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ジェシル、ボディガードになる 140

2021年06月14日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 居間に居る男たちは無言のままだった。
 アーセルはカウンターバーでグラスを傾け続けていた。時々「ばばあ……」と、つぶやいている。オーランド・ゼムはソファに座り、目を閉じている。時々「リタ……」とつぶやいている。ムハンマイドは読みかけだった本を絨毯の上に座り込んで読んでいた。しかし、ページが繰られる事は無かった。
 重々しい沈黙が続いている中、ジェシルとミュウミュウが二階から降りてきた。
「おい、娘っ子よう……」アーセルが言う。声に力が無かった。ジェシルとミュウミュウは階段の途中で立ち止まる。「どうでぇ、何か分かったのか?」
「うん、まあ少しは……」
 ジェシルの言葉に、オーランド・ゼムとムハンマイドも顔を上げる。
「犯人が分かったのかよう!」アーセルは声を荒げる。「どこのどいつなんでぇ!」
「アーセル……」ジェシルが諭すように言う。「そう簡単には分からないわよ」
「なんでぇ! 分からねぇのかよう!」アーセルは吐き捨てるように言うと、ボトルを掴んで直接口を付けた。「それじゃあ、ばばあが浮かばれねぇぜ!」
「まあ、落ち着け、アーセル」オーランド・ゼムはソファから立ち上がり、アーセルの傍らへと寄った。「まずは、ジェシルの話を聞こう。……ジェシル、話してくれたまえ」
「うん……」ジェシルはうなずく。「……まず、死因は絞殺。時間は今から三、四時間前くらいかしら。……ねえ、ムハンマイド、あなたは起きだして、どれくらい経つの?」
「そうだなぁ……」ムハンマイドは時計を見る。「ちょうど三時間前だね。でも、物音も怪しい気配も無かったな。とは言っても、二階での出来事じゃ、この居間では分からないと言うのが正直なところだ」
「それならよう」アーセルが口をはさむ。「娘っ子の部屋は、ばばあの隣だったんだろう? お前ぇこそ何か気が付かなかったのかよう?」
「それを言われると辛いんだけど……」ジェシルはぽりぽりと頭を掻く。「全く気が付かなかったわ……」
「ほう! 今時の宇宙パトロールってのは質が落ちたもんだぜぇ!」アーセルは呆れたように言い、傍らのオーランド・ゼムを見る。「なあ、オーランド・ゼムよう! ビョンドルだったら見落とさねぇし、聞き逃さねぇよな」
「いや、それは仕方がない」ムハンマイドが言う。「実は各部屋の壁は厚くしているんだ。ボクが子供の頃に居た部屋は、壁なんて薄い板切れみたいなもので、全ての音が筒抜けだった。下品な女や男の笑い声やら拷問で喚く声やら銃声やらが、すぐ隣から聞こえるようだった。それがイヤで堪らなかった。だから、ボクの作る部屋は、隣からの音が聞こえないくらいに壁を厚くしている」
「だったら、何があっても聞こえないか……」オーランド・ゼムはつぶやく。「ミュウミュウ、君の部屋もリタの隣になっていたけど、やっぱり、何も分からなかったのかい?」
「……はい…… それに、わたくし、一人で寝るのが久しぶりで…… 本当に久しぶりで、しかも、こんなに上質のベッドで…… だから、熟睡してしまったんです。でも、そのせいで……」
 ミュウミュウは涙ぐんでしまった。隣に立つジェシルが優しくミュウミュウの肩を叩く。ミュウミュウは力の無い笑みをジェシルに返した。
「気になるのは、開いていたドアね」ジェシルは改めて皆を見回して言う。「ミュウミュウはしっかりと閉じたと言っているわ」
「犯人の野郎が閉め忘れたって事か?」アーセルが言う。「最後の詰めが甘いぜぇ!」
「いえ、そうは思わないわ」ジェシルが首を振る。「言葉は悪いけど、リタを絞殺したヤツは手際が良いわ。そんなヤツがドアを閉め忘れるなんて、へまはしないはずよ」
「そうなると、わざと気が付くようにと開けておいたと言うのかね?」オーランド・ゼムが腕を組む。「……何のためだ?」
「犯行に気が付いてほしかったのよ」ジェシルは言う。「わたしたちへの脅しのつもりだわ」
「脅しだと?」
「そうよ、オーランド・ゼム」ジェシルはうなずく。「どこへ隠れても無駄だぞ、次はお前だ、って感じかしら?」
「そんな物騒な事を楽しそうに言うものじゃないぞ、ジェシル」オーランド・ゼムが言う。「……でも、どこの誰が、そんな事を?」
「わたしたちの行動って、何故か相手に知られているじゃない? わたしはそのせいで大変な目に遭ったわけだし。……この星へ来た時だって攻撃されたし」
「うむ、その点はずっと考えていたのだがね」オーランド・ゼムは言う。「どこで漏れたのかが、さっぱり分からないのだよ」
「それでね……」ジェシルは言いにくそうだ。「……考えられるのは、わたしたちの中に、シンジケートと通じている人がいるかもって事なのよ」
「なんだとお! 裏切り者がいるって言うのかよう!」アーセルは怒鳴り、手にしたボトルをカウンターに乱暴に置いた。「そりゃあ、どいつでぇ!」
「おいおい、アーセル……」オーランド・ゼムはアーセルの肩に手を置く。「ここに居る皆は、シンジケート潰しで一致している、いわば仲間だぞ。……ジェシルも滅多な事を言うものではないな」
「でもよう!」アーセルは荒れている。「裏切り者ならよう、モハンマイドか? ミュウミュウか? それとも、お前ぇかよう、オーランド・ゼム?」
「もう一人忘れているぞ?」ムハンマイドが言って、アーセルを指差す。「あんたもだよ、アーセル」


つづく

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