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霊感少女 さとみ 2  学校七不思議の怪  第四章 女子トイレのすすり泣きの怪 25

2022年02月21日 | 霊感少女 さとみ 2 第四章 女子トイレのすすり泣きの怪
 ふらふらな嵩彦が姿を見せた。力尽きたように倒れ込んでくる。冨美代は支えようと手を伸ばす。しかし、嵩彦はガラスの壁のようなものに全身がぶつかった。そして、そのままずるずると壁を擦るように倒れ込んだ。差し出した冨美代の手の平はガラスの壁に押し当てられている。
「嵩彦様!」冨美代は言うと、葉亜富に振り返る。その瞳は怒りに燃えている。「貴女、何と言う事をなさるの!」
「ふん、うるさいなぁ!」葉亜富がうんざりした顔で言う。「全部わたしのものなんだ。だから外へ出ないように囲っているんだよ! 散々いたぶって苦しませてやるのが目的だけどね。まあ、飽きたら放り出してやろうとは思っていたけどさ、……あんたの愛しい嵩彦は、絶対出してやらないよ!」
「ひどい!」冨美代は唇をわなわなと震わせる。それから、うつ伏せて倒れ背を大きく上下させて苦しんでいる嵩彦を見る。「嵩彦様……」
 嵩彦は動けない。葉亜富は勝ち誇ったように、にやにや笑っている。流人も成り行きを楽しそうに見ている。さとみは冨美代の傍らに寄る。冨美代はしゃがみ込んで、苦しそうな嵩彦を見ている。みつは未だ目を覚まさない虎之助を見ている。
「冨美代さん……」
 さとみは冨美代の肩に手を置いた。置いた手に冨美代の肩の震えが伝わる。運命を悲しんでいるのだろうか。この前、冨美代と嵩彦は窓ガラスで隔てられていた。そして、今回もガラスの様な見えない壁で隔てられている……
 と、冨美代は両手を上げて、見えない壁を叩いた。すっと上げた顔には決然とした思いが込められている。
「嵩彦様! あなたのわたくしへの思いはここでおしまいなのですか! 一度始めた事は艱難辛苦に遭っても成し遂げる、それが日本男児ではございませんのか! わたくしは嵩彦様のお優しいお心が好きです。ですが、いざと言う、今この時に、男をお見せくださいまし! 日本男児のお姿をお見せくださいまし!」
 冨美代は言いながら壁を叩き続ける。
「うわぁ~っ……」葉亜富が眉間に皺を寄せる。「だから、そう言うのは止めろって言ってんじゃない! 何よ、その大昔みたいな、時代劇みたいな! あああ、下らない!」
「何を言ってるのよ!」さとみは葉亜富に振り返る。「あなたは知らないだろうけど、冨美代さんは、明治時代の女性なのよ! 大昔で時代劇って、当然じゃないのよ。失礼な話だわ!」
「おいおい、お嬢ちゃん」流人が口を挟む。「それはそれで、冨美代さんに失礼な言い方だと思うよ」
「え?」さとみは冨美代を見る。冨美代はさとみを見上げている。「……ごめんなさい……」
「いいえ、気にはしておりません」冨美代が言い、葉亜富を見る。その眼差しは冷ややかだ。「……斯様な破廉恥娘に何を言われようと平気です。ただ、いつの間にか大日本帝国は破廉恥で軽佻浮薄な国になってしまったようですわね」
「この野郎……」葉亜富が怒りの込めた低い声を出す。「お前、消し去ってやるぞ!」
「まあ、女性に野郎とは…… 貴女、お勉強が足りないようね」冨美代は立ち上がり、真正面から葉亜富を見据える。「それとも、お勉強がお嫌いだったのかしら? どちらかと言えばそのようですわね。今は女性も勉学が自由にできる時代。わたくしの頃とは格段です。そんな恵まれた時代なのに、何とも勿体無い事ですわね。ああ、情けなや、情けなや……」
 流人が声を殺し、全身を震わせて笑っている。その様子を見た冨美代は流人に向き直る。その眼差しは葉亜富に対するよりも冷たい。
「貴方も笑っておられましょうや? 軽佻浮薄は何も女性だけの風潮ではありませんわね。貴方も結局は容姿しか誇れるものが無いようにお見受けいたしますわ。日本男児として、情けない事です」
「あのさぁ」流人がむっとして冨美代を見る。「今時、日本男児なんて流行らないんだよね。そんなごつごつした古臭いものなんか、今じゃ、過去の遺物、いや、過去の汚物だよ」
「ではお聞きしますが、あなた方のその風体や思想が、これから先、古臭くなり汚物となる事は無いと断言できるのですか? わたくしは命を絶って此の方、世の流れと言う物を好むと好まざるとに関わらず、目に致して参りました。西洋かぶれの激しい時期もありました。世界が戦争に流れて行く危険な時期もありました。その後には、平和と言う名の下に、様々な変化がありました。それを否定は致しませんが、わたくしから見れば、薄氷の上を舞い踊っているようにしか見えません。いつ足元に亀裂が走り冷水の中に落ち込んで絶命するか分からぬのに、それを見ようともせず、気にも留めようとせず、ただ踊り狂っているようにしか見えません。今の日本国民には芯が無い。わたくしにはそう見えます。嘆かわしい事と存じますわ」
「それはあんたの感想じゃない!」葉亜富が言う。「わたしにとっては良い時代だよ! 肌を見せて笑顔を見せりゃ、男共から金が転がって来るんだからね! 食いっぱくれが無いんだよ! 流人も同じさ! 馬鹿な女共が次々と貢いでくるんだ。それも我先にさ! そんな時代なんだよ! これからの時代がどうなったって、関係ないんだよ!」
「将来の発展を見据えず、今だけが、自分だけが良ければ良いなどと言う考えでは、先がありませんね。多くの人はそう思っているようですわね。日本国はいずれ滅ぶと言う事でしょうね。嘆かわしく、情けない事ですわ……」冨美代はため息をつく。「であるならば、尚の事、過去の遺物と言われたわたくしたちが奮い立たねばなりますまい。……さあ、嵩彦様! お立ちになって、この障壁を撃ち破り下さいませ!」
「ははは、無理無理!」葉亜富は笑う。「覚えているけど、そいつはめそめそ泣いてたよ、振られたとか言ってね。だから、わたしが仲を取り持ってやるって言ったら、ひょいひょいついて来やがった。自分では何もできない軟弱野郎なんだよ、そいつはさ! ここまで来ただけでも褒めてやりな!」
「貴女、嵩彦様を騙してここへ閉じ込めたのですか?」冨美代が厳しい眼差しを葉亜富に向ける。「破廉恥なだけではなく、下劣で卑怯なのも加わるのですね! ……同じ女性として申し上げますが、恥を知りなさい!」


つづく


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