンギッタンにグッチャングッチャンにするものならば尚の事良いのだけど。ジェシルはそうも思っていた。
「分かったわ。さっさと行きましょう」
「そうか、分かってくれて嬉しいよ」オーランド・ゼムは言うと、ハービィの横に立った。「ハービィ、ムレイバ星へと向かってくれ」
「かしこまりましてございます」
 ハービィは、ぎぎぎと大きな油切れの音を立てながら、がくんと頭を下げて戻した。ハービィ自身は、軽くうなずいたつもりだったのだろう。
 宇宙船は大きく旋回した。
 出入り口のドアが開いた。ミュウミュウが入って来た。白いセーターに黒のスラックスと言うラフな姿だった。コックピットが華やいだ感じがする。ノラが言っていた「背が高くって、スリムで、大きな赤い目がとっても知的で、つんと立ち上がった長い両耳を軽く揺らしながら歩く姿が可愛らしくって」との言葉を、ジェシルは思い出す。……それに加えて、今は安堵感もあるわね。ジェシルは思う。ずっと敵の手中で、気を張り詰めていたのだろうから。
 ミュウミュウは、酒臭いアーセルにも優しい眼差しを向けながら歩いて来る。そして、ジェシルとオーランド・ゼムに頭を下げる。変わらず優しい笑みが浮かんでいる。むっとしっぱなしのジェシルとは対照的だ。
「ひ…… いえ、リタ様は良く眠っていらっしゃいます」まだリタと言い慣れていないようだ。恥ずかしそうにしている様子が可愛らしい。「まだ、ジェシルさんにお礼を申し上げていなかったので……」
「あら、お礼だなんて」ジェシルは恐縮する。そのぎごちない様子を、オーランド・ゼムは、にやにやしながら見ている。「これは任務、仕事だから、気にする事は無いわ」
「でも、お礼は申し上げませんと」ミュウミュウはジェシルの前に立つ。「リタ様は、世間をあまりご存じありませんでしたので、あのジョウンズに好い様にされていました。わたくしはいつも辛い思いを致しておりました。そして、リタ様を説得できない自分に対して腹を立てておりました。ですが、それから解放して頂きました」
「ははは、リタよりもミュウミュウの方が感謝していると言った感じだな」オーランド・ゼムが横から言う。「……まあ、それだけ大変だったんだろうねぇ」
「いえ、そんな事は……」ミュウミュウは言葉を濁し、下を向く。そこから、明らかに大変だっただろう事が窺えた。ミュウミュウは顔を上げ、笑顔を見せた。「……取りあえずは、一段落ですわ」
「それで、あなたは今回の事が終わったらどうするの?」ジェシルが訊く。「わたしは宇宙パトロールに戻るし、あそこで寝ているアーセルも帰る所があるし、オーランド・ゼムも多分、どこかの女性と共に暮らすだろうし」
 ジェシルは最後にそう言うと、オーランド・ゼムを睨む。オーランド・ゼムは否定せず、にやにやしている。……ふん! 思った通りね! ジェシルはむっとする。
「……わたくしですか……」ミュウミュウは考えもしなかったのだろう、どう答えて良いものかと戸惑っている。「わたくしは、このままリタ様にお仕えしたいと思っております……」
「でも、あなたはまだ若いじゃない? 良く考えた方が良いと思うわ」
「……そうでしょうか……」ミュウミュウはつぶやく。「リタ様お一人で大丈夫なのでしょうか……」
「オーランド・ゼムが、どこか静かな所に移ってもらうような事を言っているわ」
「そうですか……」
 ミュウミュウは考え込んでしまった。 


つづく

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